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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第五章 月影国で探る真相

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第52話 ――地上の光と、報告の線引き――

第五章終わりです。黎明の翼シリーズを完結させて、第六章となります。 第六章は7:30と11:20の予約投稿(1日2話)で進めます。

 地上に戻った時、空はもう夕暮れに染まりかけていた。


 私達が地上に戻った直後、役目を終えたかのようにダンジョンは崩落して消滅。しかし崩れた衝撃は思ったより小さく、街全体に広がるような被害は見えない。ただ……遠巻きに、工房跡を囲む規制線と、慌ただしく動く職員たちの姿があった。


(……空気が重い。誰も、何が起きたか分かっていない)


 私たち十人は足を止め、軽く呼吸を整える。地上の風は冷たく、けれど工房の底で感じた重圧に比べれば、ずっと優しかった。


 背後で、ラナが肩を回す気配がする。


「……あー、生きて帰ると身体が一気に軽くなるね」


「儂は帰ってすぐ酒が欲しいがのう」


「その前に報告だ。皆、まだ気を抜くな」


 エルドの声が、全員を現実へ引き戻した。


 私も杖を握り直す。

 ここからは、戦闘より疲れる作業――報告と、取捨選択の時間だ。



 仮設の観測所に入ると、職員が何人も詰めていて、私たちを見るなり一斉に身を起こした。例のごとく、あの扉の先からは通信が途絶しており、彼らに情報は伝わっていない。


「お帰りなさい。……状況を、説明していただけますか?」


 エルドが静かに頷く。


「まずは工房ダンジョンの消滅を確認した。外への被害は最小限だ。

 ただし内側の構造は、通常のダンジョンとは根本的に異なっていた」


 そう言ってから、彼は一度こちらへ視線を向けた。


(……口外していい範囲を、今決める)


 暗黙の意思確認。


 私達は小さく頷き返す。


 全てを話すわけにはいかない。

 レイグレンが残した情報には、世界そのものに関わる内容が含まれている。

 今、正確に扱える人間は、この場にほとんどいない。


 そして何より――

 レイグレンの目的を、どこまで伝えるかが難しい。


(……分身を通した回答だけが事実。

 本体がどう動いているかは、まだ確定していない)


 あの場にいた私たちは全員、その危うさを理解していた。


 エルドは短く息を整え、報告を続ける。


「まず、階層構造は四層。最下層で制御権限を持つ《管理用分身》と接触した。

 分身は敵対意思を持たず、限定的に質問へ回答した。

 ……ただしこちらも全てを把握したわけではない」


 管理官が眉を寄せる。


「本体……つまり、レイグレン技師本人がどこに?」


「確認できていない。

 地上にも、工房内部にも、本体の気配はない。

 分身が把握していたのも工房がダンジョン化した時点までとのことだ」


「……つまり所在については進展なしと」


(この回答に嘘はない。分身の仕様が分かったのもロシャの質問のお陰だ)


 管理官の視線が、少し険しいものになる。


「では、ダンジョン化の原因は判明していますか?」


 エルドが軽く顎に手を当て、言葉を選ぶ。


「……内部の反応を見る限り、瘴気流入と魔力流の歪みが複合したと考えている。

 工房内部の回路が、何かの拍子で偏った状態のまま固定された可能性が高い」


「自然発生ではなく、人為的、ということですか?」


「断定はしない。

 ただ、工房にはレイグレンが残した術式が多く残存していた。

 それらがダンジョン化の引き金になった可能性はある」


(ここはぼかすのね……『揺らぎの観測と理の補正の実験の過程でダンジョンに変質した』なんて言われても、今でも理解が難しい)


 管理官がさらに踏み込む。


「レイグレン技師本人の意図があった、と?」


 エルドが静かに首を振る。


「意図の有無までは断定できない。今回のダンジョン化について本体が関与していたと結論づける材料は今のところない」


 別の職員が口を挟む。


「四層の最下層で接触した分身――

 その分身は、ダンジョン化の理由について何か言及しましたか?」


 エルドは少しだけ視線を下げ、慎重に答える。


「いや()()()()()()()()()

