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つかまってはなりませんっ!  作者: たやまようき
鼻歌とミルク飴
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ミルク飴⑩


「おはようございます、にゃーさんは今日も不幸せですかー?」

「ええ、好調よ。おはよう」


 鼻歌君達と出遭った次の日、大学へ向かう途中で同じ大学の友人と出会った。今日は紺色のスキニーにグレーのニットを合わせ、黒色のPコートを羽織っている。鎖骨ほどまでのストレートの髪は毛先が少しだけ弄られていて、目がくりっとした、少し背丈の低い、ハムスターみたいな子。彼女の名前は闇坂青乃といって、たいへんに可愛らしい子だ。

 青乃ちゃんはあたしの幼馴染の一人であり、昔誘拐事件の被害に遭ったせいで、少しばかり頭のネジが飛んでしまった女の子だ。その事件が原因で、当時巻き添えを食らって殺された彼女の飼い猫の名前で、あたしのことを呼ぶようになってしまった。そこの置き換えがどうして起こったのかはよくわからないけれど、彼女自身は悪い子ではないし、彼女にそう呼ばれるのは結構気に入っている。


 青乃ちゃんは、えへへーそれは良かったですにゃーと言いながら、あたしの腕に自分の腕を絡めてくる。そういうのは男にしなさい、男に。……と思ったけれど、正直嬉しいので言わないでおく。

 青乃ちゃんは、本当に可愛い。それこそ、ある一部の独特の性癖を持つ男達が見たら垂涎ものだ。見せないけれど。むしろ見るなと言いたい。舌を切り取ったなら、次は目玉を抉ってみようか。いやいや、やめよう。日常との折角の触れ合いだ。わざわざ非日常を連想させる暴力的なことを考えることもない。


「赤色は、相変わらず嫌い?」


 ピンクや赤色の、女の子らしい服を着ればもっと可愛くなるのに、なんて思いながら問いかける。誘拐された時に真っ赤なワンピースを着ていたことが原因で、彼女は赤やそれに近い色の服とスカートと呼ばれる服全般を着られなくなってしまっている。一人暮らしをする前までは青乃ちゃんよりも彼女の母親の方がそれについて過敏で、あたしや他の子の服装にも反応するほどだった。うっかり赤色の服を着ている時に彼女の母親と出くわすと、失神しそうなくらいの強いショックを受けるらしいので、気を遣って大変だった。二人がお互いのために離れて暮らすようになった今も、彼女がそういった服を着ているところは一度も見た事が無い。

 と言うより、彼女は派手な色の服は着ない。いつも黒や灰色、そういった地味な色で身を包んでいる。あたし自身は黒色が好きだし、可愛い子が着ていれば嬉しくもなって和む。特に青乃ちゃんは髪も目も綺麗な黒をしていて、黒色の服を着るととても似合っている。

 でも、それでは駄目だと思うのだ。逃げるのは楽だし青乃ちゃんが悪いわけでもない。でも逃げずに飲み込まない限り、青乃ちゃんやお母さんの心の中に犯人が居座り続けて踏み荒らすと、あたしはそう感じている。


「んー、青乃ちゃん、あかはやーなのですにゃー。でも、にゃーさんの赤はかっちょくて羨ましいし、好きですよにゃー」


 とは言え、好きだと言われると特別扱いをされているようで少し嬉しい。青乃ちゃんとそうやってらぶらぶしながら歩けば、大学にはあっという間に着いた。そういえば、あの人が死んだという事が報道されてから大学へ来るのはこれが初めてだったはず。

 あまりすぐに学校に来てしまっては、落ち込んでいないとか勘ぐられて面倒なことになりそうだと思ったので、少しの間だけ自主的に休んでいたのだ。あまり休みすぎては卒業するために必要な単位がどうしたって気にかかるので、いい加減登校することにしたけれど。……きっと皆鬱陶しいだろうな。嫌だな憂鬱だな死にたいなと思いながら、青乃ちゃんに笑いかけて大学の門をくぐる。

 そして最初の授業がある教室に行けば、あたしを見つけた顔見知りが集まってきた。心配したんだからねーとか言いながら、野次馬根性を隠さない顔で寄ってくる。心配している顔とか、元気づけようとしている顔とか、本当に鬱陶しい。近寄らないでほしい。そういう顔が一番当人を追い詰めているって、知らないのだろうか。そんなことも分からないようでは、人生詰んでいるわね。

 ……なんてね、人によってはこういうのを必要とする人も居るんでしょうけど。でも残念ながら、あたしはそういうタイプじゃない。そういう分類を上手くやることは、より良い人間関係を構築するうえで、とても重要なことだ。なんてね、あたし自身、上手くできているかなんて知らないけれど。……そう、人の心なんて、見えやしない。だから、それだからあたしは今、こんな酷いことになっているんじゃないか。


 ――ああ、本当に、不愉快。けれどそんな事は言わずに微笑み、適度に会話した後、連中から離れた席に青乃ちゃんと二人で座った。あたしが殺しましたので悲しくありません、と言ったらここの人たちはどんな顔をするのだろうか。なんて、気を紛らわそうと結果が分かりきっている想像をしてしまうくらいに不愉快だ。


「……にゃーさん、なんだか怖いお顔ですにゃー」


 ああ、いけない。彼女を怯えさせてしまった。少し焦りつつ、笑顔を作って彼女に向けた。あたしの数少ない大切なお友達。こんな狂気に触れさせてはいけない。彼女にはいつまでも、綺麗なだけのお人形さんでいて欲しい。彼女はいわば、あたしにとっての蜘蛛の糸だ。絶対に誰にも、断ち切らせないし、奪わせない。

 だからあたしは安心してと笑う。


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