クラフト・アーツ3
「ほな作戦会議。始めよかー」
関西弁の女の子が席につきながらそう話し始めた。
それを合図にして席に腰掛けていた生徒達が、がやがやと話し始める。
話題は特につい先日行われたDクラスとEクラスのクラス戦の事だ。
激闘に勝ったのはEクラス。倍以上の人数差を跳ね除けての勝利という驚くべき強さと団結力の高さをEクラスは見せつけた。
他のクラスのクラス戦は戦力を把握する意味でも大事であった。このクラスでも多くの人がD対Eのクラス戦を見ていた。
しばらくその会話の様子を見ていた関西弁の女の子がドンッと机を鳴らす。
生徒の視線を女の子が集める。どうやらこの関西弁の女の子がこのグループのリーダーのようだ。
「やっぱ仕掛けるなら一番強いトコとやるべきやろ。せやないと面白うないやん」
ニヤリと笑いながら関西弁の女の子は全員にそう告げる。
それに賛成の意見が多く上がる。
「でもウチらは武器が無いとまだ戦えへんからなー……まぁ解禁されたら即仕掛けるって事で調整しようや」
チリンと鈴の音が鳴る。関西弁の女の子が片手に持っている刀の柄に小さな鈴が一つついている。
「反対意見の人は特にいいひんな? ならそれでいくで。七月一日。武器が解禁されるのと同時にEクラスにクラス戦を仕掛けるで!」
関西弁の女の子が立ち上がり大きく宣言する。
……こうして、次のクラス戦の準備がまた密かに進められることとなった。
暦の上では季節は六月に入った。
対Dクラス戦、さらに五月末のテストを乗り切り、僕達はつかの間の平穏を味わっていた。
今日も授業があるので講堂を目指す。
……やっと学園生活にも慣れてくる頃合いである。僕も今の生活にようやく馴染んできた。
学園生というのがどういう物なのかだんだんわかってきたのだ。それにともない生活のリズムが整ってくる。
まぁ僕は特別奨学生の授業に病院でのアルバイトもあるから暇な時間というのはほとんど無いけど。
講堂に入り、前の方に設置されている端末にコンシェルジュをくっつける。
すると、何故か講堂の前の方に生徒が集まっているのである。
「何かあった?」
近くに居た生徒に尋ねてみる。
「もうテストの結果と補習の事が貼りだされてたんだよ」
それを聞いて僕も輪の中に加わる。
五月末の試験。学園に来てからは初めてのテストでもあった。
それなりに内容は難しかった。けど僕的にはそんなに悪い結果ではないと手応えは感じていた。
人の輪の中から貼りだされた結果を確認する。
……どうやら僕は全科目セーフのようだ。しかも順位は全部の科目がクラスで一桁である。なんだかんだ言いながら、終わってみれば意外と頑張っていたようだった。
気になったので上から順に見ていく。
トップは連君と纒さんの熾烈な争いであった。四科目を二人で取り合っている。よく授業をサボってるのに連君は流石だ。
テスト科目は数学、英語、地理、そしてアーツ近代史の四科目。この中で前の三つは大体上位の顔ぶれがほぼ一緒なのだけど、アーツ近代史だけは他の科目で順位が低い人が上位に来ていた。
具体的な例をあげると他の三科目で最下位を取っている美作が何故かアーツ近代史の科目だけは上位に居たのである。意外だ。
タケル君は……撃沈していた。英語と地理で補習が確定。
凛さんはどうやら四科目とも助かったようである。ただし順位は低い。
順位表の隣に補習の予定も貼りだされていた。こちらは休日に振り替えで授業を行うとのことであった。
一通り順位を確認したのでいつもの座席に向かう。
もう今日は皆が僕よりも先に来てたようだ。軽く挨拶を交わす。
「ご愁傷様。タケル君」
「っへ……補習で休みが潰れるだけだ。二科目で済んだとも言えるぜ?」
タケル君はそんな強がりを言っているがどうやら軽くへこんでいるようである。
勉強会がなかったら全科目撃沈の可能性もあったのかも知れない。
「凛さんは逆に全部セーフだったね」
「纒ちゃんのおかげ。これからもしっかり頼るよ!」
凛さんは今日も元気いっぱいである。
「少しは自分でやるってことを……言っても無駄なようね」
対して呆れ顔の纒さんである。
「そういう涼はなかなか上位に食い込んでたじゃないの」
「そうそう。一人だけずるいよ。授業中寝てるくせにさ。こっち側の人間じゃないの?」
そのまま僕に話を振られる。
「まぁ勉強はそんなに嫌いじゃないからね。やれば点に結びつくし」
軽く流しておく。昔から優等生を演じていてちょっとよかったと思う。
その下積みがあるから今の僕がある。テスト勉強もやれば結果に繋がるということがわかっているのだ。
「まぁ涼君は私達みたいに勉強が出来無いって感じはしないけど!」
凛さんがタケル君の方を見ながらそう呟いた。
「そもそもEクラスの軍師だもん。頭が悪いわけがなかった! ずるい!」
ハイハイと言って流しておく。
座席に腰掛けた辺りで前の方に座っている美作の姿が目に入った。
完全に座席で死んでいる。机にパタンとうつ伏せに倒れていた。
……テストは美作対策なのかアーツの使用が禁止されるような処置が取られた。そのためアーツに頼りきっていた美作は三科目撃沈という悲劇になったのである。
これは本人の自業自得でもあるけどちょっと可哀想であった。だから僕はちゃんと勉強しとけって言ったのに。
そのまましばらくして教師が入ってきて授業が開始された。
座学は流石に六月に入ると本格的な内容に進みつつある。
僕もそろそろ真面目に受けないと次のテストからは大変なことになりそうだったので、これからはなるべく真面目に受けることにした。今までもそこまで不真面目ではなかったけど。
コンシェルジュを展開して今日の授業を受ける。
「えー。本日の授業はアーツの相関図について説明をしたいと思います」
教師が前で説明を続ける。
やっとアーツの相関図か。前に槇下さんから軽く説明は受けていた。
「アーツには大きくは六種類の分類項目があります。図を各自のコンシェルジュに転送しますので確認してください」
ピピッという着信音の後に、コンシェルジュにアーツの相関図が表示される。
時計回りに、赤、青、緑、白、黒、銀の六色が並んだ円の図である。それぞれの区切られた領域がその色で塗られている。
これは過去に槇下さんに見せてもらったことがある。相関図というより系統図という方が正しいような気もする。
「まずは各色の説明から入ります。最初に赤の色。色別検査ではRと表示される色で、主に炎や熱を扱う人が該当する色です」
Eクラスで代表的なのはタケル君だな。炎の蛇は見るからに赤の色っぽいし。
クラス単位だと赤の能力者はアーツが攻撃的なイメージがある。
クラスの人数的には大体七、八人って所だったと思う。赤、青、緑の割合はほぼ同じぐらいだ。
「続いて青。これは主に水や氷を扱う人の色です。色別検査ではBと表示されますね」
僕が当てはまる色だな。あとは神島さんもこの色だ。
クラス単位で見てみると青の能力者は能力が防御に偏っているイメージがある。赤の色とは真逆である。
「次は緑。これは主に風といった自然をコントロールすることが出来る人の色です。色別検査ではGと表示されます」
Eクラスでは纏さんが数値的にはトップかな。この色は広範囲に攻撃出来るようなアーツや遠距離攻撃のアーツの能力者が多いイメージである。
「以上の三色がまずこの六色に分類する場合、約七割の確率で分類される色です。これは大事なことなので覚えておいてください」
ふむ。七割もこの三色で占めるのか。
「ここからは一気に人数が少なくなります。続いての色は白。色にとらわれないアーツの能力者や常時発動型の能力者が該当する色です。色別検査ではWと表示されます」
Eクラスでの該当者は二名。連君の常時発動型の先読みの力と美作の千里眼。
色がつかない色っていうのも変な感じだけどその通りだからそのまま覚える。
「次に黒。白よりもさらに珍しい色で独特なアーツの能力や少し変わった特殊なアーツの能力者である場合がほとんどです。色別検査ではBLと表示されます」
Eクラスで該当者は一人。凛さんの重力波だけだ。他にもアーツを吸収してしまうような能力者が居るって槇下さんが説明していた。
黒の能力者は数が少なく貴重だとも言われている。
「最後が銀です。主に武器を強化する事が出来る人の色ですね。色別検査ではSと表示されます」
Eクラスでは実は銀の能力者はそこそこ多くて五人の該当者が居る。でもまだ武器が解禁されていないこの段階ではその能力は僕も正確には把握していない。
「以上が基本の六色とその説明です。ここからはさらに各色の特徴を……」
教師が説明を続けている。
自分で作ったEクラスの戦力図のような物を展開して見ている。
意外とEクラスは系統の色的な意味だとバランスがいいのだ。全色該当者がいるし。
他のクラスはどうかはわからないけど、もしかしたらクラス分けの段階で色の配分も考慮されているのかも知れない。
自分の色については今思い返せば、入学前の適性検査の段階で教えられたような気がする。
その時は色についての具体的な説明はなかったけど。だから学園はその段階のデータでクラス分けを行なっていると判断が出来る。
シールドの技能がクラス全員使えるようになったのだ。次のクラス戦からはより個々のアーツが重要になってくると予想が出来る。
またクラスの皆ともっと話をしていく必要があるかなぁと、ふと思ったのだ。
アーツの能力はその本人しか知らないような使い方が出来る場合が結構ある。
僕なんてその最たる例だ。治癒術使いと言われながら他に何種類、能力の使い方があるのだろうと自分でも不思議に感じる。
特に銀の能力者についてはまだ僕も詳しい能力を把握していない。次のクラス戦までに各生徒の能力ぐらい把握しておくことが重要かなと思う。
そんなことを考えていたら授業の終わりを告げるチャイムの音が鳴った。
休み時間になると一気に講堂が賑やかになる。
Eクラスはわりと仲がいい。よく男子がふざけあっている様子を見かける。まぁ三年間は同じクラスメイトなんだから仲がいいことに越したことはないけど。
講堂単位でクラスが分けられているからかあまり他のクラスや上の学年に出入りしているような人は少ない。いや、Eクラスに限ればいないような気がする。
クラス戦のこともあってあまりクラス間同士では仲がいいとは言えない状況なのだ。
特にEクラスは他のクラスに情報を売って追放処分にされた橋下君のような例があるから尚更だった。
僕も他のクラスの知り合いは指導教員の授業で同じな神楽坂さんだけだし。
だからか自然とクラス単位ではまとまり、仲良くなっていくのだった。悪いことではないからこれでもいいとは思う。
……穏やかな時間だ。平和とも言える。
こんな時間が長く続けばいいなと思うのだ。
そんな風にクラスメイトの事を眺めていた。
午後からの実習で初めて、武器を使用する生徒は武器を持ち込むこと。との連絡があった。
六月だ。来月に入ると武器を解禁したクラス戦が開始される。
そのための事前準備だろう。この月からある程度の武器を使った模擬訓練を行うようだった。
研究棟に向かうと、結構な数の人が自前の武器を持ってきていた。
例えば連君は大ぶりのナイフを持ってきているし、及川は竹刀を持っていた。
他にもハンマーみたいな鈍器や剣のような武器を持っている人が結構居た。クラスの人数から言えば三割前後の人が何らかの武器を持ってきているということになる。
そして教師の前にたくさんの武器が並べられていた。
「休み時間の間に見ておいてくださいね。ここにある武器は練習用の武器ですので」
古今東西の様々な形状の武器が並べられている。どれも同じ素材で作られているのだろう。金属で出来ているような光沢を放っている。
試しに手前に置いてあったナイフを手に取る。そこそこ重量があった。やっぱり実戦を想定しているのだろうか。本物に似せてある。
「おい。涼! 見てみろよ!」
その発言と共に、目の前に大きな斧のような物が振り下ろされる。
タケル君が取っ手が長い槍と斧を合わせたような武器を振り回していた。
「危ないって。タケル君も武器を使うの?」
とりあえず距離を取る。
「どうだかな? 今はこれの見た目が面白そうだったから振り回してるだけだぞ?」
そのままブンブンと武器を振り回している。元気がいいな。
アーツの能力的に武器が必要ない人も多い。
むしろ武器を持つと手がふさがりアーツの力が発揮しづらくなる欠点の方が目立つ場合がある。僕もそのタイプだ。
だから僕は武器を使うつもりはない。なくても十分アーツの力だけで戦える気はするからだ。
武器を使う場合は考えられるのは大きくは二つのパターンである。
一つは武器を使わないとアーツの力が物足りない場合、もしくは武器を活かす事が出来るアーツの場合。
Eクラスで見れば代表格は連君かな。先読みの力に武器をあわせることで能力をさらに有効利用しようって考えの人だ。
二つ目は武器を使わないとアーツが使えない場合だ。多くの銀の能力者などが当てはまる。
アーツを使うのに武器が必要な人もいるのだ。その場合は武器がまずセットにならないと戦うことすら出来無い。
まぁどちらにしろ全体の人数から言うと少数派にはなってしまう。やっぱりアーツの力が重要になってくる。
しばらくふざけて襲ってくるタケル君の相手をしていたら、チャイムが鳴り響き実習が開始された。
「えー六月に入りました。この月から来月の武器解禁の事前準備として武器を使用した訓練を行います」
そういって教師はまず僕達をいくつかのグループに分けた。
まず一つ目。自前の武器を持ってきている人が中心である。
「アーツの力を使うのに武器が絶対に必要な人がまずこちらに集まってください」
その説明で何人かの人が集まっていく。武器が絶対に必要か。なんだか少し変わった言い方である。見知った顔だと及川がこのグループだった。
次に二つ目。武器を使用する事を検討している人。
「こちらにはクラス戦などで武器を使用する事を検討している人が集まってください」
この説明に武器を持ってきていた残りの人と武器を持ってきていない人も何人か集まっていく。見知った顔だと連君。タケル君がここに集まった。
最後。三つ目のグループは武器を使用しない人の集まりだ。
「最後はクラス戦などで武器を使用する気や予定がない人はこちらに集まってください」
これが一番人数が多い。凛さん。纒さん。神島さん。それに美作に僕。他にもクラスの半分近くの人がこのグループである。
「まずは全体に向けての説明です。武器の使用は各自の自由ですが、武器を用いた防御の訓練は各グループ合同で行います。それ以後はグループにより訓練方法が変わります。グループは自由に移動していいので、自分にあったグループで訓練を行なってください」
とりあえず僕は三番目のグループに所属しておく。
ある程度、グループにクラスが別れた事を確認してから教師が説明を始める。
「このグループは武器を使わない人のグループです。相手が武器を持っている場合を想定した防御の訓練と合気道の訓練を主体に行うことになります」
ふむ。素手で戦う手法、それも防御よりの訓練を行うのかな。
忘れがちだが、ここは軍学校だ。
何かと戦うことに主眼を置いた授業が行われても何も不思議は無い。
「しばらくは実際に武器を相手にするのは難しいので、まずは二人組になって組手の練習から行いたいと思います」
そういって教師が体格の近い人を組みにしていく。僕は比較的、体格が近い美作と今日は組むことになった。
「東雲君とですね。これは楽が出来そうです」
ニヤニヤと笑っている。こいつ、テストで痛い目を見ているのに相変わらずだ。
「サボる事を前提に考えるなよ?」
一応、釘を指しておく。
「東雲君こそおさわりはダメですよ?」
「わざわざ触るか!」
美作は今日もいつも通りである。
初日の今日はまず基本的な武道の型を教わる。二人組になったけど、いきなり組手で何かをやるわけではなかった。しばらくはこんな感じで実習が進められるのだろうか。
型の練習はそんなに難しいことではなかった。別に道着に着替えたりする必要があるわけでもなかったし。
ただこれからの実習は体を動かす訓練になることは明らかだったので、動きやすい服装で実習を受ける事と教師側から注意があった。
ところどころで手が開いたので他のグループの様子も伺う。
一つ目のグループ。アーツを使うのに武器が必要な人達のグループはそれぞれ持ち込んだ武器を用いた訓練となるようだ。
及川がアーツを発動させているのが見える。
竹刀を覆うようにアーツが展開され、一つの大きな剣のような形を形成する。
確か及川のアーツ名は『ラディカル・ソード』。竹刀を中心にしてアーツの力を発揮する剣を作る……だったかな。まだ詳しい能力までは把握していない。
他にも銀の能力者が集まっているのだろう。武器を扱いながらアーツの力を発動させているのが遠目でも分かる。
二つ目のグループはもう少し自由なようであった。
練習用の武器に持ち替えた後で教師が複数人でそれぞれ個人にその武器の使い方のアドバイスをしていく方針のようだ。
タケル君が今度は薙刀のような武器を振り回している。大きな武器が好きなのかな。
また日が経てば武器を使った訓練になるのだろう。初日の今日だと武器を選ぶ段階からスタートのようだ。
「よそ見発見! 隙ありなのです!」
美作が真っ直ぐ踏み込んで弱々しいパンチを放ってきたのを軽くいなして止める。
「いくらなんでもそんな隙だらけの攻撃は当たらないって」
どうやら美作は根本的に武術に向いていないらしい。アーツの能力も調査用だし。
「美作にサボるなって言っておきながら東雲君こそ気が抜けてるのです!」
プンプンと怒られる。それをまぁまぁと宥める。
「基本的に六月の間は型の訓練を行います。目標は戦闘で自分の身を守る事が出来るようになることです。難しい目標ですが頑張って行きましょう。残り時間はダッシュの訓練に使ってください」
その教師の言葉を合図に今日の実習が終わる。また最後の三十分ほどはいつも通り自由時間のようだ。
組手をやめて、のんびりとリラックスモードに入る。
「気になってたんだけど、美作。お前もしかしたらダッシュが使えるだろ?」
