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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第六章 表で輝く紫華・裏で淀む世界

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第53話 ――共有と沈黙――

終章は以下の二部制で一挙投稿します。当作品の結末をどうかご一緒に。

・12/13の7:10-21:00にかけて前半

・12/15の7:10-21:00にかけて後半

正直何度読み返しても自信を持って提供できる仕上がりです。

 数日後、私たちは王都政庁の会議室にいた。


 長い机を挟んで、向かい側には政庁の上層部が並んでいる。

 いつもの管理官だけでなく、封鎖局や魔導研究局の責任者らしき顔ぶれもいた。


(……顔ぶれが本気ね。

 工房の消滅の件を「ただのダンジョン事故」で済ませる気はない)


 エルドが立ち上がり、簡潔に前置きをする。


「では、報告を始めます。

 まず、工房ダンジョンの攻略と消滅についてです。」


 月影国での報告と違い、今回は最初から「深いところまで話す」前提だ。現地の仮設観測所とは違う。ここにいるのは、国の進路を決める側の人間たちだ。


 私は胸の奥の弱気を押さえつけながら、拳を握り直した。



 エルドが概況を終え、視線でこちらに合図を送ってくる。


「内部構造と、世界構造に関する仮説については、クーデリアから説明します」


「承知しました」


 最下層で分身の話を聞いたのは全員同じだ。けれど、ダンジョンや世界の構造に踏み込む部分については私がまとめた方が早い。だからエルドは、この部分を私に任せたのだ。


 私は席を立ち、簡略化した図を配布する。

 レイグレンの分身が見せたモデルを、こちら側で再整理したものだ。


「まず最初に、前提からお話しします。今回の報告のうち、後半は『一人の呪具師が提示した理論』に基づく仮説です。事実として確認できた部分と、仮説として扱う部分は分けてお聞きください」


 魔導研究局長が頷く。


「そこは区別して聞こう。続けてくれ」


「ありがとうございます」


 私は深呼吸し、図の一番外側を指でなぞった。


「今回の分身の説明を要約すると――

 世界は大きく三つの層から成り立っている、というものでした」


「三つの層?」


 封鎖局の一人が小さく反応する。


「はい。 まず、星が星であるための中心となる『核層』。次に、魔力と理の流れが集まる『理層』。そしてそれらを外側で包み、負圧と外界を隔てている境界面としての『表層』です」


「負圧そのものは、そのさらに外側にある層で……私たちが瘴気と呼んでいるものは、そこから内側へ漏れ込んだものだと説明されました」


 私は簡潔に言葉を選ぶ。


「負圧の層とは、瘴気の原料となる領域です。本来は星の外側にあり、理の層とは隔てられているはずのものだと、分身は説明しました」


「……つまり、瘴気は外側からの混入物だというです」


 オーリスが静かに補足する。

 上座の一人が眉をひそめた。


「今までは、瘴気そのものが『内側にある厄介な物質』と理解されていたが……」


 ヴァルクが口を挟んで説明を引き継ぐ。


「瘴気が濃くなるほど、理の層の歪みが強まる。その歪みが凝縮し、破裂した結果として現れるのが――我々がダンジョンと呼んでいる現象だ、というのがレイグレンのモデルです」


「もちろん、これらをそのまま世界の真実と決めつけるつもりはありません。

 ただ――工房内での観測値や、これまでのダンジョンとの比較から、一定の説得力があることは否定できません」


 魔導研究局長が、資料に目を落としたまま呟く。


「理層と外側の負圧層か……。

 瘴気対策の観点からも、無視できない仮説だな」



「次に、工房ダンジョンそのものについてです」


 私は視線を上げる。


「工房がダンジョン化した経緯について、分身から得られた情報は限定的でした。ただ、内側の構造を見る限り、自然発生ではなく――強く人為の影響を受けた『実験場』だったと考えられます」


 管理官が小さく息を呑む。


「実験場……」


「はい。レイグレンは工房の術式と、外から流入した瘴気、それから理の層の歪みを組み合わせて、自身の理論を証明する場としていたようです」


 私は続ける。


「ただし――ここからが重要なのですが。

 分身は『自分が知っている範囲』を、はっきり区切っていました」


 魔導研究局長が顔を上げる。


「区切っていた?」


「はい。今回接触した分身は『工房がダンジョン化した時点まで』の情報しか持っていませんでした」


 私はあの場でのやり取りを思い返しながら、言葉を選ぶ。


「彼自身の表現をこちらで解釈するならば――分身は、生成された瞬間の情報を固定されたまま持つ器です。生成以降に起きた出来事や、本体の行動は、別の分身が見ていた領域になる、と」


「……つまり、分身一体につき、担当している時間と視界が違うということか」


 魔導研究局長が理解を示す。


「はい。今回の分身は、工房ダンジョン化の前後までは説明できましたが、その後の海上都市の件などについては『知らない』と明言しました」


 私は机上の資料に、線を引く。


「この仕様は、今後の対応方針に直結します。分身から得られる情報は、あくまで『その分身が生成された時点まで』に限定される。本体の現在の意図や位置、最新の行動までは、そこから直接は追えません」


 封鎖局の責任者が、苦々しげに息を吐いた。


「……厄介だな。こちらが質問すればするほど、むしろ見せたい部分だけを切り取った記録を渡される可能性があるわけだ」


「その通りです。レイグレンは、情報の渡し方を選んでいます。分身は、私達にとっての窓であると同時に、向こうにとっての窓でもあります。どういう景色を見せるかは、本体の側が決めている」


