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二度目の、おはなし。  作者: 白黒音夢
知っていく。
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知っていく。太田海編1-7



 駐車場に停車させたあと、俺たちは車外へと出た。外気はやはり冷たくて、再び着たコートや服の隙間から冷気が身体に染み込んでくる。今日が休日だからか、駐まっている車が多く、駐車できたのがショッピングモールと少し離れていた場所だった。とはいっても歩いて百メートルもないので、俺も遠野さんもショッピングモールの出入り口まで足早に向かっていった。

 出てくる人達とすれ違いながら、自動ドアをくぐる。中へと足を踏み入れた瞬間、一昔前のクリスマスソングが聞こえてきた。遅れてガヤガヤとした喧噪が響く。足音。何かが擦れる音。話し声。そのどれもが、現状に満ち足りている人々が慣らしている音のような気がした。


「買い物の前に軽く食事しよっか。少し早いんだけど、大丈夫?」


 と、先に入っていた遠野さんが振り向いて俺にそう言った。何時だろうと思って手首に付けている時計を見ると、十一時だった。「大丈夫ですよ」と笑いながら答え、遠野さんの隣に並んだ。


「甘いもの好き?」

「好きですよ」

「よかった。ここ、パフェが美味しいんだ」


 そう言った遠野さんが案内してくれたのは、お洒落な喫茶店だった。店外には小洒落た看板が掲げてあり、外国語で店名が書かれていた。英語、じゃないな……なんて読むんだろうと考えていると既に遠野さんは店に入っていた。慌てて店内に入ると、幾つかのテーブル席が見えた。店内に入った瞬間から、何かしらの木の匂いが漂ってきていた。素早く四方に視線を散らしてみれば、様々なものが木目調で統一されていた。

 匂いや景観に気が使えている飲食店は、大抵は美味しい料理が出てくるのだ。だから遠野さんオススメのパフェも期待できるぞ、と内心期待した。

 いらっしゃいませ、という声が聞こえ、それから俺たちは空いている席へと案内された。

 テーブルの端に除けられているメニュー表を取り、書かれてある料理名を眺める。よかった、そんなに高くない。安堵のため息を吐くと、遠野さんは苦笑しつつ告げた。


「心配しなくても大丈夫だよ。そんなに高い店には連れて来ないし、そもそもわたしが払うから安心してよ」

「さすがに悪いですよ。っていうかむしろ俺が払いますよ」

「子どもに支払わせるのってどうなんだろうね」

「……気にしたら負けですよ」

「何に負けるの?」


 その言葉を聞いた瞬間。沢山の想いが溢れてきた。

 俺(子ども)をここに連れてきたのは遠野さんじゃないですか。俺に払わせてくれないんですか? 仮にデートなら、男に払わせてくださいよ。デートじゃないとしても、だ。

 俺には得がある。貴女と一緒に過ごせるから。それだけで嬉しいから。だからお金を払うのだ。

 貴女にはなんの得があるんだろう。貴女は俺と過ごしたいと思っているわけじゃない。そう思って今この場所に居るわけじゃない。それなのに、俺と会う約束を取り付ける。時間とお金を消費してまで得られる対価とは一体なんなのだろう。……それが、腕時計なのか?

 気を失った後の俺と過ごしたいから、そこまでするのだろうか。

 俺は貴女のことが好きです。俺は今日、その言葉を伝えようと思う。でも、返答は求めない。俺ではない誰かに好意を向けていることは、十分に理解している。

 だけど。けれど。貴女が抱えているものを分けて欲しい。秘密にしていることを教えて欲しい。出来ることなど何もないと分かっているのに、彼女の胸中を知りたいと思うのはただのエゴだ。自己満足以外の何物でもないのかもしれない。

 でも、それでも、俺は貴女のことが知りたい。


 一言でも疑問を口にすれば、心の底に沈殿した澱が攪拌されてしまう。ごちゃ混ぜになった感情が抑え付けていた理性を超えてしまえば、様々なものがたちまちに崩壊してしまう。

 堪えきれない想いがこぼれ落ちそうだった。爆発しそうだった。だから遠野さんの見えないところ――テーブルの下で両手を硬く握って、「……分かんないですけど」と呟くことしか出来なかった。

 そのあと、注文を取りに来たウエイトレスにハンバーグを頼み、遠野さんはペペロンチーノを頼んだ。料理を待つ間、しばらく取り留めも無い会話を交わしていた。頼んだ品が来ると、俺たちは会話を止めて食べ始めた。真っ白な皿の手前に載せられたハンバーグにはデミグラスソースが掛かっている。湯気を黙々と立てていて、見るからに熱そうだ。ナイフで切ると、ハンバーグの中から透明な肉汁が溢れて、デミグラスソースと合わさった。絡まったソースが滴らないように気を付けながら口に入れる。おお。ソースも美味しいけどそれよりハンバーグ自体にもしっかりと味が付いている。どうやったら家でこういう深みのある味を出せるのか。香辛料系にもう一手間加える感じかな……?

 先週学祭のプレで作ったカレー、微妙に辛かったんだよな。実際学祭は小中学生も多く来るし、そういう子達に合わせた方が食べて貰えるような気がする。安くて良い感じの……リンゴかヨーグルトをぶち込むか。牛乳でもいいかなあ。

 考え込みながら咀嚼していると、遠野さんはパスタを巻いていた手を止めて尋ねてきた。


「そういえば、喫茶店で何を作るのか決めた?」


 その発言のタイミングが突然で少しだけビックリした。飯を食っているからその話題を口にしたのだろうか。人の思考回路なんて考えたって分からないけどさ。

 軽く咽せそうになったのもあって、最初にウエイトレスが置いていった氷水を手に取った。既に氷は溶けているし、時間も経っている。温くなっているかもしれない。そう思いながら手に取ったけどまだ冷たかった。コップから伝う水滴が指先を濡らす。

 口に含むと、僅かにレモンの香りがした。コップの中をよく見ると、無色透明のそれではなく、ほんのりと黄色の絵の具を垂らしたような色に染まっていた。美味しくてゴクリゴクリと数口ほど飲む。

 心の中のさざめきが納まっていき、口が滑らかに動いた。


「っと、カレーです。確か」


 確かって、とおかしそうに笑みを漏らしながら遠野さんは続けた。


「いつだっけ?」

「二週間後……もうちょい先か。二十日後くらいです」


 でもなんで今、と窺うように聞くと、彼女は笑みをたたえたまま答えた。


「だって、なんか考えながら食べてるんだもん。海君がそういう顔をしてる時ってさ、大抵は本のことか、料理のことを考えてない? 今もそういう顔してたから、学校祭のことかなあって思ったの」

「辺りですけど……すっごいっすね。っていうか俺そんなに表情分かりやすいですか? 思い出したんですけど、俺、友達にも結構言われるんですよ。分かりやすいだのなんだのって」

「まあ、海君は分かりやすいよね」


 そんなに分かりやすいんですかね。と言う前に遠野さんが顔色を変えずに「見てて可愛いと思うよ」と告げたため、俺は驚いてしまった。


「……は!?」


 相手は全く表情を変えないというのに、こちらは慌ててしまっていた。心の準備も何もなかった。



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