特に意味も無く聞いてみたら美作が動揺したようにピクンと震えた。
「な、何を根拠にそんなこと言い出すのですかねー。美作にはわからないですよー」
目が泳いでいる。こいつウソをつくのは苦手なようだ。一発で分かる。
美作は五月度の実習をほとんど受けていない。さらにシールドが使えることも隠していた。
まさかと思ったけど、もしかして……
「え、美作さんダッシュが使えるの?」
近くで話を聞いていた凛さん他数人が寄ってくる。
「……バレちゃったらしょうがないですね。まぁやって見せるのですよ?」
少し距離を取り、軽く踏み込むようにしてダッシュを発動させる。
「お前。隠すのは趣味なのか? やっぱりダッシュが使えるじゃないか!」
このクラスでダッシュが使える三人目は意外にも美作である。
「偵察用に移動訓練は中学の時に一通り受けていたのです。その中にダッシュもあったんです。って言うか何で東雲君は気がついたんです?」
しかもどうやら緩急もつけられるようである。急ブレーキを掛けてこちらに戻ってくる。ダッシュに関しては文句なしだ。遠くで見ていた教師が驚いている。
「いや、お前の性格を考えたら隠してそうだなと思っただけだよ」
「し、失礼な! そんな悪い子みたいな性格はしてないのです。と、言っても隠してたのは事実ですけどね」
テヘッと笑っている。こいつは本当に油断ならない。
そんな美作を取り囲むように女子が集まる。
まだダッシュが出来る人が少ないのだ。しかも女子では美作が最初の成功者だし。
「こうなるのがわかってたからあまり見せたくなかったのですー……」
女子に質問攻めにされている美作を見ながら周りを伺っていた。
やはり自由時間にダッシュの練習をしている人は多いのだけど、他に成功者はいないようだ。
教師によると七月度に入ると本格的にダッシュの訓練に入るらしい。となるとそれまでは各自で行うことになる。
ダッシュは使えると戦略の幅が広がる。奇襲という戦法も使えるようになるし、使える方がクラス戦で有利なのは間違いない。
が、習得は難しいようだ。こればかりは七月度の訓練を待った方がいいのかも知れない。まだ戦略に組み込むには人数が安定しないし早い気がするのだ。
今、Eクラスでダッシュが使いこなせるのは僕と連君。それと戦闘能力が無い美作の三人だ。
次のクラス戦までにあと数人増えて欲しいと思うけど、なかなか難しいだろうなとは感じる。
あとはゆっくりと実習の時間が過ぎるのを見ていた。
六月に入って最初の指導教員の授業である。
研究室に入るとダラダラしている槇下さんと席に腰掛けている神楽坂さんの姿がもうあった。
「東雲君おーそーいー。六月度の打ち合わせ始めるよー」
それを合図に席に座り、打ち合わせの開始だ。
「先月はなんだかんだ言いながら、結局。東雲君のバイタルフォースにほとんど使っちゃいました。なので、今月はどうする?」
対Dクラス戦の要だったバイタルフォースの完成のために指導教員の授業のほとんどを使用したのだ。神楽坂さんには多少悪いと思っている。
「私は引き続きロイドの習得がしたいです。でもまだダッシュも出来ませんけど……」
そうなのだ。神楽坂さんは今、ダッシュの習得で悩んでいる。
五月度も僕のバイタルフォースの合間に練習はしていたのだけど、まだ習得が出来ていないのだ。
「まぁ焦る必要は無いよ。他の皆だって七月と八月後半を使って習得する技術だし。のんびりやればいいのだー」
と言ってダラダラする槇下さんである。
「まぁ先月は東雲君にほとんど使ったから今月は春香ちゃんに使おうか。まずはダッシュの習得。それが出来たら流体防御の訓練ね」
槇下さんはコンシェルジュを開き何かを書き込んでいる。
「何回か話には出てますけど、流体防御ってなんですか?」
気になったので聞いておく。
「あー。東雲君はもうその段階だもんね。実際に見せた方が早いか。じゃ今日も移動するよー」
そのまま連れ立って観測所の方に移動する。
「流体防御はそのままの意味で流れるように防御するって意味なんだけど、これが習得出来ればロイドの七割は習得出来たと言ってもいい内容なの」
観測所の広場の方に降りる。
「よっと。まぁまずは見せようか」
白衣を脱ぎながら槇下さんがそう呟いた。
「東雲君。何処からでもいいよ。まず普通に殴りかかってきてみて」
手をクイクイと明らかに挑発するようにこちらに向ける。
「まぁまずは見やすいから真正面からきてくれるとありがたいかな」
神楽坂さんが少し距離を取る。
防げる自信があるから殴りかかってこいって言い出したのだろう。遠慮無く真正面から右ストレートを撃つ。
その右ストレートを巻き込むように槇下さんは内側に手を入れ、小さなシールドのような物を展開したのが見えた。
その瞬間、僕の右手が吹き飛ばされた。
「!?」
何が起こったのか実際に殴りかかった僕も分からない。さらに見ていただけの神楽坂さんも驚きの表情を浮かべていた。
「今のが流体防御。簡単に説明しちゃうと流動型のシールドをどのタイミングでも展開出来るようになること。分からないだろうからもう数発殴りかかってきていいよ」
それを聞いて確認の意味も込めて再度、殴りかかる。
それを槇下さんは内側に手を入れるのと同時に小さなシールドを展開してすべて叩き落とすのだ。
「発生方向や威力も慣れたら加減出来るようになるよ。これがロイドを使った攻防の基本になってくる動作。一年次だと十一月過ぎぐらいまでに習得が望まれる技術」
あらかた見せ終わったのだろう。槇下さんが白衣を羽織る。
「ま、流石に習得にはしばらく掛かると思うよ。でも今は先に春香ちゃんのダッシュが先。それが終わったら本格的にコーチに就くわ」
槇下さんはそう言って観測所の方に戻っていった。
ここから神楽坂さんのダッシュの練習が始まる。
神楽坂さんも脚部にエネルギーを溜めるのは出来ている様子なのだ。あとはそれを放出するだけ。
そのタイミングが難しいのだけど。実際、クラスでもそこまでは出来ている人が居ると思う。
一度そのタイミングさえ掴めてしまえばあとは問題なくダッシュが使えるようになるだろう。
だからそう遠くない未来に神楽坂さんもダッシュが使えるようになると思うのだけど、まだ時間がかかるのかもしれない。
「難しいの。説明はなんとなくわかってきたのだけど……」
まだ一気に放出するというタイミングが分からないようだ。ここで躓く人が多いのかもしれない。
当然だがダッシュの技能を多用すれば僕でも疲れる。一気にエネルギーを放出しているのだ。そのエネルギー源が減ってきたらその反動は自身に疲労となって襲ってくる。
でもその分を差し引いてもダッシュという技能は魅力的なのだ。クラス戦で使えれば一気に有利になる。
この日は遅くまで神楽坂さんの練習に付き合った。
「もうちょっとって感じかな? 見てた限りだと。まぁそんなに焦る必要はないよ。のんびりやってけばいい。じゃ、六月度の指導教員の曜日決めようか」
そのまま話し合いの結果。僕の病院のアルバイトと被らない月、木、日の三日。五月と同じ曜日になった。まぁ病院のアルバイトは相変わらず水曜日と土曜日だったからだ。
あとは神楽坂さんとご飯を食べてこの日はアパートに戻ってきた。
……ベッドの上で静かに考える。
流体防御。間近で見た感想としては上級生はこれが必ず使えるのだろうか。まずそれが思い当たった。
と言うことは接近戦で戦う術を上級生は皆、持っているということである。
一年の今の段階だとクラス戦を大きく左右するのはアーツの力だ。あまり接近戦をする必要は無いし、僕も接近戦はあまり考えない作戦を今までは立ててきた。
……それが恐らく上級生相手では通用しないのだ。相手が接近戦を行なってきたらそれに対抗する術が必要になってくる。
半年後だと悠長に構えていたらもう四ヶ月後には上級生とのクラス戦の可能性があるのだ。その点は注意しておくべきだと思う。
と、言っても今から対策が出来るわけではない。のんびり構えるしかないのだ。
……あまり先の事を考えても仕方がない。目の前のことから片付けるつもりで過ごしていくしかないのだ。
そう思って今日も就寝とした。
世間ではどうやらそろそろ梅雨に入るようだ。朝、起きてみると外の天気が怪しかった。
と、言っても授業はすべて屋内で行われるからそんなに天気の心配はしなくていいけど。
今日も授業があるので講堂に向かう。
まだ平穏は続いていた。このまましばらくは続いていくだろうと感じている。
……そんな風に僕は思っていたのだ。
講堂にたどり着くと、今日も騒がしかった。
「東雲君。お客さんだよー」
そう声を掛けられ、どうやら僕に用がある人が居るらしいので人の輪の中心に向かう。
「……あんたが東雲はんか」
輪の中心には女の子が二人居た。このクラスの人ではない。
一人は和服で小柄な女の子だ。もう一人の女の子の影に隠れるようにして立っている。
もう一人の女の子がどうやら僕に用があるらしい。短めの髪に凛とした顔つき。堂々とした立ち振る舞い。左手には取っ手に鈴がついた刀をぶら下げている。
「他のクラスと被るとまずいし、二週間前よりか少し早いけど、布告しにきたでー」
関西弁の女の子はニコニコと笑いながら物騒な事を呟く。
「布告ってことはクラス戦?」
「せや。っと言ってもウチらの都合に合わせるからクラス戦自体はもうちょい先。七月一日になったら勝負や」
チリンと鈴の音が鳴る。
まだ六月始めである。確かに少し気が早い。
「正式に名乗りから始めるわ。Cクラス代表。前園 連花や。以後、よろしゅう」
そういって一礼。それにあわせて僕も名乗っておく。
「Eクラス代表。東雲 涼だよ」
「あはは。知ってるわ。流石に有名人ってのを自覚した方がええで?」
軽く笑われた。バッサリと竹を割ったような性格のようだ。この雰囲気だと悪い人ではないような気はする。
「ウチらCクラスは正式にEクラスにクラス戦を申し込むで。日時は七月一日。武器が解禁されるのと同時にお願いするわ」
しっかりとした口調でクラス全体に聞こえるように話す。
「ふう。これで仕事は終わり。ほなクラス戦。楽しみにしてるで! バイバイ!」
そういって女の子達は帰っていった。
クラスがざわざわと騒がしくなる。
……またクラス戦である。ちょっと期間は開くけど約一月に一回のペースでのクラス戦は厳しいものがある。
「美作! Cクラスのデータはある?」
「こういう事態に備えて、そこそこは準備してあるのです。今日から偵察も開始するのです!」
前回のDクラス戦は美作の力をほとんど使えなかった。だけど今回は違う。
情報戦で確実に優位に立てるのだ。その分、楽が出来るとも言える。
「皆、聞いての通り。クラス戦の開幕が決まった。また協力を頼むよ!」
クラス全体に聞こえるようにそう発言しておく。
相手が武器解禁にクラス戦を合わせてきたのだ。恐らく武器を使う事にメリットがあるから調節してきたのだろう。代表さんも刀を持ってたし。
しかしEクラスに合わせてみればこちらもほぼ全員がクラス戦に参加出来るということでもある。
やっと。持っている戦力をすべて使うことが出来るクラス戦だ。
それはちょっとばかり興奮した。Eクラスは何処まで行けるのだろう?
しばらくして授業が始まったが、なかなか集中は出来なかった。
お昼休みに美作と簡単な打ち合わせをしておく。興味本位でタケル君もついてきた。
「簡単に言ってしまうとCクラスは武器を扱える人が多いクラスなのです」
美作が説明を続ける。
「そこまで正確な調査はまだですけど、とにかく代表については調べてあったのです。前園 連花。アーツ名はカット・タイ。銀の能力者で値はSー372なのです」
そこそこ驚いた。相手代表の強さにも、既に調べていた美作についても。
「げ、372とかそんなに数値が高いのかよ?」
「各クラスの代表はどのクラスも三百後半ぐらいの数値は出してるのです。Eクラスだけは小中君も東雲君も三百には届いてないですけどね」
ニヤニヤと美作がわかりきったことを言う。こいつ僕の正式な記録を知っておきながらわざとそう呟いたな。
「相手の代表さんは厄介ですよー。わりと調べてるのですけど、アーツの詳しい能力はまだわかってないのです。とりあえずアーツをあの刀で切る事が出来るのは何回か見たんですけど、あの様子だと絶対まだ何か持ってると思うのです」
アーツ名。カット・タイ。カットは切るって意味。タイは繋げるって意味だけど……どういう意味だろう?
アーツ名がその人が持っている技能に繋がる場合がほとんどだ。だから相手代表さんはタイの部分の能力も持っているはずなのだ。
それに数値も372だ。そこそこアーツに精通してないと出せない数字でもある。
「他にも武器を扱う事で強くなる生徒がチラホラというか結構居ますね。これはEクラスにも言えることですけど」
美作はそう呟きながら僕のコンシェルジュにデータを転送してくれる。
「だからわざわざ武器解禁に合わせてクラス戦を申し込んできたんだろ? 警戒はしておくよ」
今回のクラス戦は武器というのが一つのキーワードになりそうだ。
「美作はこれからCクラスを集中的に調査するのです。と言ってもDクラス戦の時にもう美作の事が出まわってると思うので相手も対策してくるかも知れませんが……」
「まぁそれは仕方ない部分だろう。出来る範囲で調査を頼むよ」
美作の能力は対策がそう簡単に取れる能力でもないからそんなに心配はしていない。
「しっかし続けざまにまたクラス戦か。今度はどーなることやら……」
タケル君がボソッと呟く。
「美作的にはルピスうまーですので歓迎ですよ? きっと東雲君がまた勝てる戦略を立ててくれるのです」
「まだわからないよ。流石にそろそろ僕の対策も取られる頃だろうし」
対A対Dと結構、暴れてきたのだ。それを知った上でクラス戦を申し込んできたのだから今度のCクラスは僕やEクラスに勝てる自信があるのだろう。
今回のクラス戦は苦戦するかも知れない。と、この段階でふと思ったのだ。
「まぁきっと何とかなるのです。前向きに考えていくのですよ」
美作はいつも通りだ。それは安心感を与えてくれる。
「今回は無茶して前みたいなことになるなよ?」
「ハイハイ。わかってるのです。東雲君は心配性なところがあるのですよ」
今回はあの代表さんを見てた限りフェアプレイに徹してくれそうだからそんなに心配はしていないけど。こいつだけは例外である。
あとは今の段階で分かっているCクラスの能力者について簡単な打ち合わせをしていた。
やっぱりこの段階でも美作のデータには銀の能力者が目立っていた。と言うかCクラスは銀の能力者が中心になっているクラスのような気がする。
と、なってくると武器を中心にした戦略を立ててくる可能性があるのだ。こちらもその点を注意しておく必要がある。
「まぁまだ一月あるのです。のんびり構えていくのです!」
その美作の言葉で締めくくり、打ち合わせは解散となった。
……またクラス戦が始まる。
ワクワクとドキドキが入り混じったような感情が湧いてくる。クラス戦を楽しみにしている部分もあるのが否定出来ない。
僕も出来ることを始めて行こうと思ったのだ。
午後の実習から僕はグループ一に所属し始めた。アーツの発動に武器が必須な人達の集まりだ。
別にどのグループに所属してもいいと最初に説明があった。なのでまずはこのグループに所属してアーツに武器が必須な人達の能力を把握することにしたのだ。
「東雲君は限定武装って言葉知ってる?」
限定武装? のんびりしてたら及川にそう問いかけられた。
「白や銀の能力者に多く見られる現象で、その人が愛用している武器や道具じゃないとアーツを発動させることが出来無いっていう現象。僕の場合だとこの竹刀が無いとアーツが使えなくなるの」
初耳だ。だから及川は対Dクラス戦の時にアーツが使えないと言っていたのか。
「特に銀の能力者だと結構多いよ。今このグループに居る人らはそういう意味で別に集められたんだと思う。自前の武器じゃないとアーツを発動させれない可能性が高いから」
近くで話を聞いていた他のクラスメイトも頷いている。
「じゃ例えば及川の場合、その竹刀を取り上げられたらアーツが使えないの?」
「うん。シールドみたいな技術はアーツの能力に関係がない能力だから使えるけど、僕自身のアーツは使えなくなる」
そう言って及川は自身のアーツを発動させる。
竹刀を覆うようにアーツが展開され、大きな剣のような形状になる。
「僕のアーツ名はラディカル・ソード。竹刀をアーツで覆って、大きな剣みたいに扱える能力。これで相手のアーツを叩き落としたり切りつけたり出来る」
これも初耳である。
「ちょっと待って。アーツに作用するような能力なの?」
「うん。試してみる?」
そう言われたので少し距離を取る。
「ウォール!」
水の壁を召喚する。
及川はその水の壁相手に一歩進み出ると大きく竹刀を水平に振りぬいた。
水の壁が真っ二つに切り裂かれる。
驚いた。こんな風にウォールを潰されたのは初めてかも知れない。
「銀の能力者の大きな特徴としてアーツの能力が他の人のアーツに対して抵抗力を持つ場合がほとんどだよ。そのかわり武器が無いと何も出来無いことになっちゃうけどね」
それが事実だとしたら銀の能力者はクラス戦で重要になってくるぞ。
コンシェルジュを開いて及川のデータを更新しておく。間違いなく次のクラス戦で及川は戦力になる。
「東雲君。私のアーツも見ておいてください……」
そう静かに後ろから声を掛けられた。
軽く驚いて後ろを振り返る。
大きなハンマーを携えた女の子である。
確か坂本 理恵さんだ。小柄な体型に似合わないサイズの大きなハンマー。銀の能力者だったはず。アーツ名は……
「……悩んでますね。私、印象薄いから。坂本 理恵です。アーツ名はグラウス・ハンマー。このハンマーを強化する能力です」
軽くハンマーを愛おしそうに撫でている。
コンシェルジュを開きデータを確認する。
数値的にはSー178。Eクラスでは銀のトップだったはず。
「次のクラス戦は私も出ようと思ってます。だからアーツを見ておいてください」
それを聞いて周りに居た人がサッと距離を取る。なんだ?
