ほっこりするかもしれない話 ~ 朝 編 ~
ジリリリリリッ。
目覚ましの音を聞きながら、あくびを一つ。手を伸ばして時計を止め、閉じそうになる目をこすりながら一言。
「おはよう」
声を発してしばらく。ようやく目が覚めて「またやっちゃった」と誰も見ていないのに恥ずかしくて頭をガシガシかいた。
社会人となり、一人暮らしをするようになって半年。まだ返事がない事実になれない。どうにも消化不良な気がするのだ。
「メシ食うか」
のそのそとベッドから抜け出た。
朝食はこげた目玉焼きと市販のサラダ(昨日の残り)にインスサント味噌汁、白ご飯。中々豪勢じゃないかと自画自賛。空しくなってテレビをつけた。
流れていくニュースを眺めながら朝食を取り、天気予報だけ頭に入れた。今日は晴れ。よし、傘はいらないな。
大分慣れたスーツを身にまとうと気が引き締まる。今日もやるぞ。カバンをひっつかんで外に出た。
戸締りをしていると隣の部屋から四十代ほどの女性が出てきた。気が緩んでいた。つい、
「おはようございます」
と言ってしまったのは、起きた時の消化不良が原因だ。
女性は「私びっくりしてます」と言わんばかりに目を丸くしていた。そりゃそうだ。自分と彼女は引越ししてすぐに挨拶しただけの間柄。
その場に沈黙が下りそうになったので、気まずく思いながらそそくさと会社に向かった。ああ。今日は随分抜けている。
次の日。
玄関を出るとすでに女性が外に出ていて目が合うとどこかお互い気まずそうに目を逸らした。なんであんなことを言ったんだ自分の馬鹿野郎。内心間抜けな己をののしりながら鍵をかけていると、
「おはよう」
びっくりして女性を見た。緊張しているのか。目が泳いでいた。
「おはようございます」
挨拶を返すと目が合って……二人同時に少し笑った。
「おはよう」
「おはようございます」
玄関をくぐると声が聞こえ、自分も言葉を返す。挨拶をするようになってから、この女性が毎朝この通路を掃除してくれている事を知った。まあ、それがなんなのかと言われたら返答に困るが。とりあえず朝の消化不良はなくなったし、彼女のダンナさんとも挨拶をするようになったので気分はいい。
「今日天気悪いって言ってたよ。傘持った?」
「はい。折りたたみ持ちましたから。ありがとうございます」
今では軽い世間話もするようになった。しかしなんと言っても、
「じゃ、いってきます」
という言葉に。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
という言葉が返ってくるのが、一番嬉しいかもしれない。
うっとおしがられる可能性もありますけど、やっぱり朝の挨拶って気持ち良いですよね。言わないとどうもモゴモゴします。
ちょっとしたつながりですけど、大事にしていきたいですね。