第67話 ――神器VS模倣神器――
今回ラナ主役です
光が揺れた瞬間、世界が閉じた。
足元の床が沈むような感覚と同時に、周囲の景色が音ごと消えていく。気付けば、私はどこか別の空間に一人で立っていた。まるで巨大な闘技場のような外観と広さ。光焼く翼のみんなの姿はどこにもない。呼吸音すら吸われるような、妙な静けさ。
(……分断、か)
嫌な予感は、すぐに確信に変わる。
目の前には、見覚えのある一人の男。
(やっぱり──カイルなんだね)
胸の奥で小さく息が震えた。
「また会ったな」
金の光がゆらりと揺れ、カイルの手元に一本の剣が形を成す。
ただの武具ではない。光が剣の形をとっている、と言った方が近い。
「……何、その剣」
思わず身構えた私に、カイルが揚々と告げる。
「模倣神器【神魔剣オルフェノス】。
そう名付けたと、渡された時に説明されたよ」
金光が刀身を走り、空気がざわついた。
「性能は本物の神器と遜色ない。核層の理に触れられるよう設計された模倣品……そう言っていたな」
(核層に……触れる?)
その瞬間、冷や汗が流れる感覚があった。 レイグレンの分身が示した世界の構造。 本来、核層に触れられるのは神器だけだ。 選定という、在り方の応答を経た者しか扱えない領域。
(それを、模倣品で――?)
「……カイル」
自然と声が低くなった。
「それ、本当に大丈夫なの?」
問いというより、警告に近かった。
「この剣みたいに、選定の儀があった訳でも無い。
神器として、この世界と繋がってる訳でも無い。
私も詳しいことは良く分からないけど…多分それ、危ないよ?」
カイルの目が一瞬だけ揺れる。
だが、すぐに金光がその揺らぎを飲み込んだ。
「危ないとか、そういう話じゃない。
これは『俺のために用意された剣』なんだと……そう説明された」
あの剣は、確かにただの武器じゃない。
カイルの何かを、過剰に増幅している。
「会いたかった、ラナ」
「……嬉しい言い方じゃないね、この状況で」
構えたまま、彼は一歩、音もなく前へ出る。
「ずっと、試したかったんだ。俺がどれだけ遠くに来られたのか。お前となら――測れる」
カイル自身の声なのに、表情と噛み合っていない。
落ち着いているのに、奥で焦げつくみたいな熱が渦巻いている。
胸の奥に、ざらりとした警戒が走った。
「やるんだね」
「やるしかないさ」
次の瞬間――金光が爆ぜた。
◆
衝撃が斜め後ろへ吹き抜ける。
その中心に残ったカイルの気配は、完全に別物だった。
速い。それも圧倒的に!
踏み込みの瞬間に空気が裂け、地面の影が一拍遅れて揺れる。
こちらが構えるより前に、既に刃が迫ってきていた。
このまま受けたら――折れる。
剣ごと押し潰される未来を想起する程の圧。
「っ……! 【神剣ラグナ】!」
―― 一回目の解放。
白銀の光が柄から走り、腕へ、背へ、全身へと駆け抜けた。
視界が強制的に引き延ばされ、刃の軌跡がようやく線として見える。
受けが間に合い、金光がぶつかる。ただそれでは終わらない。刃と刃が噛み合ったのに、身体が後ろへ持っていかれる。
(っ……重っ……!)
腕の付け根が痛む。
ただ受けただけなのに、ラグナの柄が手の中で震えた。
未解放のまま受けていたら――
その瞬間に弾き飛ばされていた。
最悪、ラグナごと折れていたかもしれない。
「ぐ……っ……!」
押し返すので精一杯だ。
それでも、カイルはまったく動じない。
金光が横へ滑り、左の肩口を浅く裂いた。
浅い傷なのに、焼けるような熱が皮膚の奥へ刺さってくる。
(まじで……強すぎ。
……受けてばっかりじゃ、押し負ける)
ラグナの柄を握り直す。
腕は痺れている。呼吸も荒い。
だけど、引けば本当に終わる。
(行くしか、ない!)
―― 二回目の解放。
白銀が一段階強く脈打ち、脚が地面を蹴るより先に体が前へ走った。
視界の縁が細くなり、金光が一本の標として見える。
「はぁッ!」
刃を振るう。
横へ。下へ。斜めへ。
受けてばかりだった分、身体が勝手に角度を探す。
カイルの金光がわずかに揺れる。
ほんの一瞬、押し返した――そう思った瞬間。
「ラナ、お前は本当に」
金光が一閃した。
「―——弱いな」
「……は?」
言葉より刃が早かった。
肩口。さっきとは逆側。
こちらも浅い、なのに、体が反射的に後ろへ跳ねた。
「っ……!」
痛みというより、熱が走る。
まるで傷口に火を押し当てられたみたいな、焼ける感覚。
距離を取って構え直すと、カイルは金の剣を肩に担ぐように持ち上げた。得意げでも、楽しげでもない。ただ――冷えた目をしていた。
「攻め気は分かるが……質が追いついてないんだよ、お前は」
―― 三回目の解放。
光が視界を満たし、身体の負荷が一気に跳ね上がる。
膝が震えるのが分かった。
脚の奥で、筋肉が悲鳴を上げ始めている。
まだ動ける。でも、もう余力はない。
(これで追いつけないって……本当に、何があったの……カイル)
「ラナ! もっとだろ!
