第61話 ――世界同時襲撃――
光焼く翼が王城へ呼び出されたのは、まだ夜明け前の冷たい空気が残る頃だった。
会議室の扉が閉じられ、宰相が机上の紙束を押し出す。
「……これが、レイグレンの分身が残した伝言だ。
内容はまだ誰にも解けていない」
エルドが手に取り、視線を走らせた。
私はその隣に立ち、横から覗き込む。
そこから数秒を要すが…計算を終わらせる。
「……分かりました」
「もうか?」
宰相の声が強くなる。
私は頷いた。
「まず工房の主というのは、月影国にあるレイグレンの元工房のことです。つまり、レイグレン本人で間違いありません。で、座標式のほうですが……」
紙を押さえ、簡潔に続ける。
「訪問者は十人。
私たち八人と、ロシャさん、ファルマさん。
これは国にも推測できる材料があったはずです」
宰相が頷く。
私は続けた。
「ただし――質問者だけは、私たちにしか分かりません。
工房ダンジョンでレイグレンに問いを投げた人数。
これは……ラナを除いた九人です」
ラナが目を瞬かせる。
「私、そういえばツケにしたんだった……」
「はい。だから9になります」
エルドが紙の端に式を書き込みながら呟いた。
「訪問者10に36を足して46。
質問者9に4を足して13。
対角に46と13、1を非対角に置いた対称行列……
跡は59。
行列式は597。
最小固有値の整数部分は、12だな」
私はエルドの計算結果を肯定し、最終的な答えを出す。
「――座標は、59・12・597」
会議室が静まった。
宰相が僅かに身じろぎし、息を呑む。
「……やはり頼って正解だった。そこに奴がいるのか?」
「はい。流石に地図を参照しなければ正確な場所の特定は難しいですが、そこにレイグレン本体が潜伏している可能性が高いです」
張り詰めた空気が、会議室全体に伝播する。
エルドが立ち上がった。
「ならばすぐに向かう。これ以上は各国がもたない」
トゥリオが静かに言う。
「……罠の可能性は捨てられないが?」
ヴァルクが腕を組み、眉根を寄せる。
「可能性は高い。だが罠でも罠でなくとも、結局ここに向かうしかない。
本体を放置したまま分身だけで片が付く相手ではない」
氷雨が少し怪訝な顔で言葉を落とす。
「レイグレン本人が僕らにだけ分かる式を使ってきた時点で、もう誘導してるね。どうしてもここに来て欲しいって意図を感じるよ」
(工房最奥での質問どころか、道中や階層主との戦闘すら、当然本体には筒抜けと考えるべき……態々誘い込むということは、確実に対処出来るという自信の表れ?)
思考の海に沈みかけたその瞬間、会議室の扉が激しく叩かれた。
「報告!!」
伝令が駆け込み、膝をつく。
「各国にてレイグレンの分身が多数出現!
魔物の群れを率い、街道・城塞・主要都市を同時攻撃中!
現地からは『地獄が上塗りされたような状況』との報告です!」
会議室の温度が一気に下がった。
瘴気。分身。魔物の大群。
各国の都市が次々に呑まれていく光景が脳裏に浮かぶ。
(……まずい)
悪化し続けていた状況が、さらに底を抜いた。
そこへ――
重い衣擦れの音が近づき、王が自ら会議室へ姿を現した。
私たちはすぐに膝をつく。
王は厳かに言葉を紡いだ。
「光焼く翼。そなたらが座標を割り出したと聞いた。
ならば、今こそ動くしかあるまい」
視線は揺らぎなく、強い意志を宿している。
「世界を覆うこの異常は、レイグレン本体を討たぬ限りきっと止まらぬ。国境も外交も、いまは意味を持たぬ。これは――世界の危機だ」
そして私たちに向けて、はっきりと言った。
「王命を下す。
特定した座標の地へ向かい、工房の主アラブラハム・レイグレンを討伐せよ」
……王の命が下った以上、あとは動くだけだ。
エルドが深く頭を下げる。
「謹んで拝命いたします」
誰も口を挟まない。
もはや猶予と呼べる時間は、どこにも残っていなかった。
世界同時襲撃が動きだし、針は確実に最期の刻へと傾いていく。




