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素直になれない騎士は、今日だけ素直すぎる。

作者: 鈴木おもち
掲載日:2026/01/10

幼馴染同士の騎士×女官の話。ふわっとした設定で書いてます。

どこかで聞いたような、テンプレっぽいようなよくある恋愛模様。


エドガーが城へ戻ったと聞いて、マリアンヌは書類の束を抱えたまま、女官用の回廊へ出た。

騎士団詰所へ向かう者たちも通る、少し広い通路だ。


書類を届けるついでだから、と自分に言い訳しながら。


騎士団の任務があるといって、王都を離れて二週間。

こんなに顔を合わせないのも久々で、どうしてもエドガーの顔を見たかった。


遠くから、見慣れた黒い外套が歩いてくるのが見える。

見慣れたこげ茶の髪色も、歩き方も、間違えようがない。


目が合った。


――あ、帰ってきた。


そう思った、次の瞬間だった。

エドガーは、なぜか、何もなかったかのようにくるりと踵を返し、角の向こうへ消えた。


マリアンヌは、その場に立ち尽くした。


「……え?」


今のは、なに。

……私、避けられた?


気のせいだろうか。

きっと、遠目で見間違えただけだ。


うん、気が付かなかっただけかもしれないし。

そう自分に言い聞かせて、マリアンヌは執務室へ戻った。


しばらくして。

今度は中庭の縁で、またあの黒い外套が見えた。


今度こそ、とマリアンヌは片手を上げた。


「エドガー!」


にこやかに、思いきり振った。


彼は、こちらを見た。

そして――また、逃げた。


「……は?」


思わず、声が漏れた。


今のは、逃げた。

気のせいではない。確実に、逃げた。


ちゃんと目が合ったのに。


理由はわからないが、とにかく逃げた。

エドガーは、私から逃げたのだ。




 *




エドガーは親戚であり、幼馴染である。

そして私の好きな人。


小さい頃から、エドガーはぶっきらぼうだった。


転んでも「大丈夫か」とは言わない。

代わりに、無言で手を差し出す。


怪我をして帰ってきても、「心配かけるな」としか言わないくせに、翌日には、マリアンヌの机の上に薬草が置いてあったりする。


言葉は少ない。

態度も不器用。

でも、優しいことだけは、昔から変わらない。


――私は、この人が好きだ。


ずっと前から、ちゃんと。


それでも、言えない。

幼なじみで、親戚で、毎日顔を合わせて、この距離が当たり前になりすぎてしまったから。


壊れたら、戻れない気がしている。


嫌われているとは思っていない。

むしろ、きっと大事にはされている。


それが、わかるからこそ、怖かった。


最近、女官長から「そろそろ身の振り方も考えなさい」と言われた。

私が王城付きの女官である以上、それは遠回しな“縁談の話”だと、わからないほど子どもじゃない。


だから、余計に、この距離を失うのが、怖くなった。

もし、ここに“答え”を出さなければ、誰かのもとへ行くことになるかもしれない。


その考えが、胸の奥に、ひっそりと影を落とす。


もし、私の気持ちが、もう伝わってしまっていて――

それで、今日みたいに避けられているのだとしたら。


そう考えた瞬間、心臓が一度、強く跳ねた。


嫌われるよりも、“大事にされているまま、距離だけが離れていく”ことの方が、ずっと怖かった。

だから、今日こそ、ちゃんと聞きたいと思ってしまった。


私は、あなたの、なんなのかを。



 *



そして三度目。


今度は、声をかける間もなかった。

視界に入った瞬間、彼はすでに進路を変えている。


「……あの人、逃げるの早くない?」


たまたま一緒にいた同僚のエリーがぽつりと呟いた。

その一言で、胸の奥が、ずんと重くなった。


――やっぱり、逃げてたんだ。

私から。


そう、ようやく気づいたところで、胸の奥がじわじわ熱くなった。



 *



昼休み、城内職員用の小さな食堂で、マリアンヌはスープをつついていた。

匙は動いているのに、口元はまったく楽しそうではない。


「……ねえ」


向かいに座る同僚の女官であるエリーが、じっと彼女の顔を覗き込む。


「マリアンヌ、機嫌悪そうだね。どうしたの?」


「別に……」


と言いながら、匙がカップの縁に、こつんと当たる。


