知っていく。太田海編1-4
突拍子もなくそう言うと、三人は足を止め、それぞれ違った反応を見せた。
東太は切れ長の目を更に細くさせながら嘆息した。こいつ絶対俺の言葉を信じてねえな。
「ホント? 海君からそういう話を聞いたことがないから私は詳しく知りたいな」
目を丸くさせながら、興味津々とばかりに顔を近づけてくる愛生。女の子はどうして恋バナが好きなんだろうか。っていうか顔近い近いほら東太が睨んでるって。
「……その割には嬉しそうじゃないわね?」
躊躇いがちに尋ねてきた亜希さんの言葉をやんわりと否定した。
「そんなことはない、と思うんだけど」
遠野さん考えながら吐いた言葉は、はっきりとしたモノではなかった。というか、否定も肯定でもできないのだ。
何故なら遠野さんは、俺に会うために誘いを掛けてきたのではないからだ。きっと、俺じゃない誰か――時計を付けて、気を失った後の俺――に会いたいのだ。
それでも、嫌じゃない。会うのが嫌なわけがない。気になっている人から『遊びに行かない?』と誘われて嫌な気持ちになるわけがないんだ。
だけど遠野さんの目的は俺じゃない。俺に会いたいというのは、彼女の本当の目的のための手段だ。
きっと俺自身は必要とされていない。そう理解していても、会えるだけで嬉しいから会いに行く。会いたいと言われれば反射的に会いに行く。パブロフの犬みたいだ。
「思うんだけどって一体どういうことなのよ?」
思考はグルグルと同じ所を巡っている。このままではいつまで経っても答えなんて出ない。だから。
「俺にも分からないんですよ。自分の気持ち」
一同眉を顰めて俺を見ている。
「だから、聞いてきます。聞きたいことを聞いて、それから皆に言うよ」
なんかあったら骨くらい拾ってくれ、と笑いながら言うと、東太は俺の腹を軽く殴り、亜希さんは足の脛を蹴ってきた。
愛生は俺の頭をポンポンを撫でながら、俺だけに聞こえる声で。
「きっと骨も残らないと思うから、先に撫でとくね。頑張れ」
と言ってきた。
俺は貶されているのだろうか。それとも慰められているのだろうか。まあ、どちらにしても微妙なところだ。
俺は強ばった声で、ありがとうと答えるのが精一杯だった。
☆
ちょっと待ってください。
と、脳内では言っていた。だけども現実では何も喋れなかった。喋る暇さえなかったのだ。声帯が音を鳴らす前に、遠野さんの顔が眼前に迫ってきていたからだ。
まず最初に俺は何をされているんだろうと混乱して、それから形の良い唇を見とれて緊張し、心臓が一気に跳ねた。
キャパシティー。という言葉がある。様々な場面で使われる語句だけど、要は力量だとか能力だとか、そんな感じの意味だ。で、当然ひとりひとりのキャパシティーはバラバラだ。このような状況になっても動じない人も居るだろう。口からスラスラと何かを紡いで遠野さんの行動を止めたり、それ以前に普通に身体を動かして東野さんの肩でも掴めばいい話だ。
そして一言、「何をしてるんですか?」と言えば良いだけの話だ。
しかし、俺には無理だった。
きっと、俺のキャパシティーを超えてしまったのだ。キャパオーバー。
俺は昔から感情が高ぶってどうしようもなくなると身体が勝手に動いていた。しかも拒絶するのではなく受容する方向へと動いてしまうのだ。
そんなんだから、手痛い経験を積む羽目になる。潮谷由宇と交際するに至ったときもそうだったんだ。頭で考えるより先に身体が動いて、彼女を抱き締めていた。
俺の気持ちの深度はさておき、付き合っていたとはいえ中学生だ。程度の知れる、形ばかりのお付き合いだったから、実際の交際経験というのは皆無に近い。
その手の経験を積んでいれば異なる行動を取れたのだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、気付けば俺は首を傾け、しがみついてくる遠野さんを抱き締めていた。
そして次の瞬間、粘り気のある粘膜の絡み付く音が俺の耳に届いた。