「だからこそ、今回の仕様の確認は重要でした」


 私は言葉を継いだ。


「少なくとも――

 この分身が知らないことは、工房ダンジョン化以降に起きた出来事であるという線引きはできます」



「では、本体の目的については?」


 沈黙を破ったのは、政庁側の一人だった。


「以前の報告では、レイグレンは『世界に対する何らかの大規模な介入』を構想している可能性がある、と聞いている。今回、その点は明らかになったのか」


 視線が、自然とこちらへ集まる。

 私は小さく息を整えた。


(……ここを、どう伝えるか)


 レイグレンが口にした言葉を、そのまま並べるのは簡単だ。

 けれど、それを無造作に共有した瞬間、場は混乱に傾く。


 私は敢えて、ほんの少しだけ間を置いてから口を開いた。


「本体の目的について、分身はこう表現しました」


 区切りながら、慎重に言葉を選ぶ。


「『この世界の在り方を、本来あるべき形に近づけるため』と」


 政庁側の一人が眉をひそめる。


「……それは、どういう意味で?」


「そこが、今回の一番の問題点です」


 私は正直に言った。


「分身は、より直接的な表現も使っていましたが――それをそのまま採用するには、こちらの理解が足りません。少なくとも今の段階では、『世界の安定性を回復させるための介入を志向している』程度に留めておくべきだと考えています」


 オーリスがその後を続ける。


「レイグレン本人は、自身の行為を『世界を正しくするための行動』だと認識している節があります。ただし、それが我々にとっても安全な手段であるとは限らない。そこは、慎重に切り分ける必要があります」


 封鎖局の責任者が低く唸る。


「世界の在り方に手を出す……か。

 それだけ聞けば、敵にも味方にもなり得る類の存在だな」


「はい」


 ここで私から回答を引き継いだエルドが静かに頷く。


「味方と見なすには危険すぎる。しかし、単に排除すれば良いとも言い切れない。少なくとも、彼が提示した世界構造の仮説と、実際に起きている現象の整合性を精査するまでは」


 管理官が、そこで口を開いた。


「……現地の仮設観測所には、どこまで伝えている?」


「工房ダンジョンが消滅し、外への被害が最小限であること。

 内部構造が異常なダンジョンだったこと。

 レイグレンの術式が残っていた可能性が高いこと」


 エルドが答える。


「ただし、世界構造の仮説や、本体の目的に関する詳細は伝えていません。

 あの場では、混乱と過剰反応の方が危険だと判断しました」


 私は補足する。


「現場には『異常構造の自然消滅』という表現で収めています。これは事実に反してはいません。ただ、今日お渡ししている資料には、分身の説明と私達の解析を全て添付しています」


 政庁側の視線が一斉に資料へ落ちる。



 ひと通りの説明を終えたところで、部屋の空気がようやく少し緩んだ。


 魔導研究局長が静かに口を開く。


「……ありがとう。

 君たちが、現地とここで情報の深度を分けた理由は理解した」


 管理官も深く頷いた。


「工房に関する真相と、世界構造の仮説については、政庁内でもごく一部に留める。理素結晶の研究班とも慎重に共有する方針で進めよう」


「お願いします」


 オーリスが頭を下げる。


「理素結晶に関しては、今回の情報で新たな仮説が立てられます。ただし、誤った方向に使えば取り返しがつきません」


 エルドが最後に言った。


「我々『光焼く翼』としては――今回の報告をもって、一旦工房案件の現場任務を完了としたい。ただし、レイグレンに関する追跡と、世界構造の検証については、今後も協力を惜しみません」


 管理官が小さく笑みを浮かべる。


「そのつもりで頼む。

 君たち以上に、この件を扱える部隊は他にいない」



 会議室を出た途端、ラナが大きく息を吐いた。


「はー……もう一回ダンジョン潜るより疲れた」


「儂はどれだけ喋っても酒が出てこんのが不満じゃ」


「リディア、仕事中だ」


 トゥリオの声音に、リディアがむすっとする。


「終わったのだから、そろそろ良かろうに」


 私は少し笑ってから、政庁の廊下の窓の外を見た。

 王都の空は穏やかで、さっきまで話していた「層」や「負圧」の気配など、どこにも見えない。


(……それでも、確かにある。

 見えないだけで、確かにある)


 隣で、氷雨が静かに呟いた。


「これで少なくとも、何も知らないまま、という状態からは抜け出せた、かな」


「ええ。あとは――どう扱うか、ね」


 ヴァルクが前を向いたまま言う。


「知ってしまった以上、見なかったふりはできない。

 だが、それをどう運用するかは、俺たちだけで決める話ではない」


「だから、今日みたいな場が必要だったのでしょうね」


 オーリスの言葉に、私は頷いた。


(レイグレンが見ている世界の輪郭。

 それを、私たちはようやく共有し始めたところだ)


 遠くで政庁の鐘が鳴る。

 日常の合図と、非常時の合図。

 そのどちらでもない、いつもの音。


「さ、宿に戻りましょうか。

 まだ整理しないといけないこと、山ほどあるよ」


「はーい。

 じゃあまずはクー子のまとめ講義からで」


「その前に夕飯と酒じゃ」


「リディア、順番」


 いつものやり取りに、少しだけ肩の力が抜ける。


 世界の構造も、理の層も、負圧も。

 全部ひっくるめて――今日も、私たちは地上を歩いている。

※第六章は7:30,11:20投稿としてましたが所要により7:30,20:10となります。

すみません。

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