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二度目の、おはなし。  作者: 白黒音夢
知っていく。
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知っていく。遠野茜編2-1



「……は!?」


 そう言って彼は目をパチクリとさせた。

 そんな顔をするだろうな、と予想して言った言葉だったけど、海君は思いのほか大きく感情を発露させた。一瞬だけ眉を顰めたと思ったら、そのあと大仰に驚いて、目を幾度か開閉させ、そして少しだけバツの悪いような顔をした。やっぱり可愛い子だと思いながら、わたしも内心では驚いてしまっていた。海君の浮かべた表情から意味を推察し、内省した。

 意地の悪い発言だったかな。

「ごめんごめん」と謝って、それから出されたペペロンチーノを一口啜った。しっかりとニンニクの風味を感じ、それから唐辛子のぴりぴりとした辛みを舌の中で味わった。

 意外にも、と言っては申し訳ないけれど、このカフェは繁盛しているようだ。その証拠にまたお客さんが入ってきた。ドアベルが鳴って、からんからんと音を立てた。

 なんでだろうか。。何故かその音は夏を想起させた。たぶん、きっと、風鈴に近い音だからだと思う。夏と言えば風鈴。というのは平々凡々すぎる情緒感だろうか。

 海君と出会ったのはちょうど風鈴それが似合う季節だった。もう三ヶ月も前のことになる。彼の顔を一瞥すると、相変わらず気恥ずかしそうな顔をしていた。俯きつつ黙々とハンバーグを食べている。器用にフォークとナイフを使っているのを見て、卓のことを思い出した。彼もそういうふうに食べていた気がする。ただまあ、卓はハンバーグじゃなくて、焼き魚とかサラダとか、いつもそういうものを食べていたはずだ。そんな記憶がふと蘇った。

 記憶とは強い感情によって強固になるらしい。エピソード記憶だっけ。意味記憶だっけ。どちらの呼称で呼べば良いのか分からないけど、とにかく記憶とは想いが強いほど、長期に渡って脳に保存されるらしい。

 思い出す、なんて言葉が要らないほどに鮮明に記憶から溢れてくる。

 夏特有のベッタリとした蒸し暑さ。アスファルトから立ちのぼる、太陽の残滓。小さく鳴いている虫の声。

 そんな折、わたしは海君に出会ったのだった。誰かと一緒に居ることから得られる安らぎを、海君は私に教えてくれた。いや、そういう感覚を取り戻させてくれたと言った方が正しいのかもしれない。海君と会う度に、胸奥に開いてしまった穴は塞がれつつあった。もちろん、ときおり苦い痛みは走るけど。

 卓はなんで現れたのだろうと考えようとして、やめた。卓も言ってたじゃないか。分からないものは分からないのだ。いくら考えたって意味がない。

 薄い黄色に染まった水を一口飲むと、うっすらとレモンの香りがした。匂いが鼻から抜けていき、同時に身体の力も抜けた。

 心にへばり付いたヘドロのような淀みが霧散していく気がした。

 喫茶店ル・パラディは二年前から変化がなかった。レジの奥で注文された料理を作っているであろう店主。動き回る若いウエイトレス達。基調の整った店内の景観。そのどれもが昔のままだった。このショッピングモールが開店した当初、卓と共に訪れたときと何も変わっていなかった。

 再び海君の顔を覗くと、彼はやっぱり黙々と目の前の料理ハンバーグを黙々と食べていた。一口、二口、三口。大きく開いた口の中に、小さく切られたハンバーグが次々と収まっていくのを見てわたしは尋ねた。


「デザートいける?」

「それって、さっき言ってた美味しいパフェですか?」


 そうだよ、と答えながらわたしはメニュー表を取り出して再確認した。トッピングもあの頃と変わらないなあ。

 冷水の入っているであろう茶色いポットを持ち歩いていた女性店員を呼んで、わたしはは目的の品を頼んだ。


「生チョコジャンボパフェ一つ。トッピングはアイスセットとフルーツ盛り合わせマシマシで。あとホットココアを一つください」


 海君は思いっきり不審な顔をしてわたしを見ていた。海君の口がゆっくりと動く。声は出なかったけど、「らーめんや?」と言ったのは分かった。確かに初見だと驚くと思ったけど、それにしてもラーメン屋って。


「生チョコジャンボパフェをお一つ。トッピングはアイスセットとフルーツ盛り合わせマシマシ。それとホットココアをお一つ。以上でよろしいでしょうか?」


 大丈夫ですと答えるわたしの対面で、海君は挙動不審の顔をしていた。確かに量は多いと思うけど、食べきれなかったらもちろんわたしも参戦するし。そもそも食べきれないことを見越して注文しているわけだし、そんなに怯えなくてもいいのに。

