知っていく。太田海編1-3
「で、どうなんだよ」
愛生ちゃんとじゃれ合いながら東太が尋ねてきた。なんのことか分からない。
「なんの話だよ」
「恋で悶々」
プッと吹き出してしまった。
「蒸し返すなよ。もういいだろそれ」
あぁーとかんぁーとか煮え切らない返事をするのが気になって一歩踏み込む。
「本気でそう思ってんのか」
「最初は適当に言ったんだけど、当たらずも遠からずの気配がするんだよなあ。つうか何度も言ってるけど、お前は顔に出やすいんだって――なあ?」
「うん」
「そうね」
二人は揃って頷いた。
「まあ、とりあえずマジで相談してみろって。俺はともかく女性陣のアドバイスは役に立つだろ」
からかい口調でそう言ってくる東太だが、きっとその実心配してくれているのだろう。これまでの会話からそれは容易に推測することができた。
「そうなんだけどさ。……どうすっかなあ」
こぼれ落ちる本音。
「これだけ周りに心配されてるのに言いたくないってこと?」
「言うか言わないかはさておきその言い方だと俺のことを亜希さんも心配しているってことに――痛え!」
先ほどのお返しとばかりに揚げ足を取りに行ったが、途中で脛を蹴られて中断を余儀なくされた。
「これがツンデレなのかなあ」
「絶対ちげえよ。亜希にはデレ成分がない」
「デレって具体的にどういうのなの?」
「そのままの愛生がデレって感じかな」
まーた始まったよとクラスメイトの揶揄めいた声が聞こえた。まあ、揶揄めいたとは言ったけど、馬鹿にしているのではなく親しみの籠もった声だ。一人がそんなことを言うと、それに気付いた周りの生徒から幾つか笑い声が飛んできた。
良い方向になったなあ。
以前行った学祭メニュー作り調理練習の際、俺は愛生に東太との馴れ初めを聞いたが、それは二人がこの高校に入学するに至った理由そのものだった。そしてその会話の中で俺は、愛生が長い間抱えていた小さな(本人にとっては大きな悩みであろうけど)悩みを解決したのだ。解決したなんて言うと上から目線で偉そうに聞こえるけど、要は俺の視点から見た二人の関係性を伝えただけだった。
東太は愛生のことが好き、と。
それだけで二人の距離は以前より縮まった。愛生は東太に向けている好意を隠そうとしなくなったし、そうすると東太も前より真っ直ぐに愛情を示すようになった。
良いことだ。良いことなんだけど一つだけ問題が起こった。それがこのバカみたいな会話だった。
「そんなこと言ったら東太の方がデレって感じだよ? リアルツンデレだー」
「いーや。愛生の方が」
これ以上は聞くに堪えないからお耳をシャットアウト!
どうでもいい掛け合いほど見ていてつまらないものはない。というかこの会話はどう考えても本当にこれはホント「バカップルそのものね」
思わず口に出してしまったかと思ったけど、聞こえてきた声は亜希さんのものだった。
シンクロ率が高えなあと苦笑しつつ亜希さんを一瞥すると、ちょうど彼女もこちらを見ていたようだった。俺が亜希さんの瞳を捉えた瞬間、亜希さんは微かに目を見開いて、なあに、と言いながら首を傾げた。
なんでもないですと返すと亜希さんは肩を竦めた。
「二人とも微笑ましいっちゃ微笑ましいよね」
俺は東太と愛生はお似合いのカップルだと本当に思っている。俺だけでなくクラスの皆がこの二人の馬鹿な……じゃなくて楽しげな会話を聞いて楽しんでいる。二人の喋り声を聞いているだけで皆小さく笑っている。頬を緩めたり、口元を上げたり。またやってらあ、なんて声も聞こえてくる。
「でもさあ。独り身のこの時期に見てるとなーんか辛いのよねえ。周りは暖かいのに私ひとりだけ寒いみたいな」
予想よりも全然シンクロ率してなかった。確かにバカップルだなあとは思ったけど、俺はそんな侘しいことは考えていない。亜希さんはどうも心が狭いというか捻くれているというか……。
「僻み以外の何物でもないじゃないですか……」
「私以外の人間が私より少しだけ不幸で居てくれると、こう、気持ちが楽よね。まあ、あんたは恋に悶々だからそういうのを気にしないんだろうけど」
貧しい考え方ですねというセリフを飲み込んで、一つだけ尋ねた。
「どんだけ気に入ったんですか。恋で悶々」
「そこまでじゃないわよ」
くだらない会話をしながら俺たちはそれぞれ帰路に就いた。とはいっても当然校門までは皆一緒だ。校舎から出ると冷たい風が身を打ち付けて、季節が冬になろうとしていることを実感させられた。室内と室外の寒暖差が日ごとに大きくなってきている気がする。外に出た後で四人揃って身震いをした。
さみぃ、と呟くと口から真っ白な湯気がこぼれ出て余計に寒くなりそうだった。どこからか流れてきた枯れ葉がカサカサと音を立て、校庭を流れていく。尖り気のある音だけが聞こえただけで、葉自体はよく見えなかった。いつもより夜の色が濃密だ。
暗いな、と思って空を見上げると月も星も見えなかった。だから辺りが一層深い闇に覆われているのか。存在していても変わらないと思っていたけど、星明かりや月明かりが無いとこんなにも違うのか。
敷き詰められたような薄雲を見遣りながら、周りに聞こえるように告げた。
「あのさ」
ただただ広がっている雲を見ていたら、いつの間にか三人と離されていた。
「俺、たぶん、デートに誘われたんだ」




