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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第六章 表で輝く紫華・裏で淀む世界

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第57話 ――いつもの日常と知らない影――

 あれからまた十日程が過ぎた。


 理素結晶持ち出しまわりの調整はひとまず落ち着き、研究棟でのやりとりも減った。久しぶりに、自分の魔力と身体だけに向き合う時間が取れた気がする。


 いつものように体捌きの稽古を一通り終え、呼吸を整える。

 足裏で床の感触を確かめながら、簡単な付与の反復にも手を伸ばしたところで――外から、妙に落ち着かないざわめきが聞こえてきた。


(……随分、騒がしい)


 窓を開けると、通りに人が溢れていた。

 近くの角で、新聞売りが声を張り上げている。

 ただの事件ではない、もっと大きな何かが起きたときの空気だ。


 階段を降り、外へ出る。

 号外を受け取る手が、自然と丁寧になる。


『大商会複数、幹部拘束』

『闇取引と非人道的行為の疑い』

『工房・倉庫を一斉捜査 王国治安部隊が主導』

『闇オークション拠点、壊滅』


 紙面の一番上には、そう並んでいた。


 目を滑らせる。

 記載されている商会の名は、どれも聞いたことがあるところばかりだ。

 規模の大きさに見合うように、前から暗い噂の絶えなかった連中でもある。


(……それでも一斉摘発って凄いな)


「ずいぶん派手ですね」


 隣で号外を覗き込んでいた露店の主に声を掛ける。


「派手どころじゃないさ。王国がここまで大きく動いたなんて話、そうそう聞かないよ。倉庫も工房も夜のうちに押さえられて、関係者がずらっと連れていかれたらしい」


「夜のうちに、ですか」


「おかげで、こっちは朝からこの騒ぎさ。

 ……まぁ、やると決めたら早いもんだね」


 露店の主は感心したように肩をすくめる。

 その後ろを、治安部隊の一団が通り過ぎていった。


 鎧のきしむ音も、靴音も揃っている。現場から戻ってきたのか、それともまだ残り火を踏みに行く途中なのか。装備に付いたわずかな汚れが、彼らがただの見回りではなかったことを物語っていた。


(……エルドにも、何か話が来ていてもおかしくないんだけど)


 ふとそんなことを考えて、すぐに打ち消す。この数日、私への呼び出しはひとつもなかった。理素結晶の件で研究棟と往復する以外は、殆ど自分の時間だ。ただ、一つだけ心当たりがあった。


 数日前、街中ですれ違ったエルドの顔を思い出す。血の気が引いたようでもあり、どこか焦りを押し殺したようでもあった。声を掛ける間もなく通り過ぎていった背中が、妙に印象に残っている。


(……あれも、この一連の話に絡んでいたんだろうか)


 そう考えてみても、答えが出るはずもない。

 何も告げられていない以上、私が首を突っ込む話ではない。


 号外を折り畳み、袋に仕舞う。


(火のないところに煙は立たない、か……人の噂も、案外ばかにはならない)


 他人事のような感想だ、と自分でも思う。

 けれど実際、今のところは他人事だ。


 王国が大きく動いた朝、私はただ、いつも通りに日課を続ける。

 決められた仕事が降ってこないのなら、私のやるべきことは変わらない。


 軽く肩を回して、踵を返した。

 街のざわめきは背中の向こう側へ流れていく。

 部屋へ戻れば、待っているのは魔力と身体の調整だ。


(……エルド、今頃どこで何をしているんだろう)


