君に幸あれと
翌日には女媧も奴隷として働きに出た。伏羲達男手の方では今日も何人かの奴隷が罰として杭に縛られている。逆らったものは一様にこうなるのだ。半分以上兵士の八つ当たりの対象になっているだろう。女手は大丈夫だろうかと心配になる。
しかし今は目の前に集中しなければいけない。畑を耕し、作物を育て、漁をして、全ての生活を支えなければ明日はない。
「…え……?」
日が沈む。疲れ果てたその身体にただ謝罪の言葉が浴びせられた。伏羲は周囲からの哀れんだ視線にさらされていることにも気付かずにただ今発せられた言葉を理解しようと苦心する。
「女媧は今日、引き取られたんだ」
どこに、誰に、どうして。ぐるぐると疑問が巡る中、奴隷の誰かが伏羲の肩を叩いた。それが誰だったのか伏羲にはわからない。
「よ、良かったじゃないか伏羲!見初められたと言っているんだぞ。女媧は美人だったからな!こんな所から抜け出して、もっといい生活ができる場所に行ったんだ!もうあいつが死ぬ心配もないし、きっと幸せに…!」
「………女媧は…」
肩を叩いた誰かの言葉は伏羲の耳には入って来なかった。ただ掠れた声で尋ねるだけだ。
「自分で望んで、行ったのか……?」
女子供は一様に顔を見合わせたかと思うと、すぐに伏羲に向かい合った。安心したように、そして彼を安心させるように言う。
「もちろんだよ!」
「…そっか」俯いたまま伏羲は相槌を打つ。
「ならいいや」誰に言うでもなく呟くと、伏羲は俯いたまま奴隷小屋に向かって歩いて行った。それを見て不安げに奴隷達が顔を見合わせていたが、そんなものは目に入らなかった。
大丈夫だよ、俺は大丈夫だ。と伏羲はひたすら胸の内で唱える。
そう、大丈夫だ。彼女の傍にいたかったのは確かだ。彼女を守ることで生きていたかった。そう思ったのが伏羲だけだった。それだけのことだ。
そうだ。例え昨夜のことが彼女の嘘で塗り固められた言葉だったとしても。
「女媧……。お前が幸せなら、俺は大丈夫だ」
君に幸あれと望んだ気持ちも、決して嘘ではなかったのだから。
伏羲はただ見慣れた天井を見上げて、泣きながら笑った。