第51話 アラブラハム・レイグレン⑦回答編
質問権が残っているのは五人。
氷雨、オーリス、ラナ、リディア、そしてトゥリオだ。
分身は静かに手を組み、こちらを眺めている。
淡々としているのに、どこか「続きを楽しんでいる」ようにも見えた。
「では……僕からでいいかな」
氷雨が一歩前へ出る。
白い術衣の裾が揺れ、その声音はいつもどおり穏やかだった。
「五つ目の質問。神器と聖遺物について、教えてほしい。
どちらも僕たち探索者にとっては大きな意味があるから」
分身は、わずかに目を細めた。
「欲張りだね。それは二つの質問として扱うべきだ」
「……だよね」
氷雨は小さく苦笑し、視線を落とした。
「じゃあ……聖遺物だけをお願いします」
「了解した」
分身が宙へ手をかざすと、光の板が現れる。
その中心で、古い杖や瓶のような影が揺れた。
「聖遺物は理層の力に基づく存在だ。扱う者を選ばず、誰が触れても、その機能は同じように発現する。呪具のように暴走もしないし、神器のように担い手を示すこともない。」
そこで一旦言葉を切り、説明を続ける。
「選ばれし者の物語などではなく、安定して働く古い機械仕掛けに近い。外から見ると意志めいて見える瞬間があるのは、その構造が自律的に動くからであって……本当に意志があるわけではない」
(……意志ではなく、機能。
だから作り変える性質を持つ付与を嫌う。そういうことか)
氷雨は「ありがとう」と静かに下がった。
次にラナが口を開こうとした瞬間――
「……待て」
トゥリオが、重い鎧を揺らして一歩前へ出た。
「六つ目を使う。神器について答えろ」
分身は一拍だけ沈黙し、気配を読み取るように目を細める。
「端的だね。良いだろう」
再び光が揺れ、剣の形を成した。
「神器は核層と繋がる装置だ。
意味、存在理由、形――星の最も深い部分と共鳴し、
理層・表層を超えた作用を引き起こす」
「核層……そんな場所に触れているのですか」
オーリスが息を漏らす。
「だから扱いを誤れば世界そのものを傷つける。
そして扱いが適正なら、星の修復も可能だ。
本体がそこに興味を持った理由も、分かるだろう?」
分身は、球の中心――核層に浮かぶ光点を指先で示した。
「核層は意味の中心であると同時に、星の意志が投影される場所でもある。意志と言っても人格ではない。この星が『こう在りたい』と無意識に選び続けてきた、無数のベクトルの合成結果だ」
光点がかすかに震え、いくつもの細い線がそこへ集まっていく。
「神器は、その星の選択に触れる触手のようなものだ。
持ち主を選ぶというより――
『星が、今この瞬間に必要と判断した在り方』に反応する。
だから、力だけを求める者の手には馴染まない」
(核層が意味の中心で……
そこに浮かぶ星の意志に触れる……)
自然と、【神剣ラグナ】の姿が頭に浮かぶ。
王都ソルディアの《剣神祭》。
ラナが剣を掲げた瞬間に、あの神剣が応えた光景――
「そう在るべきだ」と星そのものに選ばれたような、あの瞬間。
(ラナが選ばれたのは、強いからじゃない。そもそも結果は三位だ。
この世界に必要だと判断されたから、神剣が応えた……?)
いまの説明を聞いた瞬間に浮かんだ、たったそれだけの直感。
確証はない。根拠もない。
でも――理解の輪郭だけははっきりと胸の奥に形を作り始めていた。
トゥリオは無言で頷き、後ろへ下がった。
残り三つ。
◆
「……では、私が」
オーリスが礼儀正しく一歩前に出る。
「残り三つとなれば、温存は出来ません。
貴方に問いたいのは……根本です」
真っ直ぐな瞳で分身を見据える。
「――貴方が何を見て、何を確信し、
なぜ正しい回転を知り得たのか。
その経緯を、聞かせていただけますか」
分身は、ほんの少しだけ表情を和らげた。
「……そう来ると思っていたよ。実に良い質問だ」
そして、静かに語り始めた。
「本体は、かつて理層の地図を作った。
星の内部を流れる魔力と理の循環を、
細密な観測術式で描き出し、
そこから本来の流れを逆算したのだ」
白い盤面が浮かび、複雑な線が絡み合う。
「その地図は、この世界の動きと完全には一致しなかった。
だが、揺らぎが無かった頃の流れと照合すると――
ある一点だけ、ぴたりと重なる場所があった」
「……回転軸、ですか」
オーリスが囁く。
「そう。
星がこうあるべきだったと示す、ただ一つの角度。
本体はそれを正しい回転と呼んだ」
私の胸がひやりと冷える。
(……そんな地図を、どうやって……)
「もちろん、誰にも受け入れられなかった。
『世界の構造に介入するなど狂気の沙汰』
そう非難され、研究は封じられた」
「それで……工房で続けた、ということですか?」
私は思わず呟いた。
「そうだ。
私は揺らぎの観測と補正を独自に続け、
工房を使って理層の再調整を試みた。
結果、歪みが集中しダンジョン化した――それだけのことだよ」
オーリスは深く頷き、元の位置へと下がった。
残り二つ。
◆
レイグレンがオーリスの質問に答えたところで、
その隣にいたリディアが、ふっと息を吸って一歩前に出た。