 そう思いながらも、足は自宅へ向き直るだけ。

 答えを確かめに行くこともなく、私は再び、自分の訓練の場へ戻っていった。



 その頃――王城の一角では、まったく別の会話が交わされていた。


 簡素な会議室。


 机の上には、封印印の押された書類が幾つも積まれている。そこに治安部隊の隊長と副官、それにエルドとヴァルク、トゥリオが向かい合っていた。


「……以上で、主要拠点の捜査は完了しました」


 報告する治安部隊長の声は平坦ではある。しかしその口調の裏に、現場を見てきた者だけが持つやり切れなさが滲んでいた。


「工房二か所、倉庫三か所、地下会場一か所。

 いずれも押収済みです。問題の造形物および関連設備は、すべて封鎖しました」


「外観データは」


 エルドの問いに、隊長は迷いなく答えた。


「複製を含めて削除済みです。

 残す必要のある記録については、文面のみに変換して保管します。

 原データの再利用は不可能です」


 ヴァルクが静かに頷く。


「こちらでも確認しました。呪具的な処理は既に施しましたので、仮に残滓があったとしても、実用には届きません」


 トゥリオの視線が一度だけ机の上をかすめる。

 そこには、押収品目の一覧が挟まっていた。


 等身大造形物。

 表皮素材。

 外装用髪繊維。

 異様に細かい寸法データの断片。


 文字だけでも、どのような品だったのかは想像がつく。


 隊長が言葉を継いだ。


「完成品と試作品については、証拠保全が終わり次第、こちらで処理します。

 どのような用途であれ、これ以上、形を残す価値のあるものではありません」


 ()()という言い回しの中身を、誰も口に出そうとはしない。

 だが、全員が理解していた。


 エルドはしばし黙し、その後で短く告げる。


「……頼みます」


 それきり、余計な言葉は挟まない。

 隊長は深く頷き、次の書類を開いた。


「関係者についてですが、表向きは商会不正と闇取引の摘発として処理します。今回の件の性質上、どの外観が利用されたかという部分は公表されません。王家からも、その方針で承認が下りています」


「それでいい」


 エルドの声音には、感情らしい起伏はほとんどない。

 それでも、同席している者には分かった。


 怒鳴り散らすよりよほど冷たく、重い怒りがその奥に沈んでいることが。


 ヴァルクが、エルドに確認を入れる。


「光焼く翼側への説明は、どうする」


 それはつまり――この場に居ない女性陣に、どこまで伝えるか、という話だ。


 エルドは間を置かずに答えた。


「伝えません。

 知る必要はない」


 言い切る声に、ためらいはなかった。


「外観が()()()()()()()()()()()

 それだけで十分に不愉快な話です。

 まして、その具体的な形まで知る必要はない。

 汚れを見たところで、得るものはありません」


 トゥリオが目を閉じる。

 反対する理由はどこにもなかった。


 隊長もまた、小さく息を吐いて頷く。


「承知しました。

 本件の詳細は、王国治安部隊とごく一部の関係者のみに留めます。

 表向きには、あくまで闇市場と結託した商会の不正として処理します」


「お願いします」


 エルドはそれ以上、何も求めなかった。


 会議が終わり、人が引く。

 残った書類の束だけが積まれている。


 部屋を出たところで、ヴァルクが一言だけ問いを投げた。


「……本当に、何も話さなくていいのか?」


「いい」


 エルドは短く答える。


「今回の件で傷を負うべきは、仕掛けた側と見逃していた側だけだ。

 利用されたかもしれない者たちに、その汚れを背負わせる理由はない」


 個人名は出さない。

 出さなくても、誰のことを言っているかは分かっていた。


 廊下の窓から、朝の光が差し込んでいる。

 遠くのほうで、まだ号外を配る声が聞こえた。


「……行こう」


 ヴァルクの言葉に、トゥリオが頷く。

 三人はそれぞれの持ち場へ歩き出した。



 ――事の発端は、ヴァルクが闇市場の定期調査で拾った噂だった。


 精密すぎる女性体モデルがごく一部に流れている――その寸法と特徴を突き合わせ、光焼く翼の女性陣の外観が参照されていると分かった時点で、彼はすぐにエルドへ報告した。


 エルドは短期間で証拠を揃え、治安部隊と王城側の協力を取りつけるべく官僚ルートを押さえ込み、一気に王の承認まで引き上げて一斉摘発の体制を整えた。


 その間、トゥリオは工房や倉庫の構造と警備を把握し、踏み込みの安全確保と押収品搬出の導線を固めていった。


 そうして下準備がすべて揃ったところで、摘発は一気に執行された――つまり、クーデリアが号外で見た頃には、もう全てが終わっていたのだ。



 その頃、修練場の一室では。

 クーデリアがいつものように杖を構え、黙々と付与の練習を続けている。


 ここ数日の裏で何が起きていたのかを、彼女が知ることはない。

 その実りある人生を全うする、その日まで。


結果的に王国の暗部が清浄化しました。

重いので次話外伝で色々と中和させます。

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