「また?」


「……またってなによ」


「さっき、あのイケメン幼馴染騎士様と何かあった?」


マリアンヌは、ぴたりと手を止めた。


「……あれで三回目よ」


「なにが?」


「逃げられたの」


「……え?」


「今日だけで、三回」


エリーは、ゆっくり瞬きをした。


「あらぁ……」


その一言に、胸の奥のもやもやが、ぷつりと音を立てる。


「こっちは、怪我してないか心配してるだけなのに。名前呼んだのよ? ちゃんと。手も振ったのよ?」


「それで逃げたの?」


「逃げた」


「全力で?」


「全力で」


エリーは、パンをかじりながら、うんうんと頷いた。


「それは……ちょっと、ひどいね」


その“ひどいね”が、胸に刺さった。


「……避けられる理由がわからないのが、いちばん嫌なの」


マリアンヌは、ぽつりとこぼす。


「私、なにか、したのかな」


言葉にした瞬間、胸の奥が少しだけ、ひりついた。


エリーは、すぐには答えなかった。

マリアンヌの顔を見て、少しだけ考えてから、ふっと笑う。


「……あなたが、何かしたようには見えないけど」


それから、肩をすくめる。


「でも、あの人は、ちょっと不器用そうに見えるし」


マリアンヌは、思わず視線を落とした。


「だから……たぶん、あなたのせいじゃないわ」


その一言に、胸の奥が、すっとゆるむ。

マリアンヌは、ちょっとだけ救われたように息をついた。




 *




昼休みが終わり、二人で回廊を歩いているときだった。

視界の先に、あの黒い外套が現れる。


マリアンヌが口を開くより早く、彼は、すっと進路を変えた。


「……あ」


エリーが、間の抜けた声を出す。


「これで……」


「四回目」


マリアンヌは、小さく息を吸った。


「……あちゃー」


「……これ、持ってて」


彼女は、書類と鞄をエリーに押し付ける。


「え?」


「逃がすか!!」


マリアンヌは、エリーに荷物を押しつけると同時に、視線を走らせた。


この時間帯の回廊は、左が執務棟への近道。

右へ行けば、巡回中の近衛騎士に捕まる。

まっすぐ進めば、人の多い中庭だ。


――なら、行く先はひとつ。


人目が少なくて、裏口へ抜けやすくて、なにより、エドガーが“考えずに選ぶ道”。

マリアンヌは、躊躇なく、裏庭へ続く小道へ駆け出した。


石畳を蹴る音が、乾いた音を立てて響く。


逃がさない。

今日は、絶対に。


裏庭へ続く小道は、城の喧騒がふっと遠のく場所だった。


昼下がりの風に、草と土の匂いが混じる。

樫の木の根元に、黒い外套が翻った。


やっぱり。

やっぱり、ここだ。


マリアンヌは、石畳を蹴って駆けた。


あと三歩。二歩。一歩。


「エドガー!」


彼は、振り返りかけた。

――その瞬間、マリアンヌは腕を掴んだ。


「捕まえた!!」


ぎゅっと掴んだ手首は、思ったより温かかった。

エドガーは、びくりと肩を跳ねさせ、すぐにもう片方の手で口元を押さえた。


「……来るな」


くぐもった声。


「来るな、見るな、今は……!」


「はぁ!? なにそれ!」


マリアンヌは、掴んだ手を離さない。


「朝から何回逃げたと思ってるのよ! 心配したんだから!」


エドガーは、首を振りながら、必死に視線を逸らした。


「違う、そうじゃない……頼むから……!」


「なにが“違う”のよ!」


ぐっと力を込めて、彼の手首を引く。

その瞬間――


「好きだ」


抑えたはずの口から、はっきりと、声が落ちた。

マリアンヌは、動きを止めた。


「え?」


「ずっとだ。子どもの頃から」


エドガーは、片手で口元を押さえたまま、それでも言葉が止まらない。


「お前が笑うと、左の頬に小さなえくぼができるの、知ってるか」


「……え?」


「それを見るたびに、今日もかわいいなって思う」


「え、え?」


「仕事のときは髪をきっちりまとめてるだろ。でも俺は、髪をおろしてるほうが好きだ」


マリアンヌの頬が、じわじわと熱くなる。


「お前はくせ毛を気にしてるけど、風に当たると、ああしてふわっと広がるのが……似合ってる」


「ちょ、ちょっと待って……!」


「あと、字が綺麗だ。俺の名前を書くときは、少し丁寧になる」


「なにそれ知らない!」


