第68話 ――太陽に届いた翼――
ダンジョン全域が震えていた。
ただ私とカイル、二人が向き合って立つだけで、この区画そのものが揺らぎ、空気が震え続けていた。ダンジョンを構成する空間の骨組みそのものが、軋む音まで立て始めている。このままでは、本当に壊れる──そう思わせる揺れが断続的に続く。
私は空へ。広がる光翼に支えられ、気流の上に立つように浮かぶ。周囲の空間は、私に繋がる星の力を受けて微細に振幅し、まるで星そのものの意志を反映するかのように白く照らされる。
カイルは地上に立ち、模倣神器【神魔剣オルフェノス】を握りしめ、全身から――太陽を幻視する程の金光を迸らせていた。その光は、ただの魔力ではなかった。彼が触れている星の核層から得た途方も無いエネルギーが、人間の器から溢れ出して火を噴いている。
(……これが、カイルの本気)
私の光翼と同じ高さの領域まで金光が迫る。
いいえ――光の質が違う。
彼は燃える太陽。
私は、それを越えて羽ばたく翼。
そんな比喩が、自然に浮かんだ。
「……行くよ、カイル」
告げると、カイルは肩口に金光を集めながらゆっくりと見上げた。
その動作ひとつで、足元の床に星炎のような燐光が走る。
「ああ。最後まで付き合え、ラナ」
その声は――
先程までの濁りが消えた、彼の声だった。
「今のその姿、選定の儀で選ばれた時と同じだ。
――お前をいつか超えるって、俺は言ったよな」
剣神祭のあの日の記憶が、何度でも蘇る。
「今、その約束を果たす」
胸が痛いほど熱くなる。
だから私は、白銀の翼を広げて言い返した。
「……じゃあ。超えてみせて」
「私は――負けない」
その瞬間、
カイルの金光が、区画全体の空気を巻き上げながら爆ぜた。
視界が真昼に変わる。
上も下も、境界さえ分からないほどの輝き。
(……綺麗。)
ほんの一瞬。
そう思ってしまった。
◆
次の刹那、世界が流れ出した。
私は翼をたたみ、一気に加速する。空間の層を切り裂くような音が背後で伸び、重力の向きすらねじれて、白銀の軌跡が揺らぐ。金光の大気が焼け、空間の空気が歪み、体は苦痛も重さも感じない。
ただ一本の線になる。
カイルへ、真っ直ぐ。
「来いよ、ラナぁぁあああ!!」
カイルの咆哮とともに、金光が極限まで濃くなる。まるで世界にある全ての光が、彼に吸い寄せられていくようだった。
(私は、墜ちない)
イカロスの翼は太陽に焼かれて墜ちた。
でも私は違う。
(あなたを、越えに行くんだから)
金光へ突入した瞬間、視界が焼き消える。
音も色も形も無い。
ただ刃と刃の軸だけが世界になった。
「――ぁああああああああッ!!」
翼が広がる。
白銀が金光を押し割る。
太陽を越え、その向こう側へ抜けるように。
刃が触れ、火花が散る。
地面が砕け、区画を構成する線そのものが波打つ。
そして――
私は、カイルを斬った。
彼が握った模倣神器ごと。
彼を中心に顕現した太陽ごと。
全部まとめて――切り裂いた。
◇ ◇ ◇
着地した時、彼はもう立っていなかった。
金光は薄れ、霧のように散り、
倒れたカイルだけが残った。
「……カイル」
膝をつく。
呼吸が震える。
光翼が消える。
胸元に手を添えると、
わずかに息をしていた。
「ラナ……」
穏やかな声だった。
戦う前の、否、訓練場でよく聞いた彼の声。
「……よかった。最後……お前で」
「喋らないで。喋らないでよ……!」
「……なぁ、ラナ」
焦点を失いかけた瞳が、それでも私を探して動く。
「感情に……飲まれるな……お前は……強いんだから」
「何それ……そんなの……今さらでしょ……」
「……じゃあな」
ふっと、力が抜けた。
「カイル……?」
返事がない。
「……カイル。ねぇ……」
視界が揺れる。
抱きしめた身体の熱が、静かに抜けていく。
「やだ……やだよカイル……」
声にならない声が喉で震え、
涙が落ちる。
「うっ……ひ……っ……」
止まらない。
嗚咽がこぼれ、胸がつぶれそうに痛い。
最後に響いたのは――
戦いの音でも、剣を納める音でも、誰かの名でもなく。
ただの、私の慟哭だけだった。
……決着です。
終章・前半はここまで、後半は15日をお待ちください。