 ただ、内部構造の異常から推測するに意図せず歪んだ可能性もある。

 こちらとしても、軽率に断定はできない」


 ここで、月影国側の職員が一歩前へ出る。


「ロシャ様、ファルマ様。

 お二人から見て、内部構造に不自然な点は?」


 ロシャがすぐに答えた。


「圧力の偏り方が極端だったな。普通のダンジョンぽくも無い。

 俺はレイグレンが自分の意志で作ったものだと思うぜ」


 ファルマも続く。


「魔術式は確かにレイグレン技師のものが多かったですが、暴走痕は薄かったです。自然生成にしては、あまりにも整っていました」


 職員たちがざわつく。


 エルドは、線引きをするように言葉を重ねた。


「ただし――

 整っていたから意図的とは限らない。

 工房は高度な研究施設だった。複雑な魔術式が連動し、そこへ瘴気が入り込めば、自然でも複雑な歪みは起こり得る」


「……は、はぁ……」


「ダンジョンの消滅も異常構造の自然消滅と判断するのが、現段階では妥当だろう。分身との接触によって、新たな危険因子が発生したわけでもない」


 それは、事実に反さない範囲での最大限の安全宣言だった。


 管理官がゆっくり息を吐く。


「分かりました。

 現段階ではその方針でまとめます。

 ……レイグレン技師の所在については、今後も追跡を続けます」


「承知した」


 エルドが深く頷き、報告はひとまず終わった。



 観測所を出た瞬間、ラナが盛大に伸びをした。


「もー……硬っい話ばっかで頭痛くなるよ」


「儂はもう酒が飲みたいわい」


「リディア、順番だ。まずは全体の確認をしてからだ」


 トゥリオの低い声に、リディアが少しだけ口元を緩めた。


「そなたも飲むのであろう? 儂は知っておるぞ」


「……否定はしない」


 私は二人のやり取りを聞きながら、深く息をついた。


(……報告はひとまず終わり。

 でも、問題は山ほど残っている)


 レイグレンの真の目的。

 分身が口にした星の揺らぎ。

 工房が担った役割。


 どれも、地上の風では吹き飛ばせない重さだ。


 けれど――今日は、ここまで。


「……とりあえず、宿に戻りましょう。続きはそこで整理すればいいわ」


「賛成っ」


「儂も異論はないのう。……早よ飲みたい」


 エルドがわずかに笑い、言った。


「では戻ろう。全員、気を抜かずに」


 夕暮れの街を、私たちはゆっくり歩き出した。



 宿へ向かう道すがら、ロシャとファルマが足を止めた。


「ここで、お別れだな」


 ロシャがそう言うだけで、彼の外套が夕陽に縁取られて見えた。


「任務区分の切り替えがある。俺たちは先に帰還報告だ。

 ……本当ならお前たちともう少し情報をまとめたいところだが」


 ロシャがこちらを見た。

 あの場所で、私たちと同じ答えを聞いた同志の目だった。


 エルドが一歩前に出る。


「帰還後、月影国の上層と共有する形になるのか?」


「ああ。こちらも揺らぎについては調査を進めていた。

 ……今日聞いた話も、事前に知っていた話も。どちらも軽く扱える話じゃない」


 その言葉に、私は胸の奥が少しざわつく。


(軽く扱えない、なんてもんじゃない。

 下手をすれば国どころか世界の根っこに触れている)


 そんな私の内心に気づいたのか、ファルマがぼそりと続けた。


「……正しい扱い方を間違えると、混乱しか生まれません。

 だからこそ知っている者同士で整理したかったのですが……時間が足りませんね」


「ファルマ、そうやって余計に場を重くするなって」


「事実です」


 彼女の淡々とした言葉は、妙に頼もしかった。


 ロシャが、ふっと息を吐く。


「ま、向こうでも話は聞かれる。

 俺らが今日見たこと、聞いたこと――全部じゃねえが、隠す気もない。

 ただ……奴の目的の方は軽々しく口にできねぇな」


「同じ意見だ」


 エルドは短く答えた。


 ロシャはそれを確認してから、わずかに表情を緩める。


「なら十分だ。お前らと共有できたこと、それ自体がデカい。

 あんな話、普通は頭がおかしくなる。俺はまだ少し混乱してる」


「僕も、少しだけね。……でも、理解が追いついたのは皆がいたからだよ」


 氷雨の言葉に、ファルマが珍しく微笑した。


「……そうですね。

 あの部屋にいたのが、私たち十人で良かった。

 そうでなければ、誰かが誤った理解を持ったと思います」


(確かに……誰が欠けても、あれは噛み砕けなかった気がする)


 ロシャが軽く手を挙げる。


「向こうでも調べる。何か分かったら連絡を回すよう言っとく。

 お前らも、何かあったら教えてくれ」


「もちろん。情報は共有した方がいい。

 あれは……どの国だけの問題じゃないもの」


「だろ?」


 ロシャが笑う。それは、あの地下の緊張からようやく解放された者の笑みだった。


 ファルマも静かに頭を下げる。


「皆さん。本日はありがとうございました。

 ……また、星の揺らぎに関わる場があればご一緒しましょう」


「その()()が来ない方が平和なんだけどね」


 ラナの言葉に、全員が小さく笑った。


 ロシャとファルマは背を向け、月影国の連絡棟の方へ歩き出す。

 その後ろ姿に、私は小さく息を吐いた。


(……仲間じゃない。でも、一度同じ深度まで踏み込んだ同志ではある)


 風が吹き抜け、魔導灯がひとつ、ぽつりと灯る。


 エルドが私たちへ振り返った。


「さあ、行こう。今日の分はまだ終わっていない」


「はいはい、分かってるよ隊長」


 ラナが笑い、私も歩き出す。


 十人で降りた地下。

 戻るのは八人と二人に分かれたけれど――

 共有したあの答えは、簡単に薄れはしない。


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