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僕らは護られていた  作者: 齊藤さや
第一章
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ツェベンとおさらば

 どこかで野鳥が寂しげに鳴いているのが聞こえる。久々に聞く野生の動物の声だ。昔は森に遊びに行ったときの心地よいバックミュージック代わりだったのにな。騒がしい街中では動物も寄ってこない。



 俺とロズは半刻ほど前に宿屋を抜け出して、今はツェベンの端まで来ていた。ここの辺りまでは買い出しついでにまわったこともあるので、雰囲気は分かる。商売の盛んなこの街だが夜中まで営業している店は少なく、灯りがついているのは飲み屋ばかり。

 お陰で飲み屋を避けて通れば殆ど人目に付かなかった。一度酔っ払ったおじさんに絡まれそうになっただけだ。

 ロズには大きめの男物の上着を着せて、更にフードで顔を隠してもらってるから、"少年二人の家出"ぐらいにしか思われなかったのだろう。"駆け落ち"などと(はや)し立てられるのはごめんだからな。




「とうとうツェベンともお別れなのね」


 街と外との境界線のような、石畳で出来ていた道を越える時にロズがひそひそ声で話し掛けてきた。


「七年間の思い出とも、暫くさよならだな」


 ……とは言っても俺には宿以外での思い出はほぼ無に等しい。けれど頷いたロズには感慨深いものがあるのだろう。

 ロズが境ぴったりで立ち止まって、街を振り返った。俺も合わせて振り向いてみる。先の道ばかり見て真っ暗闇に慣れてきたので、灯りが少々眩しすぎて目に痛い。

 郷愁なんかを感じて、こんな時涙を流す人もいると、昔親が話していたのを思い出した。俺なんかは微塵も寂しいとは思わないんだが、心が壊れているのかもしれないな。

 横目でロズの顔をちらっと見てみると、目が潤んでいる様子は無かった。堪えているようでもない。そういえばロズが泣いている所を見たことはないな。


「コース君、止まってくれてありがと。もう行こう」


 ロズは笑みを浮かべて言う。気が済んだのなら、誰かに呼び止められる前に進んだ方が良いだろう。


「そうだな」


 舗装されていない、土の道へとそれぞれ一歩を踏み出した。長時間歩く身には土の方が足に負担がかからずありがたい。


 俺達は特に会話を交わすこともなく、淡々と歩き続けた。幸い一本道で坂は無く、周りも平原なようで視界は(ひら)けていた。小さなランタンを灯していた為、野生の動物が俺達目掛けて飛び出てくるのではと、初めの内はナイフをすぐ取り出せる状態にしておいた。しかし杞憂だったようだ。光につられてか蛾やハエ、蝙蝠なんかが寄って来たりはしたが、陸上の動物は何も寄ってこなかった。昼間は人通りも多いんだろうし、この周囲には住んでないのかもな。





 さて時間の感覚は完全に無くなっていたのでいつ頃からか分からないが、ロズの歩調が遅くなってきていた。時間に追われている訳ではないので俺も歩調を合わせていた。だがしばらくすると、ロズが時折よろめきそうになっているのに気がついた。慌てて声を掛ける。


「ロズ、大丈夫か? そろそろ休もうか」

「私はまだ平気よ」

「強がらなくたっていいって。なんなら寝てても良いよ、俺が見てるから」

「……じゃあお言葉に甘えて」


 ロズは草の上に座ると、暫くしてから横になった。立っているのも疲れるので俺も隣に腰を下ろすことにした。地面がひんやりと冷たい。

 余程疲れていたのか、ロズはすぐに寝息を立て始めた。念のため辺りをランタンで照らしてみても、何も変化は見付けられなかった。獣などに襲われる心配が無さそうなのは嬉しい。

 しかし夜通し歩けば隣街には着くだろうと思っていたが、これだけ歩いても景色が変わらないなんて案外遠かったのかもしれない。女子にはキツいよな。


 横で幸せそうに寝ているロズを見守っていると、申し訳無い思いが湧いてきた。こんな無計画に付き合ってくれて。俺一人でも復讐はできるってのにな。


 いや、ロズがいなきゃ実行に移せなかっただろう。移せてたとして、元の計画ではナイフ片手に飛び出すようなもんだったからな。この先道中で飢えて倒れていたかもしれない。





『コース君が行くなら私も行くわ』


 ほんの一月前のことを思い起こす。計画を話したときのロズのあの目は、俺と同じで憎悪に満ちていた。俺もちょっと怯みそうだったくらいの迫力だった。それ以上の言葉は聞いてないが、果たして心の奥底ではこの旅に何を思っているのだろうか。

 ロズに更に何かを抱えさせたくは無かったんだけどな。


「ま、それも今更無理な話か」


 呟いた声は闇に吸い込まれていった。ちょうどランタンの油が無くなったようで、灯りが消えたことで視界が真っ暗に染まる。


 何もしないというのは俺にはキツいもので、気が緩むとふと目を瞑りそうになる。いけない、ロズが安心していられるように俺が起きていなければ。動物や人以外に、吸血鬼に襲われる可能性だってあるわけだ。

 ツェベンの宿屋のロビーに置いてあった古い本には、吸血鬼は夜行性だと書いてあった。少人数の方が襲われやすいとも。他にも、目撃者が極端に少なく、証言も飛ぶもの、人、狼などバラバラなため姿が分からないこと、人に限らないが犠牲者は首筋を咬みきられていたこと、目の色が赤や橙なことが書いてあった。それと聞いたことの無い伝承が一つ添えてあった。





『昔々、とある村で朝になる度誰か一人が目覚めない事がありました。寝る前までどんなに元気であっても、朝には肌は血色が悪くなっているのです。幸い昼過ぎまで眠ると目を開けるのですが、起き上がることはおろか、喋ることすら出来ないほど消耗しているのです。村中困り果てていましたが、偶々村を通りがかった一人の若者が名乗りを上げました。彼は腰に二本の長剣を携えていました。

「明日の朝には全て解決しているでしょう」

事情を聞いた彼はそう言い残して何処かへ行ってしまいました。そして翌日、彼と話をした村人はあちこちを見てまわりましたが、みな生き生きとしています。ところが礼を言うべき彼は何処にも居ないのです。村の中心部に彼の物とおぼしき剣が交差させて地面に突き刺してあるだけでした。お礼の代わりにと彼と話した村人は、村中の人々に恩人の彼の話をしてまわりました。そのお陰で、今も彼は村の英雄として称えられているのです』





 ツェベンにもそんな英雄が来ていれば助かったのかもな。そんな都合良い偶然はそうそう起こらないよな……。

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