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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第四章 明確な敵

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外伝 黎明の翼 ―氷雨―

 朝の光が市の広場に差し込み、石畳を淡く照らしていた。

 噴水の周囲には露店が並び、焼き菓子の甘い匂いと、子供たちの笑い声が混じって漂う。

 その中心で、白衣を翻す一人の少女が、ひらりと手を動かした。


 青銀の髪が風に揺れ、淡群青の瞳がかすかに細まる。

 氷雨・エトランスは、広場に集まった子供たちの視線を集めながら、空中へ指を滑らせた。


「ほら……今度は、こっちだよ」


 その声と同時に、光の粒が舞い上がり、子供の背後へまわり込んで形を結ぶ。

 ふわり、と白い鳥の幻影が羽ばたいた。

 子供が振り向くと、鳥はすでに別の方向へと飛び去る。

 笑い声が弾けた。


「つかまえた!」

「えー、また消えた!」


 追いかけるほどに幻は散り、散った瞬間、別の場所で再び形になる。

 ほんのひと呼吸のずれで姿が揺らぐため、子供たちは夢中で追い回した。


 氷雨は口もとに軽い笑みを浮かべ、肩をすくめる。


「本物ではないから……捕まらないよ。でも……追いかけるのは楽しいでしょ」


 それは、戦場で敵の認識をわずかにずらすための技術を、そのまま柔らかくしたものだった。危険を孕む幻術も、こうして使えばただの遊びで済む。


 と、その時。


「氷雨さん、すこし良いか」


 穏やかな声に振り返ると、一度探索を一緒にしたエルドが立っていた。

 深い紺の髪と琥珀の瞳。人混みの中でも一目で分かる、冷めた鋭利な空気を纏っている。


「……エルドさん。どうしたのかな?」


 氷雨が幻を解くと、残りの光が霧のように散って、子供たちが「あー!」と名残惜しそうな声を上げた。


「少し話がある。場所を変えてもいいか?」

「うん、いいよ。ここだと……落ち着かないもんね」


 遊んでいた子どもたちに「ごめんね」と謝った後で、二人は広場の外れ、木陰の並ぶ休息所へと向かった。





「まずは先に質問をさせて頂く」

 エルドは腰を下ろし、真正面から氷雨の視線を受け止めた。


「幻を利用した索敵は、どこまで可能か?」


 氷雨は一度視線を下げ、思考するように指先で袖をなぞった。

 そして静かな声で答える。


「可能……だね。ただ、条件が二つあるよ」


 エルドは軽く頷いて先を促す。


「一つは――乱流が弱いこと。空気でも魔力でも、流れが荒れてると遠隔に幻を置いてもすぐ崩れる」

「なるほど」

「もう一つは……僕自身が集中できること。精神を一点に寄せ続けられれば、かなり広く探れるけど……騒音や干渉が多いと厳しい」


 簡潔で、正確な説明。

 エルドは短く息を吸い、ゆっくり吐いた。


「氷雨さん、ひとつ提案がある。――俺たちと組む気はあるか?」


 氷雨の睫毛がかすかに揺れた。


「僕が……? どうして?」


「索敵人員が増えれば、事故率が大きく下がる。

 更にその上で、君の幻術は、戦闘においても非常に有用なものだ」


 淡々とした説明の裏に、真剣な願いがにじんでいた。

 エルドは表情を変えずとも、必要な時には必ずその意図が伝わる。


「俺の隊には、まだ足りていない分野がある。

 君の力が加われば、どれだけ状況が変わるか……計算するまでもないと思っている」


 氷雨は目を伏せた。

 幻影師という存在は珍しく、危険地帯でのニーズは高い。

 だがその価値を理解されないまま危険な使われ方をされる事も多かった。


(本当に……僕で良いのかな)


 胸の奥に、いつもと同じ慎重な揺らぎが生まれる。

 迷いを断ち切るように、氷雨はエルドを見る。


「……条件は、さっき言った通りだよ。それでもいいの?」

「構わない。だから……一つ手を打った」


 エルドの声は落ち着いており、しかしどこか誇らしげだった。


「君の集中を補助する装備を、国の仲介と探索者のツテを使って入手した。滅多に手に入らない代物だ」


「装備……?」


 エルドが布包みを差し出す。

 氷雨は慎重に開いた。


 白を基調とした術衣。

 光を受けて淡く虹彩を返す幻糸が細かく縫い込まれている。

 胸元に触れると、糸が微かに脈打つように揺れた。


「綺麗……」


「【星紡の白衣】と呼ばれる聖遺物で、

 使用者の心拍と呼吸に合わせて、縫い込まれた幻糸が振動する。

 精神集中を助けるための特別な術衣だ。君のような幻術使いには理想的だと聞いた」


 氷雨は息を呑んだ。

 この装備がどれほど貴重で有用なものか――専門職の彼女にはよく分かる。


「こんなの……簡単には、手に入らないよ」

「簡単ではなかった。だが、必要だと判断した。君に来てほしかったからな」


 無駄のない言葉。

 そこには押し付けがましさも誇示もない。ただ純粋に、仲間として迎える意思だけがある。


 胸の奥に、静かだが確かな熱が灯る。


(僕を……必要だって言ってくれるんだ)


