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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
終章 光焼く翼

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第72話 ――呪具神と世界意志――


 レイグレンは、私たちの陣形を見渡し、愉快そうに息を吐いた。


「ええ、ええ……実にあなた方らしい。

 ですが残念。私の相手が出来るのは、この中でも精々一人でしょうねえ」


 言葉は軽いのに、背後に沈んだ圧だけが別格だった。


 空気が震え、全身の細胞が警告を鳴らす。

 私を中心に構えた七人の呼吸が揃う。

 その瞬間、レイグレンの目が楽しげに細まった。


「あなた方は核層に触れてすらいない。

 理解していないのに背伸びして……」


 その()()()()()が最後まで続く前に――。



 ぱん、と鋭い破裂音が起きた。


 エルドの矢が、レイグレンの眉間へ一直線に飛び込んだのだ。


 迷いも予備動作もない。

 あのエルドが、本気で黙らせにいった矢だった。


 だが――


 矢は触れた瞬間、意味を失った。

 まるで見えない壁に触れたかのように弾かれたのだ。


「……防がれた?」


 私が息を呑むと、横のヴァルクがすでに分析を終えていた。


「違う。防いだんじゃない……当たってない。

 七つ。揺らぎが七層ある。

 こっちの攻撃がどの表面に当たるかを瞬間ごとにすり替えてる」


「七つ……?」


 私は眼を凝らし、レイグレンの周囲の流れを追った。

 次の瞬間、その構造が理解できて、背筋が冷たくなる。


(層が……動いてる。

 しかも互いに場所を交換し続けてる)


 仮に一つの層を上書きしようとしても、付与が触れた瞬間には別の層へすり抜けてしまう。対象が固定されないせいで、魔力の上書きが成立しない。


(……付与が届かない)


 この男、私の最も得意な分野を、根本から対策してきている。


 レイグレンは、得意げに手を広げた。


「これが私の七次元防壁セブンスレイヤー

 ここ十年で磨き上げた、分身にはない自慢の防壁です」



 一目見て理解してしまった。()()()()()()()。これは付与を含む、あらゆる外部干渉を殺すための設計だ。今の私達ではレイグレンに攻撃を通せない……


絶望が身を包みかけるが、そこに、ラナが一歩踏み出した。


「関係ないね」


 その言葉が落ちた瞬間、白銀の残光が走った。


 今のラナの踏み込みは、常人では目で追うことすら不可能な速度だ。

 レイグレンの目が見開かれ、回避行動を取る。

 七つの揺らぎの層が、一瞬だけ収束したのが分かった。


 斬撃が掠め、レイグレンの外套の裾が千切れる。


 自分から避けて、最後は掠った。

 避けざるを得なかったのだと伝わってきた。


 レイグレンは少し嫌な顔をして、声を荒げた。


「だから嫌なんですよお!

 世界意志の代弁者は、あらゆる理論を越えてくる!」


 いつの間にか展開されていた彼の背後の呪具群が一斉に光を噛み、弾ける。



 白銀と黒の衝突が、世界の中心で爆ぜた。



 音すら間に合わない。

 二人の軌跡がぶつかった余波だけで、私たちは吹き飛ばされた。


「っ――!」


 地面が跳ね上がり、肺の奥が震える。

 オーリスが咄嗟に結界を展開し、衝撃を軽減したとはいえ、それでも防ぎ切れていない。


 氷雨が砂煙の向こうでよろめき、リディアが杖をつきながら姿勢を戻す。

 ヴァルクは肩口の呪具がいくつか弾かれたのを見て舌打ちをした。

 エルドも…そしてあのトゥリオですら遠くまで吹き飛んでいる。


 そして、分かった。



 私たち七人は、戦闘のステージにすら立てていない。



 レイグレンとラナの衝突は、もはや別の層で行われている。

 足場も、空気も、魔力も、存在の次元すら違う。

 私たちの攻撃は届かず、同じ空間にいることすら許されない。


 レイグレンの声が、砂塵の奥で響いた。


「ほら。分かったでしょう?

