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僕らは護られていた  作者: 齊藤さや
第一章
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故郷の現在

 停留所を離れると、そこはすぐにヴィレタレアンへの入口の門があった。門も周りを囲う塀も、見上げると首が痛くなりそうな高さで、とても侵入出来そうではない。無論正面から入るつもりだが。


「シュログ、どうして警備が厳しいの? 囲いも頑丈だし……そこまで必要あるのかな?」

「昔戦争してた時の名残らしいで」

「どことどこが戦争してたんだ?」

「ヴィレタレアンとネミゴーチェが戦争してたそうや。今は和解して国交も盛んやけど。もしものためってことやろなぁ」

「そんなことがあったのね」

「言うてもわいの生まれる遥かはるか前やで、戦争してたんは」


 そんな話をしながら進んでいると、門の脇の二人の門番と目が合った。武装はしておらず、制服のような物を着ている。


「そこのお三方、どこから来たんだ?」


「一応ベルタン出やで」

「チェクマから」

「ベギンス村よ」


 三人見事に言うタイミングが被った。だが聞き取れたのか、門番はもう一人の門番に目配せしただけだ。感心する、俺はできない。


「そんなところから来たなら証明できる物もないだろう……偽りはないな?」

「勿論」

「なら通ってよし」


 こうして晴れてヴィレタレアンに入国できた。前にいたのが落書きだらけのチェクマだったからか、門といい、抜けた先の広場といい、使い込んでいる雰囲気はあるのに汚れた所が一つも無いのが逆に気になってしまう。更に、昼を過ぎた頃だからか、商人もさほど見受けられない。とても静かだ。


「あっちにな、ここらで一番おっきな市場があってな、こっちには住宅街があるんや。わいもここに住んでたんやで」


 故郷が嬉しいのか、シュログはどこかはしゃいでいるみたいだ。


「住宅街の方が聞きやすいかな?」

「市場はピーク過ぎちゃったみたいだしな。シュログ、案内してくれ」

「おうそうやな……。しっかしおかしいなぁ。人で賑わってるはずなんやけど、おかしいなぁ」


 シュログは首を傾げながら、左側の住宅街へと歩き出した。一目見て住宅街だとわかるほど、屋根しか見えず家々が密集しているのが分かる。なんだか生活しづらそうだと思った。


「やっぱり聞きながら街ん中歩き回るんか?」

「そのつもりだけど、嫌なのか?」

「あー嫌やない嫌やない」


 即答で返された。そういえばこの街で色々あったとか言ってたな。それならシュログから言い出すまで触れないでおこう。


 住宅街に足を踏み入れると、家で迷路でも作っているのかと思うほど綺麗に並べて建てられていた。家と家の間は人一人通れる位だ。外で遊ぶ場所も無いからだろうか、子供すらすれ違わない。時々はしゃいでいる声はするから中には居るのだろう。


「人来ないわね」

「住んでたときからまた家増えとるんやけど、何でやろ」

「あ、ちょっと先に一人いる」


 ようやく見付けた人は、中年の男性だ。駆け寄るとすごく不審そうにされたが構わず尋ねる。


「すみません、旅をしている者なのですがちょっと聞きたい事がありまして、お時間よろしいですか?」


「なあロズちゃん、コースて(かしこ)まった言い方できるんやな。感心感心」

「当たり前じゃない、仕事してたんだから」


 後ろでこそこそ言ってるが、何も聞こえなかったことにしよう。さて目の前の男性はというと、訝しげながらも頷いてくれた。流石に最初から吸血鬼とか言い出すと良くないと思ったので、先ずはこの街のことから。


「この住宅街、全然人に会わないんですが何かあったのでしょうか」

「……工場のせいや」


 ぼそぼそと吐き捨てるように答えた。だがコウなんとか……そんな言葉は聞いたことがない。


「コウジョウ、ですか。すみませんよく分からないので教えて貰っても」

「……あんたら本当に知らんのか」

「わいは知ってるけど、そんな胸くそ悪いもんやったか? 工場て物作る所やろ?」


 いつの間にか真後ろにシュログが来ていた。


「……ただの工場やない。武器工場や。人手が足らんから皆働かされとんのや。……給料もええし」


 そんなに武器作って何をするんだろうと疑問に思ったが、口にしてはいけない気がした。目的は吸血鬼のことだし。


「だから人がいないんですね。ありがとうございます」

「……もう質問は終わりか」

「いえ、あと一つ。吸血鬼という言葉を聞いたことは無いでしょうか」


 どうせ笑われるだろうと覚悟して聞いたが、男は目を丸くして驚いていた。


「……最近はオカルトめいた事が流行ってるんか? 数日前、早耳のジェルドも吸血鬼がいるだとか言うとったが……」

「どこに行けばその人に会えます? 教えてください!」

「あっちや、工場の奥。頼むから肩揺らさんといてくれ」

「すいません、こいつすぐ熱くなるんで」


 無意識に肩を鷲掴みにしていたらしい。シュログに引き剥がされてやっと冷静に戻ったが、謝ろうと思ったときには既に男性は走って逃げてしまっていた。シュログが俺の肩に手を置いた。


「またかいな、わいが居ぃへんかったらと思うと怖いわ」

「どうにかなってたさ」

「せやかて早耳んとこ分からんやろ」

「工場の奥だろ、行けば分かるだろう」

「そこまで言うんやったら教えんでもええな」

「コース君も素直に感謝すればいいのに……」


 まただ、俺だけ悪者にされてる。その場にあった石ころを蹴りながら「ありがとう」と小声で呟いた。

 シュログはいつの間にか先頭に立っていて、腰に手を当てて手招きしていた。


「反省したんなら行くで、早耳ならわいが居た時から有名やったからな。住宅街抜けてくで」


 そのまま歩き出してしまったので、俺とロズは慌てて後を追っていった。脇道にでも入られたら途端に迷ってしまうだろう。




 いま住宅街のどの辺りにいるのかさっぱり分からなくなっていたが、ようやく視界が開けてきたことでやっと住宅街を抜けるのだと理解できた。


「昔は野原やったんやけどな」


 寂しそうに立ち止まったシュログが振り返る。俺の目の前にはでっかい灰色の建物があった。ガタガタやらカンカンやら、(せわ)しなく動いている音が響く。これがさっきの男性が言ってた"工場"なんだろう。漂う雰囲気だけで鳥肌が立ちそうだ。

 ロズがすたすたと寄っていって、シュログの背中を優しく叩く。


「そうやな、わいがくよくよしても始まらんわな。この奥やから行こか」



 みなで視線を逸らしつつ進み、工場のすぐそばにひっそりと(たたず)む、看板もなにも出ていない小さな木造の小屋の前に着いた。

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