「こう……ハンマーを叩きつけることしか能力は無いんですけどね」
大きく振りかぶってハンマーを地面に叩きつける。ドゴンッという凄まじい音がしてそこを爆心地のように土が吹き飛び大きなクレーターが出来る。
ちょ……破壊力だけは凄い。
「これが私の能力です。有効に使ってくださいね……」
坂本さんは静かにクスクスと笑っている。
アーツの方は一撃の威力は申し分ない。ただし少し溜めのような動作がいるみたいだ。
「分かった。把握はしたよ」
コンシェルジュのデータを更新しておく。
それから残りの人のデータも更新しておいた。
銀の能力者は及川が言った通り、他のアーツに対して抵抗力を持っている人が多いようだ。
……これはちょっと考えないといけないことかもしれない。相手にも同じことが言えると言うことでもあるからだ。
特に相手の代表さんは恐らく学年トップクラスの銀の能力者だ。アーツに対して強い抵抗力を持っていても不思議はない。
こうして実習の時間は過ぎていった。
本日は病院でのアルバイトである。
僕の事も病院では大体、認知されてきた。それに伴い病院側が衣笠の外部からも患者を受け入れる方針にシフトした。との話を山神さんから聞いた。
「完全にお前の能力を有効利用しようともう上の連中は企んでいるようだ」
そうポツリと治療中の合間に呟かれた。
「別に構いませんよ。じゃなかったら学園なんてアーツを調べるようなところに来ませんよ」
予め分かっていたことだ。正直あまりいい気はしないけど仕方がない面だろう。
ただし週に二日。これ以上は体が持たないので頼まれてもアルバイトを増やすつもりはなかった。
治療の方はもう慣れてきたので淀みなく進んでいく。
しかし槇下さんに前に忠告されたように、全力で治癒術を使うような場面はそうそうなかった。
急患の場合は確かに本気で治癒術を使うのだけど、今の段階だと急患そのものが少ないのだ。
「そういえばクラス戦が新しく決まったそうだな。また一週間前になったら休むのか?」
もうクラス戦の話は山神さんの元にまで届いている。と言うことは槇下さんがまた暗躍しそうである。
「そのつもりです。すみませんがお願いします」
「うむ。まぁ本分は学生だ。そちらを優先すればいい」
今回は結構前から分かっているので先に了承を取っておく。
「七月度になると毎年、クラス戦が活発になる時期だ。そうなると学生のケガも多くなる。その能力を同じ学生に見せるのには抵抗は無いか?」
予めの確認だろう。そう尋ねられた。
「僕が治癒術を使える生徒というのはもう有名なんですよね? そんなのいちいち気にしてられませんよ」
そう答えておく。
実際のクラス戦では僕が治癒術を使えるという事実は実はそんなに重要ではない。
まぁ言い換えれば僕が治癒術をクラス戦で有効利用出来てないということでもあるけど、実際に攻撃を受けて負傷した生徒を治癒するぐらいしか治癒術の本来の使い方の生かし方がない。
となると普通の治癒術の使い方だと常に受け身になってしまうのだ。そのため有効利用もしにくいと考えていた。
だから治癒術を応用的に使う方法を色々考えている。今の段階だと大きくは二点、相手に過度の負荷を掛けて意識を飛ばす使い方とバイタルフォースだ。
結果として治癒術が使えるという事実について、人に知られる云々はあまり気にしないことにしたのだ。考えても仕方ないし。
「ふむ……まぁアルバイトの方はいつも通りで頼む。一週間前から休むということについても了解した」
山神さんの了解も取れた。これで病院のアルバイトについては大丈夫だろう。
あとはいつも通りにこなしてこの日のアルバイトを終えた。
次の日。実習の時間に今度はグループ二に所属することにした。
どんどんグループを移動するつもりだ。
別に教師に咎められないので大丈夫なのだろう。僕のようにふらふらしてる人も他に居るようだし。
基本的に実習はまず全体で防御の訓練に時間を取る。
その後、グループ単位での訓練を行い、残り時間が三十分ほどになると自由時間である。
自由時間の皆は基本的にダッシュの練習をしているか、珍しそうに見本の武器を触っているか、のんびりしているかのどれかである。
この日の僕は武器を使う予定がありそうな人のチェックをしていた。
まずはタケル君である。今日は大きな剣を持っていた。
「コロコロと武器を変えてるみたいだけどしっくりくるのはあった?」
「それがないんだよな。どれも面白そうではあるんだが……」
タケル君も悩んでいるようだ。
「そもそもさ。タケル君の炎って右手から出てるよね? なのに武器を持つの?」
その発言を聞いてタケル君の動きが止まった。どうやらアーツについては全く考えてなかったようである。
「まぁ……なんとかするぜ。なら片手武器も候補に入ってくるのかー」
そう言いながら他の武器を漁り始めた。どうやら武器を使うことに変更はないらしい。
グループ二に所属している人を見ると、アーツがそれほど強力ではない人が多い。防御系のアーツの人とかが多く所属している。
単純に武器が使えるという興味だけで所属している人も多い感じだ。
と、のんびり皆を観察していたら右の方に生徒が集まっているのに気がついた。
「ん? なんだ? あの一角」
それにタケル君も気がついたようだ。一緒に様子を見に行く。
するとそこでは教師と連君が一対一の勝負のような物を行なっていた。
連君の手には練習用のナイフ。教師は十手のような武器を持っている。
ガキンガキンと高速で武器がぶつかり合う音が聞こえる。
連君は先読みの力が発動しているのだろう。教師より常に先手を取って攻撃している。
が、その相手は流石は教師だ。十手を使いナイフを上手くさばいている。
「うはっ……すげーな。おい」
しばらく攻防が続いていたが、ギャラリーが増えすぎたためだろう。連君が攻撃をやめる。
「素晴らしい腕前ですね。ナイフに限って言えば教えることなどなさそうです」
教師がそう呟くのと同時に軽く拍手が起きる。それをさばいてた教師も凄いと思うんだけど。
連君は今回のクラス戦からさらにパワーアップするようだ。ナイフが使えるようになるわけだからついに本領発揮と言うわけである。
「タケル君もあれくらい武器が使えるようになれる?」
「それはちょっと厳しい質問だなおい」
しかし現実問題として連君ぐらい武器が扱える人じゃないとクラス戦で活躍など出来無いだろうと思う。
六月だけの訓練じゃ圧倒的に経験不足になると思うのだ。それは皆もわかっている感じだ。
グループ一の絶対に武器が必要な人とグループ二で昔から武器を使っている人が今回のクラス戦では主力になりそうであった。
その人達をコンシェルジュでチェックを入れておく。少し個別に話をした方がいいのかも知れない。現状を把握しておくことは大事だ。
そうして実習の時間は過ぎていった。
……指導教員の授業である。
「東雲君。またもやクラス戦ですな?」
フッフッフと怪しい笑みを浮かべながら槇下さんに尋ねられた。この人は何処から情報を集めてくるのだろう?
「今回はバッチリ賭けをやるよ! 二連勝と波に乗るEクラス対クラス戦初挑戦のCクラス。武器が解禁される七月一日。どちらが勝つのか非常に楽しみですな」
この人は楽しみ方がズレている。指摘しても治らなさそうだからそのままにしておく。
そんな時である。隣で神楽坂さんがダッシュを成功させたのだ。
「おお。ついに出来た?」
「い、今の感じ?」
出せた本人も驚いている。どうやらステップをする感覚でたまたま出せたらしい。
「今の感じでもう一回」
コクンと頷きながら再びダッシュの練習に戻る。
しばらく見ていたら数回に一回は出せるようになってきた。だんだんとその間隔が短くなっていく。
「それが出したいタイミングで出せるようになったらダッシュ習得だね。もうちょっとって感じ」
一時間ぐらい練習をしていたら大体、神楽坂さんの好きなタイミングでダッシュが出せるようになった。
「あとはそうだね。それに緩急がつけれたらダッシュは習得完了。お疲れ様ー」
槇下さんがパチパチと手を叩いている。
まだ緩急をつけるという問題があるけどこれで神楽坂さんもダッシュが習得出来た。
「さて……ということは流体防御の訓練ですな」
白衣を脱ぎながら槇下さんがそう呟く。
「流体防御も色々覚え方があるんだけど、どんな方法で覚える?」
「色々ってなんですか色々って……」
この人の教え方だとかなり無茶をさせられそうな気はする。
「うーん。太極拳って知ってる? 中国のゆらーっとした武術。あれみたいに最初はゆっくりやりながら組手形式で覚える方法がまず一つ。これが授業でやる場合かな」
そこで一旦区切る。そして怪しくニヤリと槇下さんが笑ったのだ。
「もう一つが強制的に覚えさせる方法。指導教員の授業だと少人数制だからこっちでやろうか。ちょっと待ってね」
そのまま槇下さんは観測所の方に戻っていった。
しばらくして戻ってきたと思ったらプラスチックで出来たバットを研究室から取ってきたようだ。
「これで私が叩くからその場所にシールドを展開する練習! これぞ強制的に覚えさせる方法! たぶんこっちのが習得は速い」
エッヘンと槇下さんが無い胸を張っている。
「でもそれで叩く前に任意の場所にシールドが展開出来ないと意味なく無いですか?」
思ったことをそのまま呟く。
「まぁそうなんだけどね。まずは流体防御の基礎と言ってもいい簡易シールドの展開の練習。っていうかまず出せる? 狙ったポイントにシールドが」
言われてみて軽く練習する。
体の狙ったポイントにシールドを張るイメージ……と考えてもあまりピンとこない。
「まぁ今回は流石にすぐには習得出来無いか。それなりに難しい技術だからね!」
首をかしげていたら槇下さんがそう偉そうに呟いた。
しかし小さなシールドはわかる。
右手を付き出して小型のシールドを展開する。
「ってもうシールドは出せてるよ……本当に飲み込みが早いというかもう熟成しているというか」
どうやら呆れられたようだ。
「それを狙ったポイントに出す感じ。もうこのバットで叩くからそのポイントにすぐ展開出来るように練習!」
槇下さんがプラスチックのバットを構える。
どうすればいいのか分からなかったけど、とりあえず僕も構えてみる。
「行くよ! 流体防御の訓練開始!」
その合図で槇下さんが飛びかかってきた。
……しばらく。流体防御の訓練と言う名の槇下さんのストレス発散になった。
全く遠慮がない。いくらプラスチックのバットとはいえ全力で叩かれるとわりと痛い。
「基本的に遅い! もっと考える間もなくシールドを展開出来るようになること!」
スパーンと右腕を叩かれる。
やや遅れて叩かれたポイントにシールドのような物が展開されたような気がする。
神楽坂さんはダッシュの練習をしながらその様子を見守っていた。
「ちょっと待ってください……いくらなんでも痛いです」
あちこちボコボコに殴られた。プラスチックだからと甘く見ていた。
「まぁこの方法で覚えられるのか? って言われると私も首をかしげるけどね! でも実際、ポイントにシールドは展開できそうじゃない?」
やれば出来るのだ。流体防御の基礎みたいなのはなんとなくわかってきた。
だが基本的に遅い。叩かれてからワンテンポ以上遅れてからシールドが発動する。
「私的にはストレス発散になるからもっとガンガン練習するといいよ。あ、春香ちゃんはもっとちゃんとゆっくりやろうね。これやり方が乱暴過ぎるから」
槇下さんは相変わらずの女尊男卑である。
大きく深呼吸して集中する。
「お? 雰囲気が変わったね。ならまた行くよ!」
槇下さんがプラスチックのバットを構えて飛びかかってくる。
動きから左手を狙われたのがわかった。
そのポイントに小さくシールドを展開する。
瞬間。タイミングがピタリと当たったのかプラスチックのバットを弾き飛ばした。
「げ、まさか初日で成功させるとは思わなかった」
槇下さんが驚いている。
「今の感じですかね?」
なんとなくコツが見えたような気がした。
「まだまだ行くよ! 私のストレス発散法!」
……それからもしばらく訓練は続いていた。
さらに一時間ぐらいプラスチックのバットで殴られた結果、三回に一回ぐらいはシールドで弾き返せるようになってきた。
神楽坂さんがセイレーン・ボイスを発動させ、僕の殴られた傷を癒してくれる。
これがあるから槇下さんも手加減なく殴ってきたのだろう。スーッと痛みが引いていく。
「むむむ……思っていたよりもかなり習得が速い。一月ぐらい掛かるかなぁって思ってたのに初日でポイントに発動は出来るようになってる。しばらくはボッコボコに出来ると思ったのに」
槇下さんはちょっと悔しそうな顔をしながらそんなことを呟いた。
「もうちょっとこれに慣れたら本格的に私と組手が出来るかなぁ……そうしたらもっと練習がハードになるけど、遠くないうちに確実に習得は出来るよ」
槇下さんと組手か。体格差が少しあるけど問題ないのだろう。
「実際の習得練習でも組手形式でやるからね。流体防御はその名の通り、防御の訓練だから。人相手に練習する方が絶対習得は速い」
ふむ。一日目で大体コツはわかった。
あとはどれだけ的確に速く小さなシールドを展開できるかということだ。
「これの習得に躓く場合ってまず最初は小さなシールドが展開出来無い場合。次が狙ったポイントにシールドが展開出来無い場合。そして最後がシールドの展開のタイミングが分からない場合の大きくは三パターンがあるんだけど、東雲君は今日で三つともクリアしたっぽいね」
槇下さんがプラスチックのバットを片手にそう呟く。
説明だけを聞いていると流体防御は今までの技術よりもさらに習得が難しい技術のようだ。シールドをもっと細かく使えることが前提になってるし。
「でもこれはあくまで防御だからね。流体防御が攻撃にも転化出来るようになってからロイドの習得が完了ってことになる」
ふむ。なかなか難しい。
ちょっと考えてみたけど今回はこの技術を僕の持ってる技術とあわせて何か新しい技には出来そうになかった。
そもそもクラス戦の段階だと流体防御自体の出番がまだあまり無さそうなのだ。そんなに接近戦をするとは思えないし。
「まぁ今日はこんなところかな? しばらくはこんな感じで流体防御の訓練とします。春香ちゃん用のメニューも考えとくね。もっと優しいやつ」
槇下さんは基本的に野郎に厳しいようである。
と言っても神楽坂さんがプラスチックのバットでボコボコにされてるのもあまり想像出来なかったけど。
それを合図に今日の指導教員の授業が終わった。いつも通り神楽坂さんと遅めの食事を取ってアパートに戻った。
……六月も二週目に入る。
本格的に梅雨に入ったようだ。天気があまりよくない日が続いている。今日も雨模様。
座学は七月の期末テストに向けての内容に入っていく。どんどん内容が難しくなっていく。真面目に受けないと置いていかれそうだ。
タケル君はもう授業を諦めたのかよく寝ているし、凛さんも頭から煙が出そうになっていることがしばしばある。この調子だとまた二人共、纒さんを頼ることになるだろう。
所詮は軍学校の授業だと思っていたら甘かった。内容はそこそこ一年の段階でも難しい内容になっていく。これは期末テストが心配である。
と、少しは考えたけど、当面の心配はそれよりも前にある対Cクラス戦のことだ。
今回は武器が解禁されてすぐということもあって正直どうなるのか予想が出来ないのだ。
それだけ武器の解禁というのは大きな出来事であった。本当にどうなるのだろう。
考えても仕方がない事なのかもしれない。対戦フィールドの発表もまだの今の段階だとどうなるかなんてわかるわけもなかった。
とにかく後悔しないように毎日をこなしていった。まず僕に出来ることからと、実習の時にチェックを入れた人に休み時間を利用して会っていく。
話をしてみるとやっぱり武器を持っている人はそれなりに武器に愛着があるからその武器を持っている人がほとんどであった。
つまりある程度はその武器の心得があるのだ。戦力として数えられそうである。
例えば及川なんて剣道の心得に柔道の心得とわりと武術の嗜みがあった。
アーツも剣に関係しているし、普通に武器が解禁されれば戦力として数えることが出来そうであった。
今までの傾向からアーツで戦力として数えられる人が七、八人。そこに武器を扱える人が同じくらいの人数が追加されるのだ。
クラスの半分くらいは何かしらの戦力として数えられる計算になる。これは思っていたよりも人数が多い。
あとは少しずつ確かめたいことを確かめて行くことにした。
……まずは銀の能力者である及川がどの程度、剣道の腕前があるのか見ておきたかった。
実習の時間に及川を連れ出す。
「何かあったの?」
何も知らない及川には少し酷なようだけど、まぁ物は試しだ。
「連君! 及川がタイマンで腕試ししたいって!」
「ちょ、ちょっとまって……」
逃げようとする及川をがっちり抑えこみ、悪いと思いつつ連君の前に生贄として差し出す。
「お前が? タイマンだと?」
連君は明らかに見下したような目線である。
「あわわわわ……僕、知らないよ? どうなっても!」
対して及川にも覚悟を決めてもらった。連君の前に押し出す。
及川は諦めて連君の真正面に立ち、竹刀を構える。流石に形は様になってる。
その姿を確認して連君もナイフを構える。
……さてどうなるやら。
特に合図は無く、にらみ合いから静かにスタートした。
が、意外だったのだけどまず連君が間合いを離した。
「お前……何者だ?」
連君が明らかに警戒している。
ナイフの連君の方が武器の間合いは短いはずだ。それなのに距離を取った。
と、言うことは意外だけど及川の方が連君より速いのかな?