「上司が持ってくる話なんて、全部、断れ。……誰にも、渡したくない」


エドガーは、とうとう頭を抱えた。


「くそ……!!だから会いたくなかったんだ!!こんなこと、呪いで言うつもりじゃなかったのに!!」


今聞いたばかりの言葉が、胸の奥に、まっすぐ届いた。


知っていたんだ。

私のところに、どんな話が来ているのかも。

私が、どんなふうに迷っていたのかも。


驚きと一緒に、じんわりと、嬉しさが広がる。


“誰にも渡したくない”。


その一言だけで、胸の奥の不安が、少しずつ溶けていくのを感じた。

マリアンヌは、耳まで真っ赤になって、ただ彼を見つめる。


胸の奥が、どくん、と鳴った。




 *




樫の木の葉が、さらさらと風に鳴っていた。


マリアンヌは、耳まで赤くなったまま、ただその場に立っている。

エドガーは、頭を抱えたまま、呻くように言った。


「……だから、会いたくなかったんだ」


「……な、なにが?」


「今の俺は……変なんだ」


そう言って、彼はゆっくりと顔を上げる。

目は合わない。

合わないけれど、声は低くて、真剣だった。


「今日の任務で、呪われた」


「え?」


「“本音を口にしてしまう呪い”だ」


マリアンヌは、思わず瞬きをした。


「……なにそれ」


「俺もそう思う」


短く息を吐いて、エドガーは続ける。


「上官を庇って、変な魔術師にやられた。口に出そうとした言葉が、勝手に全部、本音になる」


「……それで、逃げてたの?」


「逃げてた」


即答だった。


「本当は、ちゃんと準備して言いたかった。ちゃんとした場所で、ちゃんとした言葉で。……呪いで、じゃなくて」


その声は、さっきの雪崩のような言葉たちよりも、ずっと静かだった。

マリアンヌの胸が、きゅっとなる。


少しだけ迷ってから、彼女は、ゆっくり口を開く。


「じゃあ……」


樫の木の葉が、さらりと揺れる。


「明日の朝、ここで待ってる。ちゃんと、準備してきて」


エドガーは一瞬だけ目を見開き、それから、小さく、でも確かに頷いた。




 *




翌朝。


裏庭へ続く小道には、朝の光が柔らかく差し込んでいた。

樫の木の下に、すでに黒い外套が立っている。

その腕には、淡い色の花束。


マリアンヌが近づくと、エドガーはまっすぐこちらを向いた。


「……マリアンヌ」


その声は、昨日より少しだけ、落ち着いている。

彼は深く息を吸い、花束を差し出した。


「俺は、お前が好きだ」


言葉は、ゆっくりと、でも迷いなく落ちた。


「隣にいたい。守りたい。……一緒に、生きたい」


マリアンヌは、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じながら、そっと頷いた。


「……はい」


その瞬間、エドガーは、ほっとしたように微笑って、彼女を抱きしめた。


それを――


「あら?」


背後から、聞き慣れた声。


「……なるほどね」


振り返ると、そこにはマリアンヌの上司である女官長が立っていた。


「おめでとう。でいいのかしら?」


「……っ!」


マリアンヌは、真っ赤になって一歩下がる。

だけど、エドガーは平然とした態度で女官長に返事をする。


「ありがとうございます。今プロポーズして、返事をもらったところです」


「そう。やっと決まったのね」


女官長と淡々と言葉を交わすエドガーを横目に、マリアンヌの頭の中は驚きと恥ずかしさで大混乱だ。


「い、いえ! あの、その……!」


「今日は仕事、お休みかしら?」


「い、行きます!! 今すぐ!!」


真っ赤な顔で叫ぶマリアンヌに、女官長はくすりと笑って去っていった。

エドガーは、少しだけ不満そうに眉を寄せる。


「……もう少し、一緒にいてもよかったんだが」


そう小さく呟くと、彼は、ほんの一瞬だけ距離を詰めた。

マリアンヌが何か言うより早く、頬に掠めるように口づける。


「また、あとでな」


風のように軽いその感触に、マリアンヌは言葉を失ったまま、立ち尽くした。


樫の木の葉が、さらりと鳴った。

それは、昨日の呪いが、すっかり遠くなった合図のように聞こえた。





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