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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第六章 表で輝く紫華・裏で淀む世界

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第58話 ――静かすぎる国――

第53話で告知してましたが、明日13日に9話連続投稿。14日はお休み。

そして15日に最後の8話を連続投稿して一気に完結となります。

終章は前後編構成なので是非まとめて読んで頂きたいですね。※詳細は活動報告参照

 朝の空気が、妙に軽かった。


 階段を降りながら外気に触れた瞬間、胸の奥で違和感が跳ねる。

 魔力の底圧が、いつもより薄い。呼吸がやけに通る。


(……軽すぎる)


 嫌な感じではない。でも、自然ではない。


 外へ出ると、街の空気まで澄んでいた。

 瘴気の濁りが消えたみたいに、視界が遠くまで通る。


「ダンジョン、弱くなってるらしいぜ」

「近郊の魔物、全然出なくなったってさ」

「平和だなぁ。いい傾向じゃねえか」

「嫌な噂があった商会も消えたし最高だな!」


 そんな声があちこちから聞こえる。


 私は耳を傾けるだけにして、通りを抜けた。

 背嚢を背負ったまま、いつも通りに魔力の巡りを確かめる。


(……伸ばしやすい。けど、これは良い伸びじゃない)


 底が削られて軽くなっている。

 そんな印象に近かった。



 国の観測室を訪れると、研究員たちが小声で言い争っていた。


「だから数値が薄すぎるんだって。これ、半分以下だぞ?」

「いや、濃い場所もあるんだよ。他国側で急激に跳ねてる」

「薄いのに濃いって、どういう……」

「説明できない。こっちは落ち着きすぎてるくらいだし」


 思わず足を止めた。


「……薄いのは確かなんですね?」


 声をかけると、観測室の主任が振り返った。

 この人とは探索者になる前からの顔なじみだ。


「クーデリア君。君の感覚でもそうと?」


「ええ。底圧がどうにも軽くて……削られてるみたいで」


「削られてる、か……それが一番近いかもしれん」


 主任は眉をひそめ、机上の魔導計測器を示す。


「王国周辺の瘴気量が、目に見えて減っている。

 だが、他国周辺だけ妙に濃度が上がっている。

 局所的にだが、振り切れるほどの異常値だ」


(まるで瘴気の再分配…)


 どうやって、と考えた瞬間、背嚢がかすかに震えた。

 触れていないのに、呼吸みたいな弱い鼓動を返してくる。


(誰かが……吸ってる?)


 考えが言葉になる前に、室内の空気が揺れた。


「光焼く翼の皆さんが来てるぞー!」

 外からそんな声が聞こえ、私は観測室を出た。



「クー子、こっちだ」


 エルドが地図を広げ、周囲には皆が集まっていた。


「報告を聞いた。近郊のダンジョンは軒並み弱体化している」

「平和になってるだけなんじゃ?」とラナが首をひねる。

「いや……妙に軽いんだよね。世界そのものが」と氷雨。

「圧が偏っている。普通の薄まり方ではない」とヴァルク。


 全員の違和感が同じ方向を向いていた。


「他国は凄いことになってるらしいの」

 リディアが腕を組みながらやれやれと続ける。

「ダンジョン外の魔物が増加しておるようじゃ。

 瘴気が濃くなり過ぎて、街道が封鎖された……とも聞いた」


「薄いのは王国だけ、ですか?」


 エルドが首肯する。


「報告では、ほぼそうだ。

 ……王国を中心に、世界の瘴気が引いているようにも見える」


(引いている……やっぱり)


 誰かが世界の瘴気を集め、そして再分配している。

 そういう波形だ。理由は何ひとつ分かっていないのに、

 背に密着する背嚢の反応がそれを肯定してくる。


 胸の奥がざわついた。


「他国の暴走が続けば、王国にも影響が来るでしょう」とオーリス。

「ですが今のところ、ここは――静かすぎるほど静かです」


「静かすぎる、ねえ……」

「なんか、嫌な予感しかしないよ」


 合わせてラナが息を吐いたところで、エルドは地図を閉じた。


「今は情報が足りない。だが、これは自然ではない。

 それだけは確かだ。各自、行動には注意してくれ」


(薄くて、軽くて、呼吸が合わない。

 ……世界がどこかへ寄っていってるみたい)


 人々は安堵し、街は静まり返っている。


 その静けさだけが、逆に怖かった。



◇◆◆


『……ふふ。驚くほど素直に集まってくれますねえ』


 どこか遠くで、嗤うような声がした。


『押して、引いて……世界の底を撫でてやれば、

 瘴気なんてあっという間に静脈みたいに動くのですよ』


 楽しげな声色で、しかし妙に冷たい。


『本来なら数十年はかかる作業なんですが、

 いやあ……手を加えると早い早い。

 機構が整っていく音が聞こえるほどです』


 空か、地か、どこからともなく響く。


『さて……そろそろ本番が近い。

 抑えておきたい場所もありますしねえ』


 空気に触れるような軽さで、しかし言葉は重かった。


『ああ、いけない。彼にも声を掛けておかないと。

 準備は整った、と……伝えてやらねば』


 ふっと、声が遠のく。


『さあ――踊ってもらいましょうか』


 世界の底が、僅かに息を吐いたように揺れた気がした。


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