おまけ2 ラナ帰還後飲み会『飲み翼の日』
お久しぶりです。
カクヨム側の追いつき投稿が完結したのでその記念です。
またも分量が多いのでお酒でも用意してどうぞ。
ラナがあの超高難度…世界中の瘴気が混ざり合って生まれた悪夢のようなダンジョンから、無事に帰還した。その知らせが王都に届いた瞬間、街の空気が変わったのを覚えている。
そしてその知らせを聞いた王が、即座に決めたらしい。
「光焼く翼の偉業を称える宴席を、王宮で開く!」
……いや、王宮?
(飲み会だよねこれ?)
会場は、王宮の中でも滅多に使われない儀典用の大広間。本来は国賓を招く際や戴冠式の予備会場で、普通は一年に数度使われるかどうかという場所だ。
もちろん貸し切り。
けれど、王族は誰一人として参加していない。
王様が言うには
『余が出たら気を遣わせてしまうであろう? 今日は貴殿らが主役だからな。飲め、騒げ、心ゆくまでくつろげ!』
……とのことだ。
給仕には王宮の給仕責任者二名が直々に立ち、料理を運ぶ補助には最新鋭の給仕ゴーレムが並ぶ。動きは滑らかで、盆の上に並ぶ料理がひとつも揺れない。さすが王室専任の個体だ。
(これ本当に私たちの飲み会?)
しかも、話はこれで終わらない。
「今日を『翼祝の日』とし、来年より祝日とする!」
――え?
いや、聞き間違いじゃない。『光焼く翼が世界を救ったことを祝して飲もうぜ記念日』が、国家の祝日になったらしい。施行は来年から。祝日名の候補は色々あったらしいが、最終的に王の鶴の一声で決まったそうだ。
(いや、王様……勢いが……)
勿論、現実的な部分の整備もきちんと進めるつもりらしい。
・祝日翌週に交代休日制度導入
・酒場・宿には公的補助金
・王都の一部区画では屋台形式の分散開催
・夜間巡回を増やして治安確保
・光焼く翼の肖像入り営業許可バナーが店に配布
(最後のいる?)
因みにこの『翼祝の日』、俗称『飲み翼の日』として後に世界中に広まることになることを、私達はまだ知らない。
◇
細長い銀杯を手にしたエルドが、私たち八人をぐるりと見渡した。
「……では。少しだけ、音頭を」
その声音は厳めしくなく、でも芯のある、いつもの隊長の声だった。ほんの僅かに照れが混じっているのは、たぶん私たちだけが気づいたと思う。
「今回の功績は、言うまでもなく――」
視線が、そっとラナへ向けられる。
「ラナ。君だ。あの悪夢のような難度のダンジョンを踏破し、無事に戻ってきた。君の帰還なくして、今日はなかった」
ラナは肩をすくめ、照れ隠しの笑みを浮かべる。
「ん、まあ……なんとか?」
「なんとか、で済む難度ではなかったと思うがな」
エルドが苦笑した。その目は誇らしさで少しだけ柔らかい。
「きっと世界でラナだけが可能な仕事だった。本当に、よく帰ってきてくれた。ありがとう」
ラナが、ひくり、と目を伏せる。
彼女がこういう表情をするの、私は割と弱い。
エルドは一呼吸置いて、銀杯を軽く掲げた。
「光焼く翼の仲間として、そして友として、ラナの健闘に、心から敬意を」
私たちも杯を掲げた。
「――乾杯」
銀杯が縁で触れ合い、金属同士が低く澄んだ音を立てた。
甲高くはなく、深く澄んだ音が、大卓の上にふわりと広がる。
◇
テーブルの上には、普段の宴会とは明らかに格が違う料理が所狭しと並んでいた。
王宮専属料理人が仕上げたローストと煮込み。
海沿いの街でしか出回らない希少魚のカルパッチョ。
細やかな彫刻を施した砂糖菓子を器としたデザート。
そして、色を見るだけで値が張ると分かるほどの高級酒。
(いや……これはもう、宴席というより式典の食事なんじゃ……)
光焼く翼はここ一年以上前からは既に国家最上位のパーティ。なので初めて見るというほどではないけれど、それでもここまで豪奢なのは正直驚く。
「クー子、これ美味しいよ。食べる?」
