第42話 ――月影国の依頼――
ついに第五章の始動です。終わりも少しづつ見えてきました。
第五章・第六章・終章で終わります。
リューグーの海を離れてから三日。潮の重さを含んだ空気ともようやく別れ、王都の乾いた風を吸い込んだ瞬間、ようやく帰ってきた実感が湧いた。けれど胸の奥には、あの潮の底で見た光景が、焼きつくように残っていた。こちらの攻撃を無力化した呪具群、瘴気と潮をぶつけて響かせた鐘の音。そして、レイグレン。
帰還早々、私とエルドは政庁に呼び出され、長机の前へ案内された。
「まずは改めて、経緯の説明をお願いします。
現地からの報告は受けておりますが、より詳細に願います」
若い記録官が紙束を構え、私たちは順に報告をしていく。現場での測定記録、遺跡の詳細、遭遇した人物の特徴。エルドが全体の行動時系列を丁寧に語り、私は実際にその場(遺跡)に居たからこその補足を挟んだ。
「……つまり『アラブラハム・レイグレンを名乗る人物』が、実際に王国の海上都市にて工作していたと、そういうことですね?」
「はい。ただそこに居たのは分身です。
本人は……どこにいるかも分かりません」
部屋に、重い沈黙が落ちた。
「……レイグレンは月影国の呪具師だったはずだが、処分はどうなっていたか」
同席していた管理官が別の職員へ視線を向ける。
「記録では全呪具没収のうえ追放。その後、死亡報告がありましたが……第三者による確認だったようです」
「死亡の確度が低いまま放置していたということか」
「……そのようです」
管理官が眉間を押さえた。
「都市一つ滅ぼしかけた規模だぞ。月影国へ照会せねばならないな」
今度は政庁の文官たちが集まり、急ぎ文面の起草に移った。私とエルドは求められた部分だけ、技術的証明や状況補足として口を挟む。
「この部分、『大規模呪詛による魔物の誘導』という語より『都市壊滅規模の魔物の襲撃を意図した呪詛攻撃』の方がより実態に近いのではないでしょうか」
「確かに。被害想定はそちらが正確です」
記録官が書き換える。
文面完成後、責任者が内容を読み上げる。
≪
貴国所属であった元呪具師アラブラハム・レイグレンについて、死亡報告に重大な疑義が発生した。当王国の都市リューグーは同人物による『都市壊滅規模の魔物の襲撃を意図した呪詛攻撃』を受け、多数の国民と探索者が危険に晒された。
つきましては追放処分の経緯および死亡報告の真偽について至急回答を求む。
≫
強い文言だが、今回は必要だ。
私たちの任務は終わっても、国としてはここからが本番だ。
「送付する」
管理官の声とともに、月影国への照会文は封印処理を施され、送られていった。
(こういうのはアナログなんだ……)
因みに今の文言を個人レベルで再翻訳すると。
『お宅の呪具師、全呪具没収して追放先で死んだって話だけど生きてるじゃねーか!しかもこっちの都市一つ滅ぼしかける超大規模テロまでやってきたとか、どう落とし前つけるんだ?』である。
相手方の返答次第では、戦争すらあり得る恐ろしい話なのだ。
◆
返答が来たのは二日後――早朝。
政庁の会議室へ全員招集された。
中央の机に置かれた封筒は厚く、重かった。
「開封します」
管理官が封を切る。
まず出てきたのは謝罪文。
次の紙は……依頼書だった。
「……謝罪は形としては問題なし。だが本題はこっちだな」
管理官が依頼書を広げ、私たちへ向けて読み上げた。
≪
貴国に被害を与えた件について深くお詫び申し上げる。
また、追放後の死亡確認に誤りがあった点は真摯に受け止め、
改めて調査を行う意向である。
ついては、アラブラハム・レイグレンが使用していた工房が現在ダンジョン化しており、国内の探索者では対処が困難な状況である。貴国の協力を仰ぎたく、合同での調査・攻略を要請する。なおその際は当国の満月の探索者を二名同行させるものとする。
≫
「満月……向こうの紫位相当か」
エルドが小さく息をつく。
「月影国の上位職は名が独特じゃな。ただまあ紫位も向こうからすれば同じようなものか」
リディアは渋面のまま杖で肩を叩く。
「工房がダンジョン化? どういう理屈ですか?」
ラナが眉を寄せる。
「呪具の残滓か……あるいはレイグレン本人の意図的な仕掛けか」
私は過去に没収されたレイグレンの呪具の一覧等を見つめながら推測を口にする。
「どちらにしても、普通のダンジョンとは全くの別物でしょうね。
ただ、月影国単独では手に余るというのは本当なのかな……」
私個人としての疑念に、オーリスも頷く。
「私もそこは疑問視しております。月影国の層は薄くない。それに現在ダンジョン化…とありますが、実態としては前からそうで、単に難度が高いから放置していただけという線もあり得ます」
「つまり、また面倒な依頼だな」
トゥリオの声は静かだが、準備に入る意思は強い。
◆
管理官がこちらへ向き直った。
「『光焼く翼』にはこの依頼を正式に受けてほしい。
リューグーでの実績、レイグレンとの接触経験、呪具対応能力……どれも今回の任務に必須だ」
エルドは即答しなかった。
全員を見渡し、私とも短く目を合わせる。
私は頷いた。
「……行くしか、ありませんね」
「はい。ここで放置したら次はどこが標的になるか分かりません」
オーリスが眼鏡を押し上げ、真剣な表情で言う。
(眼鏡なんてしてたっけ…? 伊達?)
「儂は嫌な予感しかしないが……逃げる気もないわい」
リディアが肩を回す。
「僕も。元呪具の工房なんて、ちょっと興味あるしね」
氷雨は相変わらず柔らかな声で言ったが、瞳は鋭かった。
そこで、ずっと黙って資料を見ていたヴァルクが顔を上げた。
黒髪の影が揺れ、淡い光を宿す瞳が書状の一文をなぞる。
「……行かない、という選択肢は無いな」
重さを帯びた声だった。
「恐らくだが、このダンジョン化した工房は呪具の死骸みたいなものだ。放置すればその分瘴気が呪具の残骸を刺激して、よりダンジョンの難度を上げることになる可能性が高い。」
室内の空気がひやりと沈む。
「……もし仮にオーリスとクーデリアの懸念が正しければ、月影国が厄介だと放置した時点よりも、更に数段難度を上げている可能性がある。故にこれ以上の放置は一介の探索者として認められん」
それ以上、余計な言葉は一つも添えない。
だがその短い断言だけで、場の全員が覚悟を固めた。
「……なら、行くしかないか」
エルドは静かに息を整え、全員を見渡し、口を開いた。
「皆、ありがとう。では――月影国との合同探索を受諾する。出発準備に入ろう。まずは資料の精査と……到着後には月影国の探索者との作戦会議だ」
「受諾してくれて助かる。こちらでは至急、月影国側への連絡を進めよう」
そう言い残して、管理官は足早に退室していった。
(レイグレン。あなたが残したもの、全部暴いてやる)
私は胸の奥でそう思いながら、依頼書に目を落とした。
次の舞台は、かつての呪具神が長く籠もった工房――そのなれ果てのダンジョン。紫位でも手に余る程の難度が想定されるそれに、私は少しだけ身震いした。




