知っていく。太田海編1-2
ポッと頭の中に浮かんだのは『沈黙は金、雄弁は銀』という格言だった。確かそういう言葉があったような気がする。えっと、『喋ることも大事だが、黙っていることも大事だ』とかなんとか、そんな意味だ。
実際のところ、どちらが良いのだろうか。
「なあ、どう思う?」
LHRも終わり、帰り支度をしている東太の背に質問を投げかけてみる。振り返った奴はどこか不機嫌そうな眼差しで俺を睨み付けていた。主語を言わなかったのが気に食わなかったのだろうか。
つうか目が赤すぎないか。季節外れの花粉か?
「あ?」
迫力のある低音ボイスに少々ビビりつつ再び問う。
「喋る人間と寡黙な人間、どっちがイイと思う?」
突飛すぎる質問に驚いたのか、東太は眉を顰め、腕を組んだ。
「……それはもう主観の問題じゃねえの。好き好きっていうかさ。俺自身は馬鹿みたいに喋る人間だし、喋ってくれる人が好きだよ」
あまりにもまともな返答にこちらが困惑した。
「どうした?」
とは言えないから誤魔化す。
「いや、目が充血してるなと」
「ソシャゲのやりすぎで寝てなくてさ……」
さいですか。
話を打ち切ろうとしてから一つ気付いて質問を投げた。
「んあ、でもそれっておかしくないか」
「何がよ」
「愛生ちゃんってそんなに喋らないだろ」
俺がそう指摘すると、東太は気色の悪い笑みを浮かべた。
「分かってねえなあ。お前」
視線で先を促す。
「喋るって口から声を発することだけを指すんじゃないだろ。もちろん辞書を引けばそう書いてあるんだろうけどさ。言ってる意味、分かるか」
小さく首肯する。
「海が今やったみたいに視線で何か告げることだってあるし、表情だったり、足音なり掌の温度なり、まあ色々あるじゃんか。愛生が俺に伝えてくる手段ってケッコーあるんだぜ」
目を擦りながらだから全く様にはなっていないけど、そう告げる東太はどこか格好良かった。
「愛生は物静かだけど沢山喋ってくれる女の子だよ――っとそろそろ帰るか」
少し離れた箇所で談笑していた亜希さんと愛生は、俺たちをチラチラと覗き見ていた。視線に気付いた東太が話を切り上げると、ちょうど二人はこちらに向かってきていた。
不思議そうな顔で愛生が東太に尋ねていた。
「二人とも何を話してたの?」
東太は軽く首を横に振り、なんでもないと言ったが、思い付いたとばかりにニヤリと笑った。
「いや、なんでもなくはないなあ。海君のお悩みを聞いてたのよ。恋で悶々してるんだってさ」
東太の妄言を信じたのか、愛生は目を丸々とさせてこちらを見ていた。きっとこれは興味津々わたし気になりますの瞳だ。
「ほんと?」
「愛生ちゃん違うから。東太てめえ覚えとけよ。……っていうか黙ってないで助け船出してくれます?」
と亜希さんに矛先を向けると、彼女は一笑に付した。
「恋で悶々な男に助け船なんて要らないでしょ」
相変わらず冴え渡る舌の切れ味に惜しみない拍手を送りたいが、切られているのは俺だった。しっかし、よくもまあ出てくる度に毎度毎度こんな返しができるなあ。
「どんな刀だって研磨しなきゃ切れないのに亜希さんはいつどこで研いでるんですか?」
一瞬だけ眉を顰め、それから真面目な顔になった。
「……いつだって相手は頭の中に、みたいな」
「誰と戦ってるんすか……」
俺の辟易した声に連鎖するように同様の温度で誰だっていいじゃないと亜希さんはこぼした。




