第41話 ――潮底の後始末――(第四章・完)
数日が経ち、潮底遺跡にはサンライズ王国の正式調査隊が派遣された。
遺跡の外周は依然として潮の流れが強いが、鐘の音も瘴気の流入も完全に収まり、海は安定している。
調査隊が出入りしている間、私たちはリューグー宿舎で待機を命じられた。
(……まあ、しばらくは私たちの出番じゃないよね)
けれど、午後。
調査隊から戻ってきた記録官のひと言が、私たちを再び呼び戻すことになる。
「遺跡内部ですが……何ひとつ残っていません。構造物はありますが、報告にあった核心部の術式も、呪具の反応も、そこにあったという痕跡以外、すべて消失しています」
私たちは顔を見合わせた。
あれだけ複雑に組まれていたはずの呪具網、瘴気と潮の境界を作り、鐘の音を生んでいた柱、レイグレンが仕掛けた観測装置の一切が――残骸すら形を保っていないという。
(……全部、遠隔で壊したんだ)
あの男なら、やりかねない。
むしろ――やる理由が十分にある。
「必要が無くなったんだろうな」
ヴァルクが淡々と呟く。
「この遺跡で試したかったことは全部終わった。
俺たちが来たのは、あいつにとって誤算だが……同時に、ついでで観測するには都合が良かったんだろう」
リディアが眉をひそめる。
「儂らは……最初から想定外の来訪者に過ぎんというわけかえ」
「そうだろうな」エルドが頷いた。
「入り口に罠こそあったようだが、一度も攻撃を仕掛けてこなかったのは、本気で排除したい相手ではなかった証拠だ。ただ観測する価値はあると判断した……その程度だろう」
胸の奥が、ひどく静かに冷えた。
(本命は恐らく鐘の音……)
私たちはただ、レイグレンの計画動線の途中で目に留まっただけ。
遺跡の破壊も、観測も――すべては彼自身の段取りの一部でしかない。
「で、要らなくなった遺跡は消すと」
ラナが呆れたように息をつく。
「うむ。ついでの観測はしても、後片付けは忘れんというあたり……
あやつらしいといえば、らしいのう」
リディアが肩をすくめた。
「ただの整理整頓だ」
ヴァルクが視線を落とす。
「あの男にとって、この遺跡はもう役目を終えた道具ということだろう」
調査隊の記録官は続けた。
「詳細な分析には時間が要りますが……この遺跡、手がかりを得るには遅すぎた場所だったのかもしれません」
なんの忖度もないその言葉が、私の胸に妙に重く響いた。
◇◆◇
調査結果を聞いた私たちは、宿舎の食堂へ戻る。
海風が窓の隙間を抜け、薄い潮の匂いを運んでいた。
全員揃って座るのは久しぶりだ。
「ここまでするなら、私達って敢えて帰してもらえたのかなあ?」
私が呟くと、ヴァルクが腕を組んだまま答える。
「……遺跡が即座に爆散しなかったのが不思議なくらいだ。
俺が奴ならそうする」
リディアが木杯を指で転がしながら言った。
「儂が見た限り、あやつは……何もかもが掌の上よ。
儂らが何を使うかすら観察しておったからのう」
「……観察、か」
「うむ。戦う気が無かったとは思わんが……
実験台として動きを測っていたのじゃろう」
その言葉に、胸の奥がまたも重く沈む。
戦った時の、あの不快な透明感。
声は届くのに、存在の輪郭が掴めなかった。
(まるで……そこにいて、いないみたいだった)
ヴァルクも同じ感覚だったのだろう。静かに杯を置く。
「……生きている。まず間違いなく、レイグレンはまだ動いている」
氷雨が小さく息を呑んだ。
「そんな相手が……また動き出す可能性があるってこと……?」
「あるな」
エルドが短く頷いた。
食堂の空気が、わずかに引き締まる。
「この件は、王都へ報告しなければならない。
ただ……サンライズだけで扱える問題でもない」
私たちはエルドを見る。
「レイグレンは追放された国の出身だ。
あの国がどう扱ったか……どこまで情報を持っているか……
こちらとしても確認する必要がある」
「月影国だね」
私がそう言うと、エルドは静かに頷いた。
「そうだ。
王都に戻ったら、外交局と連携して月影国へ正式照会を入れる。
向こうの反応次第では……我々が直接向かうことになる」
ラナがわずかに目を丸くする。
「直接……行くんですか?」
「状況次第だ。ただ――」
エルドは私たちを順番に見渡した。
夕暮れの光が差し込み、みんなの影が長く伸びている。
「レイグレンは、放置すれば必ず誰かを巻き込む。
危険度から見ても、王命級任務になるだろう。
『光焼く翼』として……次に備える必要がある」
私は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
(終わってなんか、ない)
戦いは終わっても、残された問題は山ほどある。
レイグレンが何を望んでいるのか。
何を成そうとしているのか。
まだ、何一つ分かっていない。
けれど――。
「……まずは王都に戻ろう。
やることはたくさんあるし、ちゃんと対応しなきゃ」
私がそう言うと、リディアがふっと微笑んだ。
「ふむ……帰る場所があるというのは、良いものじゃな」
ラナも笑って頷く。
「うん。帰ったら、美味しいものいっぱい食べたい」
氷雨も静かに続けた。
「僕も……一度落ち着きたい、かな」
夕暮れの窓の外で、波が静かに寄せては返す。
潮底遺跡は放棄された。
しかし――影はまだ、どこかで揺れている。
(……必要なら、行こう。月影国へ。
あの男の本当の目的を、確かめるために)
私は皆と視線を合わせ、小さく頷いた。
――旅路の幕が、ゆっくりと上がろうとしていた。
第四章完結です。またも外伝二つ挟んで次章となります。
因みにレイグレンは「都市一つ滅ぼしかけた特級のテロリスト」
という扱いになるので、それの討伐は間違いなく王命級任務です。
他国も関わるので妥当ですね。
本来討伐は軍の仕事なんですが…手掛かりがダンジョンにあるならそこは探索者の仕事になります。
それはそれとしていつもの章完結が1話ズレました。おのれレイグレン。