 恐る恐るといった様子で海君はわたしに確認を取ってきた。


「パフェは一つだけなんですか?」

「うん。そうだよ」

「面白い海君が見れそうだから」


 わたしがそう言うと、海君は訳が分からないといった様子で曖昧に頷いた。


「ちなみにココアは?」

「わたしが飲むんだよ。あ、海君もなんか飲みたかった?」


 いやいやいや、と彼は首を振って、「あの、俺が食える量ですか?」と聞いてきた。その言い方があまりにも面白くてわたしは小さく笑ってしまった。どんなもんが出るんだよって顔をしている。わたしはちょっとだけからかってやろう――意地悪するの、わたしのよくない癖だ――と思いつつ、言った。


「んー。それは見てからのお楽しみってことで。それにすぐに来る――ほら来た」


 先ほど注文を受けてくれたウエイトレスがパフェを両手に抱えていた。生チョコジャンボパフェです。と言いながらにっこりと微笑んだけど、その笑みはぎこちなかった。

 それもそのはず。だって、パフェの容器を持つ手が震えているのだ。相当重いんだろうな。

 彼女がその巨大なパフェをテーブルに置いた瞬間、ドン、と大きな音を立てた。海君はその音に驚いて、眼前にあるパフェを見て目を皿のようにし、そしてウエイトレスの手が赤くなっているのを見て顔を顰めた。

 出てきた言葉は、「でけえ」だった。

 容器が大きすぎて中身がよく見えないけど、確か下から順番に、シリアル、ヨーグルト、チョコスポンジ、アイス、フルーツ、アイス、フルーツ……?

 そんな感じだったような気がする。記憶が定かじゃない。

 見えている部分には柔らかそうな生チョコがたくさん乗っており、その周りには沢山のフルーツが彩りを添えていた。イチゴ、モモ、ミカン、ブルーベリー、メロン。きらきらとしているフルーツに掛けられているのはこれまたチョコだった。個体ではなく、液体のチョコソース。

 過去の想い出と現在を比較してみて、改めてため息が出た。いやあ、想像より大きいね。海君がどこまで食べれるか、なんだけど……。

 ウエイトレスが去って行ったのを見て、わたしは海君に視線を向けた。呆然としていた海君だったけど、わたしに気付いて一言。


「無理です」

「食べれるって言ったでしょー」

「俺は言ってないと思うんですけど。っていうか、これは通常の量じゃないじゃないですか……」

「男に二言は」

「有りです」


 そのあとすぐに店員が来て、ホットココアを置いていった。必死の形相でパフェに食らい付いている海君を尻目にココアを飲む。一口飲んで小さく息を吐くと、海君が不思議な表情をして尋ねてきた。


「寒いんですか?」

「違うよ。なんで?」

「いや、なんでホットを頼んだんだろうなって」

「これから冷たいものを食べるからね。わたし、冷たいモノばっかり食べるとお腹壊しちゃうんだ」

「へえ。そうなんです……か? ん。ん!? 俺が残すの前提でそれを!? 自分だけ!?」


 ジト目、というのだろうか。そんな目でわたしを見つめるから、睨んでいるのかと思ったけど、表情は不機嫌そうではなかった。びっくりしているって顔だ。傍から見れば威圧している男子の図なんだけど。


「睨んでるの? こわぁーい」

「睨んでないですし、その口調はなんなんですか……」

「わたしが想像した可愛いキャピキャピ女子の口調」

「えぇ……ぜんっぜん可愛くないです。むしろウザさ全開ですよ」


 相変わらず冷めたような目でこちらを見ているけど、瞳の奥には優しさが覗いていた。


「冗談だって。交換しよ?」


 わたしがココアを差し出しても海君は動かなかった。どうしたんだろうと思ってココアから視線を上げると、海君はこめかみに指を押し付けていた。頭痛かな?


「どうしたの?」

「狙ってんすか?」

「何が?」


 天然かよ。そう口にしたあと、彼は更に何かを言っていた。モゴモゴとしていて聞こえなかったけど。ようやくパフェがわたしの眼前にやってきたのを見て、ため息をこぼした。もちろんテンションが下がったとか、気持ちがもやもやするだとか、そういうため息じゃない。


「美味しそう」


 とりあえず食べようと思ってスプーンを手にすると、あ、と言う声が聞こえた。海君のものだ。それが蚊の鳴くような声だったから、気になって声を掛けた。


「どうしたの?」

「いや。スプーン取りましょうか?」


 海君はテーブルの端に置いてあるカトラリーボックスを見ていた。別にわたしは気にしないけど、そういうのが気になる年頃だろうか。それともわたしのことを気に掛けているのだろうか。でも食器を無駄に汚すのもお店に悪いしなあ。


「わたしは気にならないんだけど、海君はそういうのが駄目なタイプ?」

「いや。俺は平気ですけど。女性だから気にするかなって」

「大丈夫だよ。そうやってあんまり気を遣いすぎると疲れちゃうよ?」


 はい、と首肯しながら、海君はおずおずとカップを持ってココアを飲んだ。口紅が付いていないところに口を付けていたのを見て、わたしは再び内心で謝った。

 わたしは好意を利用している。卓と会いたいがために、海君がわたしへと向けている好意を利用しているんだ。

 ごめんね。



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