「や、やるからには真面目にやるよ!」
震える言葉とは裏腹に動きはキビキビしていた。及川は構えを少し降ろす。
距離を取っていた連君が回りこむようにダッシュを発動させて一気に側面から距離を詰める。ダッシュを使うとか手加減が全くない。
それを及川は最小限の動きだけでやり過ごし、カウンター気味に竹刀を相手の喉元に突き出す。
それを先読みで見たのか連君はギリギリで回避する。
一瞬の攻防だった。武器がぶつかり合うことは無い。
だけど連君も悟ったようだった。単純な攻めだと及川の方が速い。
そのまま今度は及川の攻撃となる。
かなり速い速度で竹刀が振るわれる。
それを連君はナイフでなんとか防いでいるようであった。防御が少し遅れる。
連君は先読みで及川の動きを見ているはずなのだ。それなのに防御がギリギリの攻防が続く。
たまらず連君が距離を取る。
にらみ合いが続く。思っていたよりもかなり及川は強かった。まさか連君を圧倒するとは思わなかった。
「ハイハイそこまでー。にらみ合いのまま終わらないよ」
手を叩きながら無理やり間に入って中断させる。ここら辺で止めておかないと取り返しがつかないことになりそうだったからだ。
それにまだ及川はアーツの力を使っていない。
それを見てホッとしたように及川が構えを解いた。
「お前……何者だ?」
再度、連君から質問が飛ぶ。他人に興味がなさそうな連君が初めて他人に興味を持ったのかも知れない。
「同じ部屋の及川 誠だよ。一応、剣道の有段者」
それを聞いて連君も少し納得したようだった。
「間合いの取り方、そこからの反応速度が常人レベルじゃない。武器の間合いの差で今の俺じゃ勝てない」
連君が悔しそうにそう呟いた。
「珍しい。負けを認めるような発言」
思わず声に出てしまった。
「俺だって負けは認める。そいつはかなり強い。下手な奴じゃ相手にもならないだろう」
そう誰に言うわけでもなく呟く。
「及川。名前は覚えたぞ」
そのまま連君は何処かに歩いて行った。
及川がその場にしゃがみこむ。
「こ、怖かった……ひどいよ東雲君。いきなり小中君とやらすなんてさ」
「ごめんごめん。でも及川の実力が見れた」
軽く笑いながら謝っておく。ついでにコンシェルジュの情報を更新しておく。
予想以上に及川が強かったのである。まさか連君を圧倒するとは思わなかった。
「でも連君に勝ててたじゃん。及川十分強いって」
フォローしておく。
「そりゃいくらなんでもナイフ対竹刀だもん。僕、一応剣道の有段者だよ? そんな簡単に負けたくはないよ」
及川にもプライドがあるらしい。
これでさらに分からなくなってきたぞ。銀の能力者がどれくらい戦力として機能するのかの確認の意味を込めて及川を連君にぶつけてみたのだけど、結果は及川の凄さが浮き彫りになった形だ。
「まぁそれだけ動けるなら次のクラス戦で及川には活躍してもらうからね」
「そ、それは……いや頑張るけど」
軽く動揺したようだが納得させる。及川は使えると判断する。
残り時間はダッシュのコーチに回ることにした。
僕が男の子。美作が強制的に女の子にダッシュを教えている。あと何人かに習得はしてもらいたいところである。
こうして実習の時間は過ぎていった。
指導教員の授業である。
今日もプラスチックのバットでボコボコにされる訓練が続いていた。
「春香ちゃんはまず意識を集中して小さなシールドを展開出来るようになること。それが出来たら今度はゆっくりと組手形式で練習するから」
プラスチックのバットで僕を叩きながらそう槇下さんが話す。
ただ僕の方も負けてはいない。今は半分ぐらいはシールドで防げるようになってきた。
「やればやるほど上達する……それが少し怖いわ。来週には組手に移れそうね」
そんな僕を見ながら槇下さんが呟いた。
流体防御のコツがだんだんわかってきたのである。だんだん相手の攻撃に合わせてシールドを展開するタイミングがわかったとも言える。
バットで叩かれるポイントを予測してそこにシールドを展開するのだ。これが組手になると相手の動きを読んでシールドを展開することになるだろう。
神楽坂さんはまず小さなシールドを展開する練習中だ。これはそんなに時間がかからないだろう。
「指導教員を引き受けた頃は六月に流体防御の訓練をやってるなんて想像も出来なかったわ。二人の上達が早すぎる」
休憩の合間に槇下さんがそう呟いた。
「まぁ上からの指令を完全無視してる形だからあとで何か言われそうだけど……まぁ治癒術を高める訓練なんて実際に使う以外で聞いたこともないからしょうがないよね!」
そう自分に言い聞かせるように槇下さんが呟いてた。
「あ、そうそう。春香ちゃんにもアルバイトの話がきてるよ。ちょっと特殊だけど。七月に入ったら正式に紹介するね」
と重要な事をサラッと槇下さんは呟いた。
神楽坂さんが驚いている。
「まぁ一応上の面子も立ててあげようって話。治癒術を高めるのは二人にとっても間違いじゃないからね。その方法がちょっと特殊になってしまうのだけど」
「ちなみにどんなバイトなんです?」
神楽坂さんのことだけど僕も興味があった。
「んー……言ってもいいかな。衣笠の街のバーで歌姫をやることになりそう。治癒術ってよりその歌の方に注目が集まってるからね。ついでに治癒術もありますよーみたいな宣伝の仕方になると思う」
僕みたいに治癒術をずっと使い続けるわけではなさそうだ。僕より神楽坂さんの方がスタミナはあるけど。
ただ僕の治癒術と神楽坂さんの治癒術は根本的に違うような気がする。
神楽坂さんの治癒術って範囲だし。効果は僕の方が高いけど、確か説明では声が届く範囲すべてが彼女の能力の範囲だったはずだ。これは僕には真似が出来無い。
「それに春香ちゃんの能力って機械を通すと無効化されちゃうからね。生歌じゃないと意味が無いの。それも踏まえてバーでの歌姫が今一番の候補になってるかなぁ……」
そう槇下さんが呟く。
話を聞いていた神楽坂さんが不安そうな表情を浮かべている。
「まぁまだ先の話だからそんなに心配しなくてもいいよ。東雲君ほどきついバイトにはさせないから安心して!」
やっぱり僕のバイトが予めきついと知ってて僕を送り込んだな槇下さん。
「さぁ東雲君。休憩も終わったしビシバシ殴られようか。そろそろ私もロイド使っていい?」
「流石に勘弁して下さい……」
ロイドなんて使われたらきっと反応出来るわけがない。
「でもいつかはロイドを使った私と組手することになるからね! たぶんそう遠くない未来で。覚悟だけは持っておくこと」
そうして今日の指導教員の授業が続く。
槇下さんは遠慮が無かった。神楽坂さんのセイレーン・ボイスがなかったら今頃きっと全身アザだらけである。
この二週目から僕はまたクラスの皆と個別に話を少しずつ始めていた。休み時間や実習の時間を利用してどんどん声を掛けていく。
この二ヶ月で能力的に進化している人がいる可能性もあったのだ。それを確認する意味と、さらに詳しい能力を説明してもらう意味を込めて順番に話をしていった。
「……お昼のお茶会に突撃か」
まずは戦力になることがわかっている人から話をしていくことにした。
凛さん。纒さん。神島さんの仲良し三人組である。
「おや? 東雲君。何か用事か?」
近づいてくる僕の姿に神島さんが最初に気がついた。
「前と同じだよ。クラス戦に向けての意識調査とアーツの能力を詳しく聞こうと思って」
「ふむ。ならお茶会に君も参加するといい」
そう言って座席を用意してくれる。
机の上には紅茶とお菓子が広げられていた。本当にお茶会みたいである。
「また涼君やる気だねー。今回も勝てるの?」
お菓子をパクパク食べながら凛さんが呟く。
「それは分からないよ。これから準備していくって感じだから」
僕も席に腰掛ける。神島さんが紅茶を入れてくれる。
「さて……何から聞こうかな」
「そういう事は予め決めてから来る物じゃないのか?」
軽く笑われながら神島さんにそう呟かれた。
「姿が見えたからそのまま来ただけだよ。まずは……そう。三人ともまた次のクラス戦に参加してくれる?」
これは全体にも一週間前ぐらいになったら尋ねるつもりでいた。
「それはいいわよ。やるからには協力する」
「同じくだ。というか戦力的に参加しないとまずいだろ?」
そう纒さんと神島さんから返事があった。凛さんも口をモゴモゴとしながら頷いている。
「そうだね。三人ともEクラスで見れば色別検査の上位になるから」
四月の段階の色別検査だけど、その時、二百を超えている人はそんなに居ない。その中でこの三人は二百を超えているのだ。
「戦略的に三人とも重要な配置にたぶんなるから。参加してくれるとありがたい」
間違いなく凛さんと纒さんはコンビで。神島さんもそれ相応の重要なポイントにつくことになるだろう。
凛さんと纒さんの組み合わせはかなり強力だ。弱点が無いわけではないけど風の弓と重力のシナジー効果は今までのクラス戦で十分発揮されてきた。
神島さんの氷の盾も防御に関して言えば恐らく僕よりも優れている。
「やるからには勝つのだろ?」
そう神島さんから尋ねられる。
「そりゃね。相手の代表さんも今回はフェアプレイに徹してくれそうだし」
「前の対Dクラス戦があれだったからね……」
お菓子を飲み込んだ凛さんがそう呟く。
「ただ武器の解禁があるからどうなるかは実際にクラス戦が始まらないと何とも言えない。戦略は考えるけど」
僕だって不安にはなる。
「ふむ……まぁ私達の能力を使うなら気にせず使えばいい。クラス戦とは本来そういう物だろ?」
神島さんがそう呟いた。纏さんに凛さんも同じ思いのようだ。
「うん。使わせてもらう」
紅茶を一口飲みながら、そう呟いた。
「それでさ。アーツの方だね。学園生になって二ヶ月が過ぎるけど、何か変化はあった?」
本題に入る。
「まだ二ヶ月と言う方が正しいと思うぞ。二ヶ月そこらでアーツに変化がある奴がいるのか?」
神島さんが疑問を投げかける。これは少し僕も思っていたことだ。
「私達は……そんなに変化があるとは思えないわね。授業でも最近は個々のアーツは使わない方針じゃない?」
纏さんがそう答える。
「……だよね。何が変わったかって言えば全員がシールドを使えるようになったぐらいだよね。あとは個人個人にアーツの特殊な使い方がないかを聞いて回る予定」
やっぱり二ヶ月で何か変化がある方が珍しいのだ。僕も指導教員の授業がなかったら何も変わってないと思うし。
「あ、でも晶ちゃん。最近、変な氷の使い方してるじゃない?」
疑問形と共に凛さんが呟く。
「ああ。空中に氷を出そうとしてるのだよ。私の能力は支点が必ず地面に面している事が条件みたいなのだったんだが、練習していると持ち上げることが出来そうなんだ」
へぇ……それが上手く行けば氷を応用的に使えそうである。
「まぁまだ難しいのだがな。もともとアーツ名に盾という意味のシールドが含まれているためか面が地面に接地している事に何も違和感を感じなかったからな」
少し考えこむように神島さんは続ける。
「もし空中に氷が出せたら私の重力で敵に向かって叩き落とすような事が出来るよ!」
凛さんが物騒な事を元気に話す。
が、実際そういう使い方が出来るようになるだろう。氷の盾を武器としても使えるようになれば、神島さんの扱いが変わってくる。
「出来る範囲でお願いするよ。神島さんは今は防御に徹してもらってるけど、前に出れるならそれにこしたことはないし」
Eクラスの欠点と言ってもいい部分だが、前線で戦えるアーツの能力者の数が明らかに少ないのだ。
そのかわり、遠距離攻撃と凛さんの組み合わせが他のクラスには真似が出来無いEクラスの利点になるけど。
あとは簡単に他の質問をして先に切り上げさせてもらった。この三人は相変わらずだ。
コンシェルジュを開いて神島さんの項目を更新しておく。今はまだ使えないと言っていたけど、きっといつかは使えるようになるだろう。
そうして、僕はまた他の人のグループに入って話を聞き始める。
休み時間や放課後を利用しての会話は続く。
流石に二ヶ月の段階じゃ能力に変化が見られる人はまだ居なかったけど、個別にさらに詳しい話を聞いてアーツの事をより詳しく聞きだせる事は何回もあった。
やっぱり本人だけが知っているようなアーツの使い方が存在するのだ。それに武器を使う可能性がある人についてもどんどん聞いていく。
Eクラスの戦力の把握は僕が戦略を立てる上で絶対必要な物だった。これは美作を頼らず僕自身が聞く必要があることだった。どんな小さなことでも何があるかわからないからメモを取っておく。
コンシェルジュのEクラスのメモが結構増えてきた。良い傾向だとは思う。
こうして二週目が過ぎていった。
「クラス戦まであと二週間やー。そろそろ情報集まっとる?」
関西弁の女の子が座席に腰掛けながら他の生徒達に問いかける。
「Eクラスの重要人物ぐらいはピックアップ出来てます」
生徒の中の一人が答える。
「聞こか。どうなってるん?」
「ハイ。まずは攻めの重要人物。小中 連と言う生徒がいます」
モニターに連君の姿が映し出される。
「対Aではあの篠宮氏との決闘を生き延びてからの大将首を上げる活躍。対Dではクラス代表の東雲氏とダッシュを使った相手拠点の強襲と、常に前線で戦っている上に能力は未来が見える能力だとの噂です」
モニターには対Dクラス戦の映像が映し出される。
「へぇ……もうダッシュが使える生徒がおるん? それは警戒しとかなアカンな。ウチのクラスでダッシュが使えるのって今、ウチと奥山ぐらい?」
少し考えるように関西弁の女の子は述べる。
「Eクラスもこの小中氏とクラス代表の東雲氏ぐらいしかまだダッシュは習得できていないようです」
「まぁ似たようなもんか。続けて」
手を軽く振るい次の映像が映し出される。
「続いて、防御の要の生徒。南坂 凛という生徒がいます。彼女は珍しい黒の能力者で重力を操れるようです。対Aでは南の攻防の主力。対Dでは本拠地の防衛と活躍していました」
モニターに凛さんが映し出される。
「重力かぁ。今のウチのクラスじゃ単純に対抗出来る奴がいいひんな。これは気をつけなあかん」
つまらなさそうにそう女の子は呟く。
「続いては、美作 ハルという生徒です。対Dクラス戦の時に場外戦で最初に狙われた生徒です」
モニターに対Aクラスの時の映像だろう。一人、美作の姿が映し出される。
「ん。この子はどんな能力なん?」
不思議そうに女の子が尋ねる。
「それが噂によると情報収集に特化した能力者なのだそうです。そのため対Dクラス戦では最初にクラス戦前に狙われたみたいなのです。対Aクラス戦でも拠点にオトリとして居ただけで特に活躍もしてませんから、戦闘能力は無いと予想出来ます」
「ふむ……わかった。ウチもなるべく能力は使わんようにするわ。情報が漏れるのは結構きついかもしれんしな。皆もそれぞれ切り札はあまり人に見せんようにしときや」
全体に向けてそう話す。モニターが切り替わる。
「そして最後がクラス代表の東雲氏です。彼は謎です。治癒術使いとして有名ですが、あの篠宮氏を一対一で倒した上に対Dクラス戦ではありえないような速度で移動して大将を倒しています。そのため詳しい能力が不明です。機動力を強化するような能力を持っていると推測は出来るのですが……」
モニターには東雲が映し出される。
「クラス代表の東雲はんか。代表やからそれなりにアーツが強いはずやけど、まだ絶対何か隠してるな。要注意としておこ」
Cクラスの作戦会議は続く。
「噂ばっかりで確定事項があまり無いんがちょっと心配やけど、今の情報はとりあえず全員共有しとこか。要注意の人物だけでも把握しといた方がええわ」
そういってコンシェルジュを操作する。
「まだ二週間あるで。どう転がるかわからん。皆、注意はしときや」
ハイ! と威勢よく返事が上がる。
「二週間後や。いい勝負になるとええなぁ」
関西弁の女の子がそう小さく呟いた。
……六月三週目。来週になるとついに対戦フィールドの発表である。しかし本格的に梅雨の様子である。雨がしとしと降っている。
この段階で大体のEクラスの新しい戦力の把握が出来ている。まだ話をしてない人も結構いるけど、この週でほぼ全員と話が出来るだろうと考えていた。
実習の時間もクラス戦を意識してか、武器を持った相手に対する防御の訓練が行われることになった。
「基本的には相手の手を押さえる事です。こうすれば相手が武器を振るえなくなります。が、危険ですのでまずは相手の武器の間合いから逃げてしまうのが一番の対策と言えます」
そう教師から見本と説明があった。実際その通りだと思う。
武器を扱う人相手にわざわざ接近戦を挑む必要はないのだ。危なかったら逃げてしまえばいい。
……ただ、それだと相手のクラス代表レベルが出てきた時が困るってことになるんだけど。
