ソラクジラ
掲載日:2026/06/07
「おかーさん」
愛子がベランダの手すりに寄りかかり空を見上げながら呟く。
「ん?なぁに?」
「今日は来ないのかなぁ」
「そういえば、遅いわね」
洗濯物をたたむ手を止め、窓の外へ目をやる。
空にはすでに茜色が差している。
そのとき。
「キューーィッ」
空いっぱいに響く鳴き声。
「あっ、来たっ」
山あいに浮かぶ雲の端から、一頭のクジラが顔を出した。
巨大な体で雲を押し広げながら、空を泳いでいる。
その後ろから次々に現れるクジラたち。
クジラの身体には様々な模様が映し出されている。
見慣れた町の明かり。
公園の風景。
あれは、懐かしい命の世界。
「おとーさん、見てるかな」
愛子が呟いた。
「キューーィッ」
茜色の空を泳ぐクジラが、また鳴いた。
**―追伸―**
黄昏。
ベランダでふと空を見上げる。
茜色の空に浮かぶ大きな雲。
あの子が好きだったクジラに似ている。
彼女たちは、少し先に行っただけなのだ。
何度そう思おうとしただろう。
「見ていますか」
空に浮かぶ雲に呟いた。