 氷雨は白衣を両手で抱きしめ、そっと頷いた。


「……分かった。僕で良ければ……力になるよ。

 それで……誰かの命が守れるなら」


 エルドは穏やかに微笑んだ。


「ようこそ。これで、俺たちは一段と強くなれる」









 氷雨が【星紡の白衣】を受け取った日の夕方、食事処には柔らかな灯りが揺れていた。

 日暮れの冷えた空気を押し返すように、木製の長卓を囲む声があたたかく響いている。


「氷雨ちゃん、これで正式にうちの仲間ってわけね!」

 ラナが明るい笑顔で手を振る。


「……ちゃん付けは、慣れない、かも」

「じゃあ氷雨。これならどう?」

「……うん。そのくらいが、ちょうどいいよ」


 氷雨が小さく笑うと、ラナは満足そうに頷いた。


 少し離れた席で木杯を持つトゥリオが、短い言葉で歓迎を告げる。


「幻を扱える支援者か……心強いな」

「剣の心得もあるけど、前に立つのは少し苦手だよ」

「分かっている。だが、力になるのは確かだ」


 その横でクー子がいたずらっぽく笑った。


 (何となくだけど、クー子は身内感があって楽な相手)


「トゥリオって、こう見えて歓迎の言葉は最速なのよ」

「必要なことを言っただけだ」

「ほらね、こういうところの誠実さが良いのよ」


 氷雨は肩の力を少し抜き、静かに息を整えた。


「……賑やかなの、良いね」

「儂は静かな方が性に合うが、新入りの日くらいは派手で良いのう」

 リディアが香りの強い酒を揺らしながら笑う。

「歓迎は盛大にしておくのが礼儀じゃ」


 オーリスも穏やかな表情で頷いた。


「氷雨さん、改めてよろしくお願いします。あなたの幻術が加わることで、安全性が格段に向上します」

「……うん。僕も、そのつもりで来たから」







 皆の視線が自然と氷雨の白衣へ向かう。

 新しく袖を通した【星紡の白衣】は、灯の揺れに合わせて縫い込まれた幻糸が微かに震えていた。


「改めて見ると綺麗ね、それ」

 クー子が目を細める。


「呼吸に合わせて……糸が揺れるんだ。意識を一点に寄せやすくなるから、幻術には向いてるよ」


「それ、エルドが手配したんだよね?」

 ラナが隊長を見る。


 トゥリオも顎を引いて小さく言う。

「まさかスカウトに聖遺物装備を持ち出すとはな」


 エルドは少し照れたように、しかし確かな口調で答える。


「必要だと思ったからだ。氷雨の条件を満たすためには、これが最適だった。

 それに、俺たちに不足していた分野を補えると判断した」


 氷雨は白衣の胸元に触れ、静かに頷いた。


「……ありがとう。期待に応えられるようにするよ」


「無理しないでね。安全第一だし、あなたの幻術で支えてもらえるならそれで十分よ」

 クー子の自然な気遣いに、氷雨はふっと笑みを漏らす。


「そう言ってくれると……気持ちが楽になるね」







 杯が行き交い、空気はより柔らかさを増していく。

 氷雨は初日だというのに、まるで昔からいたかのように輪の中に馴染んでいた。


(結構、居心地はいいかな)


 胸元の幻糸がまた静かに脈動する。

 その脈動は、自分の居場所を教えてくれる合図のようだった。


「氷雨、明日は軽い訓練から始めよう。幻術の範囲を皆で把握したい」

 エルドが声を掛ける。


「うん。僕も合わせられるようにしておくよ」


「索敵の幅が広がる。動きの調整が必要だな」

 トゥリオが腕を組む。


「それにしても女の割合が増えたのお、隊長さんにはそういう願望でもあるのかえ?」

「……必要な人員を揃えただけだ」

「そう拗ねるでない、冗談じゃよ」

 リディアの冗談にほんの少しだけ棘が見えたが、ご愛敬の範囲である。


 そんなやり取りに笑いながら、氷雨は杯を持ち上げた。


(明日から……僕は、この隊の一員なんだ)


 その実感は柔らかくも確かで、幻よりも温かかった。


氷雨はクー子の親戚という設定が一応あるんですけど、もう公開するタイミングが無いのでここで(二人とも気付いて無いです)。

外見もそこそこ似てるので並ぶと姉妹と勘違いする人も一定数います。

…明日予定の投稿ミスりました。明日お休みします。

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