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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第五章 月影国で探る真相

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外伝 黎明の翼 ―ヴァルク―

 瘴気は、静かに寄ってくる。

 不定形である癖に、体温のような確かさで触れてくるから厄介だ。


 この日も、ただ仕事をしていただけだった。


 崩れた遺構の奥、黒い霧が滞る小部屋。

 倒れた探索者の呼吸は浅く、治癒術は霧に弾かれて届かない。


(……嫌な質の霧だ)


 腰袋から呪釘を一本抜き、床へそっと置く。

 金属の触れた音が消えるより早く、霧の流れが変わった。

 瘴気の輪郭がずれ、仲間の治癒魔法の光がようやく患部へ届く。


 ひとつ息を吐く。

 それだけで足りる仕事だった。



「随分と、静かなやり方だな」


 背後から声がした。

 振り向けば、濃紺の外套を揺らす弓使い。

 この遺構の調査を任されているという、エルド・フェルナーだった。


「治癒が通った瞬間、見てたぞ」

「瘴気を退けつつ固定する……そんなことができる呪具師は珍しい」


 褒めているというより、観察した事実を述べている声だった。


「派手さは要らない。

 隊が崩れた時に止め、封じ、退路を残せる者が欲しい」


 要件だけが、無駄なく落ちてくる。


「こんなところでスカウトか?

 いや……むしろそれが目的か」


この男は既に一つの隊を率いている。それが何故か今日だけは合同探索に単身参加――これだけ条件が揃えば馬鹿でも分かる。


 俺は少し考えた。ソロでも誰かとでも、大差はない。ただ、やるべき仕事があるならやる。その程度の判断で十分だ。


「ご推察の通りだ。考えてくれるだろうか」

「……それならやれる」


 答えると、エルドはわずかに頷き、表情を緩めた。


「では『光焼く翼』へ。最後の一枠だ」


(最後……な)


 特別な感慨は無かった。

 だが、悪い流れではないと直感した。



 合流は、あっさりしていた。この隊は、必要な役割が明確だったから。

前を削る者。道を開く者。覆い、癒やし、支え、守る者。


 そして――


「ヴァルク。瘴気濃度が上がる。オーリスとの位置合わせを頼む」

「了解。固定する」


 封じ、隔離し、座標を安定させる者。


 それが俺の仕事だった。


 呪具を展開しながら、ふと思う。

 ソロの頃より、やる量は増えたが――効率は悪くない。


 進めるだけじゃない。

 戻れる道を確保する隊は、確かに強い。


 エルドの狙いはそこだった。

 俺はただ、その穴を埋めるだけだ。


(それで十分だ)


 淡々と、呪具を刺し込む。

 瘴気が割れ、通路が開く。


 誰かが「助かる」と小声で言った。

 振り返らない。

 こういう仕事に、返事は必要ない。


 ――光焼く翼は、この瞬間に完成した。


 そう思ったのは、きっと俺だけではなかった。



 探索を終え、解散になったあと。

 街の端にある、薄暗い酒場へ足を運んだ。


 賑やかな場所ではない。

 人声よりも、氷のぶつかる音のほうがよく響くような、静かな店だ。


 煙の匂いと、少し焦げた木の香り。

 この落ち着きだけで十分だった。


(……今日の瘴気は妙に粘っていたな)


 呪具を片付けるときの指の重さが、まだ抜けていない。

 こういう日は、喉を冷やした方が良い。


 度数の高い酒をロックで一口。

 静かで悪くない時間――だったのだが。


「ん、お疲れさま……っと」


 隣の椅子が、音もなく引かれた。

 入ってきた時点で酒気が漂っていたが、座った瞬間に確信した。


 クーデリア・リーフィス。

 ……少し出来上がっている。


 頼む動作に無駄がないのはいつも通りだが、

 指先だけが、わずかに緩い。


「一人で飲む日?」


「……そうだが」


「そっか。じゃあ、ここは二軒目にしよ。静かでいいし」


 勝手に話が進んでいく。

 決定権はこちらに無いらしい。


 すぐ二杯目を頼んだところを見るに、

 最初の店はもっと賑やかだったのだろう。

 今日は珍しく、喉だけじゃなく気持ちも荒れているように見えた。


「一軒目がさ、ちょっと賑やかすぎてね。

 こういう飲み方も結構好きなんだよ、ほんとは」


「……落ち着く場所を選んだだけだ」


「そこにたまたまヴァルクがいたのが、まぁ……運が良かった」


「それは評価なのか?」


「評価。静かに飲む時の友達、ちゃんと選びたいって話」


 軽口を叩きながら、また一口。

 そのまま視線を伏せ、ぽつりと言う。


「ね、こういう静かに飲む時さ。

 適当に黙ってても邪魔じゃない人が一人いたら十分なんだよ。

 ……ヴァルク、そういうの向いてる」


「……そうか」


「そう。だから、飲み友達その一ね。静かなほうの」


 自分で言って自分で頷き、杯を軽く掲げる。

 決めるのが早い。


「……勝手にしろ」


「勝手にする」


 杯が触れ、柔らかな音が落ちた。


 静かに飲みたい夜だったはずなのに、

 不思議と、邪魔された感じはなかった。


(……悪くはない)


 その程度の感想で十分だった。

 粛々と過ぎていく夜の帳の中、二人分の杯だけが静かに減っていった。


これが後に第一話の無防備クー子に繋がります。もし仮にヴァルクが決壊したらもうあれですよあれ。


黎明の翼シリーズもこれで終わりです…八人全員揃いましたね。

自分で言うのもなんですが、よく完結まで執筆出来たなと思います。

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