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プロローグ

趣味100%で何か書いてみることにしました。

ノープロット+書き溜めなしですので、続きについては気長にお待ちください。

 古物商、北城大貴の目にそれが留まったのは、まったくの偶然だったと言える。

 それは縦8センチほどの大きさの、ガラスの小瓶だった。きつくコルク栓が嵌められており、上から針金で何十二も巻かれており、厳重に封がされている。

 小瓶の中身は空ではない。何か白い砂のような物が詰まっているが、その中身がなんなのか、それを確かめるにはいささか距離があった。


 彼が立っている場所は、大小のカップやソーサー、カステヘルミー…意匠の凝らされた様々なガラスアイテムが所狭しと並ぶアンティークショップ。

 直接日が当たらないような立地にあるためか、店内はやや薄暗い。しかし、僅かな照明が放つ暖色の灯が、無数のガラスアイテムに煌めきを与え、なんとも幻想的で、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。

 店内には大貴のほかにもう一人、男が立っていた。この店を「かくあるべき」と演出した店主である、初老のフィンランド人だ。

 大貴の視線の先を察したのだろう。店主はそれまでの会話を中断し、流暢なスウェーデン語で訊ねる。

「おや、北城さん。もしかして今あなたが目を奪われたのは、ひょっとすると、あのガラスのボトルではないでしょうか?」

 店長は自然なライトブラウン色の前髪を掻き揚げ、大貴を見やる。

 ひどくわざとらしい仕草だが、このなんとも言えない怪しさを放つ空間の中でこの老人がそれをやると、これが何とも、さまになっている。

「ええ、偶然目に留まったのですが。売り物ではないようですが、何か思い出の品ですか?」

 答える大貴もまた、当然のようにスウェーデン語を話している。商売柄、日常会話ができる程度には、色々な国の言葉を習得していた。

 フィンランドなどもそうだが、公用語が二つ以上ある国も珍しくはない。そういった場合は、話しかけられた言語で受け答えられるのが望ましい。

 とはいえ、大貴はまだ独り立ちして日が浅い。そういった経験の若さが、多少の言葉のたどたどしさにも見て取れる。

 そんな彼をいま動かしているものは、自分のコネクションを確たるものにしていきたいという思いだ。

 大貴の足元には、梱包を終えたばかりのダンボール箱が積んである。その中身はしこたま詰めた緩衝剤と、たった今買い付けたばかりのヴィンテージ品のガラスアイテムだ。

 今日のこの取引は、大貴にとって充分な利益を約束してくれるであろうものだった。そして、良き取り引き先であるこの初老の店主に対しては、顔の覚えをよくして今後も良い付き合いを続けていきたい。そういう思いが、大貴にそんな言葉を選ばせていた。

 老人というものは、昔話を聞いてくれる若者を重宝するものである。それがその人物にとって大切な思い出であれば、なおさらであった。


 はたして大貴の狙いは的中したのか、店主は少しだけ破顔すると、カウンター越しの棚に飾られていたその小瓶を手に取り、持ってきてくれた。

 近くでよく見てみると、小瓶の中の砂は大小さまざまな粒子の粗さがあり、砕かれた鉱石のようにも見える。

 封をしている針金だが、これは比較的真新しいものに見える。定期的に巻き直している形跡が見てとれた。

 大貴はやはり、と思った。これは店主にとって大切なものであり、何か思い入れがあるに違いない。

「綺麗な砂……のように見えますが」言葉を重ねる。「これは海岸かどこかの砂でしょうか?」

 若い頃の奥方との思い出の品。それが大貴の頭に浮かんだイメージだ。

 だが、店主は軽く指を振ってそれを否定すると、指で摘んだ小瓶を視線の高さまで掲げた。店主の表情はにこやかを通り過ぎてニヤニヤとしている。どうやらその小瓶について語りたがっているという一点においては、大貴の予感は的中していたと言えた。

 そして店主の口から、驚くべき言葉が発せられた。


「この瓶の中身はね、とある人物の遺骨なのですよ」


「遺骨……ですか? 人の骨?」

「そう。遥か昔に生きていた、人の骨です」

 大貴は思わず、翻訳を間違えただろうかと考えたのだが、どうやら聞き間違えではないようだ。

 いや、まさか人骨とは。あまり日常的には使わない言葉だ。

 そう言われてみると、なるほど確かにそう見える。大き目の欠片に注目してみると、その刺々しい欠け方や断面に、特徴が現れていた。何かの生き物の骨であることは間違いないようだ。

 しかし予想を超えてバイオレンスな方向に話題に飛んでしまったものだ。どういった反応を示すべきか即断できず、にわかに焦りを感じる。しかし対する店主の表情たるや、まさに悪戯小僧のそれであった。

 もしかして、からかわれているのだろうか?

