表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第四章 明確な敵

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/59

第37話 ――揺らぎの残り香――

 柱の機能が停止した後、広間の空気がようやく落ち着きを取り戻した。


 レイグレンの分身は消えた。残った呪具も沈黙した。

 それでも、胸の奥のざわつきは消えない。


「……ここ、出よう。これ以上いる必要はない」


 そう言ったものの、問題がある。


 出口がない。

 そして何より――


「ここから地上へ戻る方法、あるんじゃろうかのう」


 リディアが杖を肩に当て、困ったように目を細めた。

 潮底遺跡の深度は、はっきりとは分からない。ただ、落下した時の圧からして相当なものだ。


(真上は海……そのままじゃ、即水没)


 だが瘴気と潮の境界の層が、まだどこかに残滓として残っているはずだ。


 柱を破壊した直後に感じた、あの独特の圧――

 潮と瘴気が絡み合う薄膜のような流れ。


「あの境界……完全には消えてない気がする。残り香みたいに」


「境界の残滓か」

 ヴァルクが小刻みに頷いた。


「柱が境界そのものを作っていたわけではない。潮と瘴気の流れを奴の狙い通りに整えていた道具に過ぎない。装置を壊しても、現象の地盤はすぐには消えないさ」


「じゃあ……上へ行っても、いきなり海水が流れ込んだりはしない……?」


「完全ではないが、押し返す力は暫くは残るだろう。行くなら、急いだ方が良い」


 胸の奥が一気に熱くなる。


(つまり――今なら上へ帰れる)


「……決めた。上へ行くよ」


 遺跡の外壁は無傷ではないが、所々に崩れた通路がある。

 それを辿れば、上側へ抜けられるかもしれない。


*


 崩れた回路の奥へ進むと、風の通り道のような場所に出た。


 潮と瘴気の境界の残滓が揺らいでいる。

 薄く、灰色の膜のように。

 光に触れるたび、ゆらゆらと波紋を描いていた。


「……これが、押し返してる?」


「うむ。潮の層が、まだ瘴気の残り香に押されておるんじゃな。奇妙なバランスじゃ」


 確かに海水は、すぐそこまで迫っている。

 なのに、境界の膜で押し止められていた。


 膜の向こう側では、海流が怒涛のように流れている。

 だがこちら側は――静寂。


 異様で、そして都合のいい光景。


「行こう。膜の中を通る」


「通れるのかの?」


 リディアが杖で軽く膜に触れる。

 波打つように揺れ、杖身を拒まない。


「……瘴気と潮の反発……緩衝膜だな」

 ヴァルクが分析を落ち着いた声でまとめる。

「付与して魔力の振幅を調律すれば通れる。崩れない程度に、そっとだ」


「分かった。風で包むよ。……行くよ」


 私は杖先に“風”を付与し、三人の周囲に薄い膜を張る。

 境界の残滓に干渉しないよう、優しく、ゆっくりと。


「……っ」


 足が境界膜に触れた瞬間、体がふわりと浮く感覚があった。


 次の瞬間、視界が白く弾け――

 海流に押されることもなく、私たちは膜の中を上昇していった。



*



(……光?)


 海中の影が薄れ、視界に淡い明るさがにじむ。


「浮上しておる……潮の層に押されてかえ?」

「いや、残滓の持ち上げだ。上層へ逃げる力が働いている」


 言葉の意味を理解する前に――

 視界の先で、青い光がふっと広がった。


 海面だ。


 次の瞬間、境界膜がぱん、と弾けた。


「……出た!」


 私は思わず声を上げ、すぐに海面へ身を乗り出す。

 周囲は夕景の気配が漂い、外縁部の防壁が遠くに見える。

 海面は荒れているが、もうあの揺らぎは無い。


「潮も瘴気も安定しておるのう。柱を壊した影響じゃな」


「港まで距離はあるが、この程度なら問題ない」


 ヴァルクが周囲を観察しながら頷く。


(……戻れる)


