第62話 ――決行の時――
地図を受け取り、その場で座標を照らし合わせた。
「……ここ、ですね」
私が指し示す先を、エルドが覗き込む。
「国境のすぐ手前だな。サンライズ王国側、山間部の何もない地帯だ」
私は小さく息を整える。
「地形から見ても、標高はかなり上ですけど……座標の深さが逆におかしいですね。位置としてはかなり下になります」
「地下か」
トゥリオが腕を組む。
「地下施設か、ダンジョンか……その可能性が高い」
ヴァルクが続ける。
私は一息ついてから、皆の方を見て、頷いた。
意識を戦場のものに切り替える。
「どちらにせよ、一度戻って装備を整えよう。
これから向かうのは、おそらく敵の本丸だと思うから」
◆
その後は一旦解散し、それぞれの拠点へ戻った。
私は自室で道具袋を開き、【連環の匣】の触媒を確認する。
残しておく五粒を除き、残りをすべて回収した。
(補充速度も上がったし……四十日もすれば満タン。遠慮してる場合じゃない)
少し迷ったが、すぐに決めた。
使うべき時に使わなければ意味がない。
杖を背負い、最後に外套を羽織る。
(……大丈夫。準備は整ってる)
集合場所へ向かう前に、足を研究棟へ向けた。
理素結晶の保管室前で、主任がこちらに気付く。
「受け取りに来ました。……これがないと戦えませんから」
主任は無言で頷き、丁寧に包まれた理素結晶を差し出した。
胸元に抱えると、ひんやりした感触が手の中に広がる。
(行こう)
◆
全員が既に集合していた。
装備の音がわずかに重く響く。
エルドが振り返る。
「向かうぞ。座標地点近くまではリニアを使う」
「まだ動いてるんだね……」
ラナが小さく眉を上げる。
「他国は既に壊滅が始まってるのに」
氷雨の声が落ちる。
私は思う。
(……ここだけ平常を保っているのは、レイグレンがそう仕向けたということ?
王国には攻め込まず、他国を地獄に落としながら……私たちに時間を与えてる?
いや、違う。誘導だ。どうしても私たちをここに向かわせたい)
エルドが短く告げた。
「考えても仕方がない。向こうで答えを得るしかない」
リニアが動き出し、景色が横へ流れた。
向かう先は、月影国との国境の山間地帯。
地図では何もない場所だが――
(その何もない場所に、レイグレン本体がいる)
拳を握った。
(絶対に、終わらせる)
世界の地獄が広がる速度よりも早く。
私たちは進み続けなければならない。
◆
リニアの車内は、走行音だけが静かに響いていた。
誰も騒ぎはしないが、沈黙ではない。
それぞれが、言葉を選ぶように話し始めた。
「……各国に残された時間はどれほどか」
エルドが窓の向こうに視線を流す。
「もう何が起きてもおかしくない状況だよ。分身を止めたとしても、あれは本体じゃない……根を絶たなきゃ終わらない」
氷雨が小さく肩を寄せる。
ラナは拳を握ったまま、床を見つめた。
「悔しいね。私らが向かう場所一つで全部が左右されるなんてさ」
私は隣で息を整えた。
「……でも、向かえるのは私たちだけ。伝言は明らかに、私達に向けられたものだった。本気で誘導してきてる」
(ロシャ…ファルマ…あの二人にも本当は来て欲しいけど、きっと月影国の防衛で忙しいよね?)
ヴァルクが目を閉じたまま呟く。
「誘導だろうと罠だろうと、座標位置に本体がいる確率が最も高い。突き止められる者が限られていた時点で、向かうのは必然だ」
オーリスが静かに同意する。
「歴史的には不幸な状況ですが……今は嘆くより、正しく進むほうが上です」
トゥリオが短く息を吐いた。
「……終わらせる」
その言葉に皆が頷く。
私は胸元の理素結晶をそっと押さえた。
(……この力を持っていく。必要な理由は、向こうにある)
◆
リニアが停車地に到着した。
月影国との国境に近い、山間の小駅。
状況を考えると、まだ動いているのが奇跡に近い。
駅員は驚いた顔で私たちを見つめ、口を開いた。
「あなた方、こんな時に……」
エルドが軽く頭を下げる。
「王命だ。すぐに向かわねばならない」
駅員はそれ以上は何も言わず、ただ道を示した。
◆
山間部へ続く足場は、思った以上に険しい。
瘴気の匂いはまだ薄いが、空気の重さで遠くで何かが起き続けているのが分かる。
エルドが前を行き、その後ろにトゥリオが続く。
私たちは疲弊しすぎない速度を維持しつつ、それでも急ぐ。
「下り……いや、座標の深さはもっと下か」
ヴァルクが地図を確認しながら言う。
そこでエルドが氷雨に指示を出す。
「ここから徒歩で降りるのが一番早い。道は荒れているが……氷雨、幻影で 段差の見やすい視界を作れないか?」
「できる。……補助程度だけどね」
氷雨が手を振ると、薄い視界補正が前方に展開された。
ラナが跳ねるように段差を降りながら声を上げる。
「助かる!こういうのあると全然違うね」
オーリスが最後尾で周囲を確認する。
「瘴気の密度は普通の山岳地帯と大差なし。むしろ通常よりも低いくらいです。つまり、ここ最近の王国周辺と変わりませんね……今のところは、ですが」
私は深く息を吸い、感じたことをそのまま口に出す。
「……ここの普通さが逆に嫌だね。本当にここにいるの?」
エルドが振り返らず答える。
「潜伏するなら、この上なく良い場所だ。何もない場所は、逆に何でも隠せる」
山肌を越え、古い獣道を抜けたところで、地面の傾斜が急に変わった。
ヴァルクが足を止める。
「……この先だ。座標の中心は、ここからさらに下にある」
エルドが頷く。
「全員、準備はいいな」
私は杖を握り直し、胸の奥のざわめきを押し込んだ。
(ここにいる。……レイグレンの本体が)
「いつでも」
「行こう」
光焼く翼は、山の裂け目へ続く暗い下り坂を、一歩踏み込んだ。
――座標の示す、底へ。