ラナが皿を差し出してきて、私は頷きながら受け取った。
◇
「じゃあさ、しばらくはラナの番だよね」
氷雨が白い頬を少し赤らめながら、自然に言った。
「そうね。私も改めて聞かせてほしいなー。最強になったラナの武勇伝!」
問いかける声に、皆の視線がラナへ向く。
一応、報告としては聞いている。
だがあれは任務報告であって、ラナの言葉じゃない。
彼女が何を見て、何を思って、どう勝って帰ってきたのか。
――それは、まだ聞いていない。
ラナは銀杯を置き、息をひとつ整えた。
「いいよ!それじゃあ皆、ご清聴。白銀の翼を一身に背負い、空を無尽に飛んでは敵を斬る。ちげっては投げの大暴れを、この場でしっかり聞いてもらうよ!」
ラナの声はいつにも増して陽気だったが、ほんの少しだけ、影があるようにも思えた。
◇
「入口の雷鱗龍は…正直相手にならなくて…」
「階層主はそこそこかな…多分理喰らい級」
「第三層までは似たようなもんで」
「第四層からは世界中の戦士や術士の幻影と戦ったよ。ここは少し苦戦した」
「ロシャさんとファルマさんもいたね。数秒足を止められたから本当に強いよあの二人」
「なんとか最下層、第十層まで辿り着いたけどここからが本番で…」
「勿論本物でなくて幻影だけど、カイルとレイグレンがそこに居てね」
「二人まとめて相手取ったよ。あれは本気で死ぬかと思ったね」
「ダンジョン側に過去の記憶? があったみたいで、凄い頑丈になってたみたい。お陰でダンジョンは壊れないまま決着がついた」
「んーーまあ……こんなとこかな。ただカイルとレイグレンは流石に本物よりは一段階くらい弱かったと思うよ。そのままだったら負けてたと思う」
……話は終わった。最初に報告を聞いた時はなんだこの地獄と思ったが、今のラナからすれば最後以外は通過点に過ぎないレベルだったと改めて実感する。
(世界中の戦士や術士って…それ世界と喧嘩しても勝てるってことよね?)
話し終えて一息つき、給仕に追加の酒を注がれるその姿に、改めて現実離れしたものを感じてしまう。それでも、お酒を飲んで料理を頬張るラナの姿はいつものラナで安心した。
◇
会場は広い。その広さを活かして珍しいお酒やおつまみが各所に配置されているからか、暫くすると自由行動となり、皆が席を立ち思い思いの卓へと移動する。私も少し気になっていたチョコの香りがする麦酒の方へ足を運んだ。
「んー…まあまあかな?」
飛び跳ねる程の驚きはないが、経験としては貴重だ。話の種にはなるだろうと一杯分を飲み干す。そうこうしているとトゥリオが寄ってきた。
「クーデリア。甘い匂いの方に行ったな」
聞き慣れた低めの声、トゥリオが手に小さなグラスを持っていた。中身は透明で、ふわりと果実の香りがする。
「それ、甘いお酒?」
「ああ好物でな。こういうのは落ち着く」
「へえ……意外。苦味派だと思ってたよ」
「俺もそう思っていたが、最近はこういう方が合う」
穏やかな表情のまま、さらりと打ち明けてくる。少し酔っているのだと分かった。トゥリオにしては少々饒舌だ。
「復興支援で他国へ行った時があるだろう。あの時、ロシャとファルマに会った」
「二人とも元気だった?」
「元気どころか結婚していた」
「……え、結婚?」
「そうだ。二人とも良い顔だった」
思わずグラスを持つ手が止まった。あの二人が結婚。驚きはあるが、まったく想像できない訳でもない。二人組のパーティで、あれだけ息の合った戦い方をするのだ。距離が近くなっても不思議ではない。
「地獄みたいな防衛戦を一緒に生き残ったらしい。それで覚悟が決まったと話していた。互いに支え合う方が生きやすいと」
「なるほどね……まあ、そういうのは確かにあるかも」
「クーデリアも飲み過ぎるなよ」
「はいはい。そっちもね」
「分かっている」
トゥリオは軽く顎を引いて頷くと、そのまま別の卓へ向かって歩いていった。
