第54話 ――揺らぎの呼吸と整える手――
※明日以降の第六章の11:20更新分は所要により20:50に変更となります。
(……ようやく終わった、と思いたいけど)
そう考えた矢先だった。仲間との雑談が思ったよりも長引き、政庁の扉を出て数歩も進まないうちに、向こうからこちらへ急ぎ足の影が一つ。
「『光焼く翼』の皆さん!」
呼び止めたのは、理素結晶研究班の担当者だった。
「すみません、今よろしいでしょうか。至急、確認していただきたい計測結果が出まして……」
エルドがわずかに眉を寄せる。
「理素結晶の件か?」
「はい。先ほど政庁内での共有内容を受け、世界の三層構造のモデルを前提に再解析したのですが……どうにも説明のつかない揺らぎが観測されまして。可能であれば、皆さんの意見を伺いたいと」
(……休む暇は、無いみたいね)
エルドが私たちの顔を順に見て、小さく頷いた。
「分かった。今から向かう。案内を」
「こちらです!」
私たちは宿とは逆方向――政庁併設の研究棟へ向かって歩き出した。
◇
研究棟の中央室には、理素結晶がひとつ、魔導灯の光の中で静かに置かれていた。
表面は小さく脈動し、
内部の三層――外殻、循環層、中心の空隙――が、
小さく呼吸のような動きを見せている。
主任がこちらに向き直る。
「先にお伝えした通り、計測値に呼吸周期の変調が見られまして。
政庁で皆さんが説明された内容――世界構造の三層モデルを前提にすると、
理層との相関を疑わざるを得ない揺らぎです」
静かな室内に、結晶の呼吸だけが響いているようだった。
(呼吸……いや、脈動……?
どちらにしろ、ただの魔力の波とは違う)
じっと見つめていると、胸の奥にざわりと熱が走る。
(分かる……気がする)
何に反応しているのか
どこへ通じているのか
何を示しているのか――
ぼんやりした輪郭が、かすかに形を持ち始めていた。
主任が再びこちらを向く。
「光焼く翼の皆さん。
あなた方は、分身の説明を直接聞いている。
この変調が偶然なのか、それとも構造上の必然なのか……
なにか心当たりは?」
エルドが私の方へ視線を向けた。
(……そうよね。私が一番、気になってる)
深く息を吸い、吐く。
「主任さん……ひとつ、お願いがあります」
私の声に、研究班の手が止まった。
「この理素結晶を――私に使わせていただけませんか?」
主任が瞬時に表情を固める。
「……理由を、伺っても?」
私は杖を握り、結晶を指す。
「理素結晶の呼吸…これはただの呼吸じゃありません。周期が一定で、揺らぎが整っている。何か道のようなものが、内部で開閉しているように見えるんです」
主任の目が細められる。
「道……?」
「私の付与は、力を押しつける術ではありません。
魔力が通れる状態に手入れするもの。
炎を出すのではなく、炎が通る形に整える。
雷を流すのではなく、雷が通れるようにする。
それが付与の本質です」
言葉にして、ようやく自分でも気づく。
(私、ずっと……理を整えることしかしてこなかった)
だからこそ――この呼吸が気になってたのだ。
「もし、この内部の揺らぎが通り道のようなものなら……
私はそこに触れられるかもしれません。
整えるだけ。押し広げたり壊したりはしません」
主任が息を呑んだ。
エルドが問いかける。
「危険性は?」
「最小限に抑えます。
結晶全体ではなく、接続部だけ。
負荷はかけません」
沈黙が落ちる。
やがて、主任がゆっくりと口を開いた。
「……条件付きなら、試験を許可できます。
結界と遮断系を二重に敷き、研究班が監視する前提で」
エルドが頷く。
「段取りはこちらで組む。何か必要なものがあれば、政庁の損耗品庫から借りれば……」
「いいえ、不要です。私の【連環の匣】を使います」
胸の奥が熱くなる。
(ようやく、触れられる)
結晶の奥にある呼吸へ。
そして、その呼吸と同じ理に基づいた古い機能たちへ。
「今からですと……いえ、少々時間をください。
外ならぬ『光焼く翼』のお願いです。早急に準備を進めます」
「……ありがとうございます。
必ず、正しく扱います」
結晶が、ほんの一瞬だけ脈を早めた。
気のせいかもしれない。
けれど、そうではない気もした。
(次に進む。
世界の奥にある理に、もう一段触れるために)
私は皆をその場に残し、急いで自宅の【連環の匣】を取りに戻った。




