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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第五章 月影国で探る真相

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第45話 ――工房ダンジョン第二層――

 第二層へ降りる瞬間、空気がひんやりと変わった。


 湿気はない。むしろ乾いている。

 けれど金属が傷むような、冷たい圧が漂っていた。


(……匂いが違う)


 第一層は工房の残骸だった。しかし、ここは――工房の内部機構そのものがむき出しになっている。床は金属格子、壁は螺子と回路がむき出し。奥には搬送用のレーンが交互に走り、かつて材料を仕分けていた装置が巨大な骨のように並んでいた。


「ここからが本番か……」

 エルドが周囲を見渡す。


「ロシャ、揺れは?」

「今は安定だ。……だが、通路の走りが変わっている。動くぞ、ここは」


 ロシャの能力は、環境制御――

 空間にかかる圧、重力の偏り、空気層の歪みを読み取り、わずかに調整して均してしまう。


 それは本来、危険地帯の通行路確保に特化した能力だ。

 戦闘よりも、むしろ事故を防ぐ専門家に近い。


「ところでロシャさんの圧調整って……どういう仕組みなの?」

 私が尋ねると、ロシャは軽く笑った。


「仕組みと言えるほど大したものじゃない。

 空間に流れている勾配を読む。強いところを弱め、弱いところを押し返す。それだけだ」


(それだけ、って気軽に言うことじゃないけど……)


 それを一瞬で判断し、通路を安定させる。

 異常が普通のダンジョンでは重宝される能力だろう。

 ……勿論戦闘にも転用が可能と、流石に月影国の紫位相当は伊達ではない。


 ◆


「ファルマ、ここの構造……読めるか?」

 他国の人間、それも満月の探索者に指示を出すエルドだが、勿論これは事前に取り決めが為されている。サンライズ王国において彼が《紫煌》の名を冠するに至った功績の一つは、その指揮能力の高さに由来する。こちらに協力要請が来た時点で、指揮権の確認は同時に終わっていたということだ。


「解析してみます」


 ファルマはエルドの言に従い、金属格子に触れ、式を展開した。


 彼女の能力は、解析。

 魔術式や魔力回路の挙動を読み取り、構造の初期意図と変質の過程を推定する。


 攻撃力は高くない。だが――


「これは……仕分け層ですね」

 彼女は淡々と続けた。


「かつては部材ごとに選別するための通路だった。

 レーンごとに用途タグが割り振られていて、材料の形状や強度を判断して、振り分けていたんです」


「今はどうなっている?」

 エルドが問う。


「逆流しています。用途判断の魔術式が壊れ、重さ・強度・魔力反応等を片っ端から読み取り、合わないものを全部排除しようとしています」


「排除、か……」

 エルドの眉がわずかに動いた。


 その直後だった。


 ◆


 通路奥のレーンが、不自然にゆらりと歪んだ。


 黒い影がにじむ。

 第一層のような雑な塊ではない。形に『意図』がある。


「来たな……!」

 ラナが剣を構える。


 影は細長い。

 工具の挟み具のような左右対称の形。

 動きは速く、無駄がない。


「材料搬送アームを模造した影か」

 ヴァルクが呟く。


「ファルマ」

 エルドが短く指示する。


「はい。動きの型、解析します」


 ファルマは影の軌跡を目で追い、

 その歪み方と時間間隔を解析する。


「三拍子。左に二連の振り、次に突進。それが周期です」

「ロシャ、崩せるか?」

「可能だ。転圧で足場だけ止める」


 ロシャが片手を挙げる。


 その瞬間、空気が少しだけ重くなった。

 影の足元――格子がわずかに沈み、軌道が一瞬だけ鈍る。


 そこへ


「《焔撃衝波(えんしょうしょうは)》!」


 リディアの炎が横を走り、影を一体焼いた。

 殻のような黒い影が砕けて散る。


「次……来るぞ!」

 トゥリオが踏み込み、二体目の突進を重盾で弾いた。


 その軌道を読み切ったのは――ファルマだった。


「その突進は直線です! 次は右壁を掠める動きに変わる!」


「了解」

 エルドが即座に角度を取り、影の進路へ矢を打つ。


 矢が影の軌跡をずらし、ラナの剣がそこを断ち切った。


(……きれいに噛み合ってる)