 そんな思いをよそに、店主は話を続ける。

「それもただの骨ではありません。この小瓶にはちょっとした逸話がありましてね。

 これは――そう。魔法使いの遺骨なのですよ」

「ま、魔法使い……」

 その言葉をかみ締めるのに、瞬き数回ほどの時間を要した。


 魔法使い。

 いや、これが『実は亡くなった息子の遺骨なのです』などと言われれば、その重さに耐えかねるところではあったが、魔法使いなどと言われてしまうと、これはまた一気に話がファンタジーに寄ったな、というのが正直なところであった。

 そう来たか、という感じであった。逸話、つまりは作り話の類なのであろう。

 そう考えれば、大貴の胸中に小さな安心感が生まれる。おそらく人骨というのも、フェイクの可能性が高いからだ。

 リアリティが薄れ、波が引くように驚きが消えていくと、次に押し寄せてくるのは好奇心である。

 笑顔を作り、大貴は尋ねた。「それはどのような逸話なのですか?」

 望む反応を得たとばかりに、店主は嬉しそうに頷く。

 大貴は、このミステリアスな老人が自信を持って語ろうとする逸話の続きに興味が沸いていたし、そして店主はそれを話したいようだった。それはつい先ほど終えたばかりのガラスアイテムの取引のように、互いに取ってのwin-winの関係と言えた。

 そして老人は語り出す。


「その魔法使いの名は、アレク・レデラトル・ギド。

 かつてこの地に住んでおり、その偉大な力を使って人々に豊かさをもたらしたと伝えられている。

 言い伝えでは、彼が大地に跪き祈りを捧げただけで、枯れた畑は瑞々しさを取り戻し、力を取り戻したという。

 そして、その年の収穫では、豊作が約束されたのだそうだ」


 静かに耳を傾けていた大貴の脳裏には、その魔法使いの姿がイメージとなって走っていた。

 姿のベースは、目の前の老人だ。その老人が土色のローブを身にまとい、大地に跪いて祈っている。そして、その祈りを受け、目前に広がる畑の端々から徐々に光が浮かんでゆき、やがて次々に若芽が顔を出していく。

「その方は、あなたのご先祖様なのですか?」

「ハハハ。まず姓が違うし、俺の祖父もそういう話はしていなかったがね」

 店主は小瓶の高さを落として言った。遠いものを見るかのような眼差しで、小瓶の中身を眺めている。まるで、小瓶の中で揺れる粒子の煌きの中に、かつての祖父の姿を思い浮かべているように。


「ただ一つ伝えられていることは、アレク・レデラトル・ギドは死してなお、我らにその恵みを与えようとしてくれたということです。

 生前彼は火葬を望み、そしてその遺骨のすべてを土に還すよう望んだと言われている。そしてそれが叶えられた土地は、まるで生前の彼が祝福を与えたかのように、いやそれ以上に、豊かさを取り戻した。