そうなった場合はその相手が出来る人が戦うのが一番だろうなとは思う。
恐らく戦略はそういう事を考えて組むことになるだろう。だから予め武器が使える人をチェックしていたわけで。
あとはアーツが遠距離系か近距離系というのも大事な点だ。特に遠距離攻撃が出来る人。
このクラスには凛さんという強力な重力波が使える能力者がいる。
飛び道具に対してはかなり有利に戦えるのだ。これは相手も分かっていることだろうけど、恐らく戦略に組み込むだろう。
まだクラス戦のフィールドが発表されていない。本格的な戦略は発表されてからでいいと思うけど、この段階でいくつかのパターンは想定してある。
Eクラスとしての戦い方だ。たぶんこれをベースに僕は戦略を組み立てることになると思っている。その方が戦略を考えやすい。
暇な時間にコンシェルジュを展開しながらクラスの生徒を色々な項目に分けるのとそれぞれチェックを入れていった。
大体、出来ることはこなしつつある。あとは一週間前になって対戦フィールドが告知されてからが本番だ。
壁際でコンシェルジュをいじっていたら、今度は左の方に人だかりが出来ていた。
ふと気になったので覗きに行く。
そこでは及川VS連君の勝負が再び行われていた。
相変わらずの竹刀対ナイフである。連君が息もつかない速度で連続して及川に襲いかかっている。
それを及川は冷静に対処して反撃の隙を狙っている。
ギャラリーの中には教師まで居た。それほどにこの勝負が見物ってことか。
連君が攻め続けるが、決め手となる攻撃はことごとく及川に潰されていた。
対する及川も反撃するのかと思えば消極的だ。あまり攻撃をせずに受けにまわっている。
ギャラリーが増えてきたので連君が攻撃をやめる。そのまま人ごみから離れるように立ち去った。
及川がまたもやしゃがみ込む。どうやら連君が苦手のようだ。
「及川すげー。あの小中とまともにやりあってる」
そんな声がギャラリーからあがる。
「うう……なんでこうなったのだろう」
及川が沈み込んでいる。やるからには手加減が出来無い性格のようだ。
どうやら連君は暇を見つけると及川に勝負を挑んでいるようである。対して及川も断れないのかそれを受けるから、だんだんと勝負が有名になりつつあるらしい。
このクラスで今のところ。教師を除けば連君とまともにやりあえるのは及川だけだ。それを連君も分かっているのか、及川をターゲットにしているようである。
「及川。災難だな」
主に僕のせいだけど一応フォローしておく。
「東雲君のおかげでね。小中君は怖いし、僕も手加減出来無いし、周りには色々見られるしで困ってるんだけど……」
消極的な及川には色々プレッシャーのようだ。
「まぁ動きの練習にはなってるでしょ? 間違いなく」
「それはそうだけどさ……」
とりあえず納得させておく。及川にとっても連君にとっても練習相手が居るというのはいいことだ。
「それよりもダッシュの訓練! 及川には早い段階でダッシュを習得してもらう予定だから」
パンパンと手を叩きながら他の生徒の注目を集める。
ダッシュのコーチにまわる。出来ればあと数人にダッシュを習得してもらいたいのだ。
意外と言えば意外なのだが、及川はダッシュが使えそうなのである。
と言うかダッシュらしきものはもう使っている。ただちょっと出力不足というか弱々しくて変な感じではあるけど、基本の形はもう出来ているのである。
どうやらダッシュの技能は本人の身体能力も影響を与えるような気がする。
当然、身体能力が高い人ほどダッシュを習得しやすいと考えられる。
「及川はあとはもっと一気にエネルギーを放出するだけ。それで基本は完成。あとの皆は放出するタイミングの練習を」
指示を出しながら練習を見守る。
教師は基本的にダッシュの練習には関与しない。少し離れた所から見守っている。
教師も教師で暗黙のルールのような物があるみたいなのだ。だからある一定以上は教えすぎないように生徒との距離をわざと取っている節がある。
ダッシュの技能はクラス戦に影響を与えるからだろうか。まだ教師の方から進んでは教えてくれないのである。
だから僕が指揮を取ってるのだけど。と言ってもあまり教えられることも無いのがつらい所だ。
実習中はこのような形で三週目が過ぎていった。データも集められているしそんなに悪くはないと思う。
続いては指導教員の授業である。
三週目に入り、槇下さんがついにプラスチックのバットを放り投げたのだ。
「よし! 基本はもう大丈夫。今日から組手に移るよ!」
そういって僕と向きあう。ついに組手か。
「春香ちゃんは次はポイントにシールドを出せるようになっておいてね。先に東雲君をとっちめるから。そのあとでゆっくり流体防御をやろうね」
そう槇下さんが宣言して僕に拳を向けるのだ。
僕も軽く構えを取る。武術の心得は無いから見よう見まねだ。
「では行くよ! ロイドはまだ使わないから安心してね!」
そのまま真っ直ぐ槇下さんが突っ込んでくる。
素早く懐に潜り込まれて右手からアッパーを放たれるのを流体防御でなんとか受け流す。
「ほほう。やっぱり基礎はもう出来てるね。あとは組手形式でやってたら自然と身に付くと思うわ」
さんざんバットで殴られたからね。もうポイントに小さなシールドを展開するのは余裕を持って出来るようになっていた。
この流体防御だけど、防御と名前が付いているけど、実際には攻撃を受け流す技術だ。
相手の攻撃を真正面から受けるのではなくずらしたり弾いたりする技術のようなのだ。それを全部含めて流体防御と言う。
それに気がついたら上達は早かった。とにかく身を守ればいいってことだからだ。
「どんどん行くよ! こっちからガンガン仕掛けるから流体防御で防いでみて!」
少し距離を取ってから右足を狙う鋭いローキックが飛んでくる。
これは見えたので流体防御を使わず避ける。
「あ、いい忘れてたけど無理にすべての攻撃に流体防御を使う必要は無いからね。避けれるのは避けたらいいし」
そういうことは先に言っておいて欲しい。
「流体防御はあくまで防御の型だからね。それは大事だけど必ず使う必要があるわけではないからね。これは今後大事になってくるから今のうちに慣れておくといいよ。流体防御を使って防ぐのか。普通に避けるのか。その判断がどんどん難しくなっていくし」
考える。普通じゃ避けきれない攻撃を流体防御で防ぐイメージかな。
これが完璧に使いこなせれば接近戦での防御力が格段に上がる気はするのだ。
「上級生でも流体防御が上手い人と下手な人がいるよ。まぁ基本的に皆、使える技術だけど。極めれば近接の格闘技術に繋がってくるからね」
確かに。連君とか流体防御を身に着けたらさらに強くなりそうだもんね。
「東雲君をしばらくはとっちめます。私と組手をして流体防御に慣れてもらう。春香ちゃんも狙ったポイントにシールドが展開出来るようになったらゆっくり組手形式で教えるからね!」
そう槇下さんが宣言してまた僕と向きあう。
こうして指導教員の授業では流体防御の訓練が進められていった。
組手形式になるとスピードが増して、流体防御じゃ受けきれずにバットよりもひどい攻撃の嵐となった。相変わらず槇下さんに手加減の文字は無い。
慣れるまでは仕方ない! と槇下さんに言われたけど、セイレーン・ボイスがなかったらと思うとちょっと寒気がした。
三週目の段階で予定していた各生徒との会話をほぼすべて終えた。やっぱり連君だけはまだ出来なかったけど。
コンシェルジュのデータが充実してきた。大体、重要なことは集め終えただろう。
「涼君、今どんな感じ?」
授業の合間の休憩時間に凛さんに声を掛けられた。
「んーそこそこかな。あとは対戦フィールドが告知されてからが勝負かなぁ」
そう答えておく。
「予めわかってることだけど、今回のクラス戦は間違いなくケガ人が出るからね」
そうポツリと呟いた。
「え? そうなの?」
それに凛さんは大変驚いたようだ。
「武器が解禁されるから。絶対にケガ人は出るよ。なるべく出ないような戦略や配置を考えるけど……」
クラス戦は実戦を想定している。だから武器が解禁されるのだろう。
間違いなくケガ人は出る。まだ呼び出されては居ないけど、他のクラス戦が行われたら僕は治癒術使いとして呼び出されても何もおかしくはない。
「そっか。考えたらクラス戦って結構危ないよね」
その説明で凛さんも理解したようである。
「一週間前になったら全体に聞くよ。クラス戦自体の参加は強制じゃないし」
ケガをする可能性から参加を見送る人もいるだろう。言われるまで考えてなかったが。
他にも考えないといけないことがあるのかも知れない。戦力のことばかり考えていたけど、クラス代表として考えることの方も大事である。
「まぁきっとまた涼君が勝てる戦略を考えてくれるはずだもんね! 私達はただ従えばいいのだ!」
そんな風に凛さんが呟いた。
「あんまり期待し過ぎないでね。僕だって万能じゃないんだから」
期待されるのは悪いことではないけど、期待されすぎるのはプレッシャーだ。
特に今回はクラス戦がどうなるのかが全然わからない。その上で僕が戦略を立てるのだ。正直、不安な面もある。
……そんな風にして六月の三週目が過ぎていった。
六月最終週。クラス戦のフィールド発表である。天気はまだ梅雨空を引きずっている。
今回の対戦フィールドは……なんと言えばいいのだろう。とりあえず東、中央、西と三つの同じ広さの通路がある。
コンシェルジュに届いた地図を見る限り、南北にお互いの拠点があってその前が少し広場のような空間になっている。そこから三つの通路が伸びているのだ。
クラス戦のフィールドはどんなものが他にあるのかわからないけど拠点を結ぶポイントが複数あるようなフィールドがほとんどなのかも知れない。
もう一週間前に迫ったので僕も本格的に動き出す。
まずは美作との情報交換だ。
「んー……色々見てたんですけど。やっぱり美作の事をCクラスはもう知ってるみたいな感じですね」
お昼ごはんを食べながら美作と打ち合わせをする。やっぱりタケル君もついてきた。
「特に相手の代表さんについてはガードが固かったのです。能力については結局、一度も発動しなかったのです」
しょぼんとした様子で美作が話す。
「って言っても僕らも実習ではアーツの能力をほとんど使ってないから仕方ない」
そうなのだ。六月度はほとんどアーツの力を使っていない。
武器を主体にする人達だけはアーツの力を練習で使っていたけど、それ以外のグループの人達は基本的に今月はアーツを使っていないのである。
「ですねー。それもあって武器を主体にする生徒しかわからなかったのですよ」
そう言ってコンシェルジュに追加したデータを転送してくれる。
「あ、でも重要な事としてダッシュが使える生徒は見ましたよ。奥山って生徒です」
データを展開する。奥山 陸って生徒のことかな?
「銀の生徒のグループにいて、ずっと指輪を両手の中指につけていたので、きっと指輪を強化する能力者なのです。それ以上の事はわからなかったのですけど……」
「十分だ。ダッシュが使える奴がいるってだけでもわかっただけありがたい」
想定はしていた。相手にもきっとダッシュが使える生徒がいるだろうということ。
「他にはやっぱり銀や白の武器を持った生徒が多い印象でしたねー。クラスの半分くらいの人が武器を持ってました」
それはずいぶん多い。やっぱり武器を主体にした戦略を立ててくるだろう。
そのあとも美作と情報を整理しながら検討する。
「お前ら対Dの時は美作がいなかったからアレだったけど、対Aの時もこんなことやってたのか?」
その様子を眺めていたタケル君がふと呟く。
「対Aの頃はまだシールドが使えるかどうかぐらいしか重要な事がなかったですけどね」
詳細なやりとりは今回が初めてでもある。
「これだけ情報が漏れてたら流石に相手もまずいって思うだろ」
展開されたコンシェルジュのデータを見ながらそうタケル君が呟く。
「今回はむしろ少ないくらいですよ? 美作対策としてあまり能力を見せるような事をする人が少なかったですから」
それでも半分ぐらいの生徒の能力は分かっている。それだけ銀や白の能力者が多いってことでもあるけど。
「まぁ今回はこんな感じだろう。あとは僕が戦略を考えてどうにかするよ」
データをひとまとめにしておく。
「美作もギリギリまで調査しますけど、今回はこれ以上は厳しいかもしれないのです。相手も警戒してくるでしょうし」
「分かった。でも現状でも十分ではあるよ」
Eクラスは美作が居る限り情報戦で遅れを取ることはまず無い。戦略を立てる側としては非常にありがたい。
「思ってた以上にお前の能力って怖いのな。反則スレスレじゃねーか」
「反則とは失礼な。事前準備と言ってください。まぁ確かに情報の有無が勝負を分けることもありそうですけど!」
美作とタケル君が言い合っている間に、僕はコンシェルジュを展開しながら考えていた。
実習の前に少しだけ時間をもらう。
「クラス戦一週間前になりました。今回も事前確認をしたいと思います」
クラスの全員に向けてそう話す。
「クラス戦に参加する意思のある人はこの実習の後、対戦フィールドの下見に向かいます。それに参加してください。クラス戦の参加は自由です。強制はしません」
やっぱりクラス戦に強制参加させるのは何かが違うと思うのだ。
「今回のクラス戦は武器の解禁もあってケガをする可能性が高いです。その点を踏まえて参加するかどうか決めてください」
ざわめきが広がっていく。しかしこれは事実だ。先に言っておいた方がいい。
一通り説明し終えたので、グループの中に戻る。
「……では今日の実習を始めます」
教師が前に立ち、実習が始められる。
僕は壁際の方にまで移動してコンシェルジュを展開していた。
六月度の実習はほとんど武器を用いた練習とその防御の訓練に費やされている。
が、それでも不安なのだ。相手が武器を使う以上、絶対にケガをする生徒が出てくる。
仮にケガをしたとしてもその場に僕が居ればすぐに治療が出来るけど、それも確率的には少ない方に分類されるだろう。
と、なってくるとやはり戦略の段階でなるべくケガ人を出さない方針で行くしかないのだ。
今回のフィールドを再び確認する。
東、中央、西と三種類の通路があるのだ。少なくとも味方をその三つに配置する必要があるだろう。
僕を拠点に残してケガをした生徒が出たらそこに急行するってのも考えたけど、情報の伝達的に難しいだろうと思う。
少なくともケガをした人と情報を伝えに来る人とで二人がその配置から抜けるのだ。いくらクラス戦に参加出来る人数が多いからとはいえ、そんなことをしていたら絶対に相手に押し切られる。
実習中はそんなことを一人で考えていた。
実習が終わったのでそのまま皆を引き連れて対戦フィールドの下見に行く。
参加者はかなり多い。流石に全員というわけには行かなかったけど、既にクラス戦経験者から今回初めてクラス戦に参加してくれる人もいる。この段階で参加してくれる人全員にコンシェルジュでチェックを入れておく。
「今回のフィールドは通路が広いねー」
拠点から伸びる三つの通路を見ながらそう凛さんが呟いた。
広さ的には横幅が十五メートル。縦幅が五メートルといった所かな。これが一つの通路だから今回の対戦フィールドはかなり広いと言える。
「神島さん。この通路を氷で埋め尽くせる?」
「出来ないことは無いが、その分厚みが薄くなってしまうな。防衛的な意味では私の氷で道を塞ぐのは難しいだろう」
それくらいには一つ一つの通路が広いのだ。これは実際に見ておいてよかった。
通路のところどころにバリケードのような盾に出来そうな障害物が置いてあり、広い通路を基本にした戦闘が行われることになりそうだ。
拠点前にもある程度の広さの広場があるのだけど、ここまで攻め込まれると対応が大変なことになりそうだった。
逆に言えばそこまで攻めこんでしまえばかなり有利ってことでもあるけど。
しばらく自由行動として各自で対戦フィールドを確認してもらうことにした。僕も通路をよく見ておく。
……そうして居たら、やっぱりCクラスの人と鉢合わせしたのである。
「人数的にはほぼ五分やなー。やっぱり武器が解禁されるのが大きいんやろな」
代表さんが進み出てそう呟く。
二クラス分の人が鉢合わせしたのだ。人数的には結構凄いことになっている。
Cクラスも実習が終わってから直接、対戦フィールドを見に来たのだろう。武器を持っている人がかなり居る。
「まぁウチらは見ての通りの武器集団や。もしかしたらケガさせてしまうかもしれん」
代表さんからそう先に宣言があった。
「それはこっちも承知の上だよ。逆にそっちもケガする可能性だってある」
「アハハ。そうやな。それはお互い様やな。うん。まぁクラス戦は楽しみにしてるで!」
