ひとくち百合 その3~駆け込んだ深夜のファミレスにて~
やってしまった。
まさか終電が無くなっているなんて。すっかり帰れるつもりだったから宿のアテなんてあるわけないし。かといって駅のベンチでやりすごそうにも女2人じゃ不安だし、なによりこんな寒空の下で暖房もないまま一夜を明かせば、朝には並んで仲良く凍死体だ。
隣を見ればアタシと同じ境遇のバカがもうひとり。一応ダメもとで聞いてみる。
「ねぇマユミ……なんかあったりしない?」
「あったらこんな焦ってないよぉ」
ですよねー。
「で、カレンの方は?」
聞き返されたところでおんなじような答えしか返せない。
「あったらアンタに聞くわけないでしょ。」
つまりこっからどうにかするしかないってこと。こういうとき頼りになりそうな場所を記憶の底から必死にサルベージする。
「カプセルホテルとか?」
「わたし狭いの無理」
「じゃあネカフェは?こないだアタシが泊まったとことか結構広かったけど?」
「なんか汚そうだからイヤ」
「……カラオケボックス。」
「高いじゃん」
なにこの女、ホントに焦ってんの?自分は何の案も出さないクセに文句ばっかり。どうにもできなかったらどうなるか分かってないのかしら。
「ワガママねぇ。じゃあアンタがどうにか考えなさいよ。」
「うーん、ファミレスとか?」
カラオケボックスと大差ねーだろ。でもまぁ、指摘するのもめんどくさい。
「はぁ……アンタがいいならそれでいいわ。」
◆◆◆
最近は24時間開いてないところも多いイメージだったけど、運よくこの時間帯でも開いているファミレスを見つけられた。自動ドアをくぐった途端に暖かい空気に包まれて、人心地つく。
「2名様でよろしかったですか?」
お決まりの質問だ。こんな深夜まで働かされるなんてまったく大変なことね。でもおかげで助かりました。
「はい、2名でお願いします。」
当たり前と言えば当たり前だけど店内はかなりガラガラで、すぐ席に案内される。
「はぁ、あったか~い!生き返る~!」
「『生き返る~!』じゃないわよ、もう。アンタが言い出したのに結局アタシに全部調べさせといて。」
「イヤならやんなきゃよかったじゃん」
「やらなかったら今頃どうなってたと……はぁ、もういいわ。」
「えへへ。そういうとこ、好きよ」
「はいはい、そりゃどーも。」
軽口もそこそこにメニューに目を落とす。
ファミレスのメニュー表ってどうしてこんなにワクワクするのかしらね。そして何より、安い。こりゃカラオケボックスよりも安くつくかもしれないわね。悔しいから絶対言ってやるつもりはないけど。
「で、アンタは何にするか決めた?アタシはもう決めたけど。」
「んーと、これと、これと……」
「ちょっと、そんなに食べられるの?」
そしてなぜアタシに言うのか。
「お腹空いてるし平気だよぉ。じゃ、注文お願いね」
そんなとこだろうと思った。言い終わるや否や机に突っ伏したゆるふわセミロングに何を言っても無駄なことは分かり切っているので、渋々呼び出しボタンを押す。
「ご注文お決まりですか?」
「ライスの中、包み焼きハンバーグ、フライドポテト、エビグラタン、それとマカロニパスタ、カルボナーラを1つずつ。あ、それとドリンクバーもお願いします。」
「ご注文繰り返しますね。ライス(中)、包み焼きハンバーグ、ポテト、エビグラタン、マカロニパスタ、カルボナーラと、ドリンクバーのご利用でよろしかったでしょうか?」
「はい、それでお願いします。」
「順番にお届けいたしますのでしばらくお待ちください。」
「ありがとうございまーす。」
驚くべきことにアタシが注文したのはカルボナーラだけである。それ以外は全部目の前で未だ伏せっぱのマユミの注文なのだ。
「ほら、注文したよ。疲れてんのも分かるけどいい加減顔上げなって。」
「……ん~」