 あなた方は、星に守られてしまう側なんですよ」


 その言葉に、オーリスが眉を寄せた。


「守られる……側?」


「そうですとも。この星は酔っ払いみたいなものなんですよ。起源種というアルコールに中毒してしまった。一度取り込んだそれを手放せず、瘴気という名の酒をずっと欲している」


 レイグレンは当たり前のように宙に浮かび、空中で姿勢を整えながら、呆れたように肩をすくめた。


「起源種は、星の中枢にまで根を張っている。だから、星の意志の代弁者――神器の覚醒者でなければ、星そのものが逆に守りに回るんですよ」


 大仰なポーズを取りながらも台詞を続ける。


「あなた方は結果的に起源種の味方をしてますからねえ。残念ながら、今この場にある(ラナ)からすれば庇護対象であるのは変わりません」


 それを聞いたリディアが、怒気をにじませる。


「では、儂らは足を引っ張るだけと申すのかえ」


「おや、傷つきましたか? ですが事実ですよお。どうしようもない依存症の星を、私がこうして救ってあげようとしているんです。いやまったく、孝行息子とは私のことですねえ」


 皮肉を全開にしながらも、余裕だけは崩れていない。


(……この男、本気で自分が正しいと思ってる)


 不快なほどに、迷いが無かった。


 砂煙の向こうから、白銀の翼が広がり、ラナが一歩踏み出す。


「――言いたいことはそれだけ?」


 その一言で、世界がひっくり返ったように空気が反転した。


 レイグレンが何か言い返すより早く、ラナの足が床を抉り、光が線になって走る。掬い上げるような斬撃の軌跡が、天頂に届く程に伸びた。


 次の瞬間――大聖堂全体が、悲鳴のように揺れ、天井が割れる。石柱が裂け、床下から光が逆流し、ダンジョン全層の境界が瞬く間に崩壊していく。


「……っ!? 崩れる――!」


 叫ぶ暇すらなかった。


 レイグレンの呪具を軸に、黒と白銀の力が衝突し、その一点だけで、世界そのものが押し上げられたのだ。


 轟音とともに、天井が吹き飛ぶ。


 空気が細く折り畳まれ、圧縮され、気が付いた頃には、地上の光が差し込んでいた。


(嘘でしょ…!?)


 レイグレンの身体がそのまま縦に吹き上がり、ラナも追うように白銀の軌跡を描いて跳躍する。地上まで一直線の巨大な穴。私たちが地道に進んできたダンジョンの層は、異空間であることすら無視して、まるで紙を裂くように貫通されていた。


 最下層の大聖堂は、もはや原形をとどめていない。天井は大穴となり、上層から降る破片がひとつずつ、地上の光を反射させながら落ちてくる。


(……あの二人だけが、上へ行った)


(他の誰も、追いかけられない)


(あれは……もう、同じ次元の戦いじゃない)


 胸がひゅっと縮まる。

 でも――ラナが意図的に上へ吹き飛ばしたのは分かっている。


(守ったんだ……私たちを)


 大穴の遥か上。

 白銀の光がちらつき、その向こうに黒い影が跳ねる。


 ラナとレイグレンが交差するたびに、大気が訴えるように悲鳴を上げ、大聖堂の残骸が震える。私たちはその余波を受けながら、まだ最下層に踏みとどまっていた。


 天井の穴から降り注ぐ瓦礫がオーリスの結界に当たり、ぱらぱらと弾け飛ぶ。


(私達の中で、あの高度と速度で戦えるのは――)


(ラナだけ)


(本当に……ラナだけなんだ)


