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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第五章 月影国で探る真相

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第44話 ――工房ダンジョン第一層――

 入口を越えた瞬間、空気が変わった。


 湿った土の匂いでも、濃い瘴気の圧でもない。ひどく静かな空間。工房だった頃の壁材がまだ残っているのか、まるで作業場の奥に迷い込んだような温度だった。


(……これが、工房ダンジョンの第一層)


 通路は狭い。石壁というより、歪んだ板材と金属片が層になって貼りついている。

 工房の残骸が圧縮されて道になった……そんな印象だ。


「定員は……十名のままか」

 ロシャが入口の内側を見渡してつぶやく。


「何故か変わることもある、と情報にあったな…」

 エルドが確認するように呟く。

「だが今回は十。こちらの戦力をダンジョン側が受け入れるつもりがあると見ていい」


(……歓迎されている気は全然しないけど)


 前衛にトゥリオとラナ、側面に氷雨とロシャが並び、中央にオーリスとリディア。

 後衛にエルドと私、解析役としてヴァルクとファルマが控える。

 十名がぎりぎり並べる程度の幅だが、動きはとれる。



 しばらく進むと、通路の先が開けた。

 第一層の部屋――だが、様子がおかしい。


 床一面に、金属片と焦げた紙片が散らばっている。

 どれも呪具の残骸ではなく、工房で使われていた工具や部材の溶けかけだ。


「……熱で崩れた跡に見えるが」

 ヴァルクが膝をつき、金属片を指で転がす。

「温度の痕跡が残っていない。熱の作用じゃないな。構造の方が歪んでいる」


「見て」

 氷雨が壁を指した。

 工具棚だった場所に、無数の影が残っている。

 輪郭はくっきりしているのに、中身だけが抜け落ちたような黒さだ。


「物の存在そのものを削られた形……だと思う」

 氷雨の声は静かだが、嫌な緊張が滲んでいた。


 ファルマも資料を開きながら言葉を継ぐ。

「レイグレンの加工痕に似ている気がします……あくまで推測ですが」


「こんな浅い層から嫌な感じだね……」

 ラナが剣を構え直す。



 と、そのとき――。


 ロシャが、わずかに片手を上げた。

「来る。……上だ」


 その声に全員が即座に身構える。


 人型……ではない。

 工具箱の影が潰れて曲がり、そのまま四肢を生やした箱のように変異した影の塊。


「氷雨!」

「把握した……」


 氷雨が《幻影(ミスト)》を広げ、影の動きを惑わす。

 どうやら幻による誘導は通るようだ。


 惑いながらも接近してくる影に、トゥリオが踏み込む。

 重盾が正確に角度を合わせて受け止め――


「はっ!」


 ラナの剣が横から走り、影を裂いた。

 黒い膜のような残滓が散る。


 さらに天井がふるりと震え、夥しい数の影が落ちてくる――瞬間。


「沈め」

 ロシャが掌を返した。


 空気が一拍だけ重くなり、落下した影の軌道が歪む。

 本来なら一直線に落ちてくるはずの影が、床の手前でぬるりと速度を失い、動きが鈍った。


 そこに――


「《焔撃衝波(えんしょうしょうは)》!」


 リディアの火線が走り、まとめて焼き払う。

 爆ぜた光が金属片を照らし、部屋の輪郭が一瞬浮かんだ。


「風、通します」

 私は付与で弱い風を送り、燃え滓と煙を押し流す。視界がすぐに開けた。


 ヴァルクとファルマが残骸へ向かい、すぐに分析へ入る。


「……ふむ。動き自体は単純だが、量が妙に多い」

 ファルマが先ほどの影の数を正確に数えながら呟いた。

「構造からすると、通常なら一体か二体で済むはずです。

 けれど、この密度と配置……どう見ても人数に合わせて増やしている」


「そうだな。こちらの十名を前提に出てきた量だ」

 ロシャが壁に触れ、周囲の魔力の流れを探る。

「質ではなく数で調整するタイプだ。

 侵入人数を読み取り、その分だけ圧力と反応箇所を増やしている」


「なるほど……」

 ラナが頷く。

「強さじゃなくて、単純に手数で押してくるってことね」


「その方がこのダンジョンには合う。元は工房だ」

 ヴァルクが言葉を継ぐ。