 影の動きが自動機構の癖を持つせいで、

 ファルマの解析がそのまま戦術になる。


 オーリスは後衛位置で全員の生命線を保つように結界を展開。

 衝撃を常に緩和し、落下や揺れの事故を完全に潰していた。


「第二層は、敵より事故の方が厄介な場所じゃな」

 リディアが呟き、私の肩を軽く叩く。


「クー子や、風で視界を保つんじゃ。煙が溜まると厄介よ」


「分かった」


 私は杖に風を付与し、通路の先へ吹き流す。


 ◆


「……奥から強い圧が来る」

 ロシャの声が低い。


「第二層の中心だな」

 エルドが頷き、隊の歩調を合わせる。


 レーンの先――巨大な搬送台が沈み込み、その中央に、かつて材料を測定していた眼のような装置が残っていた。壊れかけた水晶板が脈動し、薄めの影が複数出現、私達を観察する様に揺れている。


「……階層主代わりのシステムですね」

 ファルマが前に出る。

「エルドさん。これは戦闘というより『判定』です。

 私が触れますが、その間の防衛をお願いします」


「任せろ」


 エルドは弓を構え、オーリスは保護結界を厚く張る。


 ロシャは周囲の圧を均し、揺れを完全に止めた。


 私は風を整え、リディアとラナはすぐ動ける間合いへ。


 ファルマが、水晶板へ手を伸ばす。


「……第二層・仕分け層。ここで判定されるのは――」


 水晶が淡く瞬き、影の波紋が広がった。


「『潜行資格』です。ここを越えれば……第三層へ行けます」


 光の脈動が強まり、装置全体が低く震えた。


(……これは、圧?)


 押し返されるような拒絶の気配。

 つまり――歓迎ではなく、基準外として弾こうとしている反応なのかと身構える。


 ファルマは水晶に触れたまま、淡々と説明を続けた。


「失礼…『潜行資格』という言い方は誤解を生みますね。

 正しくは――第三層へ進むための作業適性の測定です」


「適性……?」

 私が小さく問い返す。


「はい。本来この装置は、作業員や素材の状態を測り、

 危険がある場合は止める側でした。

 強い圧は、その名残です。

 基準外のものを押し返して、先へ行かせないための反応なんです」


「ああ……だから圧がかかっていたのか」

 ラナが納得したように呟く。


「逆に言えば、圧を越えられると判断されたら通れるわけです」

 ファルマは装置の側面に浮かぶ符を読み取りながら言った。


「資格とは、第三層の構造が『通しても良い』と判断するかどうか。

 特別な許可ではなく――あくまで機構側の安全確認です」


(つまり、ここは門の第二段階……)


 エルドが短く息を吐く。


「判定を突破すれば、第三層へ続く経路が開くということか」


「はい。もう少しで……」


 水晶板が強く脈動し、発生していた薄めの影が消えていく。


「……反応が変わった。

 排除から――通行条件の照合に切り替わりました」


 ファルマの声音がわずかに上がる。


「エルドさん、皆さん……通れます。

 この装置が判断しているのは第三層の環境に耐えられるかだけです。

 魔力、耐圧、負荷……全部、基準を満たしています」


(なら――)


 次の瞬間、床がゆっくり沈み始めた。

 搬送台そのものが、下層へ向かう昇降台に変わっていく。


「道が開いた……」

 エルドが呟いた。


「これで第二層は突破ということですね」

 オーリスも穏やかに頷く。


 光がすっと弱まり、圧が消える。

 水晶板は、役目を終えたかのように静かに暗く沈んだ。


(……資格って、そういうことだったんだ)


 私は杖を胸元に寄せながら、深く息を整える。


 搬送台の底が完全に開き、暗い縦穴が姿を見せる。

 第三層へ続く、工房の心臓部。


(工房というより工場? 随分と大規模なことで)


 私の知る()()レイグレンがこの工房で働いている姿は、あんまり想像出来ないな…等と考えつつも、皆と歩幅を合わせて第三層へと向かう。

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