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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第六章 表で輝く紫華・裏で淀む世界

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第59話 ――闇に堕とす金光――

 夜の空気は静かだった。

 

 サンライズ王国では瘴気が薄まり、街のざわめきすら軽くなった気がする。そんな夜に、カイルはひとり自室で剣の手入れをしていた。窓際の机に置いた刃は、月明かりを反射して淡く光る。研いでは拭き、また研ぐ。刃の角度をわずかに変えながら、磨く動作を繰り返す。


 金位探索者としての生活は悪くない。決まった隊には属さず、要請があれば前線に入り、時には他国からの依頼で辺境まで出向く。固定されないという生き方は性に合っていた。


 王都で活動する際は、訓練場でよく声がかかる。

 剣の手合わせだ。

 その相手のひとりに、ラナがいる。


 月に一度。

 互いの成長を確かめるように、短い時間だけ木剣を交える。


 技量だけなら、互角。

 膂力が上な分、総合力では自分のほうが僅かに上。


 手にしているのは、金位昇格前に手に入れた聖遺物【蒼閃シエルグロウ】。軽量で振り抜きが鋭く、斬撃の瞬間だけ強力な魔力刃を纏い、それを飛ばす事もできる優秀な剣。周囲からの評価も高く、金位帯でも十分以上の性能。


 ……ただし、神器には及ばない。


 向き合うたび、ラナの【神剣ラグナ】が放つ異質な光を思い知らされる。剣が意志のようなものを宿している。力を解放することであらゆる事象を引き裂くあの神器の前では、優秀な聖遺物ですら霞んでしまうことも、また事実だ。


「斬撃が飛ばせる分、立ち回り次第では勝てるんだけどなあ」


 勿論ラナとの手合わせで使ったことは無い。互いに大怪我では済まないだろうし、やるにしても治癒耐性が万全な《剣神祭》だろう。あそこでは互いの同意があれば普段の装備で戦っても許されるのだ。……既に選定儀としての機能は失ってしまったが、最強の剣士を決めるという祭りの醍醐味までは失っていない。


(あと半年くらいか……俺は、お前を超えるぜラナ)


 月明かりを吸った刃をそっと鞘へ戻し、

 カイルは深く息を吐いた。


(……なら今のうちに、もっと詰めねえとな)


 そう思った瞬間、胸の奥が僅かににざらついた。


 喜びでも悔しさでもない。

 ただ、何かを──どこかに置いてきたような感覚。


(……ん?)


 考えようとすると霧みたいに散っていく。

 焦点が合わない。

 思い出そうとしている「何か」が、そもそも名前すら持っていない。


(最近……こんな感じ、多いな)


 困るほどではない。生活に支障もない。ただ、穴がある。


 誰かと話した記憶の途中だけ、やけに薄い。

 剣を握った日が一日分抜け落ちているような、そんな奇妙な感触。


(疲れてんのか? ……いや、でも)


 そこまで考えた、その時だった。


 室内の空気が、ぱきりと、見えない線で割れた。





『……やあ。久しいですねえ、カイル君』


 背後。

 灰髪の男がそこに立っていた。


 カイルは反射的に剣へ手を伸ばす──が、


『おっとお?』


 指を弾くような軽い音。

 その一瞬で、腕が硬直した。


 肩も、指も、呼吸すら、動かない。


「……は?」


 声だけが震えた。


『そんな怖い顔をしないでくださいよ。

 約束したでしょう? 思い出すまでは触れませんって』


 男の声は嗤っていた。

 ねちつくように甘く、冷たく。


(こいつ……たしか……)


 そう思った瞬間、頭の奥に痺れが走った。


『さあ、戻しましょうか。

 君が()()()()()()ものを』


 軽やかな指の動き。

 そのたびに、カイルの意識に亀裂が走る。


 痛みではない。

 ()()されていく感覚。


(……こ……これは……)


 記憶が流れ込む。


 ──夜の路地。

 ──男の影。

 ──問いかける声。


『力が欲しいですかあ?』


 ──心の奥に沈んでいた願望。

 ──同意した自分。


(……協力……? 俺が……?)


 動かない体の中で、呼吸だけが荒れていく。


『ええ、ええ。君はちゃんと言ったんですよ。

 ラナより強くなりたいってねえ?

 彼女が届かない場所に立ちたい、と』


 耳元で囁くような声が落ちる。


『だから封じたんです。君の希望でねえ?

 ……覚えていたら苦しかったでしょう?』


 乾いた嗤いが部屋に落ちた。



『では。約束の品を』


 男が手をかざした。


 次の瞬間、空間に()が走り金光が漏れる。


 それは光ではなく、理の層が捩じれたような揺らぎ。

 罅の中から、一本の剣が姿を現す。


 【神魔剣オルフェノス】


 握られる前から、部屋の空気が震えた。


『君のために用意しました。

 本物の神器に引けは取りませんよ?

 核層に触れられるよう、丁寧に設計してありますからねえ』


 金光が刃の表面で脈を打つ。光は暖かくない。むしろ、見ているだけで焼けるような感覚を与える。

 それはまるで、太陽を閉じ込めたような輝きだった。


(……これが……俺の……?)


 男は嗤った。


『受け取りなさい、カイル君。

 君が望んだ道ですよ』


 硬直がふっと解ける。


 カイルの右手が、吸い寄せられるように剣へ伸びた。


 指が柄に触れた瞬間──灼光が爆ぜる。


 金色の閃光が部屋を埋め尽くし、床の影が弾け飛ぶ。壁が揺れる。

 空気が灼かれたように震えた。


「……っ……!」


 声にならない感嘆が全身を襲い、剣から目が離せない。

 手から伝わる力が、脈動のように自身の心臓と同期していく。


(これなら……これなら……)


 胸の奥に渦巻く願望が、ゆっくりと形を持った。


 男が顔を近づける。


『君は──ラナを超えるんでしょう?』


 抑揚たっぷりの声が、耳を刺した。


 それに対し、カイルは、笑った。


「……ああ。超える。絶対に、だ」


『良い。実に良い。

 では──準備に入りましょうかあ』


 金光がふっと静まり、空気が元に戻る。

 男の姿は、いつの間にか消えていた。


 残されたのは、

 灼光を孕んだ剣と、静かに立ち尽くすカイルだけ。


 彼のその目は、もう以前の色ではなかった。

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