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つかまってはなりませんっ!  作者: たやまようき
鼻歌とミルク飴
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ミルク飴①

タグやあらすじに一つでも地雷要素がありましたら、バックをお願いします。

※犯罪行為、及びそれを肯定する行為が頻出しますが、それらを推奨する小説ではありません。ご了承ください。

エンドは、見方によって違ってくるので二つとも書きました。バッドエンド寄りではありますが、作者はハッピーエンドのつもりで書いているので……。

 罰は受けてもらわなくちゃ。


『呟いた声は風に乗って消えていく。ビルとビルの間からやってくる風は、孤独を嘲笑うかのように冷たい暴力を振るってくる。あの人の好きな曲を鼻歌で歌いながら、人のざわめく街並みを早足で駆けた。気分が高揚する、血液が沸騰する。この感情は何と表現したらいいのだろう。ふさわしい言葉が見つからない。きっとこれは、あたしだけの、特別な気持ちなのだ』


 どうやったらあの人を許せるようになるだろうか。


『息が荒くなってきたので一旦止まって電信柱にもたれかかり、携帯電話を開いて画面を見つめた。あの人との写真。まだ何も知らない不幸せに溺れて、馬鹿みたいに笑っている。思わず溜め息がこぼれ、堪らなくなって、パタン、と音を立てて携帯電話を閉じた。どうしてあたしは期待したんだろう。どうしてあの人に期待なんてしたんだろう。どうしてあの人を許そうとしているんだろう。そうだ、あたしは、本当は許したいなんて思っていない。どうにかして、あたしと同じだけの傷を負ってもらいたいのだ』


 大事にされていると思っていたのに。


『なんて被害回想はここまでとして、加害意識を叩き起こす。鞄の中から飴を一つ取り出し、口に含む。甘いミルク味の飴。昔のあたしの幸せみたいに、甘ったるくて重い。大好きよ、と無言で言い交わしながら好きな味を交換していたあの頃が、一番幸せだった。何も知らないことは、きっと不幸せなことじゃなかった。それをゆっくりと味わいながら再び歩き出す。罰は、受けてもらうためにある。――きっとこれも、あたしに用意された罰なのだろう。受け入れるしかない。受け入れて、開き直って、そしてあたしは再びあの人の特別になるのだ。にゃおーん、とどこかから寂しそうな猫の鳴き声が聞こえた。飴を舐めても、まだ喉が渇いている』


***


第一章 鼻歌とミルク飴


 ガムを噛む音が、バスの中で揺れる静寂を不意に壊した。それに続く、勢いに任せて歌っているような明るい鼻歌。そうして後ろから聞こえてくる音にあたしは振り返って、それらの音を立てている人物をじっと眺めた。あちらが気づいた様子はない。人に迷惑を振りまく人物というのは、いつだって誰だって、他人の気持ちに鈍感だ。

 染めたと一目で分かる人工的な発色の茶髪、耳にかけている巨大な円形のヘッドホン。嫌だな、と思わず溜息を吐く。彼にさして悪意が無いのは分かっていても、こういう人があたしは今大嫌いなのだ。


 ――付き合っていた彼氏の浮気。


 まだあたしは、あの事を忘れられてなどいない。だから、少しでも彼に似た箇所のある人を嫌いになったとしても、誰もあたしを責めないと思う。特に鼻歌の彼は、染めた髪も真っ赤なヘッドホンも音を立ててガムを噛むのも、全て彼を思い出させる。

 しかし、窓の外に視線だけ向けられている茶色がかった瞳だけは、鼻歌の彼だけのものだ。あの人の目は真っ黒だったから。瞳だけじゃなく、腹の中まで黒かったようだけれど、なんてね。ああ、思い出したらまた腹が立ってきた。嫌だな、今怒りに支配されると足場が無くなる気がする。落ち着け、落ち着こう。大丈夫、あたしはいつだってスマートに生きてきた。こんな冗談を余裕で飛ばせるくらいには。

 

