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僕らは護られていた  作者: 齊藤さや
第一章
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最後の日常

 日も落ちてきた頃、一人の男性が店内に入ってきた。年期の入ったローブを着用している。そして、リュックサックと大きな旅行鞄を持っている。俺は掃除の手を止め、はっきりと聞き取りやすい声を意識して挨拶する。


「いらっしゃいませ」


 もちろんお辞儀もだ。それを済ますと俺は掃除に戻る。男性はフロントに来ると、ロズに尋ねた。


「今夜一部屋空いているかね」

「お一人様ですか?」

「そうだ」


 ロズが予約表を捲る音が聞こえる。確認しなくても空いてるだろうに。


「本日でしたらお泊まりいただけます。御夕食はいかがなさいますか?」

「……頂こうか」


 男性は少し間を空けてから答える。懐事情を心配しているのかもしれない。


 余計な事を詮索していると、手が止まってしまっていたのを、奥から声を聞いてやって来た女将(カディナ)さんに見られてしまった。


 女将さんは七年前に俺、コースとロズを拾ってくれた命の恩人だ。俺は森――スペックト・フォレスト――で、ロズは村の焼け跡で拾われたそうだ。あの時は気を失っていたから、目を覚ましたらこの宿屋に居て驚いたっけ。何しろ、二人共三日以上起きなかったとか。初対面の俺達を仕事を休んでつきっきりで看病してくれた女将さんには、今でも頭が上がらない。進んで宿屋の手伝いをしているけれど、このくらいは当然だよな。


 ま、この話は置いておくにしても、後で女将さんに叱られる可能性は高い。普段は優しい方だとしても商売には厳しいからな。


「では、当店は前払い制ですのでお会計280ポルです」


 男性が会計を終えると、ロズがフロントから出てきて部屋を案内しに行く。もちろん荷物はロズが運ぶ。やり始めた頃は俺が運んでいたけど、今じゃ軽々運んでるもんなぁ。逞しいもんだ。


 そんで俺の仕事は主に掃除と買い出し。さっきのお客さんが泊まる部屋も、午前の内に俺が清掃を済ませた。

 正直空き部屋の方が多い宿だけど、全ての部屋を毎日清掃している。お陰でこの七年間は一度も街を出ていない。俺の住んでいたベギンス村の跡地(・・)にすら足を踏み入れていない。女将さんに引き止められたからだ。




「辛いことは何時までも抱え込んでないで、忘れちゃうのも一つの解決策さ。忘れられるまで此処に居ていいから」


 確かそう言って、ベッドから飛び起きて走りかけていた俺の腕をきつく掴んだんだ。とてもじゃないが振りほどけなかった。



 今でも当然あの日の惨劇を忘れたわけではない。そもそも、はなから忘れようとは思ってない。

 時折夢で思い出しては(うな)される度に、お母さんを助けようとあのおぞましい(もの)――俺は吸血鬼ではないかと疑っている――に立ち向かう。しかし、お母さんに近付こうとすると目の間から炎が吹き出し行く手を阻み、そこで目が覚めてしまう。いつもそうだ。



「コース、買い出しに行ってくれない?」


 女将さんが俺を呼ぶ声がする。一応は笑顔だ。


「分かりました」


 箒を片付けてすぐさま奥の部屋へと向かう。けれど走ると怒られるから早歩きだ。

 入って行くと女将さんは俺の頭に拳骨を食らわせた。と言っても力は入ってない。身構えて損した。


「店番してるときに怖い顔しちゃいけないって何度も言ってるでしょ」

「だって」

「はい、口答えしない。これ持って買い物いってらっしゃい。中に財布とメモ入れといたから見て買って来て」


 バスケットを受け取ると、早く行けと言うように手で追い払われた。外出用の薄いコートを羽織って宿を出た。

 歩きながらメモを確認する。


『・人参三本

 ・牛肉800g

 ・鶏卵五つ


 ・笑顔


 PS.お釣りは取っておいて構いません。』


 財布を覗くと500ポルも入っていた。本来なら150ポルで幾らかお釣りも来るくらいなのに。

 もしかして()()()()のこと、女将さんは分かってるのかもな。知られたところでやめる気は無いけれど、応援されると何だか心が痛む。


 メモに書いてあるものとその他に日持ちしそうな食料を買ってきた。食料はこれから先必要になるだろうけれど、荷物が増え過ぎるのも問題だろうから二人で一週間は暮らせる分だけ買った。


 俺はバスケットを持って、宿屋には直帰せず宿の裏に行く。窓がなく壁に囲まれたこの空間でなら人目にはばからず好きなことが出来る。それでも一応周りをぐるりと見渡してから、ベルトから大事にナイフを取り外す。

 刃渡りは短いがよく研がれた刃は鈍い光を放っている。しかし持ち手の木は腐りかけている。そう、七年前に持ってきていたナイフだ。

 側に積んであった小さな枯れ葉の山に向かってナイフを突き刺す。カサカサと大きな音を立て、山に深い穴を作った。切れ味は悪くは無さそうだ。これ以上使ってしまうと、刃が余計に悪くなってしまうだろう。確認が済んだところでハンカチで軽く拭いて、ナイフをしまいこんだ。