甘い香りの残る杯を少し傾けながら、私はその背を見送った。
◇
暫くして私も卓を移動する。今度は白い濁り酒だ。
「……………単体はきついかな」
傍にあるおつまみは合うものをチョイスしている筈…。そう思いチーズや香辛料に漬けて発酵させた野菜と一緒に飲んでみる。
「あっ結構いけるわこれ」
新たな発見に頬を綻ばせていると、今度はヴァルクとオーリスが声を掛けてきた。少々珍しい組み合わせだ。
「クーデリア、良い表情をしていますね」
「珍しいな。お前がこの卓にいるとは思わなかった」
オーリスの頬がほんのり赤く、雰囲気がやや砕けた印象だ。普段は周囲を抑制する側の、凛とした佇まいの彼女が、ここまで緩んでいるのは珍しい。
「オーリス、だいぶ飲んでるでしょ?」
「……そうですね。少々回ってしまっているようです。皆さんが無事で、こうして集まれたことが嬉しくて……つい気が緩んでしまいました」
言葉は崩れていないのに、気持ちがそのまま滲んでいる。
対してヴァルクはほぼ素面のまま、静かに杯を傾けた。
「クー子、お前にしては酔いが浅いな。逆にこっちが珍しいぞ」
「今日は長いからね。ゆっくり飲むつもりなの」
内心では(分解酵素の準備も嗜みの内)と少し得意になっていたが、そこは胸の内に留めておく。
オーリスがふっと柔らかく微笑んだ。
「本当に良かったです。王国が平和になって。こうして皆さんと肩を並べて飲めるなんて、贅沢としか言いようがありません」
「まあ、平和って言ってもさ……結局は、光焼く翼をレイグレンのところに確実に連れていくための誘導の結果なんだけどね」
「入口の看板も含めて、あれは露骨だったな」
ヴァルクは平静な声音で言った。
「今思えば、あそこまで分かりやすい誘導も珍しい」
「ほんとそう。あれ見た瞬間、全員『絶対罠だよね?』って顔してたし」
オーリスは一度目を伏せ、少し真面目な声音になる。
「……ですが、他国には申し訳ないことをしたと思ってしまいます。あの混沌、あの地獄に巻き込んでしまいましたから」
「オーリス。レイグレンは元から他国、月影国の人だよ。それも含めて全部救ったんだし、気負わなくていいと思う」
「同感だな」とヴァルクが頷く。
「取り返しのつかない被害は避けられた。結果として、最善に近い形になったはずだ」
オーリスは小さく息を吐き、肩の緊張を解いた。
「……はい。ありがとうございます。お二人にそう言っていただけると、救われます」
「そういえばクー子」
ヴァルクが別の卓を顎で示す。
「向こうに、美味い果実酒があるらしいぞ」
「それは行く。今すぐ行く」
私は二人に手を振り、空の盃を置いて、次の酒を求めて歩き出した。
◇
次に隣へ腰を下ろしたのは、氷雨とラナだった。
二人とも頬が少し赤い。そこそこ酒が回っているようだ。
「ねえ、クー子……さっきの続き、いい?」
ラナがグラスを指でつまみながら、視線を落とした。
「最終階層のこと。幻影のレイグレンと、カイルと戦ったやつ……覚えてるよね。話したやつ」
「うん。聞いたよ。ラナが凄かったって」
そう告げると、ラナは少し首を振った。
「違うの。本当に凄かったのは、たぶんカイルの方なんだよ」
その言い方が妙に暗く、私は思わず呼吸を整える。
「……あのね。その幻影の二人を倒した後に気付いたんだけど、星の核層には二人の残留思念が残っていたんだ」
「うん」
「カイルは……私に勝つことに意味があったんだって。普通の私じゃなくて、『神器に覚醒した私』じゃなきゃ駄目だった。それでやっと並べるって……残留思念の中に、そんな思いが全部あったの」
氷雨が静かにグラスを置いた。
邪魔をするでもなく、寄り添うでもなく、ただラナが話す空気を保っている。
「勝てるはず、ないじゃん。自分でも分かってたと思う。それでも、追ってきたんだよ。ずっと。私が前に進めば進むほど、あの人は、その背中を追い続けて……」