 胸の奥がじわりと温かくなる。

 エルドたちは無事だろうか。

 ラナも氷雨も、オーリスも。


(早く……合流しないと)


 私は深呼吸した。


「さあ、帰ろう。みんなのところへ」



◇◆◇



リューグー外縁・防壁上


 海が、獣のように吠えていた。


 外縁部の防壁はひどく傷んでいる。

 柱の破片が落下し、潮流はささくれ立ち、魔物たちの波は完全には引いていない。


「三時方向、潜り込み!」

 エルドが叫ぶと同時に、弓弦が鋭く鳴り、一本の矢が次々と分裂し、海面すれすれを滑った。矢は海中から跳ね上がった魔物の目を正確に貫き、泡を散らして沈める。


 だが――


「また来た……っ」

 ラナが剣を払うと、黒い影が裂けて飛沫が散った。


 寄せてくる魔物は、どれも陸上の獣とは違う形をしていた。


<潮噛み鰭獣きじゅう>

 鋭い胸鰭を脚のように使い、防壁をよじ登る異形。

 動きが速く、斬っても水を含んだ肉が粘るように再密着する。


<溝潜みぞくり蛇>

 水路の隙間を通れる程に細く、足元へ噛みつく細長い魔物。

 噛まれると瘴気が舌から流れ込む。


<礁鎧蟹しょうがいかに>

 甲殻が岩石質で、前衛でも数発殴らないと怯まない鈍重な個体。


 どれも、集められた海の瘴気に触れて変質した魔物だ。

ダンジョン産よりは幾分かマシだが、外の魔物にしては強力である。


「っ……氷雨、右側の溝! 影が寄ってる!」

「分かった……!」


 氷雨が小さく息を整え、白い指をひらりと動かす。


「《幻影(ミスト)


 誘導に特化した幻が作られ、潜んでいた溝潜り蛇がそちらへ吸い寄せられるように軌道を誤る。そこへラナが駆け込み、剣を横薙ぎにし、濁った水柱が上がった。


「助かった!」

「ううん……まだ来る、かな」


 氷雨の声は相変わらず静かだったが、その手はわずかに震えている。


(……疲れてる。流石にここまでの連戦は、負荷が大きい)


 オーリスの額にも汗が滲んでいた。


「結界、外層が限界です……! 再展開まで間隔、少し開きます!」


「無理はするな。内層だけでも保持してくれれば十分だ」

 エルドが即座に指示を返す。


 だが、足場はひどい状態だった。

 魔物を斬り伏せるたび、潮の衝撃が壁へ叩きつけられる。

 トゥリオの盾はびくともしないが、受ける衝撃が強すぎる。


「トゥリオ、持つ?」

「……問題は無い。俺は絶対に倒れない」


 短いが、息に少し硬さがあった。

 彼の体力は装備の効果で無尽でも、精神は確実に擦り減る。


 押し寄せる魔物の、新たな波は止まった。

 だが、絶え間ない連戦で、徐々に体力・精神力が削られていく。


(このままでは……持つか怪しい、最悪撤退も視野に)




 その時だった。


 海の先――外縁のさらに向こう側、濁った潮の境界が、ほんの一瞬だけ白く照らされた。


「……エルド?」

 ラナが剣を止めて振り向く。


「ああ……見間違いじゃない」


 遠く、海面の上へ――


 今度は紅い光柱が立ち上がった。


「これは……炎?」

 オーリスが目を瞬かせる。


 だが、ただの炎ではない。

 海の湿り気をねじ伏せるほどの圧。



 エルドは、わずかに口角を上げた。


「……あの炎、見間違えようがない。リディアのものだ」


 次の瞬間、海面が大きく揺れた。

 爆ぜるような音とともに、熱の奔流が水平線の向こうまで広がる。


 そして――


「――エルド!」


 紅の光柱の根元から、

 風と潮に乗って、聞き慣れた声が飛んできた。


 光の筋。風をまとい、海面に跳ねる三つの影。


 エルドはぎゅっと弓を握り直した。


「……クーデリア」


 潮の匂いの中で、彼の声は、確かに震えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