関東連合という名前
黒いバンは、新宿の裏道を静かに走っていた。
車内には、三人。
誰も喋らない。
ラジオもつけない。
それが、関東連合のやり方だった。
「……笹山慎二」
助手席の男が、ぽつりと名前を口にした。
運転席の男が、ミラー越しに目を細める。
「大阪の?」
「元・松山組。若いのに、妙に度胸ある」
後部座席の男が鼻で笑った。
「川に落ちて生きてる時点で、運がええな」
「運だけじゃない」
助手席の男は、ポケットから一枚の写真を出した。
焼肉屋の防犯カメラから抜いたものだ。
「こいつ、逃げてへん」
「?」
「普通なら、東京来た時点で雲隠れする。
でも、あいつは街を歩いてた」
「アホなだけやろ」
「違う」
助手席の男は言い切った。
「覚悟決めた目やった」
車は赤信号で止まる。
フロントガラスの向こうに、歌舞伎町の看板が映る。
「松山組が欲しがってる女……」
後部座席の男が言った。
「あれ、そんな大層な女か?」
「女そのものちゃう」
助手席の男は、声を落とした。
「女が“鍵”や」
「鍵?」
「金や。
バブルの裏で消えた金」
運転席の男が、ゆっくり息を吐く。
「だから、松山が血眼になる」
「だから、俺らも動く」
信号が青に変わる。
「大阪の連中は、女を消して終わりにするつもりや」
「でも、俺らは違う」
助手席の男は、口元だけで笑った。
「女も、金も、使えるもんは全部使う」
後部座席の男が、思い出したように言う。
「さっきの女……店のやつ」
「キャバクラの店長やな」
「笹山、あいつに助けられてた」
一瞬、車内の空気が変わる。
「……女が増えたな」
「増えた」
「面倒やな」
「いや」
助手席の男は、否定した。
「面白い」
二人が、こちらを見る。
「人はな、守るもんできた瞬間に、
一番、脆くなる」
車は走り続ける。
「笹山は、また動く」
「例の女、探し始めた目やった」
「放っとく?」
「放っとかへん」
助手席の男は、スマホを取り出した。
「松山組には、もう教えへん」
「俺らで先に、捕まえる」
「笹山は?」
少しの間。
「……生きてたら、使う」
「死んだら?」
「それまでや」
バンは、雑踏の中に消えていった。
歌舞伎町のネオンが、
無関心に瞬いている。
その頃、
笹山慎二はまだ知らない。
自分が探している女より先に、
自分自身が“狩られる側”になっていることを。