「では、儂からも一つ聞かせてもらおうかの」
分身が「どうぞ」と軽く顎を引く。
リディアは振り返り、まっすぐラナの方へ視線を向けた。
「望むのは、より詳細な説明よ。
――神器は、何故ラナを選んだのじゃ?」
ラナがわずかに肩を揺らす。
【神剣ラグナ】の柄に添えた手が、ほんの少しだけ固くなった。
「ふむ……彼女か」
分身はラナを一瞥したあと、ゆるく首をかしげた。
「私は選定の瞬間を観測していない。
だから、事実として何が起きたかは知らない」
そこでいったん区切り、
今度は学者の顔で微笑む。
「だが、神器が何に反応するかの理論なら語れる。
それをもとに推測は可能だよ」
リディアが「それで良い」と頷くと、
分身は三層模型の核層を示した。
「核層に根付く神器は、強さで持ち主を選んだりはしない。
武術の巧拙でも、魔力量でもない」
そこで分身は、ラナを見つめ――
ふっと穏やかに微笑んだ。
「星が必要とする在り方を備えている者に、反応する。
それが神器の選定だ」
「在り方……?」
ラナが思わず口にすると、分身は頷いた。
「世界が揺らぎ、理層が歪み始めたとき――
星はどちら側へ傾くかを選ぶ。
その時に必要なのは、力ではなく、
揺らぎに呑まれない在り方だ。」
リディアが小さく目を細める。
「つまり……心根の問題という訳かえ?」
「近いね。
正確には、星の揺らぎと共鳴しない精神の軸と言うべきかな」
(精神の……軸)
自然と――ラナの姿が脳裏をかすめた。
戦えば熱く、笑えば素直で、折れても立ち上がる。
力のために剣を振るうのではなく、
ただこうしたいと願った方向へ迷わず進む人。
分身は説明を続けた。
「もし誰かが神器に選ばれるのなら――」
分身の声は静かで、断言ではなく推測の調子を保っていた。
「その人間は揺らぎに飲まれず、道を違えない者なのだろう。
星が求める均衡の方向と、人の歩む方向が一致した。
だから神器は応えた――そう考えるのが自然だ」
ラナは驚いたように瞬きをし、視線を伏せて、そっと息を吸い込んだ。
「……私、そんな大層なものじゃ……」
分身は薄く笑った。
「神器は揺らぎに強い在り方を持つ者へ反応する。
世界が均衡を失いかけたとき、
星が求めるのは暴力ではなく矯正の向きだからだ」
(揺らぎの中で、道を違えない……
確かに、ラナはそういう人だ)
私の胸の奥で、すとんと腑に落ちる感覚が走った。
ラナが誰かの名前を呟いたようだが、小さすぎて聞き取れない。
最後に分身はまとめるように言った。
「――以上が、神器が彼女を選ぶ理由の推測だ。
本体はその手の解析が得意でね。
私も基礎理論くらいなら説明できる」
分身が一礼するかのように軽く顎を引き、リディアは満足そうに頷いた。
「うむ。儂の疑問は晴れたぞ」
その表情はどこか誇らしげで、ラナは照れたように頬をかいた。
残り一つ。
◆
「……わ、私は質問無いよ?」
ラナが手を上げ、少し困ったように笑った。
「ほら、もう全員聞いちゃったでしょ。
だから無理に使うより……えっと、余らせとく方がいいのかなって」
分身はきっぱりと首を振った。
「不可だ。質問権の保留は認められない。
聞くか、放棄するか、どちらかだ」
「えー……じゃあ、本体にツケで」
悪びれもせず満面の笑顔でいうラナ。
その瞬間、分身は眉をひそめ、困惑した。
隣のリディアでさえ、少し吹き出しそうになっている。
「……いや、それは無理だろう。
私は私であって、本体ではない」
「だって無いもん、質問。
……じゃあ、うん。放棄で!でも本体には後で請求するからね!」
「……好きにすればいい。
本体がどう反応するかは知らないが」
分身は面倒になったのか了承し、残る質問権はゼロになった。
◆
次の瞬間だった。
白い空間全体が光に満たされ、
足元の床がすうっと沈むように弛む。
「……ダンジョンの制御を戻す。
ここは、もう揺らぎの吹き溜まりではない」
分身は淡々と告げる。
「本体の研究はすでに完了している。
この工房も、役目を終えた。
外へ出るといい。もう安全だ」
出口の壁が静かに開いた。
私たちは互いに頷き合い、足を進めた。
振り返ると、分身は静かにこちらを見ていた。
狂気も、誇大さもなく――ただ粛々と。
「……君たちはどんな選択をするのかな」
そう呟く声を最後に、
扉が閉じ、白い空間は遠ざかっていった。
私たちはそのまま、地上へ向かう通路を進んだ。
ただ歩くだけなのに、胸の奥が妙に静かだった。
"真の理"――今はまだ遠すぎる真実へ、ほんの少しだけ触れてしまった気がした。
作者として断言しますが、分身は一切嘘を付いてません。
しかし全ての情報を持っているとも限りません。
今後の更新予定ですが、第六章は1日2投稿(7:10、11:20)
12/13からは終章の一挙投稿となり12/15の21:00に完結となります。
既に執筆済みですが、リアルタイム読者こそが執筆中の作者のモチベ原足り得ました…心の底から感謝。
完結後のおまけも結構な分量になってます。