 ラナは上。レイグレンも上。


 胸元の理素結晶が脈を刻む。

 揺れ続ける天井を見上げながら、私は歯を噛んだ。


「……くそっ……ラナ……」

 氷雨が悔しそうに呟き、トゥリオは黙って立ち上がる。


「上で戦っているのは、あの二人だけ……ですね」

 オーリスの声は震えていなかったが、強張っていた。


「追えるか?」

 エルドが問う。

 私たちは全員、同じように首を振った。


「……無理だ。あの速度は……人の領域じゃない」

 ヴァルクが呟き、瓦礫の中で新たな呪具を展開する。

 その手ですら、僅かに震えているように見えた。


 天井の大穴から、また衝撃が落ちてきた。

 爆ぜるような光が走り、大聖堂の残骸が軋む。

 落石の波をオーリスの結界が受け止め、粉塵が私たちの上で滝のように舞った。


(このままじゃ……ここが潰れる)


「……あの規模の戦いで、これ以上ここが残るとは思えない」

 私は息を整えながら言った。


「どうする?」

 エルドの視線が私を捕える。

 考えるより先に、答えが出ていた。


「上へ行くしかない。

 ここにいたら……生き埋めになるだけ」


 次の瞬間、天井の穴から吹き下ろす気流がさらに強まった。

 まるで早く来いと急かされているような風だった。


(二人の衝突……地上の空気がここまで届くんだ)


 私たちは互いに目を合わせ、一斉に頷いた。


「全員、移動の準備を!」

 エルドの声が響く。


 私は胸元の結晶を押さえる。

 脈動が速くなっている。

 まるで、急がなければ――と告げているようだった。


(ラナ……待ってて。すぐ行くから)


 上空から、もう一度衝撃が降りる。

 大聖堂の床が波打ち、瓦礫の山が跳ねた。


「このままじゃ……本当に潰れる……!」


 氷雨の声が飛び、視界の端で、トゥリオがうなずいた。


「エルド。……行くぞ」


「――脱出だ! 全員。集合!」


 その号令が落ちた瞬間だった。


 エルドが外套を大きく広げ、縁を指先で弾く。布がふわりと膨らみ、内部に風の奔流が生まれる。【風綾の外套】本来は探索時の滑空補助のためのものだが、風さえあれば複数人をまとめて運ぶほどの力を発揮する。


「風魔法は久々じゃな《飛翔魔風(ウィングレイ)》!」

 リディアが杖を一振りし、

 足元から上昇気流が巻き上がる。


「調整は私がやるから……みんな掴まって!」

 私は杖に“風”を付与し、外套が最大限風を受けられるように流路を整えた。床が抜けるように、体がふわりと浮く。七人を運び着実に上に運んでいく……行くのだが……流石に定員オーバーか? 


(エルドにしては珍しい判断ミス……ただ無理もない。驚きの連続過ぎて流石に動揺したのかもしれない)


 そこで私は大量に持ち込んだのに結局使わなかった【連環の匣】の触媒に目を付ける。何とその数、私の分だけで八十粒! 道中が楽過ぎて使わない、レイグレンは強すぎて使えないと最終決戦のつもりの大盤振る舞いが完全に裏目だったが、ここで挽回のチャンスである。


 私は触媒を大量に砕き、杖にも服にも全身にも、風の付与を()にして重ねた。ぶっつけ本番。付与を一気に通すための荒業だ。


 リディアが焦った顔をしたが気にしない。

 さあ行け、付与師式《飛翔魔風(ウィングレイ)》!


「いや流石にそれは無茶であろぉおおおおおお!」


 結果を予期していたリディアは正しい、発生したのは爆風である。


 幸い、オーリスが発動していた強固な結界と、エルド、トゥリオ、ヴァルクの男性陣の保持力により運よく散り散りにはならず、一気に地上付近まで到達する。


(あーこれ私も頭変になってたかも。

今のラナ見て感覚壊れちゃったかな……)


 地上に到達したところで、私たちに出来ることなんて無いのかもしれない。それでも……仲間の戦いを最後まで見届けたいという心に、嘘は付きたくない。それはきっと、皆も同じだと思うから。


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