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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
終章 光焼く翼

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第73話 ――神話の空で――


「出口だ、全員――上へ!」


 ラナとレイグレンが吹き抜けた天井の穴は、もはや通路と呼んでいいほど大きかった。崩落の隙を縫い、私たちは一気に駆け上がる。吹き抜けを登りきった先は、瓦礫の散らばる地上。聞こえるのは破滅的な衝突音だけ。私たちはただ、見上げるしかなかった。


 雲の上――

 世界の理を削り取るような光が、断続的に走っていた。

 それは閃光というより、空間そのものに刻まれる傷に近い。


 ラナとレイグレン。二人の戦場はすでにダンジョンを離れ、雲海を抜け、星のはるか上空へと移っている。





 空はもはや空ではない。音も、風も、雲も存在しない。あるのは薄く引き延ばされた光と、方向を失った色の層だけだ。


 ラナの光翼が弧を描く。その軌跡に沿って、周囲の光景が水平に裂け、層状の大気が紙のように剥がれ落ちていく。


 色が反転し、距離の感覚が崩れる。

 上下も遠近も意味を失う。


 対してレイグレンは片手を払う。

 その所作ひとつで、裂けた空間は静かに畳まれ、歪みだけが余韻として残った。


 そして、ただそれだけの動作の過程で――


 都市一つを吹き飛ばし兼ねない規模の竜巻が、下界へ落ちてきた。


「……っ、結界を!」


 エルドの声と同時に、オーリスが結界を展開する。

 結界は余波だけ受け止めて砕け散った。


 砕けた結界の破片が、雨のように降る。


 余波でこれ。

 本気なら、ここら一帯が消えている。


「戦闘の規模が違い過ぎる」

 ヴァルクが空を睨んだ声は、悔しさよりも――小さな震えが混じっていた。


 上空で弾ける白光と黒い術式の断片。人間どころか階層主でも一撃で絶命する程の余波が幾重にも飛ぶ戦場。こんな戦場、正直近くにいたくない。けれど目を逸らすことすら怖かった。


「……呪具師の頂点。認めざるを得ないな。

 俺では百年あっても追いつけるかどうか」


 その言葉は自嘲ではない。

 本気でそう見積もって、なお追うつもりだという確信に聞こえた。


「百年で届くの? ……それ、逆にすごいんじゃない?」


 軽口のつもりはなかった。

 ただ、この場に似つかわしくないやり取りでもしないと、心が折れそうだった。


 ヴァルクの眉が、控えめに跳ねる。

「褒められても困る」


「褒めてないよ。純粋に驚いただけ」


「もっと困る……が」彼は短く息を吐いた。

「百年あれば追いつく。必ず、だ」


 その声音だけは、いつもの冷静さを取り戻していた。



 轟音とも鼓動とも言えない衝突が、空の底で鳴っている。レイグレンは呪具を幾重にも重ね、世界の余白――バッファ領域に相当する()()()()()に、直接干渉する術式を展開していた。


 さらにその背には、模倣神器の装具が五つ。王冠の環のように周回し、時に肩口に密着し、時に外周へ散っては異なる相を示す。一つは光を折り畳み、もう一つは重力を操り、三つ目は理の継ぎ目を露わにする。四つ目五つ目は最早理解を拒む。地上からは輪郭しか掴めないが、それらが呪具の外にある別格の五相として働いているのは分かった。


