第3話 ――光焼く翼――
昼下がりの拠点は、準備のざわめきで程よく活気づいていた。
探索都市屈指のパーティ『光焼く翼』は、一人を除き、すでに集まっている。
「――ただいま戻りました」
軽装の革鎧に、背の短弓と外套、腰の短剣。
無駄のない簡素な装いだが、そのすべてが聖遺物級である。
隊長、エルド。
その所作には音ひとつなく、声を掛けられてようやくそこにいると分かる。
彼はいつも通り、探索での疲れを微塵も見せず、涼しい顔で地図を広げた。
「今回の探索で判明したことを報告します」
報告によれば、この一日と半日に及ぶ探索で、第八層の奥地手前までを踏破。敵の配置、扉や結界の仕組み、属性反応の種類まで調べ上げてきたという。五度目の探索としては上々の成果だ。
「この階層の奥地には、付与なしでは厳しい箇所が複数あります」
エルドは指を止め、印を三つ示す。
「ここ、ここ、そしてこの扉。物理では動かせません。
魔法も試しましたが、条件を満たせず開かずじまいでした。」
図面を覗き込みながら、私は胸の奥で小さく笑った。
――これは、私の出番だ。
「雷の魔力を内部機構に流し込めば動く仕組みでしょう」
彼の言葉に合わせて、私の思考も走る。地形、構造、ギミック……全てが頭の中でつながっていき、久しぶりに血が熱くなる。やっと、久々に、この紫華の力が必要とされる場面が来たのだ。
「次にこの結界ですが……」
エルドの声が続く。
「未探索領域にあり、オーリスの解析では満たす形で特定属性を流し込む必要があるとのこと。こちらも、クーデリアの付与が最適解と推測されます。」
私は思わず頷く。最適解での出番。付与師の面目躍如であると心が躍る。
――しかし同時にちくりともする。
上記二つはどちらも付与師不在であっても突破自体は不可能ではないのだ。
でも、いい。
それでも、必要とされる瞬間があるのなら。
「以上が今回の探索結果です。次回はクーデリアが入る代わりに、ラナが抜けることになります。」
地図を丸めながら、エルドが告げた。
ラナは既に聞いていたのだろう。
「クー子と組めば消耗気にせず無双できるのに……」
と残念そうに笑ってみせる。
私は小さく息を整えながら、心の中で拳を握る。
20日ぶりのダンジョン挑戦、いよいよ――始まるのだ。
「いや始まらんぞ? 二日は休みぞ?」
魔法使いのリディアが話の腰を折る。
彼女は読心術でも使えるのかという程に、毎度突込みに容赦がない。
しかし実際、探索組は漏れなく疲弊しているため、残当の流れであった。
「というかお主……酒の匂いがまだ抜けておらぬぞ。」
……二の矢が刺さった。ごもっともである。
*
探索再開は二日後に決定した。
私はその間に準備を整える。食料・装備のメンテナンス・最新の地図の記憶・道具調達・付与導線の再確認…あと「忘れ物」の返却もである。
まさにここで私の力を発揮できる――と脳内で思わず笑みがこぼれる。
少し顔を上気させながらも、足はヴァルク《飲み相手その1》のもとに向かう。
「ヴァルク、これ、酒場に『忘れてた』よ」
そう言って丈夫な布に包んだ呪具を「忘れ物」として返却する。
流石に素手で触っただけで爆発するとか意味が分からない。
『どのジョブが一番理解出来ないかランキング』
で常に上位の呪具師は伊達ではない。因みに付与師は万年ブービーである。解せぬ。それならそれでもっと職業人口多いはずだ。
「ああ…『忘れていた』よ、ありがとう。助かった。」
ヴァルクとは直接組めない。呪具師と付与師の魔力は相性が悪く、私の力は彼の呪具に流れ込まないからだ。でも別々のラインで支援することができる。それを理解しているから、仲間として頼りになると思うことはあれど、そうでないと思ったことは一度も無い。
「良かったなクーデリア、八回ぶりのお仕事だ。
ついに無職記録を更新するかと思ったぞ」
「ふふん、そういう貴方は二連続のお留守番ね!」
軽口を交わす。互いに悪意はない。
――それが、この関係の心地よさだ。
軽い談笑の後に別れた後でも、高揚は止まらない。
私はまだ、ここで戦えるんだと。
*
二日後
北辺群第三管理区封鎖区域。廃区画地下ダンジョン――定員六名。
紫位と金位のみが許可された超高難度領域。その入口に、六名の男女が集う。
――パーティ『光焼く翼』
紫位三名、金位五名。国家〈サンライズ〉が誇る最上級探索部隊。
いずれも数々の功績を重ねた熟練の探索者たち。
レンジャー <紫煌>エルド。
重騎士 <紫嶺>トゥリオ。
付与師 <紫華>クーデリア。
そして金位の五名――
呪具師ヴァルク、魔法使いリディア、聖職者オーリス、剣士ラナ、幻影師氷雨。
今回の探索では、ヴァルクとラナが待機。
当ダンジョンへの挑戦は、クーデリアにとっては初となる。
「……三紫揃い踏みとか、今日は本気か……?」
三名の紫位が同時に出撃するのは暫くぶり。
封鎖区域を任されていた警吏の間ではただ一言、そう囁かれた。
――国家公認探索者ライセンス:六階級制――
◆黒位
見習い探索者。訓練所を出たばかりで、単独潜行は禁止。
安全地帯での依頼や雑用が中心。
◆緑位
初級探索者。小型ダンジョンや街周辺の調査任務に従事。
依頼内容によっては同行者必須。
◆青位
中堅探索者。ダンジョンを単独または小隊で攻略可能。
◆赤位
上級探索者。熟練扱いとなり、国家・商会依頼を単独受注できる。
◆金位
英傑級探索者。危険指定ダンジョンへの潜行許可を持つ。
個人で小隊を率いる者も多い。
◆紫位
国家最高位探索者。王命級任務の遂行資格を持つ。
称号保持者は十人に満たない。