ラナはひとつ息を吐いた。弱くて、でも温かい息だった。
「覚醒した私に勝つこと。それがカイルの証明でさ。私と肩を並べるために必要な……たったひとつの勝利だった」
言葉が終わると同時に、胸の奥にずしりと重みが落ちる。
「……そんなの、忘れられるわけ、ないよね」
泣くわけでもなく、笑うわけでもなく。ただ、ラナはまっすぐ残った想いだけをそこに置いた。
私は返す言葉を探したけれど、何も出てこなかった。だって相手はもう、この世にいない。普段みたいに、軽口で誤魔化すような距離じゃ、ない。
そんな空気の中、氷雨がぽつりと呟いた。
「……ラナに釣り合う人なんて、もうカイルだけだったんじゃないかな」
「ひ、氷雨!?」
「だって、事実でしょ。今のラナに並べる人? 他だとレイグレンくらいだよ。でも、どっちももういないし」
ラナが口を開きかけて、閉じる。
氷雨はにこりと笑った。
「だから、ラナは『世界一お高い女』ってことで、いいんじゃない?」
「な……っ、ちょ!
世界一お高いって、そんなの……」
「仕方ないよ。だって、ほんとうにお高いんだもん」
ラナは言い返せず、口をぱくぱくさせたあと――
「……お高くても、仕方ないじゃん……もう」
拗ねたように呟く。でもすぐに小さく笑った。きっとこうして立ち止まらないのが、この子の強さなんだろう。
氷雨はそんなラナをじっと見つめる。
「ラナは、そうやって真っすぐ進む子だよ。立ち止まったら、ラナじゃないからね」
「……分かってるよ」
ラナは涙を落とさない。その代わりに、過去ではなく前を見るように顔色を変えた。
「で、クー子はさ」
「ん?」
「ラナが『世界一お高い女』なら、クー子は『お安い女』寄りかもしれないね」
「氷雨!? なんで!?」
「例えばさ、酒場で意気投合した一般人に、本気で言い寄られたら、クー子ってちょっと揺らぐでしょ。この人、いい人だなって」
「揺らがないよ! そんなに軽くない!」
「うそ。クー子、わりと揺れる顔してるよ。
昔はもっと固かったのに……大人になったね」
「……ちょっと。こっそり妹みたいに思ってたのに、なんか随分言うようになったじゃん!」
私がむっとすると、氷雨は盛大に吹き出した。
「ぷっ……っ、ふ、ふふ……っ……あっはははははっ!」
まるで堰が切れたように、腹の底から笑い出した。豪華絢爛な祝いの席で、あの氷雨が体を折って笑う。その眼に涙さえも浮かべて笑い続ける。
「ちょっ……氷雨!? 笑いすぎ!」
「だって……っ、クー子が……『妹みたいに思ってた』とか……急に、真顔で……言うから……」
自分でも何がそんなにツボったのか説明できてないのに、笑いが止まらないらしい。
「……落ち着いて」
「む、無理…っ、ほんと無理ぃ……ふー……はっ…はっ…」
あまりに楽しそうに笑うせいで、私まで怒るタイミングを失ってしまう。怒るべきなのに、怒ってる場合じゃない。むしろ、呆れたという方が正しい。
(……私、何ムキになってたんだろ)
氷雨の爆笑で、頭に昇った血がすっと引いていく。やっと笑いが細くなってきた頃、氷雨は目元を指で押さえながら言った。
「ごめん、ごめん。怒らせようと思ったわけじゃないの。
でもさ、クー子」
息を整えて、そのまま穏やかに微笑む。
「もう少し楽でいいんだよ。いつもみたいに。……大丈夫だから」
その言葉が、今度は素直に胸に落ちた。しんみりとしていた空気は、いつの間にか無くなっていた。私もラナも、どうやら氷雨に救われてしまったようだ。
◇
次に来たのはリディアだ。
既に何杯もお酒を飲んで出来上がってるようにも、まだまだ素面のようにも思える。
「そういえばあ奴が言っておったじゃろう。確か『この世界は酔っ払いのようなもの』だったかの」
「そういえば言ってたね」
(起源種がアルコールで、瘴気はお酒だったかな?)