お前は選ばれたんだろ! だったら――俺を上回ってみせろよ!」
「上から言う立場じゃないけどね!」
啖呵を切る余裕など無いが、口だけは止まらない。
止めたら折れそうだった。
カイルの踏み込みが深くなる。
模倣神器の金光が、視界を焼くように明滅した。
そして。
―― 四回目の解放を発動した瞬間だった。
心臓が嫌な跳ね方をした。
急激に体温が落ちていく。
視界の端が揺れ、足が一瞬もたついた。
(やば――)
避けきれない。
金光が腹を貫いた。
熱と冷たさが同時に走り、呼吸が止まった。
「……っ、は……!」
膝が折れそうになるのを、なんとかラグナで支える。
血が溢れている。
このままじゃ、本当に終わる。
私は反射的に腕輪へ触れた。
――【紅環の腕輪】。
痛覚を遮断し、致命傷を瞬間的に塞いでくれる聖遺物。
使えば動けるが、完全な治癒とは言い難い。
赤い光が走り、傷が一時的に塞がった。
痛みが消える。
だが――震えは止まらない。
「……まだ、立つのかよ」
カイルの声音が、僅かに濁った。
「そんな身体で……まだ俺に向かって来るのか?
選ばれたお前が? 俺を見下してたお前が?」
「見下してないよ。勝手に拗らせないで」
「でも結果はそうだろ!
俺は選ばれなくて、お前は選ばれた!
剣神祭で勝ったのは、お前じゃなくて、俺だ!」
醜い、とまでは言わない。
だけどその言葉の熱は、カイルのものじゃなかった。
金光の剣が、彼の感情を増幅している。
劣等感でも嫉妬でも、ほんの少しの渇望でも――
何でも増幅して歪める。
その揺らぎが、彼の声に乗っていた。
「お前が俺より強かったって言うなら――証明してみせろよ!
俺に勝てよラナ!
俺の正しさを覆してみせろ!」
言葉が叩きつけられた瞬間、私の胸の奥で、なにかがひび割れた。
最初は、かすかな痛みだった。
それは怒りにしては弱すぎて、
哀しみにしては温度が高すぎて。
ただ、胸の奥で丸く固まっていた何かが、
ゆっくり、静かに熱を帯びていく。
(……正しさ? 覆せ?)
脳裏に、あの日の光景が浮かぶ。
剣神祭の闘技場。私が負けた直後。
私に勝った男の背中を、悔しくて悔しくて、
噛みちぎりたいほど歯を食いしばりながら見送ったあの日。
(何も知らないくせに……)
喉が熱い。呼吸が鋭い。
指先が震える。ただの怒りじゃない。
ずっと積み上げてきたものを、無造作に踏みにじられたような感覚。
(あんたも苦しんだって言いたいの?)
負けた私が神器に選ばれ
勝った彼が選ばれなかったあの日。
叫び、ぶつけたい思いを押し殺した彼
やるせない思いを飲み込んだ彼
「すぐに追いつく」と啖呵を切った彼
それに「待ってる」と返した私
その背に見えた、ぎりぎりの誇り。
――選ばれたお前が。
――俺を見下してたお前が。
(私の……何を見てたの?
私の……どこが見下してるって言うの?)
胸の奥で、小さな火がじわりと広がる。
(私、あんたを待ってたのに)
強くなる理由のひとつに――
カイルに置いていかれたくないがあった。
(……あんたが勝った。私が負けた。その順番は、ずっと変わらない)
たかが神器に選ばれただけの私を
勝手に見上げて、勝手に負けた気になって
その思いを受け入れていた私自身も、全部嫌いだ!
(私の努力も、私の敗北も、あの日の自分も、
全部まとめて見下しで済ませるなよ!)
胸の奥の火種は徐々に大火に変わる。
彼を歪ませた何かに
彼の心に入り込んだ誰かに
彼を放って、気付けなかった私自身に
そして最後に、歪んでしまった唯一の彼に
激情が胸中を駆け巡り
まるで
獄炎のように焼き尽くす。
――胸の奥で ナニカ が切れた。
それは自分の中の鎖。
それは自分の中の限界。
それは自分が勝手に作った枷。
「……あーあ」
笑ったのは自分でも意外だった。
「ほんとさ」
彼の剣から迸る金光がうねる。
脈動して、揺れて、呼吸のたびに色が濁っていく。
きっと、もう止まれない。
「私の――」
【神剣ラグナ】が白く脈動を始める。
背の奥から、光が溢れ出す。
今までの解放とは違う。
もっと深い、精神の軸そのものが世界と呼応する感覚。
「ライバルを――」
光が翼の形を成す。
白銀の、凛とした輪郭を持つ光翼。
「馬鹿にするなあああああああああああああ!!!!!」
光翼が広がった瞬間、世界が開き、私は飛んだ。
痛みも恐怖も怒りも、不思議ともうどこにも無かった。
カイルが焦ったような顔をして、金光の出力を上げる。先ほどまでの比では無い。既にあれほどの強さがあったのに、本気を出すのはきっとこれからなのだろう。……でも、私は見逃さなかった。その直前、カイルは確かに、私に笑顔を向けていた。
覚醒ラナ 降臨




