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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
終章 光焼く翼

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第64話 ――分身の脅威――

 月影国の防衛線は、既に限界が近づいて来ていた。


 空は瘴気の雲に覆われ、地からもとめどなく溢れ返る、そんな地獄のような環境の前線に──黒い斑を残す巨大な影が舞い降りる。

 

 《エルダードレイク》


 本来ならダンジョン深層でしか対峙しない上位種だ。その鋭い爪が一振りされるだけで、城壁が悲鳴をあげて崩れる。瘴気を帯びた咆哮は、兵士たちの耳を裂き、指揮を乱す。


 だが、それだけでは終わらない。


 城塞の正門前に佇む灰髪の男──

 レイグレンの分身が腕を上げ、指を軽く鳴らした。


 その瞬間、空間が歪む。


 無数の呪具が空から落ちてくるように現れ、一直線に前線へ降り注いだ。地面が砕け、結界がひしゃげ、防御壁がまるで紙のように破かれる。即座に反応したロシャが空気層を捻じ曲げ、押し潰される衝撃を必死に散らす。


「──っ、重力偏差、限界だ!」


 彼の周囲には頑強な複数の層が展開されていたが、分身(レイグレン)の攻撃はそれを容易く削り取っていく。


「おや……まだ立っていらっしゃる。

 流石は満月の術師達だ」


 続けざまに、分身(レイグレン)が手をひらりと返す。それに呼応するように、足元に黒い円環が走り、呪具群が連鎖。人間を一瞬で炭に変えるほどの黒雷が、奔流のように世界を裂く。


 ロシャは咄嗟に地を揺らし、重力傾斜でその方向を逸らす。だが、削り切るには足りない。爆ぜた衝撃が迫り、土煙の向こうから黒い熱が彼を呑み込もうとしたその刹那──光式が弾けた。


 ロシャの前へ、細い影が飛び込み、展開した層が黒雷を真正面から受け止める。その小さな背中は揺るがない。吹き返す衝撃を丸ごと遮断し、彼をかばって立つのは、無数の光式を纏った小柄な女性、ファルマだった。


「ロシャ、動けますか……!」


「……まだ、いける」


 彼は息を整え、視線を前線へ戻す。


 分身の背後では、さらに複数の《エルダードレイク》が瘴気の渦から顕現し、こちらを押し潰さんと迫っていた。


 続いて、より最悪なものが姿を現す。瘴気に侵食された異形の魔物たちが、溶けかけた外殻のまま蠢いている。瘴気が肉体そのものを構造ごと融かし、強化と崩壊を同時に与えた存在。


 《瘴溶種(ショウヨウシュ)

 ダンジョンの深層でしか報告例のない、災厄級の魔物だ。それらが次々と地から這い出し、瘴気を撒き散らしながら前線に雪崩れ込んだ。


「くっ……!」


 ロシャが掌を掲げ、圧縮した空気を放つ。瘴溶種が一瞬にして吹き飛ばされ、瘴気の霧へと還る。だが、霧の奥からまた新たな影が現れる。


 終わりがない。


 だがここは世界でも有数の強国、月影国。満月の術師たちを中心に、統制された軍属と国家有数の探索者達が総出で迎え撃つ。上位魔物を裂き、瘴気の霧を払い、決して後退しない。ダンジョンの深層の魔物、その程度に臆する必要は無いと主張するかのように、どこまでも勇猛に戦い戦線を維持する。


 それでも──

 レイグレンの分身だけは別格だった。


 攻撃はまともに通らない。軌道は捻じ曲がり、術式は剥がされ、刃はすり抜ける。しかもその攻撃は、満月級術師と同等か、それ以上。


 分身が攻勢に出るたびに、前線が削れていく。


 そんな混沌とした戦乱の中、ロシャとファルマの脳裏を、数時間前の光景がよぎる。



 薄暗い作戦室。

 彼らはすでに防衛準備に取りかかっていた。


 そこへ、気配もなく現れた男がひとり。


 灰髪。片眼鏡。捻じれるような笑み。


 ロシャが即座に構えたが、分身は肩を揺らしただけだった。


「いやいや……そんな怖い顔をなさらずとも」


「……レイグレン」


 ファルマが式を起動する。

 その視線は冷たい。


 分身は軽く手を挙げ、頭を下げるようにおどけて言った。


「ご安心を。宣戦布告に参っただけですよお?」


「……目的は何だ」


「私が()()()()()()()()、あなた方は頑張って前線を維持していればよいのです。既に、お客人への招待も終えておりますのでねえ」


 ロシャの質問に応え、分身は嗤った。

 狂気とも愉悦ともつかない色で。


「いつまでも続く地獄という訳ではありませんよお?

 終わりは必ず来ます。……ええ、あなた方にもね」


 二人の眉が僅かに動く。


 ファルマが小さく呟いた。


「お客人……光焼く翼のこと、でしょうね」


 ロシャは短く息を吐く。


「……だろうな。なら、尚更止めねばならん」


 そこで分身は指を立て、愉しげに囁いた。


「この情報はサービスです。

 あなた方も『質問者』ですからねえ……

 それでは、地獄の底で御機嫌よう」


 意味は分からない。

 だが、ただの脅しではなかった。


 そう確信するには十分な気配が、その言葉にはあった。


 次の瞬間、分身の姿は霧散するように消えた。





 記憶の海から、二人は再び現実の戦場へ戻った。前線では、もう何体目かも分からないエルダードレイクが空を割って降り立ち、瘴気の濁流が一斉に押し寄せる。


「……宣戦布告どおり、全力で来るってわけだ」


「耐えるしかありません。

 彼らが本体に届くまで」


 空は瘴気に覆われ、地では瘴気の海が波のように押し寄せる。

 それでも月影国の術師たちは踏みとどまる。


 少しでも、一秒でも。

 彼らの翼が届くまで。


 地獄の戦場で、ロシャとファルマは再び前へと踏み出した。

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