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封神伝  作者: アオト
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伏せる犠牲者


「上げろぉー!」

青年の声と同時に一斉にそれをみんなが引いた。水飛沫が上がる。波がずるずるとこちらを引き込もうと寄せて来る。しかしそれに抗うように引き上げられた網にはぴちぴちと新鮮な魚が大量に跳ねていた。

それを見て歓声が上がる。青年も拳を掲げた。

「よし!」

「やったぞ!こんなに一度に魚が釣れるなんて」

「これは海でも使えないか?」

楽しそうな声を聴いて青年は満足そうに頷いた。後は籠に魚を詰め込んで持って帰るだけだ。

「伏羲!お前のおかげだよ!」

「これで領主様も満足なさるだろう」

賞賛の声、いろんな人物に肩を叩かれて伏羲と呼ばれた青年は少し照れ臭そうに笑う。そして魚の山を見て小さな籠を差し出した。

「その…、二、三尾貰っても構わないか?」もちろんこれだけ釣れれば献上しても全てが市場に回るわけではないし、もしかしたらお零れくらいはもらえるかもしれない。しかし今すぐに欲しかった。皆が朗らかに笑う。

「おう、持ってけ!一番良い奴をな!」

「お前のおかげでこんなに一度に釣れたんだ!遠慮するなよ」

「しっかし、よくこんなもの思いついたな!さすがは伏羲だよ」

今まで釣り糸を垂らして一尾ずつ釣っていたよりもはるかに効率が良い。伏羲に網を渡されたときはどうなることかと思ったが杞憂だったようだ。「これは網と言う。編んだ」と無愛想に言って漁を大成功に導いた偉大な青年は二尾の魚を見て嬉しそうに笑っていた。

「アミとか言ったか。編んだと言ったが…、よく思いついたな」

「蜘蛛だ」伏羲が魚から目を放して答える。

「蜘蛛?」誰かが不思議そうに聞き返した。

「そうだ。蜘蛛は餌を捉える為に巣を張るだろう?獲物が自らその罠に掛かるのを待っている。それを見て思いついたんだ。漁で使えないかと。糸を寄り合わせて丈夫にしたものを更に編み、蜘蛛の巣のようなものを作った。湖に張れば後は待つだけ。自然は侮れない。学ぶことも沢山だ」

魚の鮮度が落ちる前に帰らなければと、皆が魚を籠に移すのを急いだ。



「此度の漁、お前の活躍だと聞いたぞ」

「…はい」

跪いてその場にいる全員が伏せた。魚は全て運び込まれていて、それがどこへ行くかなんて伏羲達は知らない。突然の衝撃に跪いていた伏羲が倒れた。槍で叩かれたのだ。

「がっ…!」

「今まで怠けていたのだろう!今後これ以下の収穫だったときは許さん!」

へらへらと笑いながら兵士はそう言った。好き勝手言いやがって、と思いながら伏羲はなんとか起き上がる。兵士達が笑いながら去って行く。結局全て奴らの手柄になってしまうのか。なんて今更考える気にもならない。

所詮奴隷は奴隷だ。どんなに頑張っても、そこから這い上がることはできない。



それでもこの生活にだって幸せはあった。理不尽な暴力、無慈悲な命令、無理な要求、絶対的な圧力の下にありながらもささやかな幸せが。秘密に取っておいた魚を持って伏羲は奴隷小屋に入る。

「女媧!」

手入れのされていない黒い長髪の少女が振り向いた。今小屋には少女と伏羲しかいない。彼女は今体調を崩していた。本来不調になった奴隷は処分されるが、幸いただの熱だ。安静にしていれば大丈夫だろう。薬を飲ませる程ではなかったため今日一日でも秘密裏に休ませることにしたのだ。兵士に見つかったら殺されてしまうだろう。

彼女は今朝よりもずっと顔色がいい。熱も下がったのだろう、起き上がって伏羲を迎えた。

「寝ていてくれ、まだ本調子じゃないだろう」

「大丈夫、もう元気。もう今日のお仕事終わったの?」

「ああ、見てくれ!魚は身体に良いって言うぞ!」本当は肉を食べさせたいと思うがそうそう手に入るものではないし、手に入ったとしても病人に食べさせるものではない。

「これでなにか美味しいものでも作ってもらえ。俺は料理できないから」

「…そうだね。ありがとう、嬉しい」

女媧は美しい少女だった。手入れされずとも黒髪は艶やかだし、大きくてくりくりした目は可愛らしい。街に出てもそうそういない程美しい少女だった。伏羲と共に奴隷として生まれ、共に育った少女だ。伏羲は彼女だけは死んで欲しくはないのだ。

「もう元気全開!伏羲のお蔭だね」

「まだ寝てろって!」

勢いよく立ち上がろうとした彼女を押し止め仕方ないと青年は笑った。

「熱は下がったみたいだな。喉乾いてないか?」

「うん、ちょっとだけ」

「持ってくるよ」

この土地には水が潤沢にある。だから奴隷も自由に使えるのだ。こんな生活の中それだけは救いだった。女媧は伏羲が置いて行った籠を持って静かに外に出た。

「あ、おばさん」

「おやもう大丈夫かい?」

「お蔭様で。それよりこれを見て。伏羲がくれたの」

二尾の魚が元気に跳ねている。目の前に立つ年配の女性は苦笑して「伏羲は本当にお前が好きだねぇ」と言う。

「おばさんのとこ、男の子がいたね」

「うん?それがどうかしたかい?」

「あげる。今日はみんなに迷惑かけたもの。それに小さな女の子でもご飯が足りないでしょ。育ちざかりの男の子なら尚更。だから食べて」

「それは伏羲がお前にあげたものだ」

「私が貰ったから、私がどうしようと勝手でしょ。伏羲はどうせ全部私に食べろって言って自分は食べようとしないし、私はまだちょっと食べられる自信ないし。後で重湯でも飲むから平気。それに魚の料理の仕方わからない」

焼けばなんだって食べられるだろ、と彼女は言わなかった。ただこの魚はできるだけ沢山の子供に与えたいと思った。

「なら女媧には私が豆を少しあげよう」

「わぁ、ありがとう!」

少女が笑う。背後で「女媧!」と少し怒った声が聞こえた。振り向けば伏羲だ。「寝てろって言っただろ」と言いながら女媧の手を取る。片手には水が入った器を持っていた。

「ちょっとおばさんに魚の料理を頼んだだけ」

「そうか。あ、おばさん!美味しく作ってくれな!」

言って二人は小屋に戻った。病み上がりだと言うのに明日には彼女も働くのだと思うと伏羲は憂鬱になる。

「いつか解放されるといいな、俺達みんなさ」

「…そうなっても、一緒にいてくれる?」

「バーカ、当たり前だ」

「そうだね、当たり前だね」

この腕が千切れるまで、絶対にこの手は離さない。本当にそうであればいい。こんな荒んだ世界でも、それなら幸せだ。



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