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半実在介護福祉士・へるぱさん

入所中の祖母の調子がよくなってきたことを祝って。

 涼しーィィ!

 後ろで閉まる自動ドア。ガラス一枚隔てた向こうは初夏の照りつける太陽、ミンミンシンシン五月蝿いセミの鳴き声。不謹慎かもしれないが、正直なところこれがなけりゃ、こんな暑い最中にばーちゃんの見舞いになんかくるわけがない。

 エアコンがよく効いた施設のロビー、喫茶コーナーで格安のかき氷をほおばる。これこそ夏の醍醐味だね!


 新しくできたばかりの新館の11階に上がると、壁の高い位置にたくさんの液晶モニタがずらり。日光を取り入れた明るい雰囲気で、ナースステーションというのか、施設の係の人に声をかけ、祖母の部屋を尋ねる。


「ばあちゃん、来たよ」

「……ん?」


 入所してからすっかり痩せたばあちゃん。

 元気でシャキシャキしていたイメージが強いばあちゃんは、なんだか小さくなったようで、小学校の俺を追い掛け回していたあのときから比べると、なんだか。


「俺だよ、蔦太(つたた)

「……」


 ベッドに横たわったままのばあちゃんは、訝しげな表情を俺に向けたまま、ぼんやりと俺のいる方向へ視線を彷徨わせる。

 こりゃ、いよいよ、見舞いに来るのも厳しいのかな……?

 何の話をすればいいのか、どう切り出せばいいのか。まったく手がかりもないまま、俺を無視してテレビを付けるばあちゃんを眺めることしかできない。


「ほら、筒井さん! お孫さんが来てくれてますよ!」

「や、いいんです、もうお暇しようかと……?」


 担当のひとが来てくれたのかと思い、反射的に部屋の入口を飛び退いたが、声の方向には誰もいない。動くものは、俺と、ばあちゃんと、テレビの中に映る、CG映像の女の子。黒髪ボブカットのトゥーンレンダリング系。


「ばあちゃーん、おはよう! お孫さんきてくれてますってぇ!」

「おーおー、おはようさん、えー、誰じゃったか、はるひ……きりの……いん……何とかいう……」

「へるぱです! おばあちゃん、私のことより、ほら、お孫さん! 蔦太さんですよ!」

「おー! ツタくん、覚えとる覚えとる! 座り座り! 来てくれてなんもないけん冷蔵庫に母恵夢があるで、ちょっと待ちぃよ」

「ええってええってばあちゃん、俺がやるから、寝てて」

「ダメですよ! おばあちゃん、何もしないと寝たきりになっちゃいます!」

「ほうじゃほうじゃ、へるぱさんは厳しいけんのう」


 なんでばあちゃんのことで俺がCGに怒鳴られんといかんのか。

 冗談で「3次元の女性には絶望した」とか言ってはいたが、もうこれからは1次元の時代ですよこれは。2次元爆発しろ!


// **********************************************************//



「そりゃもうな、ツタくんはこーんな小さい時分から優しい子じゃったもん」

「そうなんでしょうね! 優しそうなお顔してますもんね!」

「へるぱさんは見る目がある! どうじゃろ、ツタくんみたいな婿は」

「浮気しなさそうですもんね、いいかもー!」


 俺をダシに壁掛け液晶モニタとガールズトークをするばあちゃんを横目に、親父から頼まれていた手続きや説明事項など、施設のスタッフの人とやりとりをして、サインをして。こちらは終始事務的にサバサバと要件を片付けた。それはともかく液晶モニタに見る目があるのか。


「じゃあばあちゃん、今日は帰るから。夏休みだからまた来るよ」


 ちょっと耳が遠くなりはじめているのか、俺のことばはあまり届いていないようだったばあちゃんだが、「ほら、お孫さんお帰りですよ」「なんじゃ、挨拶もなしで帰るっちゅいよる」「まーまー」などという問答があり、「ツタくんもいろいろ友達とか彼女とかと用事もあるじゃろ、来んでええ来んでええ」と追い出されてしまった。


 なんだ、元気じゃん。

 エレベーターに乗り、またロビーでかき氷でも食べようか、それともどっかで昼メシにでもするかとiPhoneの食べログアプリを起動させる。


「この近くなら『頑固系ラーメン・ダコタの馬場』がおすすめですよ♪」

「だぁっ」 


 エレベーター内備え付けのモニタからいきなり声かけられてケータイ落とさない人間がいたらみてみたいね!


「あ、すいません、驚かしちゃったみたいで」

「いや、別に……」


 開け俺の対人コミュニケーションスキルの引き出し for Women!


「もにたさん、でしたっけ」

「へるぱです!」


 開け俺の対人コミュニケーションスキルの引き出し for Women(2D)!

 だが カギがかかっている!


「今日はお見舞いありがとうございます、おばあちゃんもすっかり元気になって」

「はぁ」

「オヤツもたくさん食べてくださいましたし。蔦太さんのこと可愛がってらしたんですね」

「はー、まー、そー、ですかね」

「お忙しいとは思いますけど、また来てあげてくださいね。おばあちゃんが元気だと私も嬉しいです♪」

「あ、え、まぁ」

「あ、そうだ!」


 CG画像がぱち、と手を打ったと同時にスピーカーから流れる「ぺち」という効果音。


「Twitterアカウント交換しませんか? もし蔦太さんがお越しになれなくても、お孫さんの近況とか、私からおばあちゃんに伝えられると思うんですけど……」

「はあ」


 「私のTwitterアカウントは、こちら!」とモニタの下の方にテロップで表示された文字列を何度も指でなぞるCG映像。俺は「はぁ……はぁ、はぁ。アンダーバー、はぁ、はぁ、はい」とへるぱさんのアカウントをフォローした。

 狙いすましたかのようにエレベータのドアが開き、「待ってますね!」という甘ったるいボイスに見送られながら、俺は施設をあとにした。


 おいしいラーメン屋の名前を、聞き返すことができないまま。


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