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僕らは護られていた  作者: 齊藤さや
第一章
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食事のはずが

 ドアを開けると、様々な匂いや声がどっと押し寄せてきた。ドア付近の人達は、一瞬動作を止めて入ってきた俺達に視線を向けてきたが、また動作をすぐに再開していた。ひとまず安心だ。

 店内はテーブル席とカウンター席に分かれていて、テーブル席の方はトランプを広げているような人達で埋まっていた。カウンター席の壁際は幾つも空いていたので、ロズを端にして並んで座った。

 何か注文をしようと、この店を一人で切り盛りしているであろうマスター? にメニュー表を貰おうと思った。他の客がマスターと呼ぶのを聞いたから多分そう呼べば良いのだろう。

 顔を上げるとマスターの姿が袖の破れたTシャツにスキンヘッドという出で立ちだったことに驚いて、少しの間声が出なかった。


「何か注文するかい?」


 俺がずっと見詰めていたからマスター方から声をかけてくれた。慌ててメニュー表を頼む。


「すまんな。この店に来るのは常連ばっかりだから、メニュー表仕舞っちゃってたからよ。――ほらこれだ」


 カウンターの下からメニュー表を取って渡してくれた。馴染みの無い種類のビアルコール飲料の名前が並ぶなか、ステーキという文字を見つけた。酒の肴以外にはこれしか料理は無いようだ。100ポルとちょっと高いし飲み物は水にしよう。そう話してロズも同じものを頼むことにした。


「ステーキと水を二つずつお願いします」


 マスターは貯蔵庫の中を確認して、突然自分の頭を叩いた。結構痛そうな音がした。


「あちゃー。ごめんな、今ステーキ切らしてて、一人前しか出せないの忘れてた。二人で一人前でもいいかい?」

「私そんなに食べないし、構いません」


 俺も頷いて同意する。マスターはステーキより先にジョッキで水を出してくれた。ロズがやりたいと言ったので、今日までの旅に乾杯をして一口飲む。冷えた水がとても美味しい。と言っても、水の味としてはベギンス村の湧水には勝らない。味ではなく、単に疲れているから美味しいのだろう。


 マスターが肉を焼き始めた。勿論音に匂いは無いし、そこらじゅう酒の匂いしかしないけれど、このジュージューと焼ける"香ばしい"音は俺の食欲を刺激する。


「どのくらいで焼き上がりますか?」


 マスターに尋ねてみたが、どうやら聞こえなかったようだ。焼くのに集中しているんだろう。


「コース君、食べることよりこれから何をするのか決めなきゃ」


 肉のことばかり考えている、とロズに思われてしまったんだろうか。


「そうだな、ごめん。取り合えず街の人に聞き込みしてみるか」

「なんて聞くの? またツェベンの時みたいに思われたくは無いよ」


 確かに、ツェベンに連れてこられてまだ日の浅い頃、街の人に聞いた時は、子供の妄想だとか本の読みすぎだとか色々な返し方をされた。女将さん以外誰一人として信じてはくれなかった。

 みな俺達はベギンス村で起きた、「バーニング・ダウン」と呼ばれている大火事の生存者だとしか思っていないからだった。村の誰かの不注意で全焼にまで至った、と近隣のどこかの国の調査でそう結論付けられたそうだ。偉い人が言ったことは無条件に受け入れる、大人なんてそんなものなんだな。

 別の国が調査に乗り出すくらいだから、恐らくこの国の人なら殆どの人が火事のことは知っているだろう。若者が多いし、好奇心でも興味を持って話を聞いてくれる人はいるだろうから、馬鹿にはされないと思う。


「そんな難しい顔をしているってことは、ちゃんと考えていたのね」

「黙っちゃってごめん。説明するとややこしくなりそうだけど、とにかく考えはあるんだ」

「私が信頼してるコース君だし大丈夫ね」

「どういう意味だよそれ」


 突然の一言に驚いて、飲もうとしていたジョッキを音を立てて置いてしまった。飲んでたら吹き出していたかもしれない。

 ロズはしてやったとばかりに笑っている。


「だって、そんな顔ばっかしてたらコース君のおでこに皺できちゃうよ? 笑顔も大事だよ」

「そうだけど……ありがとう」


 渋々、ロズに一瞬にこりと笑いかけた。励まされはしたが、笑う気にはやはりなれないんだよ。

 そろそろ肉が焼ける頃かとマスターを覗くが、まだ火が通っていないようだ。肉をひっくり返して首を傾げていた。






「お嬢ちゃん、彼氏と喧嘩かい?」

「なんなら俺達と遊ぼうぜ?」

「可愛がってあげるよ」


 突然何人かが後ろからロズに声をかけた。猫なで声で気味が悪い。さっと振り返ると、ビールを持ったガラの悪そうな四、五人の男がロズを取り囲んでいた。隣に座っているやつもいる。

 店の空気が一気に凍りついたのが分かる。談笑していた他のお客の声がピタリと止む。


「疲れているんで、遠慮しておきます」


 ロズは愛想笑いでかわそうとする。俺も何か言おうと口を開いたが、一際大きいリーダー格の一人が俺とロズの間にビールジョッキを荒々しく置いたものだから、すくんで声が出なかった。


「そう言わずによぉ、この街は初めてなんだろう? 色々教えてあげないとなぁ」


 そいつはロズの肩に手を掛け、周囲に同意を求めた。皆「そうだ」などと言いながら頷いている。ロズは固まってしまっていた。


「そういう訳だから、ちょっと借りてくぜ」


 そいつは俺に、ヤニのついた黄色い歯を見せニヤリと笑う。どうにかして止めなければと思ったので、とっさにそいつの腕を両手で掴んだ。


「なんだ、坊主やる気か?」

「俺達に刃向かうとはいい度胸じゃねえか」


 周りのやつらは手の間接を鳴らし、俺を挑発してくる。リーダー格に掴んだ方の腕を上げられ、立たされた。それでも俺は腕を離さない。


「俺は優しいからなぁ、三秒待ってやるよ。だがその間に手を離さねえと、振りほどいて一斉に殴るぞ」



「三」



 俺は動かない。いや、俺からも殴ればいいんだろう。だが、おそらく()けられるか受け止められるだろうと考えてしまい動けない。相手は数がいるからリーダーに運良く攻撃できたところで俺もロズも助かりそうにない。



「二」



 俺をからかうかのようにゆっくりと、いくらか愉しそうな声色だ。


 俺は必死に考える。もし隙が出来たらロズを連れて逃げることが出来るかもしれない。やろうと決めると、準備のために右手を離して引いた。震えているのは気のせいだ。



「一、残るは左手だな」


「離すもんか」


 左手は離さない。こんな相手にやられてたまるか、思うと力が湧いてきた。


「そうか、じゃあもう待つ必要はねえな」


 リーダーはロズを離すと、俺を引き剥がして殴りかかってきた。既に俺も相手の腹めがけて拳を突きだしていた。だが、喧嘩なんてしたこと無い俺の力では痛くも無かったらしい。やつは怯まなかった。俺は目をつぶり身体に力を入れ、来る衝撃に備えた。

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