 灼熱の奔流、虚空への落下、重力そのものを斬る断裂。


 対してラナは――ただ、斬る。


 白銀の一閃が、すべてを()へ帰す。

 余分なものが削れ、空気が澄み、世界の色が整っていくのが分かる。


 ここは戦場というより、神話の現場だった。



「……レイグレンは真の理を暴き、世界に抗う道を選びました」

 オーリスの声が震えている。

「ラナは……歪んだ今の世界を、そのまま守ろうとしている。どちらが正しいとか……そんな段階じゃない気がします」


 エルドが静かに頷いた。


「星の寿命を考えるなら……レイグレンは間違いじゃない」

「ただ平和を望むなら、ラナが間違ってるとも言えない」


 空でぶつかり続ける光は、もはや剣でも術でもない。

 二つの意志そのもの。


 私は首を振り、思ったことをそのまま言葉にする。

「……もう違うよ。どちらが正しいかの段階じゃない。勝った方が、この世界を導く。きっとこれはそういう戦い」


 ヴァルクが同意するように息を吐く。

「神話の決闘だ。勝者が世界の未来となる」



 空で交錯する光は、世界そのものを削っている。


 星の核層の意志に認められたラナ。

 真の理を暴き、星の揺らぎを取り除きたいレイグレン。


 二つの正義がぶつかり、雲が焼け、地上が震え続ける。


 どちらが正しいかではない。

 世界の次の在り方を決める争いだ。



 光がさらに重なり合い、空が割れた。


 レイグレンの嗤う声が響く。


「さあ、続きをしましょうかあ……

 終わりが近いですよ、ラナァ!!」


 白銀の翼が、それに応えるように空を裂いた。


 震え続ける世界の中で――

 私はただ、息を止めてその光を見上げた。




◇◆◇



 白銀が震えた。


 ラナの光翼が締まり、次の瞬間には――世界が削れた。


 斬撃という概念では足りない。

 これは、()()()()()()()()()()()


 雲は紙のように裂け、その裂け目の奥で星の核層の輝きが滲みかける。


 だがそれを、地上から正確に把握できる者は少ない。

 クーデリアの位置からは、ただ白銀の閃光が空を裂いたようにしか見えなかった。

 核層の奥に触れたという事実など、到底視認できない。


 直下で、レイグレンが嗤う。


「ははあ……素晴らしい。

 星の意志に選ばれた者の斬り方ですねぇ!

 余分を削ぎ、世界を細めていく――核層刃とでも呼ぶべきかな?」


 彼は背へ十数の呪具を展開し、さらに五つの模倣神器を異なる位相で噛み合わせ、空間の裏側へ指を触れさせる。


「ならばッ!」


 手が払われた瞬間、空が反転した。重力が流れ、光が滝のように落ち、上と下が不定形に入れ替わる。常識では説明できない攻撃がラナへ殺到する。だが、ラナはただ翼をひと振りした。


「……どけッ!」


 白銀の線が放たれると同時に、空間そのものが静まった。滝のような光も、逆流する重力も、崩れた空も――ひとつ残らず無へ変換される。レイグレンの放つ理を崩す演算式も、斬られた瞬間に意味を失い崩れた。周回する五つの装具が一斉に輝度を変え、別解の式を立ち上げる。それでも、白銀は追いつき、追い越して、削っていく。


「く、くく……! やはり神器は世界に沿う。

 理を壊す術を多用する、この私ですら決めきれない!」


 レイグレンは楽しげに肩を揺らす。


「あなたの剣は、この歪んだ世界の味方だ」


 その声音に、ラナの視線が鋭さを増す。


「……味方じゃない。私はただ……間違ってるものが嫌いなだけだよ」


「間違ってる? この世界が?」


「あなたが、だよ」


 光が再び強まり、ラナの周囲で世界の色が薄くなる。


 レイグレンは静かに目を細めた。


「では問います、ラナ。どうして君はこの世界を守る?

 揺らぎが産み、理が歪んだ――本来とは異なる世界を」


 ラナは答えず、ただ翼を広げ白銀の斬閃を構える。

 空全体が光の塊と影の亀裂に包まれ、ふたりの形が歪み続けていた。


「……理由なんて、簡単だよ」


「この世界には、私がいて。私の仲間がいて。カイルがいた……だから壊されたくない。それだけ」


 レイグレンの嗤いが空に散った。


「情緒……! 感情……! 人の心!!

 そんなものが星を殺すんですよお!!」


 黒い呪具光が渦巻き、五つの模倣神器が応えるように位相を変え、空間そのものが黒い水のように波打つ。


「死の間際の星は思うでしょうねえ。

 そんな曖昧なものに任せたから、世界が壊れたんですよと!」


「……それでも私は戦うよ」


 白銀の輝きが膨れ上がる。


「私の大切を馬鹿にするあんたの世界に、未来なんて絶対渡さない!」


 ――次の瞬間、

 ラナが振り下ろした一太刀は、空という空を白い線で満たした。


 雲が貫かれ、大気が断ち割られ、世界の輪郭が滑る。


 地上からはただ、空の色が一瞬だけ世界の外と繋がったように見えた。


 それは、レイグレンが干渉を続ける空間の裏側にまで届いた一閃。

 神器が核層と完全に同調している証。


「見事だあ」


 レイグレンはただ嗤う。


「それは間違いなく神話の剣だ。

 世界は、あなたを選んだんですねえ……」


「選ばれたなんて思ってない。

 ただ、私は――負けない」


「なら、証明してもらいましょうかあ!?」


 二人の力が激突し、空全体が何度でも震える。世界の境界線が崩れかける音が、地上のクーデリアにまで届いてくる。しかしその全容を把握すること等、彼女にはとても不可能であった。

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