「つまりこうは思わんか? 酔っ払い=世界。酔えば酔う程に世界と繋がり、最終的にはラナと同じく世界意志へと…」
正気かリディア……いや酔っ払いか。とはいえ一理あるような…ある…あるか? いや無いわ。何考えてんだ私。
「『酔っ払いアル中、世界意志と繋がり無双する~飲んだくれと言われて追放された俺、今更戻ってこいと言われてももう遅い~』
これは流行る。流行るじゃろ(*´ω`*)」
「いや流行らないし、流行らせないよ。あとその顔やめて」
割とアリだと思ったんじゃがなあ……と言い残してリディアも席を立つ。一体どこまでが素面なのか、よく分からない相手は少し疲れる。
◇
最後はエルドだ。
互いの労いの言葉はそこそこに、話題は理素結晶についてと、今後の星の在り方に移った。……祝いの飲みの席にしては堅苦しい話だとも思うけども、彼…レイグレンの代わりに私達が背負うべき、非常に大切なことである。
「理素結晶は国に返還しましたが、あの中には起源種が封印されています。レイグレンは『封印しても一秒も星の寿命は延びない』と言っていましたが……今更ながら理由が分かったんです」
「……報告は既に聞き及んでいる。あの起源種はあくまで子機、大本は星の中枢に根付いているという話だろう」
「はい。そしてここからは推察ですが……ラナであれば、子機を殺すことでそのまま大本も滅ぼすことが出来ると、レイグレンはそう考えていた筈です」
神器を完全に覚醒させたラナの意志は、最早、星そのものの意志と同等。明確に殺すという意思表示は、星から起源種を「不要のもの」と判断させるに足るものとなるだろう。
その上で、私は今後の星の在り方についての己の所見を述べる。
「星の内部で滞留する瘴気が増えないように、瘴気を徐々に、危険過ぎない範囲で外に出せるように調整が出来るかもしれません。ただ、これも勿論完璧じゃない。流入する瘴気がある日突然百倍に膨れ上がることだってあるかもしれない…」
未来のことなど誰にも分からない。最終的にはレイグレンがやろうとしていたように、起源種を殺すことで星の揺らぎ…瘴気流入の原因を取り除くことが、最適解として落ち着くのかもしれない。
(でも――それだとあの時、あの人の提案を拒否したことに申し訳が立たない)
可能な限り平和的に、リスクを最小に、世界を変えずに、排出する瘴気の量を調整する……それはきっと非合理的で、根本的な解決ではない。それでも、その方向で進めて行きたいと私は考えている。
「そうか。確かに絶対では無い。だがそれでも、実現させる価値があることを俺は否定しない。政庁との調整が必要なら、遠慮なく俺を頼ると良い」
「……この国だけの問題じゃないですよ? 相手は、世界です」
サンライズだけであればエルドの…否、私たち光焼く翼の影響力を鑑みれば、国の決定を左右させることはそこまで難しくは無いだろう。誇張でもなく、それだけの実績と発言力がある。
しかし世界が相手となると話は別だ。世界の在り方そのものに口を出すような決定が、すんなり通る筈がない。
「分かっている。だが、その為に俺がいる。例えクー子の決定が最終的に奴と同じになったとしても、それでも俺は一生涯を通じてお前を支えると誓おう」
「いっ!?」
「……い?」
(一生って言った! 言われた!? えっこれどう返すのが正解なの!?)
