豪華特典
鶴亀とはここらで唯一、とも言える居酒屋だ。小料理屋、のようなものならある。ただ10人以上が一度に入れる店となると、限られてくる。駅からそう遠くなく、10人以上が入れるアルコールが置いてある店、というのは意外と限られている。今時ファミリーレストランにだって、アルコールはある。ただ、ガタイのいい、しかも汗臭い男が10人も大声で騒いで飲める店、となると、候補から外れる。
「え~なんで、宮さんじゃないんですか!?」不満、というほどではない、が、疑問の声が上がった。
そりゃそうだろう。俺だって疑問だ。楠田は表情を変えずにビールをあおった。30分たったら抜ける約束だ。
宮崎は創設以来のメンバーの上、全ての回に出席している。穏やかな人柄にひかれて皆が色々な相談を持ちかける、なくてはならない存在だ。それに比べ楠田は休みが不定期の為、最低の出席率を誇り、その上、無口で自分からあまり話しかけないので、最低限の挨拶以外したことのない人もいる。どうやら黙っていると強面に拍車がかかるらしく、恐ろしくて話しかけられないメンバーもいる、と聞いた。
「私はそういうのには向いてないんでね」宮崎が穏やかに諭す。
「俺の方がよっぽどむいてない」楠田が小声でつぶやく。
「寡黙だからってリーダーに向いてないとは限らないですよ。楠田さんは周りに対する配慮がすばらしいし、強面からは分からないとても繊細な心をお持ちですよ」
ビール1杯しか飲んでいないのに耳が赤くなる。「俺って繊細だから」と笑い話で主張することは出来ても人から「あの方は繊細で」と言われて、羞恥心が湧き上がらないほど図太くはない。
やめてくれ~と叫びたい。
「それに」楠田の気持ちも知らず、宮崎が続ける。
「やっぱり実力主義でしょ。腕の立つものがトップに立つのがいいと思いますけどね」
今日のゲームは珍しくバトルロワイヤルだった。最後に生き残ったものが勝ち。
楠田と福田の実力は拮抗しているはずだが、今日は楠田に軍配が上がった。
「まあ、そういうこと」それまで黙っていた福田が声を上げた。
「メールで連絡してただろ。今日のバトルロワイヤルの勝者には、特典があります、って」
『特典』って普通、いいものじゃないのか。なんだよ、それ。楠田はますます押し黙った。
「このメンバーの中じゃ、くっすーが一番相応しいって。シャイだけど、責任感強いし、実は面倒見もいいし、おまけに実力もピカ一だし。あ、知らない人もいるかもしれないけど、くっすーが無口なのは、シャイなだけ、だから。実は、結構しゃべるよ」福田がとっととまとめに入る。34の男を捕まえて「シャイ」はやめてくれ、と楠田は憮然とした。
「仕事の関係で全参加は難しいけど、そこらへんは宮さんがフォローしてくれるし、みんなも勿論協力してくれるだろう?」
絶妙に人を乗せる。福田はこうして人を納得させることが抜群に上手い。
「いいんじゃね?おれ、くっすーのこと結構すきだし」他人ごとだからかお気軽に同意するのは、タケこと、武内修。1浪1留の大学4年生だ。頭は悪くない。ただ興味がないことにはまったく労力を割かない徹底した性格で、それゆえ未だ、一般教養で取れない単位がある。去年ドイツ語のレポートを楠田が手伝ったことに恩を感じているが故の発言だろうが、ホントに恩を感じているなら、反論してくれよ、まったく。楠田は苦虫を噛み潰したようなに眉をしかめた。
「お前、その顔、デフォルトにするのやめれば、あっという間に人気者なのにな」
楠田の眉間のしわをつつきながら福田が笑った。
メールやチャットのみの幽霊部員も合わせて、全部で21名のうち、今日参加が11名。うち楠田が名前と顔が一致しているのは、福田、宮崎、武内をのぞけば、2、3人だ。とてもリーダーに向いているとは思えない。
しかし、民主主義において多数決は従わざるを得ない。
畜生、やっぱり最大多数の最大幸福なんて、マイノリティに対しての不利益が大きすぎる。
だれだっけ、ベンサムか。楠田はもう10年以上前になる哲学の授業のカケラをふいに思い出した。