軽く流された。すれ違うようにCクラスの人達が対戦フィールドの奥の方に下見に向かう。
「僕達は一通り見たから帰るよ!」
それに背を向けて帰ることにした。
「実際に見ると結構不安になるな。相手はあんなに武器が使える奴らがいるのかよ」
帰り道でタケル君がボソッと呟いた。
似たような感情を持った人は多かったみたいである。
実際に相手の参加者の半分以上が武器を持っていた。こっちよりもかなり多い。
「武器が全てじゃないよ。アーツの力だって負けてないと思うし」
単純な比較は出来無いけど、そこまでEクラスはアーツの力が弱いというわけではないと思う。
それに組み合わせ次第で化ける可能性も十分あるのだ。勝負は始まってみないとわからない。
「まぁやるからにはやるけどよ。不安になった奴も結構いるんじゃねーか?」
周りを見渡しながらタケル君がそう呟く。
「出来る限りの事はするよ」
そう答えておくしか今の僕には出来なかった。
夜。アパートに戻ってきて戦略を考える。
今回のテーマは如何にケガ人を出さないかという点だ。それはEクラスにもCクラスにも言えることだ。
出来れば僕がやられるような事態は避けたい。クラス戦が終わったらすぐに治療に移れるようにさらに言えばバイタルフォースも使いたくないぐらいだ。
だから今回は当たり前だけど、対Dクラス戦の時の様に僕をいきなり相手本陣に特攻させるような無謀な戦略は取らないことにした。
真面目に戦略を立てて迎え撃つことにするのだ。そのために人数やアーツの種類や配置を考える。
「やっぱり三つの通路次第だよなぁ……」
コンシェルジュを展開しながらそう呟く。
この三つの通路が重要になってくるのだ。恐らく僕もこの三つのどれかに所属することになるだろう。
ガリガリと紙のメモ帳に書き込んでいく。
この段階で大筋の戦略は出来ている。あとはどう人数や人を配置するかということだ。
……この日は夜遅くまで戦略を考えていた。
「よし! 普通の組手終わり! 次から私、ロイドを使うから!」
そう槇下さんに宣言された。
指導教員の授業である。クラス戦前とかの事情はこちらには関係がないようだ。
もう普通の組手という名の槇下さんの連撃はかなり受け流せるようになってきた。
「やっぱり東雲君はスジがいいね。もう流体防御がほとんど出来てる。あとは私のロイドに反応出来るようになったら習得完了だよ」
問題はここからである。槇下さんがロイドを使うのだ。
「まぁ物は試し。やってみるよー!」
その言葉と共に槇下さんが視界から消えた。
瞬きをする間もなく判断を迫られる。
ヒュッという音が聞こえて背後に回られたのに気がついた。
慌てて流体防御で背中を守る。そこに強力な一撃が叩き込まれる。
「カハ……」
肺から息が漏れるのと同時に一撃でかなり吹き飛ばされる。完全に受け流すことは出来なかった。
「まぁよし。初見で私のロイドに反応するとは思わなかった」
この人は……全く容赦がないな。
慌てたように神楽坂さんが駆け寄ってくる。
咳き込む僕を見てすぐにセイレーン・ボイスを発動してくれた。おかげで苦しいのは一瞬で済んだ。
「春香ちゃん甘やかしたらダメ! もうちょっとボコボコにしてからで十分だよ!」
「い、今のはちょっとやりすぎだと思います」
というかロイドが凄い。槇下さんの体格で僕を十メートル以上、簡単にふっ飛ばした。
「でも反応は出来てるからねー。後はそれをもうちょっと余裕を持って流体防御が出来るようになるだけ! こればっかりは練習あるのみだよ」
神楽坂さんを手で止め、槇下さんと向き合う。
「お? やる気だね? 手加減はためにならないからしないよ?」
槇下さんが地面を蹴る。今度は真っ直ぐに真正面から突っ込んできた。
右手からのアッパーがみぞおちに入る前に流体防御で横に逸らした。
それでもロイドの威力をすべて受けきれずに後ろに吹き飛ばされる。
「追撃行くよ!」
ヒュンと音がして槇下さんがまたもや視界から消える。
その後、背後に気配を感じ、右足での蹴りが視界ギリギリに入った。
慌てて首筋を流体防御で防ぐ。
これも完全に威力を殺しきることは出来ずに今度は斜め前方に蹴り飛ばされる。
……危ない。首筋を狙われると意識が飛ぶ可能性がある。
「ふーん……これも防げるか。東雲君ってさ。武道の経験がある? やたら反応がいいのは前から気になってたけどさ」
スタンッと地面に着地し、そう槇下さんが呟いた。こっちは激しい音を立てながら地面に半分めり込んでいる。
「……特に経験は無いですよ。あったらこんなに苦労しませんって」
神楽坂さんがセイレーン・ボイスを発動してくれる。このロイドを用いた流体防御の訓練も常に神楽坂さんの力が必要だな。
「まぁそれだけ反応がよかったらもうちょっと慣れたら私のロイドくらいなら普通に防げるようになると思うわ」
立ち上がり槇下さんに向きあう。
「私のロイドって槇下さんのロイドってどの程度な物なんですか?」
気になったので聞いてみる。
「うーん。そんなに強くは無いかな。教師だと真ん中よりちょっと上ぐらいかな。そこまで強いってほどでもないからロイドが強い生徒だと軽々、私ぐらい超えていくわよ」
ロイドにも強弱があるのはなんとなく雰囲気で察していた。
「さぁガンガン行くわよ。目標は今週中に私のロイドを防げるくらいにまで!」
……そのあともしばらくロイドを用いた訓練が続けられた。
ここまで来るともう感覚頼みである。まず目では槇下さんの動きを完璧には追い切れない。
全身全霊を使って防御に徹する。それでようやく槇下さんの動きがなんとか追えるのだ。
この日はまだ防御なんて考えられなかった。どう力を受け流すかで精一杯である。
結果としてボッコボコにされて、セイレーン・ボイスの力を頼ることになった。
クラス戦三日前。クラスはだんだんクラス戦に向けて活気が出てきた。
やっぱり大きなイベントがあるからだろうか。クラスの空気が盛り上がってくる感じがある。
特に今回は初参加の人も結構多いので前の時よりも大きく盛り上がっている感じである。
もう一週間前になったらあとは皆に調整をお願いするぐらいで僕の方から何かをするという事は終わらせてもらった。
この段階でEクラスのデータはほぼ集まったといえる。
美作からの情報でCクラスの情報も半分くらいは集まった。
Cクラスでダッシュが出来るのは確定で一人。雰囲気的に代表さんとその取り巻き数人もダッシュが使えそうとの美作の話だ。
対してこちらも及川がダッシュを使えるようになってきたし、忘れていたけど女子の方では橘さんという子がダッシュを成功させていた。
それなりに上々である。コンシェルジュのデータを更新しておく。
あとは戦略だけ……だけど、この段階でも僕は悩んでいた。
一番大きく悩んでいるのは僕の扱いについてだ。
僕を受け身の治癒術使いとして使うのか、前線に投入して戦わせるのか。その判断にずっと悩んでいるのだ。
「今回はそんなに戦略に悩むのかよ?」
そんな悩んでいる様子を見てタケル君が声を掛けてきた。
「戦略ってより僕自身をどうするかってことだけど……」
大筋の戦略は出来た。が、僕の存在をどうするかで皆の配置がガラリと変更になるのだ。
「そんなもん。少しでも勝率が高い方を選んだらいいじゃねーか」
タケル君がそう呟く。
「勝率が高い方だと僕を前線に投入する方だと思うけど、そうしたらケガ人が出た時にすぐ対処に向かえなくなるよ?」
それが僕を前線に投入するデメリットである。
「そんなもん。ケガ人は絶対出るんだろ? 流石に全てに反応出来るわけもないんだからケガ人はクラス戦が終わってからまとめて治療でいいじゃねーか。その方が迷わなくて済むだろ?」
確かに。それも一理ある。
「……もうちょっと考えるよ。戦略は二パターン用意することになると思う」
僕が前線に出る場合と、僕が治癒にまわる場合と。
「まぁ最終的な判断は涼がしたらいいとは思うけどよ。やっぱクラス戦だ。戦力は多いに越したこたねーだろ」
そうタケル君が呟いていた。
僕自身を戦力としてみる場合は僕の配置はかなり無茶をさせる予定だ。
それだけの自信が僕にはあるし、そうすることで他の作戦が上手く行くことになる。
が、それだともしもが起こった場合に対処が出来ないのである。
……あんまり考えたくないけど。その場合はケガをした皆を待たせることになってしまう。
この判断はギリギリまで悩むことにした。
「ふむ……」
僕を見事な裏拳でぶっ飛ばしておいて槇下さんが悩んでいるような仕草を見せた。
「一週間で私の攻撃がたまーに受け流せるようにはなってきたね。進歩が目に見えるのはいいことだ」
反射的に反応が出来るようになってきたのである。これは思っていたよりも早かった。
「ただ……これは東雲君のアイデンティティに問題があるのかも知れないけど、どうしようも無くなった時にやられることを予め覚悟してる節があるわね」
ズバリと本質を突く質問にギクリとする。槇下さんはそこまで見ていたのか。
「簡単に言ってしまうと諦めが良すぎるの。いくら治癒術が使えるからってそんなに簡単に諦めちゃってたらいつか大きな失敗するよ?」
そうなのだ。僕の欠点みたいな物か。
攻撃を防ぐのが間に合わないと判断してしまったらその時点で諦めてしまうのだ。
言われなくても自分が一番良く分かっている。この流体防御の訓練でそれがよく分かった。
僕自身がやられることに対しては結構、どうでもいいと思っている節があるのだ。
他人がやられることにはすごく反応するくせに。
「それはいつか。東雲君自身に重大な事柄を引き寄せるよ? 修正出来るなら今のうちにしといた方がいいと思う」
……そう言われて少し考えてしまう。
僕のことをあまり大事にしていないというか。僕がどうなってもいいと思っているというか。
「東雲君自身のことをもっと大切にした方がいいと思います」
と神楽坂さんにまで言われた。それくらいにわかりやすいようである。
「まぁ……人のことばかりに構ってたから自分のことは置き去りにしてきたのかも知れないね。でもそれは危険な考えだよ? ゆっくり自分について考えることをオススメするよ」
そう槇下さんから諭すように言われてふと考えてしまった。
「じゃ東雲君が自分と向き合ってる間に春香ちゃんはゆっくりやろうか。まず流体防御は基本的に組手からスタートするの」
その間に神楽坂さんの流体防御の訓練である。
何といえばいいのだろう。槇下さんと神楽坂さんが向い合って、かなりスローペースな組手を行うようだ。
「じゃまずは私が春香ちゃんの右手を狙うね!」
そう宣言してゆっくりと神楽坂さんの右手に向け右ストレートを放つのだ。
「じっくり見て、タイミングがここだ! って思ったらそのタイミングでシールドを出すの」
ゆっくり迫ってくる右ストレートが神楽坂さんの右腕に当たる直前でシールドを展開する。
パンッと乾いた音が響いて、槇下さんの右ストレートが吹き飛ばされる。
「そうそう。その感じ。じゃ次は左腕ね!」
そんな感じで進められていく。これが正式な流体防御の取得訓練だろう。
って言うか僕の時もゆっくりやりたかった。バットでボコボコはやっぱり過激過ぎるだろう。
……しばらく残りの時間は神楽坂さんの訓練を見ていた。
夜。アパートに戻ってきてから一人で考える。
僕自身のことか。自分でも分かっていたことだけど他人に指摘されるとまた違った感想を持つ。
僕自身を大事にしてない……それはそうかも知れない。
僕は僕よりも周りの皆の方が大事だと思っているのだ。だから結果として僕自身のことがおざなりになる。
それに僕自身は僕を守る術をいくつも持っているのだ。それが必要とされるような世界で育ってきたから、結果として自分を守ることだけは上手くなった。
だから今度は周りを守りたいと思うようになったのだ。
学園生になって自分の考えの中で一番変わったことかも知れない。
欲が出るようになったのだ。自分の身が安全だと分かったら、他のことに興味が持てるようになったのだ。
治癒術という特殊な能力が使えることも影響しているのだと思う。
僕は僕が思っている以上に傲慢な考えを持っているのかもしれない。
僕が守れる物はすべて守りたいと思ってしまうのだ。だから時に無力を感じる時がある。
……クラス戦の戦略メモを見返す。
結局二パターンの戦略を考えた。
僕が前線に出るパターンと僕が治癒術のため後方待機するパターンだ。
自分自身の事を大切にしろと言われたら、この後ろの方を選んでしまうかもしれない。
……でもそれは違うような気がするのだ。
僕自身に出来る事を考えたら、やっぱり僕自身が前線で力を振るう方が合っているとは思うのだ。
でも、まだ判断が出来無い。
どっちの戦略が正しいのか何てわからない。
タケル君は勝てる方を優先したらいいと言っていた。クラス戦に勝てるのはどっちの戦略だろうか。
一晩、悩んでもやっぱり判断はできなくて、ギリギリまで悩むことにした。
クラス戦前日。いよいよ明日から七月度に入る。
クラスの雰囲気は悪くはない。明日に向けて皆、充電しているような雰囲気である。
実習の時間に急に試してみたくなった事があったので実践する。
「連君。ちょっと相手を頼むよ」
及川との勝負を終えた連君を捕まえる。
そう。僕自身が流体防御で何処までやれるのかだ。
「お前がか? 武器も持たずに?」
軽く呆れたような口調で連君は呟いた。
しかし僕の構えを見て考えを改めたようだ。
……この結果次第で戦略の最終決定とするつもりだった。
僕の顔はそれなりに覚悟を決めた顔であっただろう。
「……いいだろう。行くぞ!」
距離を取り、ダッシュで右側面に回りこみ、一気に距離を詰めてくる。
そのナイフが振るわれる直前に手を差し込み、流体防御でナイフごと吹き飛ばす。
「!?」
直前の映像を先読みで見たはずだけど、それでも連君は起こった結果に驚いていた。
「ほう……流体防御ですか。もう特別奨学生として習得しているのですね」
興味深そうに教師が呟いた。
だんだんとギャラリーが集まってくる。
気にせず連君の方を向いて構え直す。
吹き飛ばされたナイフを構えなおして、再度連君が突っ込んでくる。
見切れる攻撃は見切って、どうしようもない攻撃だけ流体防御で防ぐ。
その判断も出来るようにはなっていた。連君の攻撃をさばき続ける。
……いける。と確信を持った。流体防御は仮に武器を相手にしたとしても役に立つ。
ギャラリーが増えすぎたのだろう。連君が攻撃をやめる。
「なんだ? その変なシールドの使い方は?」
そう質問をされる。
「流体防御っていう防御方法だよ。皆も後期に入ったら習得することになる」
そう説明しておく。
「ありがとう連君。おかげで戦略が決まったよ」
これで戦略は決まった。僕も覚悟を決めようと思う。
こうして最終日が過ぎていった。
夜。アパートに戻ってくる。
例のごとく、美作にだけは前日に作戦を伝えておく。クラス戦が開始されたら美作には相手の配置を調査してもらうためだ。
出来ることはすべてやった。あとは当日だ。
……そうしてクラス戦当日が訪れた。
クラス戦当日。いつもと同じように目が覚める。
いつも通り。クラス戦は午後三時からだ。それまでの時間は部屋でゆっくりと精神を集中しておく。
戦略の最終チェックも済ませておく。
……今回は厳しい戦いになる気がしていた。
僕の立てたプラン通りには進行しないだろうなとは感じていた。
そのため、もしもの場合も想定しておく。
例えばこの作戦の段階だと僕と相手の代表さんが戦うことはまず無いはずだった。
だが、こちらの作戦の上を相手が行く場合、想定してない僕と相手代表の戦いが起こりうるだろうなとは思ったのだ。
その結果はあまり考えたくない。こちらにたくさんの負傷者が出るってことだから。
そうやってギリギリまで時間を潰していた。
時間になったので僕もアリーナに向かう。
アリーナには既にたくさんの人が来ていた。僕はいつもギリギリに来るようにしている。
今回は参加者が多くて全部で二十四人の参加者がいる。それぞれ全員に配置を考えてある。
二時半になったので進行役の教師がやってくる。
「もうシールドは見せる必要はありませんので、この端末にコンシェルジュをかざした人からアリーナに入場してください」
その説明を聞き、どんどんとアリーナに入場していく。
「美作。いつも通り頼むぞ」
「あいあいさーなのです! ではお先にです!」
元気よくアリーナに入場する美作を見送る。
……全員がアリーナに入場するのをゆっくりと眺めていた。
もう後戻りは出来無い。あとはぶつかるだけだ。
そう思って、僕も最後に入場したのだ。
アリーナには僕達の拠点である南の拠点の前で全員が待機していた。
「まもなく三十分のブリーフィング時間に入ります」