ただでさえ普段からふわふわしてる声にいつにもまして芯が無い。経験上、こういうときのマユミは……寝ている。信じられない!人に注文させといて。
「アンタ寝てたでしょ!注文した料理来るんだから早く起きなさいよ!」
「む~……届いたら起こしてぇ……」
「下調べから注文まで全部人にやらせといて寝るとかどうなのよ!いいから起きなさいよ!」
「うーん……」
これもまた経験上分かっていることだけど、この女、起きないときはいくら揺すっても起きない。幸いと言っていいのか食い意地は張っているから、料理が来たら起きるでしょ。多分。起きなかったら知らない。
「お待たせしましたーライス、包み焼きハンバーグ、エビグラタン、カルボナーラでーす」
「はい!わたしです!」
ほらやっぱり。いつの間に起きていたのやら、いそいそと自分の前に届いた料理を並べている。
「あ、カルボナーラこっちです」
ふと香るソースの匂い。見ればマユミの手元で開かれたアルミホイルの包みから湯気が立ち上り、店内の空気と混ざっていく。
「残りの料理すぐに来るのでお待ちくださいねー」
去っていく店員に目もくれず、マユミは包み焼きハンバーグに夢中だ。小さな口に、大きさにそぐわない勢いで料理が運び込まれていく。
「……美味しいッ!美味い、美味い!」
「相変わらずすごい食い意地なんだから。ちゃんといただきますした?」
「ひはよぉ、ほれよりはれんもははふ……」
「はいはい、飲み込んでから喋りなさいね。」
もちもちと膨らんだ頬が一気にしぼんで、細い喉が波打つ。もぐもぐ、ごっくん、なんて効果音が聞こえてきそう。褒めたら絶対調子に乗るから口に出したことはないけど、なんだか小動物みたいでいつもながらに、可愛い。
「カレンも早く食べようよ」
「そうね。」
フォークに巻いて、口に運ぶ。こんな時間に食べるような味の濃さじゃないけど、それが美味しい。
「ねぇ、はほへ……あとでひとくちちょうだい?」
「しょうがないわね。はい、あーん。」
「んむ……ん~、美味しい!」
ふにゃっとしたその笑みを見つめていると思わず頬が緩む。
しばらくして。
カルボナーラを食べ終わってマユミの方を見てみれば、遅れて届いた料理も含めたすべての皿にまんべんなく手を付け、半分ほどの量になったそれらを前に舟を漕いでいた。
「……ちょっと。」
呼んでも返事は無い。テーブルに肘をついて、頬を手に預けてそのまま。さっきまであんなに騒いでいたとは思えない。
「まだ残ってるじゃない、早く起きなさいよ。」
揺さぶっても反応が無い。
「……私も食べてあげるから。ほら、起きて。」
「んんん……」
お、ちょっと唸った。と思えばパカっと開く口。あーんしろ、ということらしい。
「ほんっと、手のかかる女。」
しょうがないからエビグラタンに手を伸ばす。スプーンで掬ってひとくち、あーん。
「へへ……」
「やっと起きたわね。残りは自分で食べなさいよ。」
「えー……あーんしてよぉ……」
「やーだ。めんどくさいったらありゃしないわ。それに、アタシもアンタの食べ残しを食べなきゃだし。」
「じゃあ、これで……」
言うやいなや、フライドポテトが差し出される。……やれやれ。
「へへ……おかえし。」
「食べさせ合いとか、ガラじゃないんだけど……」
◆◆◆
すっかり空になった皿。今度こそいいでしょとばかりにマユミは気持ちよさそうな寝息を立てている。
「マユミ?……マユミ?」
当然、反応は無い。規則正しく肩が上下しているだけだ。
テーブルに伏せた拍子に、マユミの髪が少し乱れている。ゆるく波打った髪が頬にかかっているのが気になって、指でそっと梳いた。
柔らかい。
「……これくらいの役得は、あってもいいでしょ」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
マユミは相変わらず眠ったままで何も答えない。
外はまだ、夜のままだ。




