第48話 ――工房ダンジョン第四層VS階層主――
◇左側
「ラナ、前に出る!」
「了解っ!」
金属樹が刃の枝を広げた。振り抜かれるというより、角度の違う線が一斉に迫ってくる。
それに対応するかのように、氷雨が掌を払う。
「《霞鏡》」
幻影師の基本魔法の一つが発動し、周囲の光が揺れ、敵を惑わせる。精神誘導・擬似具現の領域にある氷雨のそれは金属樹にも覿面に効き、刃のいくつかが軌道を外した。
ラナがその隙に踏み込む。
「はああっ!」
ラナが金属の幹を斬りつけ、それに合わせてすぐさま氷雨の幻影がタゲを奪い、ラナを退避させる。仮にラナの一撃が弾かれても、幻影の牽制がすぐに刺さる。あの二人の連携は、どこに行ってもまったく鈍らない。
(左は問題なし。氷雨の幻影がある限り押し負けない)
◇ 右側
壺が大きく傾くたび、黒い粒が床へ落ちて消えるでもなく沈むでもなく、ただ広がる。
見た目以上に厄介なそれは、周囲の魔力そのものの質を濁してくる。それだけではなく、黒い液体のようなものが弾幕のように吐き出され、第二分隊に襲い掛かる。
「《聖光還流・輪環》」
二つの聖遺物装備の支援を受けたオーリスの浄化の輪が地面を滑り、黒い粒をひとつの帯に集めて飲み込んでいく。トゥリオが前に出て、盾を構える。
「ここから先は通さん」
壺の口から飛ぶ黒い弾幕を盾で受け止め、そのまま押し返す。
魔法耐性の高い彼が前にいるのは正しい配置だ。
ヴァルクは壺の底部を凝視しながら、分析を進める。
「底の割れ目から流れを抑える。オーリス、そちらに集中を」
「はい!」
壺の落とす黒色が、少しだけ勢いを弱めた。
(右も大丈夫、時間を稼いでくれている。問題は——)
◇ 正面の人型。
まるでこちらの呼吸に合わせて動きのテンポを変えてくる。
私は杖を横へ払って魔力を集中させる。
「服に"風”を……付与して」
強襲してきた人型の攻撃を、風の支援を受けた大きなバックステップで外すが、人型は即座に読み直してくる。背中の金属板が重なって、音もなく重心を切り替える。
そこにエルドの矢が飛ぶ。
「《剛弾》!」
矢が轟音を鳴らして金属面に弾かれるが、その衝撃でほんの一瞬だけ動きが止まった。そこにリディアの詠唱が重なる。
「《焔天崩・炎咆》!」
爆発的な炎が正面で吹き乱れ、床が抉れるような熱が私の頬をかすめた。
だが人型はその魔法さえ読んでいたかのように、熱線の外側へ滑って避ける。
(……厄介。動きが軽くて、まるで隙が無い)
隙が無いなら、隙を作るように動くしかない。
私は杖を靴に当て、魔力を流す。
「"風”を付与」
調整が非常に難しいが、足裏に風を溜めこむことでラナにも負けない瞬発力を得ることが出来る。人型がこちらに踏み込む瞬間を狙って逆にこちらが踏み込む!
風が足裏から地面を叩きつけるように放出され、私の体を一瞬で遠くまで運ぶ。
(——見えた)
正面からは無理だ。
核が常にこちらの向きを補正している。
だから横から、わずかでも感覚の外へ。
「エルド!」
「任せろ。《天縫煌鎖》!」
【如意ボウ】の効果で一度に大量に飛ばされた矢は大多数が弾かれるが、その内の何本かが人型に刺さり、魔法の効果で矢羽から金の鎖が伸びる。 拘束を担う鎖はすぐに軋みを上げるが、完全に破られるまで数秒は保持する。
「”突"を付与」
取り出したナイフを付与で強化し、全力で投げる。斬ではなく突。貫くことに特化したナイフが走り、人型の頑丈な金属を貫通し、核があった場所の金属板に、ナイフ一個分の穴が空いた。
今のは核に直撃した確信があったのだが……考察は後に回し、私は声を張り上げる。
「リディア、今!」
「任せよ。《焔天崩・雷神炎鎖》」
【連環の匣】の触媒を消費したリディアの一撃。
雷の速度と炎の火力で敵を焼く、今のリディアが扱える最高クラスの魔法である。紫電を纏った炎が肩装甲の継ぎ目と先ほどの穴から内部へ直撃し、人型の動きが止まる…が。
(あり得ない!今のでも核に届いてないなんて)
私は思わず目を凝らす。
炎が走った継ぎ目と穴は、確かに空いている。
リディアの魔法は確かにそこを通って内部へ入ったはずなのに――
核の光だけが、さっき見た位置と違っている。
(……そうか。避けたんじゃない。
核そのものを、別の場所に移動させた……!)