 そしてこの小瓶は、我が家に脈々と受け継がれてきた、魔法使いアレク・レデラトル・ギドの、この世に現存する数少ない遺骨の一つというワケなのですよ」


 ほう……。

 感嘆ともため息とも取れるような吐息が、口からこぼれるのを感じた。

 死してなお豊作をもたらすとされる、偉大な魔法使い。


 アレク・レデラトル・ギド。聞いたこともない名前だった。


 普段であれば、それはなんということもない、ありふれた作り話の一つのように感じられただろう。

 しかしここは薄暗くも、様々なガラスアイテムの放つ輝きに彩られたアンティークショップ。

 そしてそこを居城とする、老いてなおふてぶてしい魅力を誇るこのミステリアスな老人の口から語られるとなると、これが不思議と、馴染み、すとんと胸の内に落ちてくるのだ。

「素晴らしい逸話ですね」

 気がつけば、大貴の口が言葉を紡いでいた。そしてそれはまったくの本心から生まれた言葉であった。

「私には息子がいるのですが、土いじりが趣味でして。我が家でも色々と植物を育てているのです。

 かつて大地に恵みをもたらした魔法使い。この逸話を持ち帰って聞かせたら、きっと喜ぶことでしょう」

「おお! それはとても素晴らしいことだ!」

 突然の勢いで、店主が声を弾ませて言った。目を輝かせんばかりに嬉々とした反応だ。

 思わず目を丸くする大貴だったが、その様子など店主は気にも留めない。

「いまどきの若者は、農業なんて泥臭い仕事だと敬遠する奴らばかりだ。俺の息子などもそうだ。いかにパソコンという機械が偉大で大事なものかを俺に伝えようとすることに執心して、都会と比較して地方をけなすような言い方をするばかりか、あまつさえ俺が大切に思うヴィンテージの奥深さも知ろうともしない!」

 次第にヒートアップしていく老人。身振り手振りを交えたその熱弁を前に、大貴は苦笑いを作るほかない。

 ああ、これは失敗したな。愚痴に入ってしまった。

 静かに聞き流す構えであったが、店主は思いのほか早くに冷静さを取り戻したようだ。

「それに……いや、ああ……うむ、ゴホン。これは今は特に、関係のない話でしたな。少なくとも、客にするような話ではない」

「いえ、そんな」

 思わず笑んでしまった。ちょっぴり救われた気持ちになる。

 店主は再び視線を落とした。その先には、店主の手の平の上で転がる小瓶があった。そして黙して何かを考えたあと、小さな頷きと共に再び大貴の目を見て、こう言った。

「北城さん。もしよければ、これをあなたにプレゼントしたい」

「ええ!?」

 大貴は仰天した。差し出されたのは紛れもなく、話の焦点となっていた小さなガラスの瓶。

 大切に伝えられてきたと思われる、偉大なる魔法使い、アレク・レデラトル・ギドの遺骨である。

「受け取れません……いったいなぜですか? これはあなたにとって、大切なもののはずです」

 狼狽する大貴とは正反対に、店主の表情は清清しいものだった。

「俺にはもう5歳になる孫もいるのですが、この小瓶にまつわる話をしても、『そんな作り話は聞き飽きたよ』といった反応しかしてくれなくてね。それに息子もああだから、この小瓶も、アレク・レデラトル・ギドにまつわる逸話も、きっと受け継いではくれないでしょう。

 しかし、どうやらあなたは違うようだ。特にあなたの息子さんは、今まさに農耕に触れているというではないですか。であればこの遺骨は、俺のような枯れた人間の手元ではなく、いま、生きた大地に触れている若者にこそふさわしい。俺はそう思ったのですよ」

 その老人の清々とした笑顔は、これからまさに素晴らしいことをするのだと確信している男のそれだ。そんな彼を前に、大貴はそれを言うことができなかった。言える空気ではなかった。

 いや、息子のはどちらかというと園芸で、農業にはあまり関心はないようなのですが……。

 大貴は唾とともに言葉を飲み込んだ。

「それに」店主は人差し指を一本立てると、静かにパチリとウインクを一つしてみせた。「俺もあなたという客を大切にしたいと考えていたところでね。その気持ちとして、ぜひこれを受け取ってはいただけないだろうか?」

 その破壊力は抜群であった。

 ぐうの音も出ないとはまさにこのことであった。渋さとミステリアスさを兼ね揃えた老人のチャーミングな仕草の前に、大貴は心に張り巡らせた幾つもの心構えが一撃で打ち崩されたことを感じていた。

 これは観念するほかなかった。

「私も同じ思いを抱いておりました、ニーストレームさん。

 分かりました。有難く頂戴いたします。

 そしてこの胸の内に残る素晴らしい逸話と共に、必ず我が息子へと受け継ぐことをお約束します」

 ニーストレームと呼ばれた店主は、深く頷いて、大貴の手に小瓶を握らせた。

「ええ。そして次にここを訪れてくれたときに、あなたの息子さんの話を聞かせてくれることを、楽しみにしています」

 大貴もまた、もう一つの手で店主の手を包み込むように握手を交わした。

 そしてその時に大貴の胸に到来した思いは、ひどくチープな言葉だったが、そう感じずにはいられなかった。

 まさに今、絆が生まれたのだと。


 それから暫くして、小瓶を大切に鞄にしまった大貴は、また必ず会いに来ることを約束して店を去っていった。

 石造りの道を車が走る音が、徐々に遠ざかっていき、やがて静寂が訪れた。

 後には無数のガラスアイテムの放つ輝きと、老人が一人残された。

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