最終話 ――紫華の付与師は今日もお留守番――
王都に戻ったのは、夕焼けが塔の窓に差し込むころだった。
世界全土で被害が広がる中、サンライズ王国だけはなぜか襲撃を受けなかった。その理由は一般国民には分からない。ただ――結果として王国が無傷だったことだけは、国民に安堵をもたらしていた。
それでも、街の空気はざわついていた。外から届く被害報告と混乱が、王都をじわりと包み込んでいる。救援班や伝令が行き交い、世界規模の大騒動の余震が続いていた。
そんな中、私たちが城門をくぐった瞬間、通りの人々がふとこちらを振り返った。
「……あれは、光焼く翼だ!」
「元凶を倒したって、本当なのか」
「じゃあ、この国が無事だったのは……」
希望と困惑が入り混じった声が広がり、やがて静かな拍手が連鎖するように続いた。
(……国を救った、と思ってくれているんだ)
その事実だけで十分だった。
理解されるべきところは、きっと私たちだけが知っていればいい。
◇
――そして数日後。
王都は、まるで祭りの日のように彩られていた。
襲撃が世界規模だったせいで、各国の使節が王都へ詰め掛け、連日、式典と面談が続いていた。安堵と高揚が入り交じる異様な空気――だが、誰もがその異様を歓迎しているのが分かった。各国にはいまだ魔物の残党こそ残ってはいるが、亡国の未来は回避されたということだ。
「この度のご活躍、我が国としても深く感謝を申し上げる」
「貴殿らの働きがなければ、我々は国土を失っていた」
「どうかこれを受け取ってほしい」
文書、宝石細工、国章入りの表彰牌。
各国は礼儀だけでなく、本気で救国の英雄として扱っていた。
(……本当に、世界規模の災害だったんだな)
そう実感するには、十分すぎる数の感謝状だった。
◇
パレード当日。
王都の大通りは、端から端まで人で埋まっていた。
軍旗と王旗が並び、各国の色鮮やかな紋章旗も翻っている。
沿道には屋台がずらりと並び、祝宴のための香りが風に混ざった。
列の先頭を進むと、頭上から花弁が舞い降りてきた。
歓声と拍手が波のように押し寄せる。
(……こんな光景、二度と見られないかもしれない)
戦場とは違う熱が、胸の奥にゆっくりと広がっていった。
◇
謁見の間は、外の喧噪とは対照的に、静かだった。
国王陛下は玉座から立ち、ひとつ息を整えてから言葉を紡ぐ。
「光焼く翼よ。
そなたらが、この国――いや、世界の均衡を守った。
その功、万代に残すに足る。
ゆえに、此度の戦功に対し――」
空気が張り詰める。
「――そなたら全員を、紫位へと叙す」
謁見の間が呼吸を忘れたように沈黙した。
紫位の同時叙任。それも五人以上の一団に。史書にも例がないはずだった。
その静寂の中、陛下の言葉が続く。
「ラナ・シエル。
その剣は天を裂き、理を導く。これより《紫刃》を冠せられよ」
ラナがわずかに目を見開き、深く頭を垂れる。
「氷雨・エトランス。
幻と静謐を以て戦場を統べた。その働き、まさしく《紫幻》に値する」
氷雨は静かに微笑み、衣を揺らした。
「オーリス・ノルディア。
祈りをもって同胞を支えた癒しの手。《紫祈》を授ける」
オーリスは胸に手を当て、瞳を伏せた。
「ヴァルク・ゼノス。
理を読み、呪を断ち、混沌を鎮めた功績。《紫呪》を名乗るがよい」
ヴァルクは無言で、しかし厳格に一礼した。
「リディア・グレイス。
焔のごとく道を開いたその才、比肩なし。《紫焔》の称号を授く」
リディアは静かに頷き、銀紫の髪が光を反射する。
そして陛下は、私たち三人へ視線を移す。
「エルド・フェルナー。《紫煌》。
そして、トゥリオ・ハルヴァ。《紫嶺》。
最後に――クーデリア・リーフィス。《紫華》。
そなたら三名は、すでにその名を揺るがぬ境地に押し上げた」
私の胸が奥底から震えた。
(……皆、本当にすごいな)
八人全員が紫位。そんな狂ったような偉業の中心に、自分が立っているのが不思議だった。
私は深く頭を下げ、胸に広がる熱をそっと噛み締めた。
……実はリディアが少しだけ紫位叙任を嫌がっていたのは内緒だ。ヴァルクは何か心変わりがあったようだけど、リディアはまだ道の途中だという思いがあるらしい。とは言え、一人だけ私情で断るには余りにも収まりが悪く、放棄するには功績が大き過ぎた。これもまた、柵という奴である。
◇
戦後処理は想像よりも長かった。瘴気の残渣の解析、各国の被害状況の取りまとめ、協定の更新。ラナとリディアは魔物の残党処理で奔走し、エルドは何度も政庁に呼び出され、オーリスは怪我人の治癒、氷雨とトゥリオは他国の復興に尽力していた。
そして私はというと……
「ヴァルク、終わったよ」
ヴァルクが計測し、私が算出した数値を手元に出す。
「……レイグレンからの宿題。星の寿命の再計算結果か」
「星の寿命、残り約六千年。
……同じ結果が算出されたんだから、文句のつけようがないわね」
「倫理的には最悪な部類だが、やはり呪具師の頂点か」
互いにため息をつくしかなかった。
(褒めるは癪だけど……やっぱり凄い)
それが、あの日に散った彼に対しての本音である。
◇
一月後、久々に八人全員が揃って卓を囲んだ。世界同時襲撃の後処理もようやく落ち着き、やっと光焼く翼としてのいつもの時間が戻ってきた気がした。
そんな中、エルドが書類の束を机に置く。
「レイグレンがいたダンジョンが、どうやら変質したようだ」
彼の声は普段通りだったが、卓の空気が一瞬で引き締まった。
「定員は……一名。しかも入口の時点で雷鱗龍が群れで屯しているそうだ。
恐らく、奴が世界中から集めていた瘴気の残滓が形となったのだろうな」
「……第一層で雷鱗龍、ですか」
「相当な難度だね。それだと、赤位や金位ではまず近寄れないよ」
オーリスと氷雨の所感が続き、その後は言葉を失う。この八人が全員参加という訳ではなく、それも定員一名となれば、答えは一つだ。
全員が同じことを思っている。
誰も口にしないだけで、答えは決まっていた。
自然と卓の視線が、一点へ集まっていく。
ラナは机の上の資料を見つめ、少しだけ息をついた。
「……やっぱり、私だよね?」
ラナの言葉には不安も嫌気もなく、ただ仲間としての当然が滲んでいた。
しかし、この空気のまま無言の決定になってしまうのは、なんとなく『光焼く翼』らしくない。
だからこそ私は、少しの悪戯心を込めてこう言うのだ。
「私は今日、お留守番でもいいですよ?」
これにて物語は完結です。色々と情報を詰めたおまけも21:30に投稿予定
完結タグもそこで付きますね。
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