アナウンスが繰り返し流れている。
「さて、皆。聞いてくれ。作戦を説明する」
まずはグループを大きく四つに分けた。
一つ目。西の通路に向かうグループ。
凛さんを筆頭に纒さんや他の遠距離攻撃が出来る人。それにプラスして神島さんと坂本さんを加えた計八名のグループ。
二つ目。中央の通路に向かうグループ。
連君を筆頭にタケル君。及川。その他、銀の能力者を含んだ計七名のグループ。
三つ目。東の通路に向かうグループ。
僕を含んだ計五名のグループ。このグループだけ他よりも明らかに戦力的に弱い。
最後。拠点に残る連絡係のグループ。
美作とその他三名の計四名のグループ。
「まずは一つずつ説明していくよ。グループ一。西に向かうグループ。凛さんの重力波を中心として飛び道具で相手を圧倒して欲しい。神島さんと坂本さんをグループ一に配置した理由は後で説明する」
そのために遠距離攻撃が出来る人を中心にグループ一に配置した。
「グループ二。基本的に武器を持っている人、もしくはアーツが攻撃的な人を中心に中央の通路に向かってもらうグループ。これが今回の主力となります」
恐らく相手の代表さんや主力と戦うのはこのグループだ。
「グループ三。僕を加えた五人のグループ。東の通路にて防衛にあたる。さらにこれは作戦としてはオトリとしての役目をになってもらうことになります」
だから人数も僕がいるとはいえ少数だ。
「最後。拠点に残るグループ四。美作を中心に情報を前線に伝えるという大切な役目があります」
戦闘能力が一番低い人達に連絡係として頑張ってもらうことにした。
「まず予め断っておくけど、今回は何処かが重要ってわけではなくどのグループも大事だよ。どのグループにも役目がある」
最初にそう説明しておく。
「大きな作戦の流れとしてはクラス戦開始十五分は通常通りクラス戦として戦います。まずは相手の戦力を一人ずつ確実に削っていくこと。そして十五分を過ぎた頃から動き出します」
皆に立てた作戦を説明する。全員静かに聞いてくれているようだ。
「今回、グループ三の僕がいるグループだけ明らかに戦力が少ない配置にしました。これに恐らく相手は気がつく。そして東の通路に相手の戦力をおびき寄せます」
それがグループ三がオトリとしての役目という意味だ。
「恐らく十五分を過ぎた辺りで相手が戦力の配置換えを行ってくると予想が出来る。明らかに東の通路が突破しやすそうだからね。そうしたら一気にこっちが攻勢に出るよ。グループ二の中央組に相手の拠点を攻撃してもらう」
そのため今回の主力はグループ二の中央組だ。
「グループ一はどうするの?」
纒さんから質問が飛ぶ。
「グループ一だけど、このグループだけは作戦は最初から最後まで相手を通さない事。通路を封鎖することを目標として持って欲しい。これは保険の意味も込めてだけど」
「え、ということは攻めないの? グループ一の人達は?」
凛さんが驚いたような表情を浮かべている。
「そういうことになる。グループ一だけはその通路を封鎖することを目的として持って欲しい。さらに相手が凛さんの重力波をダッシュなどで通過してきて接近戦になる恐れがある。その場合に備えて、神島さんと坂本さんの二名を配置する」
と言うか恐らく接近戦になるだろう。だから少し接近戦が出来る人員をグループ一にも配置しておく必要がある。
「保険という意味は相手がこちらの本陣を攻めてきた場合は後方に戻ってその対処にあたってもらうため。その連絡係はグループ四の人達に担当してもらう。またグループ四の人達は中央組のグループ二に美作の指示で相手の拠点を攻めるタイミングの指示を伝えてもらうという重要な役目がある。予めコンシェルジュで連絡が取れるようにしておいて欲しい」
これはコンシェルジュが使えるからそこまで難しくはないはずだ。
「こちらの大将は美作を申請する。彼女には予め今回の作戦はすべて説明済みで、今は相手の配置を調べてもらっている。もし危なくなったらダッシュを使ってグループ一と合流してもらう手筈になっている」
今回は通路に配置する人は全員がリスクを背負う。ダッシュが使える美作を大将にすることは結構前の段階から考えてはいた。
「クラス戦の勝利条件は相手の大将を倒すか、三十分が過ぎた段階で戦闘不能者が少ない方の勝利。だから皆。それぞれ自分の身を守ってね。今回は必ず大将が倒せるとは限らないから」
そう説明する。
「っておい。グループ二は大将を倒しに行くんじゃないのかよ?」
今度はタケル君から質問が飛ぶ。
「それがベストな結果だけど、相手の大将が今の段階だとわからない。今、美作に調べてもらっているけど……恐らく」
そのタイミングで美作がビクンと震える。
「戻ったのです! やっぱり美作対策ですね。大将は予め決められててコンシェルジュで申請されちゃって誰か分からなかったのです。相手の配置はそれぞれ七人ずつを各通路に。残りの五人が拠点で防衛にあたるみたいです。相手の代表さんは最初は拠点に居るみたいです」
こちらよりも相手の方が参加人数が多い。でも誤差の範囲内だろう。
「……予想通りだ。だからグループ二の人は相手の戦力を削る意味でも一人ずつ確実に撃破していってね」
相手の大将がわかって倒せるならそれに越したことは無いけど、やっぱり対策されていたか。
「グループ三は相手をおびき寄せたらギリギリまで耐える防衛戦となります。僕が前に出るけど、厳しいことになるのは覚悟しておいて欲しい」
戦力的にグループ三はあまりアーツも武器も得意では無い人のグループだ。僕が居ないと速攻で崩されるだろう。
「もしもの場合はいくつかパターンがある。まず一つ。グループ二が全滅して相手が中央から攻めてきた場合。この場合はグループ一と三と四で相手を拠点前広場にて迎え撃つことになります」
これは確率的には結構ありうると僕は予想していた。
「フッ……俺が負けると?」
連君が不敵に笑っている。それはあえてスルーする。
「もう一つのパターンがグループ三が突破される場合。この場合は相手との戦力差が大きすぎるってことだから美作には速やかにグループ一に合流してもらい戦況を立て直すことになる。そういう意味でも保険としてグループ一はその場に留まる必要がある」
その場合、僕が生存かどうかが戦況の大事な流れとなる。
「今回はどのグループも役目があって大事だよ。僕も前線に出るからクラス戦の途中で治癒術を発動させることは難しい。だから自分の身を守ることを考えておいてね」
僕にとって苦渋の決断でもある。僕が裏方に回るよりも前線で戦った方が他の人のリスクが軽減されるとの計算の上でだ。
あとの残り時間は相手のめぼしい能力者の説明を行なっていた。これは各グループで大事になることだ。
「最後にグループ一は纒さん。グループ二は連君。グループ三は僕。グループ四は美作の指示に従って行動してほしい。それぞれ役目をしっかり果たしてクラス戦を勝ちに行くよ!」
掛け声を掛けてクラスの士気を一気に高める。
「まもなくクラス戦五分前です。各員配置についてください」
それと同時にアナウンスが流れ始める。
全員が配置に向かって移動を始める。
戦略の説明は出来た。あとは皆の働き次第だ。
「グループ三はその役目のため、危険を伴う。もしもの場合はすぐに逃げること。相手一人に対して卑怯と思わず全員で挑むことを考えておいてね!」
グループ三の人に予め声を掛けておく。
……これはあくまで予備だ。僕が逃した相手を確実に倒してもらうための手筈。
「まもなくクラス戦開始です。三、二、一、クラス戦開始です」
……そうしてクラス戦が開始される。
西通路。
まずは遠距離からのアーツの撃ち合いとなった。
「遠慮なく行くよ!」
凛さんが能力を発動させる。相手のアーツをすべて叩き落とす。
「あれが噂の重力使いだ! 全員、彼女を狙え!」
「そんなことさせるわけないでしょ? 攻撃準備!」
纏さんの掛け声にあわせて皆がアーツの準備に入る。
「凛! 重力を頼むわよ!」
「わかった! 相手の後方に出すよ!」
重力波が相手の後方に出現する。
相手の隊列が乱れるのが見える。
「全員。撃てっ!」
そこを嵐のように様々なアーツが飛んでいく。
「見てるだけなら爽快だな。一気に相手隊列が乱れたぞ?」
神島さんがそう呟く。
対Cクラス戦でも凛さんの重力波に遠距離攻撃のアーツの組み合わせの効果は抜群だった。
……しかし。相手も流石に予想していた。
「奥山! 頼むぞ!」
一人の生徒が前に進み出る。
「エアレイド!」
纒さんのエアレイドが集中的に襲いかかる。
「フンッこの程度か」
それをいとも簡単にすべて弾き飛ばしたのだ。
「!? あの生徒。皆、注意!」
「遅いわ!」
凛さんの重力波を抜けるように奥山と呼ばれた生徒がダッシュを発動させ駆け抜けてくる。
そのまま真っ直ぐに飛び上がり、凛さんに殴りかかる。
「貰った!」
「させないわよ!」
纒さんが間に入り、相手の攻撃をシールドで受け止める。そのままエアレイドの発動に入る。
「見えてるんだよっ!」
それをすべて両手ではたき落とされる。
「きゃっ……」
エアレイドの流れ弾が纒さんの足に当たる。
「捉えた!」
凛さんが叫ぶ。重力で奥山君の動きを止める。
「よくも。よくも纒ちゃんを! 坂本ちゃん!」
「フフッ……行きます!」
ハンマーを携えた坂本さんが勢いをつけて真正面から奥山君に殴りかかる。
「ッチ……」
凄まじい衝撃波が突き抜ける。
奥山君はそれを両手の拳で受け止める。しかしパリンという音の後で身につけた指輪が砕けるような音が辺りに響いた。
「もうこないで!」
そのまま凛さんが両手を大きく振るい、相手の防衛ラインまで奥山君を吹き飛ばす。
「纒ちゃん大丈夫!」
「ええ。かすっただけ。それよりもここの通路の防衛よ!」
重力波を奥山君に向けている間に、こちらの防衛ラインは神島さんが氷の盾を出して防いでいた。
そのまましばらく均衡した戦いが続く。
「もう一度来るかと思ったけどこないね」
凛さんがそう呟く。
「指輪を壊したからだろう。恐らくさっきの奴は指輪が武器だったんだろ? それに坂本のハンマーを真正面から受けたんだ。腕をケガしてもおかしくはなかった」
神島さんがそう呟く。
遠距離のアーツの撃ち合いだとEクラスの方に分があった。それほどに凛さんの重力波は強力である。
「それに見て! 相手の人数がいつの間にか減ってるわ」
纒さんが呟く。
「涼君の作戦通りってことだね!」
「このままここは維持するわよ!」
その掛け声と共に西の攻防が続いていく。
東通路。
こちらはアーツの撃ち合いが行われるわけでもなくにらみ合いが続いている。
「皆、それとなくオトリとばれないように。相手の人数が徐々に増えてる」
指示を出す。このまま相手の人数がある程度、増えるまで待機が続く。
こちらに防衛する能力が無いとこの段階でバレてしまったら一気に攻め込まれるだろう。それだけは避けておきたかった。
しかし……
「相手は五人しか見えない! こちらから一気に畳み掛けるぞ!」
そう相手が宣言し、数人が雪崩れ込んでくる。
……仕方ないか。
「僕が出る。逃した敵は頼むよ!」
そのまま前に走りだす。
相手とすれ違いざまに治癒術を発動させ一気に相手の意識を奪う。
突っ込んできた人のうち、二人がいきなりその場に倒れる。
「な、なんだ? 何が起きた?」
相手が動揺している間にダッシュを使って相手の防衛ラインに飛び込み、さらに二人を倒す。
「し、東雲だ! 相手代表だぞ! 武器組はまとめてかかれ!」
長い剣を持った生徒が三人がかりで飛び込んでくる。
最初の攻撃は見切って避けた。そのまま治癒術でまずは一人を倒す。
流石に二人目の攻撃は避けれなかったので流体防御で吹き飛ばす。
「なんだ? 今のは?」
相手が動揺している隙にまた一人倒す。
「せ、接近戦をするな! そいつは触れるだけで倒す術をもってるみたいだぞ!」
相手に指示が通る前にまた一人倒す。
僕がわって入ることで相手の防衛ラインは総崩れとなった。
「私がやる! ペスト・ボード!」
和服の女の子が飛び出して来て、尖った厚紙のような物を投げつけてきた。
「水天!」
こちらもカウンター技で吹き飛ばす。
「み、水使い! 私じゃ相手にならない……」
さらにこの間に近くに寄ってきた相手を二人倒す。
「くっ……まだ意識のある人は急いで拠点まで退避! あれは私が引き受ける!」
先程の女の子が進み出て時間を稼ぐようだ。
「……その覚悟は潔しだと思うよ」
そのままダッシュで一気に距離を詰め、相手の意識を奪うために右手を伸ばす。
「ナメないで! ペスト・ボード!」
紙で出来た扇子が切れ味の良い刀のようになる。僕の右手が切り裂かれる。
でも僕の右手が彼女に届いた。そのまま意識を奪う。
流石にここまでだった。相手の残った人は拠点まで下がっていった。
右手を治療する。さて、僕の働きはこれくらいだろう。あとは中央組の働き次第だ。
中央通路。
「連絡が入ったぞ! 相手拠点に攻め入る!」
タケル君が指示を出す。それを合図に相手拠点めがけて中央組が走りだした。
相手の防衛ラインを蹴散らして、相手拠点前まで一気に攻め入る。
「なんや。一気に来たな。思ってたより行動が速いで」
それを一人の女の子が前に出る事で止められた。
連君が動きを止めたのだ。それにつられて残りの全員も動きを止める。
「アイツが代表か。喰らえ! バーントゥルーパー!」
「馬鹿が! やめろ!」
しかし既にタケル君は相手代表に向けて炎の蛇を放っていた。
「難儀やなぁ……」
チリンと鈴の音が鳴ったかと思えば、炎の蛇は刀で一閃で切られ、姿を消した。
「な、何が起こった?」
「全員、避けろ! 来るぞ!」
連君が全員に指示を出す。
「焔返し! ってなんでウチの攻撃がわかったん?」
炎の蛇が再度、こちらに向けて相手代表の刀から飛び出してくる。
それから慌てた様子で逃げるEクラスの生徒達。
「西条や他の奴らは周りの雑魚をやれ。大将首は俺と及川でやるぞ!」
連君が素早く指示を出す。
「そうか。アンタが未来が見えるって噂の子か」
「及川! 挟みこむぞ!」
連君がダッシュを発動させ、大将の側面に回りこむ。
「未来が見えるってのは何処まで見えるんかいな? ウチの斬撃も見えるん?」
その連君の動きを捕らえ、刀から斬撃が飛ぶ。
「ッチ……」
それをギリギリでナイフで受けきる。だが相手代表の方が速い。
「いつまで防げるんかな? 少しはたの……」
「行くよっ!」
背後からアーツを発動させた及川が飛びかかる。水平に巨大な剣が振るわれる。
「こらこらまてまてぃ。女の子相手に手加減ないなぁあんたら」
それを刀で受け切られる。
そのままダッシュを使って距離を開き、仕切りなおす。
「二対一かいな。まぁいいわ。掛かってき」
刀を背負い直し指をクイクイと動かす。
「及川! 手加減は要らない。かなり強い」
連君から指示が飛ぶ。それにあわせて及川が斬りかかる。
「もう一人は銀の能力者やね。ウチの刀で切れへんってことは」
それを刀で受けきる。巨大な剣を真正面から細身の刀で受けきる形だ。
「大きい剣やけど、何処まで戦えるん? ウチの相手してくれるんやろ?」
ニヤリと軽く笑ったかと思えば代表はダッシュを使い一気に及川の手元にまで突っ込んでいく。
「させるかっ!」
それを側面から連君が飛びかかる。
「全く躊躇ないなぁ。流石に女の子相手にそれはないわー」
一瞬、シールドを発動させて仕切りなおしたかと思えば、ダッシュで方向転換し、連君に刀の刃を向ける。
「ッチ……真正面からは分が悪い。及川!」
「わかってるよ!」
後ろから及川が大きな剣で斬りかかる。
「やっぱ二対一はしんどいなぁ……」
それを刀を持ち上げたかと思うと大きく受け、そのまま横に受け流す。
「ま、それがそっちの作戦なんやろうけど! まぁ楽しませてもらうわ!」
そのまま二対一の激闘は続く。
その横でタケル君が指示を出しながら敵を一人ずつ片付けていった。
「東の通路から流れてくる奴らがいるぞ! 気をつけろ!」
指示を出しながら確実に戦力を削っていく。
隣で連君と及川VS代表の激突が続いている。それを横目に確実に相手の戦力を削っていった。
「ガンガン行くで!」
掛け声と共に代表の連花さんが刀を振るう。
それを連君はナイフでギリギリの所でさばいていた。しかしだんだん押し切られる。
その隙に背後から及川が斬りかかる。
「そんな何回も同じパターンが効くとは思わんことや!」
それを鞘で受け、刀は連君につきつけたまま攻撃を続行する。
「っく……」
及川が連続してアーツの剣を振るう。
しかしそれをすべて片手間に防がれるのだ。
「なかなか強いな。あんたら。ウチもやりがいがあるわ!」
そう言いながら二人を同時に相手にする。
