第49話 アラブラハム・レイグレン⑤回答編
ついにここまで辿り着きました。
物語は終盤に入ります(残り27話)。
12/15 21時に完結します
第四層の奥――
黒い扉をくぐった先には、白を基調とした作業室のような空間が広がっていた。
光源は見当たらないのに、影が生まれない。床は均一で、何度踏んでも反響しない。空気は静かで、それなのに肌が粟立つような緊張だけが漂っている。
(……気配は、明らかに先ほどの階層主とは別物)
そう理解するまで、ほんの一瞬しかかからなかった。
そして――
その中央に、男が立っていた。
白衣にも似た外套。灰髪に片眼にはモノクル。どこか透明めいた若さをまといながら、存在感だけは深く沈み込むように重い。
レイグレンの分身。
以前の狂気じみたそれとは違う。落ち着いていて、理知的で、薄い笑みさえ浮かべている。
まるで――研究に没頭していた頃の、別人の断片を抽出したかのように。
「ようこそ、私の工房の底へ」
柔らかい声音。
敵意は……不思議なほど感じない。
けれど緊張は誰一人として解かない。
むしろエルドがさりげなく腕を広げ、全員を下がらせる。
「全員、構えを維持しろ。
敵対の気配がないことと、安全であることは別だ」
(……それは、そうね)
私も杖を握り直し、気配だけを読む。レイグレンの魔力は感じない。だけど、この部屋の作りそのものが彼の術だと分かる。毒でも罠でも、好きなだけ仕込める空間。警戒は当然だった。
そんな私たちを見て、分身はあっさりと言った。
「私は私。
本体――私から『質問に答える権利』を預かっている」
淡々とした口ぶり。
やはりまったく敵意を感じない。
だが、氷雨が小さく眉を寄せる。
「……どうして、そんなことを教えるの?
こちらは、あなたを信じる理由がないよ」
ロシャも同調して続けた。
「本体の思惑が不明な以上、こういった場所での会話は危険過ぎる。
まず安全の保証をしてくれ」
その言葉に、分身は首を傾げて答えた。
「保証はできないよ。
私は質問に答えるための器でしかないからね。
安全かどうかは、君たちが判断することだ」
(……やりづらい)
敵でも味方でもなく、ただ目的のために存在しているだけ。
そういうタイプが一番扱いにくい。
オーリスがそっと前に出る。
「この場で攻撃の意志はありますか?」
「ないよ。
ただし、攻撃されたら防御はする」
「どの程度の防御か明言できますか」
「私が壊れない程度に、だね」
(……それ、参考にならない)
エルドも同じ結論に辿り着いたのか、わずかに肩を落とした。
リディアはむしろ苛立ったようにため息をつく。
「儂らに『判断しろ』と言う割に、判断材料が少なすぎるわい」
「当然だよ。
私も私も、すべてを与えることを望んでいないから」
トゥリオが静かに盾を構えなおす。
「……こちらが質問を拒否したら、どうなる?」
「何も。
帰ってもいいし、戦ってもいい。
戦えば私は消えるけれど、得られる情報が無いことは保証しよう」
(まともな交渉にならないタイプだ……)
ヴァルクも同じ結論を出したのか、小さく呟く。
「情報は与えるが、交渉はしない……厄介な立場だな」
「その通りだよ、呪具師。
私はただ――本体が与えた役割をこなすだけの存在だからね」
氷雨がさらに踏み込む。
「それなら質問。
本体は、私たちに味方するつもりなの?
それとも敵として対峙するつもり?」
「その質問には答えられない」
「……答えられないの?」
「その質問に答える権利は、預かっていない」
(限定的にしか動けないのか……?)
こちらの裁量や判断を試しているのか、
それともただ機能制限なのか。
判断材料は増えたようで、増えていない。
そんな混乱した空気の中――
分身は淡々と、しかし唐突に告げた。
「質問は一人につき一つ。合計で十。
私はそちらの質問に答えて消えるだけだ」
言いながらも、微かに首を傾げた。
「ただし――答えの重さは、君たちが決めるんだ」
「……信用できる話じゃないわね」
「信用しなくていいと言っている」
(だったらなんで権利なんて与えるのよ……)
空気が揺れた。
誰も即座には質問に入らない。
ラナが腕を組む。
「なんかムカつくね、こいつ。
ちょっと狂ってる凄い強い人って聞いてたけど」
「僕も、少し……嫌な気配を感じるかな」
氷雨も珍しく表情を曇らせた。
オーリスは分身と私たちを交互に見て、静かに言う。
「今は、言葉を信じず、状況だけを信じましょう。
敵意が無いなら会話はできるはずです」
「……観測開始。嘘の有無、割り込みの痕跡を探る」
「私も協力しましょう」
そんなオーリスの言葉の裏で呪具を準備するヴァルク。ファルマも自前の解析能力での協力を申し出る。
(みんなまだ疑ってる……当然よね)
エルドが深く息を吸い、ついに宣言した。
「――よし、話を聞く。
ただし、そちらに敵意がない限りだ」
分身はゆっくりと頷いた。
「好きに尋ねるといい。
私は逃げないし、騙さない。
ただ――答えるだけ」
◇
分身の発言を受け、少し悩んだ顔をしたが、すぐに持ち直したエルドが一歩前に出る。
「では、一つ目だ。
――なぜこの工房はダンジョン化した?」
分身はあっさりと答えた。
「私の目的を果たすため、だよ。
己が理論を正しいと証明する過程で、工房を実験場へ変えた」
簡潔で、曖昧で、それでいて逃げ場のない答えだった。
「……その目的とは具体的になんだ?」
エルドが続けようとした瞬間、分身は指を一つ立てる。
「二つ目になる。
質問権を一つ、消費したまえ」
そう言われ、全員の視線が泳いだ。
(……ここは、私が聞くべきだ)
胸の奥がざわつく。
この問いだけは、逃すわけにはいかない。
「消費します」
私は一歩踏み出し、はっきりと言った。
「目的とは――何ですか?」
分身はふっと表情を緩めた。
まるで「よく聞いてくれた」と言わんばかりに。
「私が追い求めたものは、ただ一つ」
「――この世界の“真の理”を取り戻すため」
作中の質問回答コーナーは明日以降が本番です。