エルドの顔は赤い。しかしそれが酒のせいなのか本気で言ってて恥ずかしいのか判別がつかない。どうしてこの男はこんな台詞をさらっと言うのだ。
(いや…でも、エルドが嘘付いたことって、出会ってから一度も無かったかな)
つまり本気。それこそ一生を賭けて私を支えるという宣言。あれ…これ…もしかしてプロポーズという奴では? いやでもエルドだし…隊長だし…責任感の塊みたいな人だし…
「よ、よろしくお願いします……」
「あ…ああ、こちらこそよろしく頼む。この世界の理の構造を誰よりも理解しているのは、現時点では間違いなくクー子だと確信している」
そう言い残してエルドは足早に去っていく。
私の胸の奥がどこか熱くなっていたが、少しずつ冷めていくことを自覚する。遠目に見ていたリディアが「あの…へたれめっ」と言っているように見えたがよく聞こえない。
(……兎に角、これからも頑張らないと。先ずは瘴気の流れを操作出来なきゃ話にならない)
◇
最初の席に戻ると、飲み会場の空気がほんの少しだけ柔らかくなっていた。みんな散り散りに席を外していたはずなのに、気づけばまたいつものように一つの卓へと集まっている。
「お、クー子も戻った?」
ラナが手を振る。頬が少し赤い。いつも以上に声が大きい。
「今ちょうど俺たちで、光焼く翼結成以降、誰が一番凄かったかの話をしてたところだ」
トゥリオが珍しく陽気に言う。どうせ私ではないだろうと思ったら、全員の視線が一斉にこちらへ向いた。
「いやいやいや、待って。なんで私を見るの?」
そこはエルドかラナじゃないの?
エルドは隊長として八面六臂の活躍をしていたし、ラナは最早次元が違う。
「儂は間違いなくクー子と思うぞ? 史書に載る回数はきっと一番多い」
リディアが笑う。
「世界の歴史を変えたという意味では強いでしょうねえ」
オーリスは真面目に頷いてくる。酔うとノリが少し軽くなる。
「まあ、僕は誰でもいいかな。でもクー子は頑張ってたよ」
氷雨はいつも通りだが、言葉そのものに温かさがある。
「……異論は、ない」
ヴァルクの小さな声。
「あーもう! 皆が意地悪!」
思わず酒を口に運ぶ。誤魔化したつもりだが、顔が赤いのは自覚している。
「で? 隊長は?」
ラナがグラスを揺らしながら、さっき去っていった男の名前を出す。
「え? エルド? ……さっき、外に出てたよ。ちょっと風に当たりたいんじゃないかな」
「ふーん」
ラナはにやにやしている。氷雨も一瞬こちらを見てから、にやりと笑う。
「……酔ってる時の隊長、素直だよね」
「あ、うん……まあ……」
まずい。話題を変えないと。
「ほら、まだまだ料理あるよ。まだ食べれてないのも沢山あるし」
「それもそうですね。今日くらいは、この私が許します。
翼祝の日、祝勝会第二部、開始といきましょう」
オーリスが真面目に宣言し、周囲が笑いに包まれる。
「……僕、次は甘いお酒にする」
氷雨がメニューを覗き込み、リディアがまるで孫を見るように頷く。
「うむ。頼め頼め。儂もまだいけるぞい」
「リディア絶対飲みすぎだから……」
そんなやり取りの中にいて、胸の奥がやっと落ち着きを取り戻していくのを感じた。世界の理も、瘴気も、未来も。考えることは山ほどある。
でも――。
みんなが笑っている、この一瞬だけは。
何もかも忘れて、ただこの場に居てもいい気がした。
「じゃ、乾杯。今日一番頑張ったラナに」
「「「「「「おー!」」」」」」
グラスが重なり、音が鳴る。
宴は、どうやらまだまだ続くようだ。
本作は、これで完全に終わりとなります。
全ての読者様に感謝を申し上げます。
最後に評価頂けますと幸いです。