外殻は固定のまま、急所だけがその瞬間だけ別の場所へ組み替えられる。
工房の制御構造を防御に使っている……そう考えれば全て辻褄が合う。
(正面からいくら撃ち込んでも無駄……
核が動けない瞬間を作らない限り、絶対に刺さらない)
そう判断した瞬間だった。
人型の背面に、赤い脈動が灯る。
核の移動とは別の、純粋な攻撃行動の起動。
「クー子、伏せろ!」
エルドが叫ぶのとほぼ同時に、
人型の腕部から圧縮された衝撃が放たれる。
空間そのものが押しつぶされるような、無詠唱の圧撃。
瞬時に私は身を低くしたが――
その衝撃は私を正確に追ってくる。
(まずい――!)
避け切れないと悟った瞬間、
床に走る式が一気に輝きを強めた。
「……通しません。《断層隔離・虚階》」
ファルマの声は静かだったが、力強いものだった。
衝撃が私へ届く直前、
層が一枚、空間から抜き取られたように見えた。
圧撃が、私の手前で虚無に流れ落ちる。空気が一度だけ歪み、本来なら私を吹き飛ばすはずの威力が、式の中へ吸い込まれるように消えた。
私は思わず息をつく。
(……助かった、まともに受ければ、今の一撃で確実に死んでいた)
「射線だけ切り離しました。
この程度なら、なんとか」
ファルマが淡々と告げる。
彼女の無効化は、攻撃そのものを壊すのではなく通り道だけを切り離す術だ。ただの防御ではない。魔力がどこを通るかという構造そのものを一瞬だけ変えてしまう。
(つまりこれは……)
人型の防御は、核の位置を入れ替えて攻撃の通り道をずらす仕組み……の筈。
攻撃が来る座標から、核だけを別の座標へ逃がしている。
だったら――
「……クーデリアさん、聞こえていますか」
ファルマの声が重なる。
まるで私の思考を正確に補強するように、静かに続けた。
「さっきの式で分かりました。
あの防御機構……核が移動する座標は、必ず一定の軌跡の中にあります。
完全に自由ではない」
胸が一瞬だけ冷える。
ただの推測じゃない。ファルマの確信だ。
「私の式は、攻撃を壊すものではありません。
通る道を固定するものです。
本来流れるはずの層を一枚だけ切り離して、進む座標を縫いとめる」
「……つまり?」
「核が逃げるための座標の層を閉じれば、移動はできないということです」
淡々とした口調のまま、核心だけを示す。
「エルドさんの拘束で外殻を止め、私が核が移れる座標を固定する。そうすれば――核は動けません、どんな攻撃でも通ります」
ファルマ自身が言い切った。
(……やっと繋がった。これが唯一の突破口)
「エルドさん、拘束をお願いします。
私が核の逃走経路を押さえます」
ファルマは既に次の式を描き始めていた。
短い詠唱。流れるような手つき。
その姿勢が逆に確実さを帯びる。
「任せろ」
エルドが弦を引き、呼吸を静かに整える。
「《天縫煌鎖》!」刺さった矢の矢羽から鎖を伸ばす拘束術。
矢さえ刺されば、それで仕事は終わる。
(ここからは――任せるしかない)
私はただ周囲の気配を見張り、その瞬間を逃さぬよう構えるだけだ。
「拘束する!」
エルドの一矢が空気を裂いた。
【如意ボウ】の効果で分裂した数十の矢が、人型へ向けて収束する。
矢は金属板に弾かれるものも多い。
だが、刺さった矢が一本でもあれば十分だ。
矢羽根が弾け、金の鎖が三方向へ伸びる――
「逃がしません。《座標縫止・定軌》」
ファルマの式が同時に走った。
人型の核が移動する軌跡を縫い止める、座標固定の術。
核の転移先が、すべて塞がれた。
(今……動けてない! 拘束が効いてる!)