「……でも貰ったで!」
ついに斬撃に耐え切れなくなった連君が連花さんの刀を真正面から食らってしまう。
「なっ……連がやられたのか?!」
少し離れて見ていたタケル君が慌てたように呟く。
「少しヤバイみたいやから本気ださせてもらうで!」
そのまま代表はダッシュで一気に及川の手元にまで突っ込み、そのまま斬り伏せる。
「ッチ……逃げろ! 東の通路を逆走してもいい!」
それを見たタケル君がすばやく指示を出す。
「堪忍な。クラス戦やさかい」
そのままタケル君の前まで一気に距離を詰めたかと思うと刀の一閃でこれを沈めた。
「一通り。終わったで。救護班呼んであげ。戦況はどうなってるん?」
拠点に連花さんが戻ってくる。
「西は均衡状態。でも奥山と数人が負傷。東に向かった奴らはほとんど東雲にやられた。あとはさっきの中央を攻めてきた奴らに数人倒された」
「こっちはかなりやられてるな。結構手間取ったわ。強かったしなぁ……残ってるのって西の防衛ラインに数人とここの拠点ぐらい?」
ふと考える様子を見せる。
「数は東がほぼ全滅したんが痛いなぁ……やってくれるわ東雲はん。これでウチらが勝ちたかったら相手の大将さんを倒すしかなくなったな」
「中央が開いてます。一気に相手拠点を攻めましょう!」
一人の生徒が進言する。
「いや、そしたら西と東と拠点から一気に兵が来るやろ。流石に挟み込まれたら持たんわ。その前に西か東のどちらか潰さなあかん」
そこでコンシェルジュを確認する。
「残り時間は五分ちょっと。流石にこの時間で相手の拠点までを落とすのは厳しいなぁ……」
Cクラス代表が考える様子を見せる。
「西はウチ一人やったら突破出来るかもしれんけど、それじゃ意味が無い。東に向かうわ。残りの皆。ウチについてき! 賭けになるけど、東雲はんが大将なのを祈ろうや」
そう告げると代表は東に走って行く。
東通路。
逆走してきた中央組の生徒から、相手の代表に中央組がやられたことを聞いた。
……そしてその代表の姿を確認した。
「全員下がって。グループ一に連絡して拠点前で防衛ラインを張って。僕があの代表を止める」
「やっぱそう来るわな。東雲はん」
僕の姿を確認すると、相手代表の前園 連花さんはゆっくりと前に進み出た。
「皆、止まり! ウチらが勝ちたかったらもう東雲はんを倒して拠点に攻め入るしかない。手加減無しでやらしてもらうで!」
意図せず一対一の決闘である。
……しかしなんとなくこういう展開になる予感はしていた。
「勁!」
距離が開いている間に勁を叩きこむ。
「鳴!」
それをチリンと鈴の音が鳴ったかと思えば、僕の勁をかき消してしまう。
「似たようなことがウチも出来るねん。だからその技は食らわんで!」
そのまま真っ直ぐに僕めがけて連花さんは突っ込んでくる。
「っく……水天!」
相手の突きを何とか避けて、こちらのカウンター技を放つ。
「斬らせてもらうで!」
水天を刀の斬撃で掻き消す。
「水心!」
そのまま刀から水流が吹き出す。
「ウォール!」
だがこれは僕が受けきれる。
「流石に東雲はんに水の技は食らわんか。なら直接斬り伏せるまでや!」
ダッシュを使い一気にこちらの懐にまで突っ込んでくる。
相手の斬撃をギリギリの所で流体防御で受け流す。
「へぇ……おもろい防御術持ってるやん。でもいつまで持つ?」
軽くニヤリと笑ったかと思えば連続して斬撃が振るわれる。
華麗な斬撃は流石に僕でも防ぎきれなくて、斜めに一撃を食らってしまう。
「堪忍な。クラス戦やさかい」
チンッと刀を収め、そのまま拠点に走り込もうとする。
……でも。僕も負けるわけには行かないんだよ。
「……なんや?」
「バイタルフォース。発動!」
瞬間。相手の視界から僕が消える。
相手が一瞬、油断したのが致命傷だった。こちらの右ストレートが相手の肋骨に入る。
「ガハッ……ウソやろっ……まだ動けるん?」
バイタルフォースが発動した瞬間に僕の切りつけられた傷口は塞がっている。
そのまま一気に畳み掛けようとする。
「太刀の一。鎮!」
刀をスラリと出して、相手が構えを取ったのが見えた。
それを背後から右ストレートを撃つために一気に近づく。
が、こちらの動きを完璧に捉えたのか、軌道上に刀を置かれる。
慌てて流体防御で受け流して相手と距離を取った。
「……それが機動力強化かいな。まさかこれ使うとは思わんかったで」
苦しそうにそう連花さんが呟く。
焦った。まさか僕のバイタルフォースの動きを見切られるとは思ってもいなかった。
高速で動きながら考える。もうバイタルフォースを発動してられる時間も短い。
……やるしかないだろう。
そのまま相手の真正面に躍り出る。
「……見えてるで!」
刀から鋭い突きが放たれる。僕の左肩を貫く。
「後の先だ!」
肉を斬らせて骨を断つとも言う。
「……しまっ」
相手が刀を引きぬく前にこちらから挟み込むように強化した両腕で刀を両サイドから叩く。
パキンと刀が割れる音がした。
「クラス戦終了時刻となりました。両クラスとも直ちに戦闘を止め、待機してください」
それと同時にアナウンスが響き渡る。
「……ウチの負けや。東雲はん。まさか白水を折られるとは思わんかった」
その場に軽く倒れこむように連花さんがしゃがみ込む。
それと同時に僕も後ろに倒れる。
「……なんや? そっちも限界みたいやな?」
「……最後の技は切り札だよ。使ったらしばらく動けなくなる。肋骨はちゃんと治すからちょっと待ってね」
そのまま肩で息をする。こっちも限界だった。あと一分でも勝負が続いていたら分からなかっただろう。
「戦闘不能者の数を計測しています。クラス戦の結果はしばらくお待ち下さい」
アナウンスが響く。
「……ウチらの作戦負けやなぁ。そっちの罠にまんまとはまったんが痛いわ」
肋骨を砕かれて喋るのもつらいはずなのに連花さんはそう呟いた。
「……こっちも主力を全滅させられてるんだからお互い様だよ」
そう呟く。恐らくこの連花さんがこちらのクラスの主力を全員倒したのだろう。
「集計結果が出ました。Cクラス。戦闘不能者十四名。Eクラス。戦闘不能者六名。よってクラス戦はEクラスの勝利です」
後ろの方から歓声が上がる。
「……ハハッ。負けるとやっぱり悔しいなぁ」
軽く笑いながら連花さんがそう呟いたのが印象的だった。
僕の体力が戻ってきたら連花さんを治療して、僕もアリーナの外に出た。
皆が集まっていたが、事情を説明して今日は解散として、先に救護班に向かわせてもらった。
そこで深手を負ったクラスメイトを治療する。
連君。及川。タケル君……中央組がほとんど全員刀で切りつけられたようなケガをしていた。
及川だけは意識があった。
「やっぱり連花さんは強かった?」
治療しながらそう尋ねる。
「まるで相手にならなかったよ……相手の代表さんが強すぎて」
そううなだれて及川は話す。
「結局、東雲君が倒したの?」
そう質問される。
「僕も勝てなかった。時間稼ぎでなんとかクラス戦は勝ったって感じ」
そのままの感想を述べる。それほどに連花さんが強かったのだ。
「とりあえずケガをした人全員を治療します。まだの人を通してください!」
救護班はクラス別になっていた。隣のクラスでケガをした人も治すつもりだった。
「とりあえずは勝ったんだ。それは誇っていいよ」
及川にそう話す。半分は自分に向けた言葉だ。
「正直、勝った気はしないけどね。真正面からぶつかって、負けたんだもん」
そう呟く及川はちょっと涙目である。
「まだクラス戦は続くよ。次のリベンジにその気持ちは取っておいたらいい」
そう話す。まだこれで終わりでは無いのだ。
「うん。次までに何か技を磨くよ。ちょっと今回はショックだから……」
そう及川は呟いて布団を被った。こっそり泣いているのだろう。
……そのまま相手側のケガ人を治療してまわった。相手で深手だったのは両腕に軽くヒビが入っていた奥山という生徒ぐらいで後は僕が意識を飛ばした生徒が大半だった。
「気を取り直してー! 乾杯!」
いつもの調子に戻ったタケル君が乾杯の音頭をとる。
今回はケガ人が多く、意識を失っている人も多かったから祝勝会を後日に開いたのだ。クラス戦に参加した人は連君を除いてほとんどが参加した。
この時だけは皆もわいわいと楽しそうに過ごしていた。
結果としてグループ分けしたうち、被害が大きかったのはグループ二だけであった。
グループ一は纒さんが軽くケガをしただけ、グループ三は僕がすぐに後ろに下げたしグループ四までは攻めこまれていない。
だがそのグループ二は全滅に近い状態だった。相手の連花さんの強さが分かる。
……一応は僕の立てた作戦の通りに進行はした。が、相手の強さの方が作戦よりも上だったのだ。
深手を負った生徒に悪いと思う気持ちがある。その点だけは素直に喜べなかった。
……僕の中で予想しなかった事ではなかった。グループ二は相手本陣を攻めるから逆にやられる可能性を考えてはいた。
こればっかりは仕方がない点なのかも知れない。これからのクラス戦はますます激しくなっていくだろう。
それにケガ人はつきものになるのだ。
そのたびに立ち止まっていたらどうしようも無い気もする。
実際にタケル君や及川。その他、連花さんにやられた人は気にしないと言っていた。これがクラス戦で最初にリスクも説明してたじゃねーかとタケル君に笑い飛ばされた。
それよりも僕の高速治癒の方を驚いていた。
目が覚めたら傷が消えていたわけだからだ。そっちを驚かれた。
和やかに祝勝会は進む。ふざけている人も結構居る。
そんな様子を壁際からのんびりと眺めていた。
「涼君! 元気ないよ! 代表を倒したんだからもっと元気よく行かなきゃ!」
元気いっぱいの凛さんに声を掛けられる。
「代表さんは倒してないよ。時間稼ぎをしただけ」
そう否定しておく。もし真正面から戦ったら今の僕じゃ連花さんに次は勝てないだろう。
それほどに実力の差を痛感した。
「それでもクラス戦に勝ったんだからいいじゃない! 勝ったってことにしとけば。何でそんなに頭固いかなぁ……」
側まで凛さんがやってくる。
「今回のクラス戦も無事に涼君の作戦で勝てました。それでいいじゃない。それがすべてだよ!」
そう……なのかも知れない。
「ケガ人も全員治療したんでしょ? 憂いなんて一つもないじゃない! だから代表がそんなにしょぼんとしないの!」
鼻先をつつかれた。凛さんはかなりご機嫌である。
「さぁ皆の所に行こ! 今回も涼君が大活躍だったんだから!」
そういって手を取られ皆の方に引っ張られる。
……やっぱり落ち込んでいる時に凛さんは僕に元気をくれる。
それは心安らかで、安心出来るような。そんな気持ちに僕をしてくれる。
そのまま。僕も皆の渦に入っていった。
……今は楽しく過ごすのが正しいと思い直したからだ。
「いやー。今回のクラス戦も大いに盛り上がったね。特に最後の代表同士の一騎打ち。しびれたよー。やっぱりクラス戦はあーじゃないと」
槇下さんはいつもよりもご機嫌であった。どうやらまた儲かったらしい。
「相手の代表はどうだった? あの子、噂になるくらい一年次では強い子って話だけど」
その情報は先に欲しかった。
「めちゃくちゃ強かったですよ。僕の技をバイタルフォース含めで全て防がれましたし。次は勝てませんね」
今回も勝ったとはいえない結果だけど。
「ふむ……まぁそれについては今後の課題としておこう。あのバイタルフォースの速度に一年次で反応出来る子がいるとは私も思ってなかった!」
槇下さんもその点は意外だったようだ。
僕も考えなくてはいけない。連花さんには僕が持っている攻撃と防御の手段が全て通用しなかったのだ。
もし次にCクラスと再戦になったら今度は確実に勝てるとは言えない。そのため、僕も新しい技術を身につける必要があるのだ。
「まぁ七月度は……ちょっと先に予定が入っちゃったからまずはロイドの習得を目指してもらうけど、そのあとに考えようか!」
そう言って指導教員の授業が始まる。
「ハイハイ。ガンガン行くよ! まずは流体防御の訓練から!」
……日常は続いていく。
「……え、涼にぃが負けかけたの? 本当? 相手どんな化物よ」
電話口でサクラが非常に驚いた声を上げた。
ルピスが貯まったので換金化してまとめて孤児院に送ったことと、最近の事を含めて話すために孤児院に電話を久しぶりに掛けた。
サクラは僕が防御よりの実践技術を持っている事を知っている。そしてその防御術がかなり強いことも知っている。
その僕が負けかけたことに大変驚いているようであった。
「学園って凄いね……そんな人がいるんだ」
「僕もあんな風になるとは思わなかった。時間制限がなかったら間違いなく負けてたし」
弱気を出す。サクラぐらいには弱い自分を見せてもいいだろう。
「でも涼にぃが勝てないんだったら、その相手さんに誰も勝てないんじゃない? それで小さな勝負には引き分けて大きな勝負には勝ったんだからいいじゃん。それで」
サクラも凛さんと同じような事を言った。
「うん。まぁそんな感じだよ。学園生活って」
「話聞いてるとクラス戦ってのばっかりしてるイメージだけどね!」
実際その通りだから返す言葉もない。
「あ、筆記は余裕で通ったよー。意外と簡単だった」
もうそんな時期か。
「ってお前、アーツの力が目覚めてるのかよ?」
「それがまだなのです。適性検査で弾かれるかも知れない……」
適性検査は九月に入ってからだ。それまでにアーツの兆候が見られないと弾かれる。
「まぁこればっかりは仕方ないね! あとはなるようにしかならないと思う!」
そう言ってサクラはケラケラと電話口で笑っていた。
「他の進路も考えとけよ。まだ今の時期だとそこまで深刻じゃないけど」
「はいはい。わかってますよーだ。頑張って涼にぃの後輩になれるようになるよ」
あとはいつも通り二、三の諸注意を告げて電話を終えた。
ベッドに沈み込む。
……今回もクラス戦は勝てた。
でも課題が多く残るクラス戦だった。
まず僕があの代表さんに次は勝てないという事実だ。
僕の持っている全ての技を簡単に防がれ、さらに水天にいたっては相手の能力だろう、吸収されて反撃にまで転じられた。
今の僕じゃ次は勝てないのだ。そのことが重くのしかかる。
流体防御の訓練をしていてよかった。あれがなかったらもっと大怪我を負っていただろうし。
クラス戦の再戦禁止期間は三ヶ月。つまり三ヶ月後にはリベンジされる可能性があるのだ。それまでに僕は僕で何らかの対抗手段を用意しておく必要がある。
……守りたい物があると言いながら、守れるだけの力が今は足りないのだ。
今回はもし僕が後方待機の場合、一番被害が多そうなグループ二について行ってただろう。
もしそうしていたら目の前で切り伏せられる皆を見ることになっていた。そうしたら逆上して僕もきっとやられていたと思う。
冷静な判断が出来なかったと思うのだ。そういう意味では僕をグループ三に配置しておいてよかったと思う。
まだ強くなる必要があると強く思ったのだ。
僕が皆を守りきれるだけの強さが欲しかった。
それを強く実感するクラス戦でもあった。
あとは戦略の立て方だな。今度からもうある程度のケガ人を想定した配置を考えないといけないかもしれない。
今までの甘い考えではいけないと思ったのだ。そもそも対A対Dとケガ人がほとんど出なかった方が不思議だったのかも知れない。
僕に出来る事は戦略を考えること。あとは一人の歩兵としてクラス戦に参加するしかないのだ。
クラス戦が始まってしまったら細かい指示までは出せない。だから戦略が大事になってくる。
……わりきる必要があるよなと思ったのだ。
クラス戦は実戦を想定しているのだろう。ケガ人が出ない実戦なんてありえないからこれはこれで正しいのかもしれない。
そんな自分の甘さが命取りになる可能性だってあるのだ。
それだけは気をつけなければいけないと強く思ったのだ。
……静かに目を閉じる。
七月度に入った。これからは本格的なダッシュの訓練が始まる。
ダッシュを皆が習得すればクラス戦はさらに加速するだろう。さらに後期には流体防御とロイドがある。それも習得すれば接近戦は皆が出来るようになるということでもある。
戦力が均一になれば、戦略がより大事になってくるのだ。僕の軍師としての役割がさらに重要になる。
もっと深く考える必要があるのかもしれない。僕に出来る事をこなしていくしかないのかも知れない。
そう。静かに考えていた。
出来ることから始めようと思った。
このままでは駄目だと思うけど、何から手をつければいいのか分からない状態でもある。
でも……目の前のことから一つずつ。ゆっくりでもいいから片付けていく必要があるのだろうと感じてはいる。
そう思って。この日は寝ることにした。
……また明日からはいつも通りの日常が訪れる。