「複雑な敵を用意するより、部品を使い回して数を出す方が合理的だ」


 ファルマも同意するように図面を指で弾いた。


「ええ。行動の質は一定ですが、同時処理の量が増えるほど脅威になります。

 十人で入った以上、十人分の処理を要求される……そういう作りです」


「……面倒だけど、分かりやすいね」

 氷雨が小さく笑う。

「人が多いほど、忙しくなる……工房らしい発想だ」



 そこから少し進んだ先で――床が、わずかに震えた。


「今の……何?」

「ロシャ?」

 ラナが足元を見て、エルドが促す。

 ロシャは床に手を当て、数秒だけ目を閉じた。


「……下向きの圧が逸れていく。間欠的な押し返しが発生している。」

 静かな声で告げる。

「この階層、敵だけじゃない。通路そのものが、時々押し上げてくる」


「押し上げ……?」

 私が小さく首を傾げる。


 ファルマが補足した。


「本来なら荷物を仕分けるための機構ですね。荷台を持ち上げたり、圧を逃がしたり……それが劣化して、通路全体がランダムに上下しているんです」


「なるほど、工房の面影が残っとるわけじゃな……厄介な場所よ」

 そう言って腕を組むリディアをよそに、ヴァルクが横目でファルマを見る。


「……随分と具体的だな。

 一目見ただけで、そこまで言い切れるものか?」


「解析だけが私の取柄でして……。

 構造と回路の癖が見えれば、初期設計までは逆算できます。むしろ、ここまで露骨な歪み方をされていると読みやすいんですよ」

 飄々と言うわけではなく、ただ事実を述べただけの口調だ。


 ロシャが困ったように頬をかき、私たちへ向き直る。

「誤解させてすまない。このダンジョンは政治的にも探索者にも腫物扱いでな。

 内部の情報はほとんど残っていない。

 ただ……ファルマなら一目見れば『分かって当然』なんだ。そこは理解してほしい」


 なるほど、と私は小さく息を吸う。


 ――情報が閉ざされていたからこそ、解析できる者の存在が貴重なのだ。


 ロシャの言い方に嘘はなく、責任を肩代わりするような誠実さがあった。


「……悪かった」

 今度はヴァルクが頭を下げる番だった。

「少し神経質になっていたらしい。疑っていたわけではない」


 ファルマが眉を下げて笑う。


「お気になさらず。私も説明不足でしたから」


 ぎくりとした空気はそこでほどけ、場は自然と落ち着きを取り戻した。


「えーと、話戻すけど、通路の形も変わるんだろうね……」

 氷雨が壁の影の揺らぎを見つめた。

「僕が見た感じ、歪み方が毎回違う」


 敵の数に加えて、通路そのものの気まぐれな変形――

 第一層らしい試験台だが、油断すれば普通に事故になるタイプだ。


「……だが、奥は近い」

 トゥリオが前方の暗がりを指す。

「揺れが弱い。あそこが第一層の中心だ」



 進むと、広間に出た。

 中央は作業台のように大きな空白が開き、天井には割れた照明器具。

 だが――


「階層主、いないな」

 エルドが周囲を見渡す。


「……工房そのものがダンジョン化しただけで、

 階層主が生まれたわけではないようですね」


 オーリスの声は穏やかで、静かな確信を含んでいた。


 ファルマが壁の符を読み取りながら言った。


「この階層は、あくまで入口。人数判定と負荷調整、それと通路機構の維持。

 本来階層主に該当するシステムは……どうやら役割を喪失しています」


「レイグレンが意図的に消した、か?」

 ヴァルクの問いに、ファルマは首を横に振る。


「断言はできません。ただ……作られていない可能性の方が高い。

 工房として使われていた頃のシステムが、そのまま変質しただけでしょう」


(つまり――第一層は門。本番はもっと奥ということ)


 私たちは視線を交わし、頷いた。


「行こう」

 エルドが指示を出す。


「次は第二層。ここから先がダンジョン本体だ」


 ロシャが先頭に立ち、階段状に沈んだ床の裂け目へ足を向ける。


「第二層への入口、安定させる。十秒だけ持たせるから……全員、一気に降りるぞ」


「了解」


 私たちは整列し、揺らぐ亀裂の縁へ歩みを進めた。

 薄暗い奥から、ひやりとした気配が吹きあがってくる。


(……さて。ここからが本番)


 私は気合を入れなおし、第二層へと身を投じた。

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