「リディア、お願い!」
「任せよ!」
リディアの詠唱が、炎の鼓動のように膨れ上がる。
「《焔天崩・雷神炎鎖》!」
またも触媒を消費し、雷光を孕んだ火柱が、拘束された人型の中心部へ突き刺さる。
外殻が焦げ、継ぎ目が灼け、わずかに裂けた。
(核にダメージが入った!)
「エルド!」
「ああ――ここだ!」
エルドは一矢を番え、一瞬だけ息を止めた。
「《煌王矢》!」
金色に輝く矢が一直線に走り、露出した核を正確に射抜く。
逃げ場はない。ファルマがすでに全ての転移先を塞いでいる。
禍々しく光がひとつ脈動し――砕け散った。
人型階層主は、静かに崩れ落ちた。
崩れ落ちた金属の身体が、白い床へと沈むように散っていく。
核の光は跡形もなく消え、ただ淡い魔力の残響だけが空気を震わせていた。
(……終わった)
息を吐いた瞬間、周囲の気配が変わる。
左では、金属樹の根がぱたりと動きを止め、氷雨の幻影の中で静かに倒れ込む。
すでにロシャの圧力調整で動脈のような枝管は止められていたらしく、崩壊は滑らかだった。
「終わりだよ。動きは全部鈍ってる」
氷雨の静かな声が響く。
右でも、壺が底からひび割れ、オーリスの《聖光還流・輪環》に飲み込まれるように崩れ落ちていく。ヴァルクの呪具が最後の動きを縫いとめ、トゥリオの【重盾イージス】がその胴体を叩き潰した。
(みんな……強いね。こんなパーティで戦えて、誇りに思うよ)
白い広間に静寂が戻る。
エルドが矢を降ろし、短く息を整えた。
「全員、生存確認。怪我は?」
「問題ない」
「こっちも大丈夫」
「儂も無傷じゃ」
「僕も平気だよ」
それぞれの声が広間に返る。
私も杖を握り直しながら答えた。
「こっちも平気。……みんな、ありがとう」
◇
その時だった。
床の中央――三つの階層主が砕けた残骸が集積され、一つの形を作る。
「……また扉?」
ラナが息を呑む。
だが、現れたそれは今までの階層扉とは違った。
黒。
深淵を塗り込めたような、光を吸う黒。
まるで空間そのものに穴を開けたような、触れるのをためらう色。
(空気が……違う)
冷たさでも、瘴気でもない。
ただ向こう側に何かがいることだけは、はっきり伝わってくる。
「エルド、これは……」
「わからない。だが――呼ばれているのは確かだ」
隊長の言葉に、誰も否定しなかった。
この扉だけは、明らかに今までの導線とは違う。
区切り。
境界。
終点。
そんな言葉が自然に浮かぶ。
私は触媒の残量と装備を軽く整える。私の分の触媒をリディアに2個程融通し、他の仲間たちもそれぞれ準備を整え、最後にエルドが全員を見渡した。
「ここがダンジョンの終点かもしれない……進むぞ」
頷き合い、黒い扉へ近づく。
触れた瞬間、音もなく開いた。
扉の先――これまでの第四層の空間とはまた少し違う、白い作業室のような空間。
誰かが、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。
(……この気配。階層主とは違う)
深く、静かで、こちらを待っていたかのような――そんな存在が、そこにいた。
投稿時に読み直した雑感:
突付与ナイフで金属板貫通⇒分かる
核(多分蜜柑くらいの大きさ)に向けて正確に投擲⇒天才投手かな?