 顔の向きを元に戻してあたしはもう一度溜息を吐き、ミルク飴を口に放り込んで窓の外に目をやった。このバスは、どこに行くのだろう。このところ色々終わったり起きたりして疲れていて、バスターミナルで適当に選んでふらりと乗車したから、行き先は知らない。行き先がアナウンスされるけれど、普段の行動範囲から外れているようで、どうもピンと来ない。窓の外を流れる風景も、普段あたしが見慣れているものとは様子が違う。

 もちろん知らぬ行先への興味だけでなく、最近の出来事による悲しみとか怒りとかの感情も心に引っかかっている。けれど、虚無に囚われていてそれらの感情に目を向ける余裕なんてない。より正確に述べるのなら、自分の心の安寧のためにわざと意識していないのだ。そういう事をするのは慣れている、嫌と言えなくなるくらい、経験している。……というか虚無って中々に痛いわね。中学生じゃないんだから、言葉は選ばないと。刹那とか虚構とか、そういう言葉に憧れても使わないのが大人のたしなみってやつよね。そしてあたしは素敵にパーフェクトな大人なのである。

 ……だとしたら、今のこの状態は何と表現したらいいのかしら。――抜け殻。いやだわ、なんだか蝉みたい。当然、あたしは鳴きはしない。そして勿論、泣きもしないのだけれど。七日で死ぬほど儚い人生を送るつもりも、全くない。うーん、倒錯的なまでに文学的な例えね。


「嫌な、顔をしているね。いい具合に虚ろな感じだよー、きみぃ。そして甘い、甘すぎる」


 そんな風にしてくだらないことを考えながら窓の外に顔を向けてぼんやりしていると、最後部座席に座っていたはずの鼻歌の彼が、あたしの横の席にいつの間にか座っていた。手に持っていた、開けたままになっていたミルク飴を入れていたあたしの袋から、ひょいと勝手に一つ取り、その飴にガリ、ゴリと歯を立てながら話しかけてくる。あたしは思わず目を剥いて彼を凝視してしまった。


 少年と青年の狭間を漂っているくらいの年齢なのだろう、彼はおそらく、二十代に突入したばかりの(それでも尚ピチピチだと言い張りたい)あたしよりも若い。さすがに中学生ということはなさそうだけれど。真っ赤なヘッドホンはいつの間にか外して首にかけていた。赤色のロングコートの下に着ている紫色のセーターの中心には豪華なパフェが描かれていて、その周りを色々なお菓子が飛んでいる。

 ……何なの、この人。いきなり人の顔を評価して、飴を勝手に食べて、しかもその味に文句つけるなんて。「そんな服一体どこで買えるんだ」と言いたくなるぶっ飛んだファッションセンスはとりあえず置いておくにしても、色々問題がありすぎる。甘すぎる、って何よそれ。ミルク味なんだから甘いに決まっているじゃない。ぴくぴくと暴れる拳を背中に隠して、皮肉のつもりで微笑みながら、彼へ返事をする。ああ、ここにハリセンがあったなら。一発で仕留めてやるのに、もとい、突っ込んでやるのに。


「シンプルにミルク味なので。それなのに苦かったら、それは最早ミルク不合格なので」

「違うよー、君の事さ。行き先を知らないバスに乗っただけで怒りを忘れようとしているね? それが、甘すぎるんだ。君みたいなのが怒るなら、もっと激しく感情を燃やさないとねー? 命が擦り切れても怒りの炎は消しちゃ駄目なのさ、でなきゃ最初からその怒りは嘘だった、ということになる。それは、君の望むところじゃないはずだー。そうだろー?」


 確かにこの飴甘ったるいけどねと言って害意の無さそうな笑みを浮かべる。けれどあたしは決して騙されない。誤魔化そうとしたって、分かる。こいつはあたしを知っている。あたし自身も目を逸らしている、あたしの心の内を知っている。

 ……もしかして、事の始まりからすべてを知っているのではないか。一瞬脳の奥で蠢いたその不安を、頭を振ることで消して、何を、と呟いた。



「……あたしの何を、知っているんですか」


読みにくいかと思いますが、徐々に修正していこうと思います。

よろしくお願いします。

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