檻の中で考える事
パトカーは、気づいたら
歌舞伎町警察署の前で止まっていた。
赤色灯の光が、フロントガラスに反射する。
それを見て、ようやく現実感が湧いた。
(……捕まった、のか)
笹山は、パトカーに乗せられる直前の
上山のりの顔を思い出していた。
驚いた顔。
叫びかけて、何もできなかった顔。
無事だろうか。
巻き込まれていないだろうか。
そんなことばかりが頭を回る。
「さあ、着いたぞ」
警官の声。
「これから、たっぷり聞かせてもらうからな」
「……はい」
返事をした自分の声は、思ったより落ち着いていた。
腕を掴まれ、
二人の警官に挟まれるようにして署内へ入る。
蛍光灯の白い光。
夜の街とは、まるで別の世界だ。
そのまま、狭い部屋――
尋問室に通された。
テーブルを挟んで、警官が二人。
名前、年齢、職業。
聞かれることは、どれも決まりきったものだった。
「さっきの喧嘩、どういうつもりだ?」
「向こうが絡んできたんです」
「証拠は?」
「……ありません」
時計を見ると、十分ほどが過ぎていた。
警官同士が、目配せをする。
「一旦な」
そう言って立ち上がり、
笹山は“危険人物”として判断され、
拘束室に放り込まれた。
鉄の扉が閉まる。
ガシャン、という音が、やけに大きく響いた。
拘束室は狭く、
ベンチが一つあるだけだった。
笹山は、そこに腰を下ろし、
これまでのことを振り返る。
沢見拳。
あの圧倒的な強さ。
松山組では、
若いのに強い、と言われていた。
それなりに修羅場もくぐってきた。
喧嘩で負けた記憶だって、そう多くはない。
それでも――
歯が立たなかった。
(……あいつで、あれや)
なら、
あの黒いバンに乗っていた残りの二人は。
同格か、
それ以上か。
「……ふぅ」
息を吐く。
「まだまだ、やな」
強くならなければならない。
そうしなければ、
守るどころか、生き残ることもできない。
そう思った、そのときだった。
――ガチャ。
拘束室の扉が開く。
警官の一人が入ってくる。
「なぁ、おい」
笹山の前に立ち、
一枚の写真を差し出した。
「この女、知ってるか?」
その瞬間、
胸の奥が、ひくりと動いた。
写真に写っていたのは――
関東連合が探している、例の女だった。
「……知りません」
即答した。
嘘ではなかった。
顔も、名前も、本当に知らない。
だが、警官は引かなかった。
「本当にか?」
「はい」
「じゃあ、なんでこいつのことで
大阪と東京のヤクザが動いてる?」
笹山は、内心で舌打ちした。
(……警察も、嗅ぎつけてる)
だが、はっきりしていることが一つある。
この警官たちは、
“バブルの裏の金”のことを
詳しく知っているわけじゃない。
知っているのは、
女が“火種”だということだけだ。
「俺は、何も知りません」
もう一度、そう言った。
警官は、しばらく黙って笹山を見ていたが、
やがて写真を引っ込めた。
「……今日はここまでや」
扉が閉まる。
再び、静寂。
笹山は、天井を見上げた。
(警察も、関東連合も、
松山組も……)
全員が、
同じ女を見ている。
そしてその中心に、
自分が立たされている。
逃げれば、終わりだ。
だが、逃げたところで、
きっとまた捕まる。
なら――
(探すしかない)
檻の中で、
笹山慎二は、改めてそう決めた。
例の女を。
すべての元凶を。
この街で、
生き残るために。




