愛、善、イデアと投影
……プラトンは自身の著作『饗宴』において、以下の有名な命題を提出した。
美少女のイデアは美少女の本体に先立って存在する。生活の中で我々が接するいわゆる美少女は、実際には部分的な美少女のイデアを分有した感性的な存在なのである。
具体的に言えば、まず世界のどこか(彼岸)に、完全な、非物質的な美少女の青図が存在し、その後、物質世界がその完全な美少女を模倣して物質的な美少女を作り出す。この模倣は拙劣であるため、多種多様だが、欠陥のある多くの美少女が生み出されるのである。
ここまで来ると、一個人がなすべきこと、人生の使命とも呼べるものも明らかになってくる——彼はまず最初に、ある具体的な美少女の形体に恋をし、次に自分が恋した美少女と他の美少女の美の共通点と差異を見分け、彼女たちの間の美、すなわち形体と形体との間の美が貫通していることを理解し、そうして美少女の形体美の概念を得る。そしてさらに精神の次元に昇華し、美少女の心の美を発掘し、精神を集中して観照することにより、いわゆるイデア界の究極の美少女の美を認識し、最終的にそこに到達するのである!
これが美少女に特有の永遠の美であり、それは増えも減りもせず、生まれることも滅びることもない!
……
——『美少女手記』山崎青葉著
私は常々、常人にはおそらく堅苦しく、読みにくいと思われるような書籍を読むため、美少女及び美少女が存在する世界について研究を重ねてきた。
私は自分が世界から独立した存在だと自認している。私のような陰キャラは、たとえ世界が次の瞬間に滅びようとも、それを救ういかなる責任も義務も微塵も負っていない。
しかし美少女は違う。彼女たちは世界の精髄であり、世界と共に生まれ、私と対立する存在なのである。
この点はよく理解できるだろう。第一に美醜の対立、第二に彼女たちは世界の平和を維持する使命を担っており、とにかく私とは違うのだ。
そうではないか? まさにあの魔法少女/異能少女/超人女高/ひげを剃って、そして女子高生を拾う、といった類のアニメが、人気の女性キャラクターに世界を救わせる描写を好むではないか(おそらく)。
しかし、その背後にある理由を真剣に考えようとする者はほとんどいない。
ひとつの神話で説明しよう。少々牽強付会ではあるが。
公理一:二次元美少女は仮想の存在であり、往々にして完璧に設定されている。
公理二:人々は往々にして愛などの情緒を二次元美少女に注ぎ込む。
二つの公理を結合すれば、我々が愛しているのは一種の永遠的で完璧なイメージであることが容易に発見できる。
では、この世で最も愛されるに値するものは何か?
もちろん美そのもの、あるいは善そのものと言ってもよい。
それを擬人化したのがヴィーナス、愛と美の女神である(神は永遠不変であり、すでに完全至善であるが故に向上して良くなることもなく、また向下して悪くなることもない。神も人も進んでそうしようとは追求しない)。
以上を結合すれば、以下の定理を導き出すのは難しくない。
定理一:我々は必然的にヴィーナスを愛することになる。
しかしヴィーナスの誕生を考えれば、思考は必然的に父殺しの影に覆われる。この点から出発すれば、定理一は次のようにも表現できる。
定理一:我々は必然的にヴィーナスを愛する——天神の男性的特徴の名残として。
我々はこんな光景を想像するに難くない。ヴィーナスに憧れを抱く一人の少年が、完璧な肢体に思いを馳せた後、恋に落ちる。その少年が愛しているものは、実は一人の強健な男性天神なのである。
だから、仮想の美少女とはいわゆる仮想の強健な天神の投影を継承したものであり、同様に、現実においてもそうなのである。
強大な力を身に帯び、かつ完全至善の完璧な投影であるならば、彼女たちは必ずや世界を救う一定的な責任を負っているに違いない。
こうして我々は、美少女が世界を救う必然性を論証したのである。
……
「私の解説がお好きなら、私のチャンネルをクリックして登録してください。」
言い終えて、私は長く息を吐いた。
「終わったのか?」
あの大きくて厚みのある身影が私の眼前に現れた。
「父さん、これはあなたのチャンネルだろう?普段は家族の日常を上げているだけじゃないか。」
「シーッ、お母さんと妹の誕生日が来月だぞ。これじゃ地主の家にも余剰食糧がなくなっちまう。だから動画を撮って少しでも元手を回収するんだ。」
「普段妹の日常を上げるので視聴回数は足りないのか? って、あなたのチャンネルの登録者数、すごく多いな。」
「それは私の運営が上手い証拠じゃないか。」
「最初の質問にはまだ答えてない……」
「実はあの子最近、私を避けてるんだ……思春期になったのかもな」
父は気まずそうに頭をかいた。なんていい父親なんだ。どう娘と交流すればいいかわからないことで真剣に悩んでいる。
もし私に動画の内容を考えさせるという厄介事を頼まなければいいのだが。どうもバカにされた玩具のように弄ばれている気がする。
私は部屋に戻り、パソコンのステータスバーに未読メッセージの通知があるのを見つけた。
開くと、それはひかりから届いた一通のメールだった。
本気か? インスタントメッセージが異常なほど発達した今日、まだメールという正式かつレトロな方法を使うとは。
まるである国が今でもフロッピーディスクとファックスを使い続け、一方で排気量の少ないバイクの生産禁止を颁布しながら、他方で新エネルギーの開発と応用を重視せず、そして電動バイク市場を国際に開放するようなものだ。それはもう救いようがなく、底まで腐っている。
おそらく彼女は私と過剰な交集を持たないようにしているのだろう。
最近よく流れている図がある。女生が男生に些細な体裁の整った言葉を少し送っただけで、告白されたというものだ。重点は断られた気まずさにあるのではなく、主にスクリーンショットを取られてSNSに共有されることを恐れているのだ。私のように強靭な者でもこの手には耐えられない。
だからメールは最も妥当な方法に見える。男女の交流の純潔性を保てる。
私はまるで感動して泣き出しそうだった。ひかりがここまで私のことを考えてくれるとは思わなかった。
こうして、私は感謝の気持ちを胸に、全文を読み終えた……
差出人: ひかり 15:54
件名: お誘い
青青青青青青青青青
青青青青青青青青青
青青青葉君、来週
デートに行きたいの。