 いつもならこの枯れ葉の発生元である落葉樹の幹を切りつけている。既に幾本も刺し傷がついて、樹皮はボロボロになってしまっている。謝罪の意味を込めて数回幹を撫でる。今日までよく耐えてくれたなと思う。そして無理矢理笑顔を作ってみてから裏を出た。


 さて早く宿に戻らなければ。靴に付いた土を軽く落としてから入る。新たに二人のお客さんがロズから説明を受けていた。

 一旦俺とロズが使わせてもらっている部屋にメモに書かれていない分の購入品をしまってから、女将さんにバスケットごと渡す。目が険しい。


「ちょっと遅い。それに笑顔が不良品だね。買い直し」


 厳しい口調でまくし立てるように言われ、バスケットを突き返される。


「えっ」


 俺が狼狽してキョロキョロしていると、女将さんはふっと笑った。


「冗談だよ。でも今の顔なら良いんじゃない?」


 女将さんは俺の手からバスケットをもぎ取ると、そのまま後ろを向いてキッチンの方へ行ってしまった。一人で料理を作らなければならないので忙しいのだろう。


 俺も戻って先程出来ていなかった箇所をさっさと掃除して俺らの部屋に入る。


「遅かったね、お疲れ」


 既にロズが部屋で荷造りをしていた。

 俺の今日の仕事は一段落。あとは皿洗いと食堂の清掃くらいだ。それまでの間はいつもなら仮眠を取っていたりする。

 だが今はロズと同じく、バックパックに今日買った食料やら今まで準備してきた物やらを詰め込んでいる。


「これ、今日買ってきたやつ」


 そう言って俺はロズの分の買った物を渡した。そこそこ量がある。


「ありがとう。一週間は持つね。こんなに買って大丈夫なの?」

「それがどうやらさ、女将さんに気付かれちゃってたみたいで。500ポルも貰っちゃったんだ」

「そっか……。気持ちは無駄にできないしね」


 ロズは申し訳なさそうな顔をしたが、やがてまた準備に戻った。


 今までどこにも行くことはなかったのに、なぜ突然大荷物なんか用意するのかって?

 答えは簡単。俺とロズは今日でこの宿を去って、旅に出ようと計画しているからさ。まあ、正確に言うと日付変わる位の真夜中なんだけど。

 これは二人とも女将さんに拾われた時から考えていたことだ。決心が付いて出発することにした日がやっと今日だったと言うわけだ。


 この世界の何処かに俺達の村をメチャクチャにした()()()が絶対にいるはずだ。この街で聞いた時は誰も真面目に取り合ってはくれなかったけど。

 ……でも俺もロズも見たんだから。そいつらを探し出して、故郷のベギンス村のような被害が増える前に根こそぎ倒してやる。


 吸血鬼(あいつら)は決して知らないだろう。俺の家族や他の村人達の死ぬ間際の苦しみを。ロズがショックで、七年前のあの日の事を思い出せず、日々怯えて暮らしていることなど尚更、分からないだろう。



「コース君、そんなに強く握ってたら果物潰れるよ?」


 ロズの声で、はたと我に返る。 感情に飲まれてしまったのは今日二度目だ。


「ごめんごめん。ちょっと考え事してた」

「本当に? 心配だよ」

「大丈夫だって。じゃあ、俺は仮眠しとくわ」

「私も他人の事言えないからね。おやすみ」


 俺より早くから準備してたのにまだ終わってて無いなんて、女子は面倒だな。

 二段ベットの上に上がると、さっさと布団に潜り込む。どうせ眠れないけど目は瞑っておく。女将さんに呼ばれるまで少しは身体を休めとかないと、夜通し歩くつもりだから体力がきっと持たない。



「コース、そろそろいらっしゃい」


 扉の向こうから女将さんの声が聞こえた。服はそのままなので、起きて多少身なりを整える。部屋を出る前に確認してみたが、流石にロズも横になっていた。


「もうお客さんは部屋に戻られたから後はよろしく。今日は疲れちゃったから先に寝ちゃうね」

「お疲れ様です」


 ボソッとあいさつを返すもどうもぎこちなくて、女将さんの顔もろくに見ずに足早に食堂へ向かった。


 数が少ないので、十分もかからず洗い物を終えて、すぐに台拭きを始める。

 今思えば、さっきすれ違ったのが女将さんと会える最後だったのに惜しいことをした。俺もロズも、出ていくことを知られたら止められるかと思っていたのに、(むし)ろそっと背中を押してくれた女将(カディナ)さん。

 俺達が来る前は、ずっとただ一人でこの宿を切り盛りしていたらしい。そして明日からはまた一人で宿屋をまわさなければならないんだよな。


 ――きっと俺達の事を心配しながら。


「ありがとう」


 気付いたらひとりでにそう呟いていた。こんな優しい人に出会えたなんて、ある意味幸せなのかもしれない。

 けれども微塵もそうは思えない。幸せだったと実感できる日が来るまで、目的が果たせるまで、俺達は復讐の旅を続けるだろう。


 いつも以上に丁寧に清掃を終えてから食堂を出た。まだ真夜中までは時間がある。俺はもう一度布団に入ることにした。

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